軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3-17.釣り合っていない

応接室まで歩く道が、こんなにも空気の重いものになるなんて。お城の門を潜った時には考えていなかった。

道が分からないし、そもそもわたし達だけでお城の中を歩くわけにいかないのも分かっている。

その案内を偶然会った幼馴染が担ってくれるというのも、おかしい事ではないと思う。でも……何だろう。エミルの言葉には何とも言えない棘があるような気がして居心地が悪いのだ。

「昔さ、川で遊んだ時に足を滑らせたアリシアが俺の腰に抱き着いて離れなかった事あったよな。あの時のアリシアも可愛かった」

「そういう言い方はやめてよ。びっくりしてエミルに掴まっただけでしょ。すぐに兄さんがわたしを回収していったし」

「それでも。俺を頼ってくれた事が嬉しかったんだよ。」

わたし達の前を歩くエミルが肩越しに振り返りながら、そんな話をしてくるけれど。もう少し言い方を考えて欲しいというか、誤解させるような言い方を選んでいる気がするのだ。

隣を歩くノアは薄い笑みを浮かべたまま、明らかに機嫌を悪くしているし、居た堪れない気持ちになってしまう。

「そういえばよく一緒に通ったパン屋はまだやってるのかな」

「アンナおばさんのお店ね。まだやっているわよ」

「ドライフルーツがいっぱい練り込まれたパン、好きだったよな」

「確かによく食べていたかも」

「手を繋いであの道を歩いたのが懐かしいな」

「……わたしは姉さんと繋いだ覚えしかないんだけど」

昔の事だし、記憶が混ざる事もあるだろう。全てを鮮明に覚えておくのは難しいもの。

そんな事もあったねと流してもいいのかもしれない。でもわたしはそれをしたくないと思った。

「忘れてるだけだろ。……ああすみません、アインハルト殿。懐かしくて、ついつい昔の話ばかりしてしまいました。アインハルト殿はお祖父さんの領地に行った事はありますか?」

「……いえ」

「そうなんですね。是非行ってみてください。まぁアインハルト殿はお忙しいと思いますし、お祖父さんも呼ぶのを躊躇ってしまうかもしれませんね」

肩を竦めるエミルの様子がひどく嫌だと思った。

ここが王城内でなければ、感情のままに怒鳴ってしまっていたかもしれない。

そんな事をしてはいけないと分かってはいるものの、明らかにノアを傷付けようとする物言いには黙っておけない。

「エミル、あなた──」

「お疲れ様です!」

わたしの言葉は、明るい声に遮られた。思わず皆が足を止める。

いつの間にノアの後ろにいたのか、ヨハンさんはにこにこと笑っている。

「……ヨハンさん」

「お二人が来ていると聞いて、僕も来ちゃいました。あ、ジェイド様には内緒ですよ」

立てた人差し指を口元に寄せながら、軽い調子でそんな事を口にするヨハンさんに、肩から力が抜けてしまった。

先程までよりも落ち着いて話が出来る気がする。わたしはゆっくりと息を吐いてから改めてエミルに顔を向けた。

「エミル、祖父の領地には夏に行く予定なの。祖父も祖母も、夫に会えるのをとても楽しみにしているのよ。彼が忙しいのは否定しないけれど、それでも時間を作ってわたしの親戚の所に行こうとしてくれている。憶測でおかしな言い方をするのはやめて欲しいわ」

「……そんなつもりじゃなかったけど、言い方は悪かったかもしれないな。アインハルト殿、すみませんでした」

「いえ。アリシアとの思い出話も聞けましたし」

笑みを浮かべているけれど、ノアの声は固い。

わたしが流さないで苦言を呈したのもあるけれど、ノアとエミルの間には空気が悪い以上の何かが漂っている気がする。そんな中で笑みを崩さないヨハンさんが居て、凄くおかしな雰囲気になっている気がする。

「子どもの頃のアリシアも可愛かった事でしょう」

「ええ、そうなんですよ。俺達の後をついてきていてね、俺にとっても妹みたいでした」

「アリシアにとっても兄のような存在だった事でしょう。私は次の夏に、夫としてアリシアと一緒に楽しい思い出を作ってくるつもりですが」

そういった言い方をするノアが珍しいと思うし、エミルは笑みを浮かべたままそれには応えない。

気まずい空気に巻き込んでしまって申し訳なく思いながらヨハンさんを見ると、ばっちり目が合ってしまった。ヨハンさんは笑みを深め、小さく頷いてくれる。

「ヴェヒター殿、リガス殿下がお待ちでしょうから、先を急ぎましょう」

「あ、そうですね……すみません」

エミルが歩き出して、わたし達はその後に続く。

それから応接室に着くまで、誰も口を開かなかった。

応接室にはすぐに着いて、エミルがドアを開くと暖炉の熱が廊下に漏れる。

大きな窓にはレースのカーテンが掛けられていて、陽射しを柔らかく遮っていた。

先にノアが入り、続いてわたしが入ろうとした時──エミルに腕を掴まれた。

離してと言うよりも先に、エミルが耳元に囁きを落としていく。

「お前は幸せなのか? アインハルト殿とお前は……釣り合っていない。お前も分かっているんだろ」

「な、っ……!」

反論する間もなく、エミルはわたしから離れて去っていく。

廊下を歩くその背中に、反論をぶつける事も出来なくてわたしは立ち竦んでいた。

釣り合っていない。

そんなの……今までだって言われてきた事だ。気にする必要はない。

美貌の人で、家柄も良くて、騎士としても優秀で、真面目で……ノアを素敵だと思う人が沢山居たのも、今も人気の人だっていうのも分かっている。

でも、ノアはわたしを選んでくれた。

わたしも、ノアと一緒に居たいと願った。

それだけでいいはずなのに。

エミルの言葉は、思っていたよりも深くわたしの心に突き刺さった。

わたしは幸せだと、そう胸を張って言える。

ノアもきっとそう思ってくれている。

釣り合っていないなんて、今更だ。

ノアがわたしを好きだと想ってくれるなら、それでいいんだ。

これじゃ自分に言い聞かせているみたいだ。

そう分かっていながらも、思考の渦から抜け出す事が出来なかった。