作品タイトル不明
番外編◇難攻不落の海水浴城へようこそ4
『大食い勝負! これはふーちゃんのいる白チームがとっても有利な勝負になってしまったわね!』
『こういうランダム性も、エンタメの魅力の一つですね』
赤チームの面々が「そんな……」「ここで大食い勝負だなんて」「終わりだ……この勝負も……魔王城の食料庫も……」と絶望の言葉を口にする。
だが第九層フロアボス【時の悪魔】アガレスは違った。
広げた手の中指でメガネの位置を直しながら、真面目な表情で言う。
「うろたえるな」
その言葉に、第九層所属の職員たちは居住まいを正し、先程までの絶望を覆い隠す。
「敵に有利な戦いであろうと、我々が敗北することはない」
「はっ……! アガレス様!」
魔法に長けた強靭な種族【魔人】の集団が、アガレスさんの言葉に大きく頷く。
この統率力。カーミラとはまた違った意味で、忠誠心の高い配下たち。
さすがは魔王軍四天王の一人というべきか。
『さて、ルール説明に移るわよ!』
参加者は、各チームから一人ずつ。
供されるのはホットドッグだ。ソーセージを細長いパンで挟み込んだもので、ケチャップとマスタードが掛けられただけのシンプルなタイプ。
制限時間内に、一つでも多くのホットドッグを胃袋に収められた側の勝利。
ルールに特別なところは見られないので、やはりフルカスさん有利に思えるのだが……。
参加者用のテーブルが用意され、屋台を出していた職員さんたちが調理と給仕を務める。
僕らのチームからの参加者は、もちろん【刈除騎士】フルカスさん。
白い髪に褐色肌、小柄な体躯に豊満な胸部の―― 鬼(オーガ) 。
その槍の冴えは凄まじく、その耐久能力は不死を連想させ、その胃袋はまさに無限。
「勝つ」
僕の剣の師でもある彼女は、短い言葉と共に戦場へと向かう。
「私が行く。いいな?」
「お任せください!」
アガレスさんが真面目な顔でテーブルに向かい、配下たちがそれを見送る。
――お任せ下さい?
参加するのはアガレスさんなのだから、そこはご武運を、とかではないのだろうか。
いや、魔王様の側近を務め、人事部の長も任される【魔人】だ。
無策でフルカスさんに挑むとは考えづらい。
ちなみにこの四戦目については、サポート層の協力も許されている。
僕がアガレスさんに黒魔法を掛けるのもありなわけだ。
まぁ、第二戦の時のように、仲間みんなで 抵抗(レジスト) 用の魔力を放つなどの対応もあるだろうが、あの時と違って短期決戦ではない。
抵抗領域(フルジレスト) 技術のない者では、僕の黒魔法を長時間弾くことは出来ないだろう。
「負けんぞ、小鬼」
「そうか」
四天王会議でも滅多なことでは言葉を交わさない二人の、直接対決。
『それでは第四戦、開始!』
給仕の職員が、両者のテーブルに山盛りのホットドッグの載った皿を乗せる。
瞬間、フルカスさんの皿が空になった。
視線を上げると、フルカスさんの頬が創作物のキャラクターのごとく膨らんでいる。
――今の一瞬で、吸い込んだのか!
それだけではない。柔軟極まりない口内に収まったホットドッグの群れは強靭な咬合力によってよく咀嚼され、ごくんと呑み込まれていく。
「次」
十五個のホットドッグで組まれた山が消えるのに掛かったのは、僅か数秒。
アガレスさんが一つ目を手に取り、齧った時のことであった。
一皿目、完食。
『出たわね! これぞまさに大食い界の「神速」! この街で大食いチャレンジを提供している飲食店の全てを制覇し、同じく出禁にされたふーちゃんの、最強スキルよ!』
『鬼は栄養を生命力に変換する能力があると言われていますが、その力は個体ごとに違います。魔人の角の性能が個々人で違うのと同じですね。無尽蔵と錯覚するほどの食欲があるというのなら、当代のフルカス氏が持つ潜在能力は計り知れません』
「何をやってるのアガレス! 早く食べなさい! 負けたら血祭りに上げるわよ!」
赤チームのミラさんから野次が飛ぶ。
「やかましい!」
怒鳴りつつもホットドッグを口に詰め込むアガレスさん。
僕は黒魔法を放つが、案の定【魔人】や【夢魔】さんたちの魔力が放たれ、妨害される。
だが、そうこうしている間にも両チームの差は広がっていく。
アガレスさんが一皿目を完食した頃には、フルカスさんは十五皿目に突入していた。
しかも、アガレスさんの勢いが急激に落ちていく中、フルカスさんのペースはまったく変わらない。
黒魔法など必要としないほどの、食欲差。
『ふーちゃん、十五皿目完食!』
『戦況は厳しいですが、まだ勝負は分かりません。なんといってもこの企画は「 魔王城(、、、) 紅白戦」なのですから』
フェローさんの言う通りだ。
一般人の戦いではなく、魔王軍職員の戦い。
「アガレス様!」「我々の準備は万全です!」「いつでもどうぞ!」
「……うむ」
配下の【魔人】たちが叫び、アガレスさんが頷く。
彼が次のホットドッグを手に取ると、それが――消失。
――『空間転移』か!
いや、それだけならばアガレスさんの固有魔法なのだから、驚くべきことではない。
問題は、ホットドッグを別の場所に転移させても食したことにはならな――そうか!
――制限時間内に、一つでも多くのホットドッグを 胃袋(、、) に収められた側の勝利。
参加者の胃袋には、限定されていない。
「アガレスさんは……部下のみなさんの胃袋にホットドッグを転移させたのか!」
僕の言葉に、白チームがざわつく。
「か、考えましたな」「う、うぅむ、直接胃袋にか?」「消化大変そう~」
そうこうしている間にも、アガレスさんはどんどんホットドッグを転移させていく。
『あー、アガレスに限って不正はしないと思うけど、本当に配下の胃袋に転移してるかどうかはどう判断するの?』
『魔力反応から、私が判断いたしましょう』
フェローさんが請け負うことで、試合は続行。
ポンポンポンッとホットドッグの姿が掻き消え、その都度「うっ」という声が配下たちから聞こえる。
「まだです、まだいけます!」「胃袋が引きちぎれる寸前まで詰め込んでください、アガレス様!」「第九層に勝利を!」
なんという、忠義の心。
この紅白戦に勝利したところで、第九層が得られるのは『アガレスさんが休日に魔王様を護衛する権利』だ。
つまり、層全体ではなくフロアボス個人に利するもの。
にもかかわらず、【魔人】のみなさんは、自分の胃袋を進んで貸し出している。
それをするだけの関係性を、アガレスさんと築いているのだ。
『す、すごいわ! 赤チーム、驚異の追い上げよ!』
『白チーム三十皿完食! 赤チームは二十一皿完食! 両チームまだまだ止まりません!』
フェローさんもだんだん慣れてきたのか、ノリノリだ。
この戦いを邪魔したくない想いもあるが、仲間としてフルカスさんをサポートとしなければ。
そう思っていたのだが、ふと視線を感じると、フルカスさんが僕を見ていた。
そして僅かだが確実に、首を横に振る。
介入は不要、とでも伝えるように。
――……分かりました、フルカス師匠。
僕はフォラスにも、黒魔法は使わぬよう指示。
そのことに気づいたチームメンバーたちも、何も言わない。
みんな、フルカスさんの食欲を信じることにしたのだ。
一人、また一人と胃袋の限界を越えて倒れていく第九層職員たち。
『ふーちゃん五十皿完食! アガレスというか第九層は四十八皿!』
『凄まじい追い上げですが、ホットドッグ一つ一つに触れる度に固有魔法を発動させているので、アガレス氏の魔力消費も相当なものになっています』
一皿につき十五個なので、十皿なら百五十回の『空間転移』だ。
短距離移動とはいえ、それほどの魔法式を練り続けるのは尋常ならざる集中力が必要。
『アガレス、手がプルプル震え始めているわ!』
『白チーム六十皿! 赤チームも――六十皿!』
だがここで、赤チームに問題が起こる。
六十皿合計九百個のホットドッグ転移によって――全ての【魔人】が斃れてしまったのだ。
「も、申し訳ございません……アガレス様」「我々に構わず、どうぞ転移を……」「この胃袋、破裂するまでお使いください」
「いい……よく力になってくれたな、大義だったぞ」
アガレスさんは砂浜に散る配下たちを労い、ホットドッグに食らいつく。
『配下全てを失ったアガレス! 自分で食べ始めたはいいけれど――』
『目に見えて消費速度が落ちてしまいました! 白チーム六十八皿! 赤チーム六十二皿!』
フルカスさん相手に六皿差というだけで大快挙だが、勝利には届かない。
「アガっち! 大食いはお手伝いできないけど、せめてこれを見て!」
【恋情の悪魔】シトリーさんの身体が光に包まれ、次の瞬間には魔王様の姿に。
「頑張るのだアガレス! 余に勝利を持ってこい!」
本物の魔王様は中立なので片方に肩入れは出来ないが、変身したシトリーさんならば別。
「ふっ……夢魔もどきが、余計な気を回しおって」
鼻で笑うアガレスさんだったが、目に見えて食事速度が上昇。
『白チーム七十五皿! 赤チーム七十一皿!』
『精神力で追い上げる赤チーム! 無限の胃袋に届くでしょうか!』
だが、この好勝負が綺麗な決着を迎えることは――なかった。
『……ん?』
ホットドッグの供給が止まったのだ。
『おや、どうやら調理サイドに何やら問題があったようです……ふむ、なるほど――食材切れですね』
「――――」
会場が騒然とする。
――失念していた。
フルカスさんの胃袋が無限だとしても、食材は有限なのだ。
計算外だったのはアガレスさんの善戦と――制限時間より先に食材が尽きる方が早かった、という点か。
『えぇと、この場合どうなるの?』
『制限時間は残っているので、本来は試合が続行されるべきですが……』
「――引き分けでいい」
そう口にしたのは、フルカスさんだった。
空気をパンパンに吹き込んだ風船のようにお腹を膨らませた彼女が、静かに言う。
「勝敗がつく前に食材が尽きたのなら、勝ち負けを決めるべきではない」
可能性で言えば、ここからアガレスさんが逆転する可能性もゼロじゃない。
未確定な情報がある内に、勝ち負けを決定するつもりはない、ということか。
優勢だったフルカスさんがそう言うのだ、僕らに異議のあろう筈もなかった。
「こ、小鬼、貴様……」
今にも倒れそうなアガレスさんが、情けは受け取らぬとばかりにフルカスさんを睨むが……。
「決着はまたの機会だ、アガレス」
フルカスさんの顔には、沢山食べられた喜びしか浮かんでいない。
アガレスさんは毒気を抜かれたような顔をしてから、ふっと微笑む。
「いや、二度と御免こうむる」
『つ、つまり第四戦目は――引き分け?』
『白チームの二勝一敗一分けとなりましたね。さてルー、こういう時はどうするのかな?』
『ふんっ、問題はない。最終第五戦の勝利は、二勝分とする!』
これまた、エンタメらしい措置だ。
クイズ番組とかで、最終問題の配点だけが異様に高い、みたいなやつである。
『最終戦で勝った方が勝ちってことね』
大食い勝負を黙って眺めていたダークの発言。
精霊が何かを食べるというのは聞いたことがないから、食欲に関わる話題や競技はピンとこなかったのかもしれない。
とにかく、勝負は最終戦へともつれ込んだ。
確かにこれがエンタメなら、盛り上がる展開だろう。
◇
『第五戦目は、風船奮戦超乱闘である!』
魔王様の高らかな宣言のあと、実況解説によるルール説明が行われる。
参加層に制限はなし。参加人員にも制限はなし。魔法の使用も許可。
ただし生身での戦いとなるので、そのあたりは留意すること。
参加希望者はみな、頭に紙風船をとりつけ、水を弾く魔法を全身に掛けてもらう。
両チームで激突し、最後の一人になるか、または片チームの全滅まで続行。
紙風船は濡れるだけで萎む他、衝撃で割れるので、注意しなければならない。
どちらの場合も退場扱いとなる。
水棲魔物のいる僕ら白チームが有利かと思いきや、紙風船自体を魔法でコーティングすることは禁止なので、海中に潜ることができない。
むしろ、空を飛ぶ第七層の職員がいる分、自由度は赤チームの方が高いかもしれない。
ともかく、相当数のメンバーが参加を表明。
なんとカシュまで、やる気まんまんのようだった。
「さんぼーを、おまもりしますっ!」
とのこと。
いつもは僕らの防衛を画面越しに眺めることしか出来ないので、一緒に戦いたかったのかもしれない。
【海の怪物】フォルネウスさん他、不参加組の水棲魔物たちが海中を巡回してくれるらしいので、万が一溺れる職員がいても大丈夫だ。
改めて。
赤チーム、番犬の領域、吸血鬼の領域、夢魔の領域、空と試練の領域、時空の領域。
白チーム、死霊術師の領域、人狼の領域、水棲魔物の領域、武の領域、渾然魔族領域。
そして、準備を終えた僕らは。
みな揃って紙風船を頭部に装着し、海上に立つ。
魔王軍が二つに分かれ、それらの勢力が互いに向かい合う形。
『さぁ、白熱の紅白戦! 泣いても笑っても、これが最後よ!』
『赤と白、勝者はどちらのチームとなるのでしょうか』
『では第五戦目――始め!』
魔王軍の魔物が一斉に動き出す様は壮観。
だが見とれている場合ではない。
僕とフォラスは頷き合い、黒魔法を全開。
番犬の領域、吸血鬼の領域、空と試練の領域のメンバーたちに『混乱』を浴びせかける。
【黒妖犬】と【吸血鬼】は転倒し、【鳥人】は墜落。
ほぼ全員が、短時間で退場する。
「なんだ!?」「参謀の黒魔法に決まっている!」「フォラスもいるぞ!」「 抵抗(レジスト) の準備よりも早く、これだけの人数を!?」「まさか『混乱』で歩き方や飛び方を忘れさせたのか!?」「凶悪すぎる!」「敵に回すとこれほど厄介とは……!」
紙風船が濡れるだけでいいので、効果時間は最大でも数秒で済む。
人数分の魔法式を構築せねばならないのが大変だが、特に問題はない。
とにかくこれで、赤チームの数がかなり減った。
瞬間、魔力の高まりを感じた僕は、咄嗟に背後を振り返り。
そこに現れたアガレスさんと、目が合った。
『空間転移』だ。
「申し訳ございませんが……うぷっ……参謀殿にはここで散って頂きます……うっ。死んでいった部下の為にも……おっ……負けるわけにはいかないのです!」
お腹がぱんぱんの状態で参戦したアガレスさん。
配下のみんなは復帰することができず、ほとんどが砂浜で寝ている。もちろん存命だ。
「参謀殿!」
フォラスが咄嗟に僕とアガレスさんに割って入ろうとするが――。
「邪魔だ」
「っ!?」
彼の頭に水が降り注ぎ、それによって紙風船が即座にしぼんでしまう。
――少量の水をフォラスの頭上に『転移』させたのか。
「参謀殿、お覚悟を!」
どうやら僕の風船は直接潰すことを選んだらしい。
アガレスさんが突進してくる。
僕は転移を警戒しつつ黒魔法を――。
「さんぼー!」
そうか。
フォラスが稼いだ時間によって、カシュが僕の前に立つ時間が出来てしまった。
「な、にッ……!?」
アガレスさんが目を見開く。
かつてレイド戦において、十歳の【破壊者】フランさんと相対した際に彼は言っていた。
――『戦場に立てば老若男女は意味を持たない』と。
ならばこの戦いにおいても、彼はカシュを――。
「~~~~ッ。無理だ……ッ!」
アガレスさんは強引に己の軌道を変え、その所為で体勢を崩し、頭から海面に突っ込んでしまう。
水を弾く魔法のおかげで沈みはしないが、紙風船は甚大なダメージを負ってしまい、退場となった。
「真剣勝負とはいえこのような催しで、【 役職(ジョブ) 】判明前の童女を手に掛けるなど、私には……私には……ッ!」
アガレスさんが慟哭する。
カシュはそんなアガレスさんを申し訳なさそうに眺めていたが、ふっと僕の方を見上げた。
「わたし、さんぼーを、おまもりできましたか?」
「う、うん。すごかったよ、ありがとうカシュ」
「は、はいっ!」
カシュの顔に笑みが浮かぶ。
第九層はアガレスさんを失ったことで壊滅。
僕ら白チームの快進撃が続く。
フルカスさんの消化能力たるや凄まじく、膨らんだお腹が嘘のように元通りとなっており、伸縮自在の槍で相手チームの紙風船を次々と割っている。
レラージェさんの弓術も見事で、敵の紙風船がどんどん弾けていく。
もちろん防衛で使う毒矢ではなく、鏃も布で包んだものを使用しているようだ。
海中に潜れないとはいえ、水魔法が使える水棲魔物はやはり有利だし、キマリスさんの死霊には退場がないので頼もしい。
【人狼】のみなさんは退場者も多いが、その分近接戦で多くの敵を倒している。
「――鮮血の雨」
瞬間、真っ赤な雨が降り注ぎ、僕ら白チームの多くが脱落した。
カーミラだ。
オリジナルダンジョンで得た『途方もない容量の水筒』を改造した、漆黒の箱。
そこから出した膨大な血液を【操血師】の力で操り、空から振り撒いたのだ。
「血でも紙風船は萎むでしょう?」
血はそのまま海上に落ちることなく、彼女の許へと戻っていく。
操る血への支配力がかなり高いのは、彼女の実力の証明だ。
「本日ばかりは敵同士。参りますよ、レメゲトン様」
彼女が凄まじい速度で海上を駆ける。
僕は黒魔法を彼女に放つが、それは彼女の血によって弾かれた。
――そうか、彼女の血には、彼女の魔力が浸透している。
今の彼女は、血を己の周囲に巡回させていた。
血液で 抵抗領域(フルジレスト) を再現しているのか!
『なるほど、ライバルって発言もあながち間違いじゃないかもね』
ダークが呟く。
その通りだ。ミラさんの向上心は凄まじい。
いつもは同じダンジョンの仲間なのに。
僕らはライバルだから。
ちゃんと、僕と戦う時の術も、用意しているのだ。
『とはいえ、こういう競技で真正面から相手する必要はないよ。勝ちに必要な手を柔軟に打っていくべきじゃない?』
それもまた、その通り。
カシュのおかげでアガレスさんが退場した先程の場面も、ダンジョン防衛ではとても使えないが、こういった催しであることを考えるとアリだ。
『というわけで、相棒に秘策を授けよう』
あまりいい予感はしないが、まだ敵は残っているのだ。
カーミラに意識と時間を割かれるわけにもいかない。
ダークのアイディアを、僕は採用することにした。
迫るカーミラに、僕は叫ぶ。
「ミラさん、今日の夕食はお肉がいいな!」
「えっ!!!!!!! レメさんからのリクエスト!?」
カーミラの血の装甲が、ぱしゅっと解ける。
集中力が乱れたことで維持出来なくなったのだ。
「ミラさんの料理はいつも美味しくて楽しみなんだよね。ダメ……かな」
「ダメじゃありませんとも……! 新婚っぽい!」
僕はそっと水を手で掬い――水を弾く魔法が掛かっているでちょっと大変だった――ミラさんに掛けた。
彼女の美しい顔と紙風船が、濡れる。
「あ……あぁ、そんなっ」
ミラさんの顔が絶望に染まっていく。
なんて悲しい勝利なのだろう。
非常に胸が痛い。
こんな作戦、やめればよかったかもしれない。
『人の愛情さえも利用するとは、魔王の軍勢をまとめる参謀らしい、実に非道な策だね』
君の献策じゃないか。
『そりゃあ、ダークたんはそんな参謀の相棒だからね』
「ごめんミラさん! でもリクエストは嘘じゃないから!」
「うっうっ……腕によりをかけて作ります……」
「本当にごめんよ! そうだ、今日の料理は僕も手伝――」
「それは大丈夫です」
それは大丈夫らしい。
仕方ない。埋め合わせは別で考えよう。
僕はカシュを伴って、迫る敵に黒魔法を掛けていく。
たまに突破する者も、仲間が倒してくれたり、カシュを攻撃出来ずに隙が出来たりする。
カシュは精一杯僕を守護してくれているし、その想いは本当に嬉しいのだが、子供を盾にしてる感が凄まじい。
まるで悪人だ。
ダンジョン攻略の設定的には、悪役だけれども。
みんなノリがよくカシュを大事に思っているので、彼女が「てりゃー」と突っ込むと「ぐわあっ」と吹き飛んでくれる。
そのまま退場してしまう者も多かった。
しかしそんな時間も長くは続かない。
決死の特攻を仕掛けたハーゲンティによって、カシュが退場してしまったからだ。
ハーゲンティの血によって、カシュの紙風船は萎んでしまう。
「あうっ」
カシュの奮闘も、ここまでのようだ。いや、本当によく頑張ってくれた。
「参謀! あたしを夕食に招待するか水底に沈むか、今すぐ選びなさいな!」
さっきのミラさんとの会話を聞いていたらしく、目が血走っている。
「僕が沈むことはないと思うよ」
「お姉様と二人きりがいいというわけねそうなのね気持ちは分かるけれども沈みなさい!」
だがハーゲンティは僕のところまで到達できない。
ボティスの魔眼によって、石化したからだ。
そのまま、石像として海面に立つハーゲンティであった。
「……これが貴女の為です、ハーゲンティ」
【魔眼の暗殺者】ボティスも、僕を守ってくれていたのだ。
乱戦の様相を呈しているこの戦い、凄まじい勢いで退場者が続出。
赤チームでは【夢魔】の 魅了(チャーム) が僕の黒魔法に負けず劣らずの戦果を出しているし、退場を免れていた【雄弁なる鶫公】カイムさんの風魔法も猛威を振るっている。
僕らは、種族も年齢も違うのに。
まるで同年代の子供のように、全力ではしゃぎ。
気づけば笑顔で、互いを濡らす為に全力を尽くしていた。
そして、そんな戦いの結末は――。
◇
『そこまで! 勝者――白チーム!』
魔王様の言葉によって、試合は終了。
最終的には、赤チームの全滅によって勝負がついた。
赤チームから残念そうな声が上がるが、互いに険悪な雰囲気はなく。
健闘を称え合うような空気が流れる。
『いやぁ、楽しかったわね』
『みなさんの普段とは異なる一面も見えて、非常に興味深い催しでした』
『うむ! これにて「第一回魔王城紅白戦」を終了とする!』
そのあと。
僕らはみんなでスイカ割りをしたり、海の家の食べ物――ホットドッグは品切れ――を堪能したり、砂遊びやビーチでの球技を楽しんだり、写真を撮ったりした。
これこそが海水浴なのではないか。
もちろん、紅白戦の報酬もきっちりと支払われた。
勝ったのは僕ら白チームなので、偶数層の要望が通ったわけだ。
つまり、喫茶店が開設され、ジムが増設され、映像室が増設され、食堂で新メニューが開発された。
そして、最後。第十層、僕の要望だが。
これは仲間とも相談して決めた。
カシュの 魔力体(アバター) である。
とはいっても、魔物衣装というわけではないし、当然共に戦うわけでもない。
これまで秘書である彼女には、 魔力体(アバター) が用意されていなかった。不要だからだ。
だが、今回これだけ頑張ってくれた彼女に報いたい。
そこで、今からでも 魔力体(アバター) の感覚に慣れてもらおうと、その生成をお願いしたのだ。
後日、初 魔力体(アバター) にカシュが大興奮するのだが、それはまた別の話。
ともかくこうして、体力魔力知力と多くの力を消費した海水浴は、幕を閉じた。
◇
後日。
「ふぉおおおおおお!」
寮のリビングで、ミラさんの妙な叫び声が聞こえた。
「み、ミラさん? どうしたの?」
どうやら彼女は端末を眺めていたようだ。
『相棒の動画でも観てたんでしょ、いつものことじゃん』
ダークは冷めた様子で言う。
いやまぁ、そういうことが幾度もあったのは事実だが。
「あ、あぁ、レメさん。いえ、あの、先日の海水浴での写真を、レメさんの実家の方へお送りしていたのですが」
「えっ、なんで……」
「レメさんの近況を知りたいと仰っていたので」
「そ、そっか……」
僕があまり連絡をしないので、ミラさんとコンタクトをとる方向に舵を切ったようだ。
「特にカナリーさんが、非常に喜んでくださったのですが」
まぁ、あの四人ならそうなるだろう。
フェニクスの母カナリーさんは、僕にとっても第二の母のような存在だ。
それに、実の両親は、息子の写真ではしゃぐようなタイプではない。
「うん」
「なんと……れ、レメさんの秘蔵写真をお送りくださったのです」
「ひ、秘蔵写真……?」
嫌な予感がして端末を覗くと、そこには幼い頃の僕とフェニクスが映っている。
川辺の写真で、二人とも水着姿だ。
僕は何が楽しいのか顔全体で笑いながら、フェニクスの肩に手を回しており。
フェニクスは気弱そうな笑みを浮かべている。
「うわ……覚えてない……」
川遊びした記憶はぼんやりあるが、写真を撮られた日のことはまったく記憶になかった。
「小さいレメさん、あまりに、あまりに……ぎゃわいい!」
「そうかなぁ」
フェニクスは人気者なので、幼い頃の写真が 映像板(テレビ) で紹介されたこともあり、その際に視聴者から凄まじい反響があったようだが。
僕はこの時から、平凡な容姿をしている。
「はぁ……はぁ……しかし、このような写真を私が貰ってもよいものでしょうか? 単純所持で騎士団に逮捕されませんか?」
「いや、普通の写真だし……」
友人の幼い頃の写真とかをたまたま手にしたくらいで罪には問われないだろう。
「か、拡大して部屋の壁紙にしたいです」
「……う、うちではやめてね」
僕に言えるのはそれくらいだ。
ミラさんは僕の家に半ば住んでいるような状況だが、僕はミラさんの部屋に招かれたことがない。
なにやら禁止されているのだ。
「紅白戦で負けたのは悔しいですが、このようなお宝が手に入ったのでトータルでは大幅にプラスです」
「そ、そっか」
ミラさんが元気なら、それが一番だ。
『まったく、魔素化された写真ごときで、これだからオタクはちょろいとか言われるんだよね。嘆かわしいよ、ほんと』
ダークが何やら言っている。
『ところで相棒? 今から人間界の時間で一刻ほど反応しなくなるけど、寂しがらないでおくれよ。いや何、ちょっとした急用でね』
――いいけど、その前に一ついいかい?
『なんでも聞いてくれたまえ』
――その一刻で、幼い頃の僕の記憶を覗くわけではないよね?
『……そのつもりだけど? 静止画ごときじゃ味わえない、リアルな体験ってやつをしてくるつもりさ!』
――相棒のプライバシーを守ってくれよ、頼むから。
『じゃあ、またあとで逢おうね』
ダークは消えてしまった。
僕は大きく溜息を溢す。
「あら、他にもメールが。あぁ、ニコラさんとフェニクスですね」
「え?」
「マウント……自慢……いえ、近況報告として、お二人にも連絡をしていたんです。レメさんと海デート……もとい職員旅行的なものをしたと。あ、写真は送っていませんよ?」
「そ、そうなんだ」
「あら、ニコラさんもパーティーで海に行ったそうです。あのお兄さんとも、最近は上手くやっているんですねぇ」
「そうみたいだね」
僕も彼女とは連絡を取り合っているので、そういう話を聞いていたのだ。
ニコラさんのパーティーは、これからどんどんランキングを上がってくるだろう。
「フェニクスは……『楽しそうで何よりです』……そつのない返事ですね」
「普通じゃないかな?」
「だって、フェニパ時代の海水浴をレメさんは楽しめなかったのでしょう? けれど私との海は大満足だった筈です。そこの差に悔しがったりはしないものだろうかと! 思っていたのですが」
私とのというか、みんなとの海だったけれど、そこには触れないでおこう。
ミラさんが端末から離れたのを機に、僕も自分のメールアカウントを開く。
両親とカナリーさんだけでなく、ニコラさんとフェニクスからのメールもきていた。
カナリーさんからは、『!』マーク多めの文面と共に、ミラさんの方にも送られていた写真が添付されている。
ニコラさんの方にも添付写真があり、水着姿の赤面ニコラさんと【盗賊】レイラさんのツーショットが映っていた。
私服と 魔力体(アバター) 共に、肌の隠れる衣装でいることが多いニコラさんなので、水着姿は新鮮だ。
『レメさんの方は海、どうだった?』という文面と合わせて考えると、僕も写真を送った方がよいのだろうか。
カシュと撮った写真とかなら、ニコラさんも喜ぶかもしれない。
あとでカシュの方に許可を得てから、写真を添付するか考えるとしよう。
フェニクスの方はっと……『海は苦手ではなかったのかい?』と書かれている。
「あー……」
どうやら、アルバに強引に付き合わされた海水浴の件を、あいつも覚えていたらしい。
「んー……あ、そうだ」
僕はカナリーさんに貰ったばかりの写真を添付し『水辺は嫌いじゃなかったぞ』と返信しておく。
「レメさーん、お昼は何にしましょうか?」
「あ、うん」
僕は端末から立ち上がり、ミラさんの許へ行く。
夏はまだまだ続く。