軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編◇難攻不落の海水浴城へようこそ

これは、ある夏の日のお話だ。

僕の働く『難攻不落の魔王城』は大忙し。

世間は夏季休暇だが、そういった時期は動画の再生数も回りやすい。

休みをとった人達が、普段にも増して動画を観てくれるわけだ。

そういうわけで、冒険者も気合いを入れてダンジョン攻略に臨み、それを待ち受ける魔物たちも忙しなく働くことになる。

魔王城の幹部会議で、ふと【恋情の悪魔】シトリーさんが言った。

「今年は海に行ってないな~」

と。

それを聞いた魔王様は「ふむ……」と頷き、何かを思いついたような顔になる。

そして、配下思いの我らが王は言った。

「では、城内で海水浴を行うのはどうか」

最初はピンとこなかった僕たちだが、すぐに気づく。

ダンジョンは魔力で作られた空間。

様々な環境を、魔力で再現可能。

新たに海を作るのはさすがにコストが掛かりすぎるが……うちには、すでに海があるではないか。

第六層・水棲魔物の領域。

その空間を利用させてもらえば、遠出どころか職場から離れることなく海水浴を体験可能。

「海水浴 場(じょう) ならぬ、海水浴 城(じょう) というわけだな!」

魔王様が、やや得意げに言った。

【時の悪魔】アガレスさんが大きな拍手と共に「お見事です、魔王様!」と感嘆している。

「いいね、ルーちゃん! ナイスアイディアだよ! みんなも呼んで、海水浴しよう!」

シトリーさんは乗り気だ。

僕とカーミラは顔を見合わせ、どうしたものかと考える。

『なんで人間って海水浴好きなのかな~。海なんて危険でいっぱいなのにさ。漁に出るとか、未知への探究心とかなら分かるけど、海を娯楽にしちゃう感覚はよく分からないよ』

僕の頭の上で、ぐでーんと仰向けに寝転がりながら、精霊ダークが言う。

全天祭典競技以降は、黒ひよこよりも小人形態でいることが多くなった。

どうやらダークは海水浴に興味はないらしい。

『興味ないっていうか、 水精霊(ショタコン) の管轄だし。他の精霊の領域で相棒がはしゃぐのは微妙な気分になりそうだなーって。でも水着は見たいかも。部屋で一人で水着とか着てよ』

それをすると、家の中でパンツ一枚で過ごす人みたいにならないだろうか。

『相棒って水着も黒なの?』

だんだんセクハラみたいになってきた気がする。

無視しよう。

僕は視線を巡らせた。

鎧を脱いだ状態の【刈除騎士】フルカスさんは無表情のまま、オリジナルダンジョンで取得した『なんでもドームカバー』から料理を出しては口へ運んでいる。

「ふーちゃんもいいよね?」

「砂浜……海中……いい鍛錬になる」

「えー、そういうのもいいけど、みんなでわいわいやろうよー。あっ、そうだ。海水浴場で食べるご飯も美味しいよ!」

海辺で料理を提供する店というものがあって、地域ごとの特色があるようだ。

シトリーさんのそんな説得に、魔王城きっての武人は――。

「行く」

即答であった。

フルカスさんはこちらが心配になるくらいに食べ物に弱い。

彼女自身がとてつもなく強いので、仮に騙されても問題なく切り抜けそうではあるのだが。

むしろ、彼女を安易に食べ物で釣ろうとする人の財布が心配になってしまうくらいなのだが。

「ミラっち」

シトリーさんが次の説得相手に選んだのは、カーミラだった。

「なにかしら。悪いけれど、あまり興味ないの」

そういえば、吸血鬼は水場を渡れないとか、日光に弱いとかいう話が、かつてはあったという。

これは完全な間違いではないが、当時の人間が想像していた理由とはやや異なる。

吸血鬼には血を操る能力があるのだが、これは己の血を己の魔力で操るものだ。

だが水場となると、最悪自分の全身が濡れるし、生み出す血液にも水が混ざってしまう。

魔力操作に支障が出るので、吸血鬼は狩りの際に自ら水場を選ぶことはない、というだけ。

日光に関しても同様で、夜目が効くという利点をわざわざ捨てることになるので、好んで太陽の許で戦わないだけだという。

この判断を、当時の 人間(ノーマル) が『吸血鬼の弱点なのだ!』と勘違いしたわけだ。

「そんなこと言っていいのかな?」

「どういう意味かしら?」

と、そこでシトリーさんが僕を見た。

「レメくんって、海に遊びに行ったことある?」

「あまりないですね。フェニクスパーティー時代に、仲間と海に出たことは一応何度か……」

大体はというか毎回アルバの発案だ。

リリーは水着に抵抗があるのか宿に残ることが多かったが、フェニパが海に出現するとそれはもう女性に囲まれるのだ。

もちろん、僕以外の三人の話である。

「楽しかった?」

「正直、あまり。手持ち無沙汰で、何をしていいか分からない場所ってイメージですね……」

シトリーさんは「うんうん」と頷き、再びカーミラを見た。

「ミラっちが海水浴をするメリットが二つあるよ!」

「……言ってみなさい」

「一つ! レメくんの海の思い出を、良い思い出に上書きできる!」

「――ッ! た、確かにその発想は素晴らしいわね。おそらくナンパ目的で海に繰り出したであろう【戦士】アルバの思惑に付き合わされたレメさんの嘆かわしい記憶を私との楽しい海デートで上書きするというのはとても見事なアイディアだわ」

「う、うん。シトリーたちもいるけどね」

『すごいなこのオタクちゃん。一瞬で相棒と自分以外を世界から消して妄想デートしてるよ』

シトリーさんが苦笑し、ダークが呆れている。

「それで、二つ目もあるのでしょう?」

「あ、うん。二つ目はシンプルだよ。海ということは水着! レメくんの水着姿を堪能できるよ!」

「行きましょう」

カーミラも即答であった。

『……あまり認めなくないんだけど、この子と自分って、発想被る時があるなぁ。推しが同じだからかな』

ダークが複雑そうな声で呟いた。

「レメゲトン様……いかがでしょう? 私と海を楽しむのは、お嫌でしょうか?」

ミラさんが僕を見て、潤んだ瞳で訴えかけてくる。

「嫌、ではないけど」

「では、一緒に行きませんか? もちろんカシュちゃんも一緒に」

確かに、働き者の犬耳秘書カシュにも、息抜きの時間は必要だ。

子供らしく遊ぶ機会を、なるべく沢山用意してあげたい。

「だめ……ですか?」

とどめとばかりに、彼女が上目遣いに僕を見つめた。

「だめじゃないです」

いつものように、僕は屈する。

「よしっ……!」

カーミラはグッと拳を握って喜んだ。

「うむ。では幹部全員の承認を得たということで、決行に向け動くとしよう。まずはウェパルを呼べ。やつの層だ、話は通さねばな」

【水域の支配者】ウェパルさんは人魚で、第六層のフロアボスを務めている魔物だ。

彼女の領域を借りるのだから、城主といえど許可はとるべきだろう。

「はいはーい、シトリーも企画手伝いたいでーす」

「気が早いぞ、シトリー」

「大丈夫大丈夫。ウェパルんなら賛成してくれるよ。もし無理でも説得する材料はあるから、まっかせて!」

ウェパルさんは魔物マニア。

シトリーさんの伝手で手に入れた攻略動画の未公開映像などがあれば、説得は難しくないかもしれない。

全天祭典競技で知り合ったことで、彼女は世界ランク第九十八位【 愛唱(あいしょう) の勇者】ペーセルパーティーの面々と親しくなったそうだ。

コミュニケーション能力の高いシトリーさんなら、他にも冒険者の知人がいてもおかしくない。

そういった人々から、通常では手に入らない動画を入手可能なのだろうか。

……そうだとしたら、冒険者マニアの僕としても気になるところだ。

今度、話を聞いてみよう。

とにかく、このような経緯で魔王城職員たちの海水浴計画が始動した。

その後、話はトントン拍子に進み。

海水浴当日。

「わぁ……!」

栗色の毛をした犬耳秘書のカシュが、海エリアに転移して感嘆の声を上げた。

今回海水浴の舞台に選んだのは、第六階層のフロアボスエリアだ。

正方形の形をした部屋で、半分が白い砂浜、半分が海となっており、最適と判断。

広さも充分で、天候設定も晴れにしている。

壁には、一見してそうと分からぬよう大海原や大空、長い砂浜などの景色が描写されており、閉じられた空間であると気づかぬ工夫が施されていた。

砂浜には先客たちもおり、第一階層の【黒妖犬】や第六階層の【人魚】たちが泳いでいたり、第四階層の【人狼】たちが砂浜で走り込みをしていたり、第八階層の【龍人】たちが稽古をしていたりする。

【人狼】たちの中には、レメゲトンの配下であるミノタウロスの【黒き探索者】フォラスの姿もあった。

あとは、フルカスさんの為か屋台も出ている。

「これが、かいすいよくっ!」

カシュの目が、太陽にも負けぬほど輝く。

「海は初めて?」

「はい! 家族(みんな) もつれてきたかったです!」

今回は職員のみの参加に絞ることになり、カシュの家族は呼べなかった。

いつもならば彼女の家族は大歓迎なのだが、弟妹のナツくんやミアちゃんがいると、しっかり者のカシュは『おねえちゃん』として二人の世話を焼くことだろう。

今日は彼女にも全力で楽しんでほしい。

「次の機会には、頼んでみようか。家族とは、本当の海に行くのもいいかもしれないね」

「はい!」

そんなカシュは、青いワンピースタイプの水着を着用していた。彼女のお母さんが選んでくれたらしい。

シンプルに可愛い。

『案の定相棒は黒の海パンなのだった』

――放っておいてくれ。

そういうダークも、今日は黒いワンピースタイプの水着を纏っていた。いつも裸なので、衣類を身にまとうという概念があったことに驚く。

『素直に「可愛いよ相棒」と言ってくれてもいいんだけど?』

僕の肩の上に腰掛けた小人が、足をぷらぷらと動かしながら、そんなことを言う。

――まぁ、精霊とはいえ裸なのは視線に困るので、何か着てもらった方が助かるのは確かかな。

『え~、相棒って精霊のことそういう目で見てるの? 困っちゃうなぁ』

ダークがわざとらしく胸元を隠し、体をくねらせる。

――きみ、頼むから黒ひよこに戻ってくれない?

『あはは』

いつも通りダークの扱いに困っていると、一部の【黒妖犬】たちがカシュと僕に気づき、駆け寄ってきた。

水を吸った毛が身体に張り付き、いつもより身体が細く見える。

「こんにちは」

僕らは腰を屈め、彼らを撫でた。

彼らは僕らの水着を口に咥え、水場に引っ張ろうとする。

「えっ、えっ」

戸惑うカシュ。

「僕はあとで行きます。カシュのことを頼んでもいいですか?」

彼らは元気よく吠えて応えた。

「れ、レメさん?」

「大丈夫。僕もすぐに合流するよ。あ、でも深いところには行かないようにね」

【黒妖犬】のみんながいるから大丈夫だろう。

「はいっ」

僕が頭を撫でて言うと、カシュもこくりと頷いた。

波打ち際まで行き、最初はおそるおそる足を踏み出していたが、すぐに楽しくなってきたのか【黒妖犬】たちとじゃれ合い始めた。

それを見届けてから、僕は視線を巡らせる。

屋台エリアにはバーカウンターも併設されており、そこで第二層フロアボス【死霊統べし勇将】キマリスさんと、亜人形態の第一階層フロアボス【地獄の番犬】ナベリウスさんが酒を酌み交わしていた。

キマリスさんは暗い色の、ナベリウスさんはド派手な色合いのシャツを、それぞれ水着の上から羽織っている。

「いやぁ、砂があっても海があるだけでグッと魅力的になりますなぁ。 第一層(ウチ) も、オアシスエリアなどを作って景観に変化を持たせてみるのもアリでしょうか」

「荒野に水辺ならば合うでしょうな。 第二層(うち) が真似しようにも、せいぜい毒沼を配置するくらいになりそうだ」

「はっはっは! 廃都市というエリア設定を思えば、華やかさを演出するわけにも参りませんものな」

「まったく、その通りで」

層が近いからだろうか、二人は仲がいい。

第一層と第二層繋がりでいうと、もう一組。

ダークエルフの第二層副官魔物【闇疵の狩人】レラージェさんが、ビーチベッドの上に仰向けになって寝ている。

彼女の水着は布面積に少々不安がある白のビキニで、 魔力体(アバター) 衣装で着用しているものに似ている。

外套やショートパンツふうの衣装がなくなるだけで、随分と印象が変わるものだ。

彼女の横では、白い毛並み輝く第一層副官魔物【不可視の殺戮者】グラシャラボラスさんが、気持ちよさそうに丸まって寝ていた。猛禽の翼は畳まれ、丸まる姿は大型犬のよう。

レラージェさんは本当に寝ているわけではないらしく、時折隣のグラさんをわしゃわしゃと撫でていた。

その口元は満足げに緩んでいる。

「きゃー! ふーちゃん可愛い!」

甘く甲高い声に視線を向けてみれば、そこにはメイド集団がいた。

正確には、メイド服を意識してデザインされた水着を着用している集団、か。

第五階層フロアボス【恋情の悪魔】シトリーさんと、配下の【夢魔】さんたちだ。

そんなメイド水着集団は、各々がカメラを構え、誰かを囲んでいる。

「ふーちゃん様! こっち視線お願いしまーす」

「ポーズ指定いいですか? 両拳の底を合わせて、顎の下に……それです! 可愛いです!」

『ふーちゃん』というあだ名の時点でわかっていたが、被写体は第八階層フロアボス【刈除騎士】フルカスさんだった。

彼女も、 魔力体(アバター) 衣装と同様の白く ぴちっと(、、、、) した競泳水着ふうの水着を身に付けていた。

メイドたちは何かの紙を掲げながら、次々にフルカスさんにポーズを依頼してはそれを写真に収めている。

「ふーちゃん! 手でハート作ってこっち見て! 食券三枚!」

どうやら、屋台で食事と引き換えにできる券を報酬にし、写真を撮らせてもらっているらしい。

フルカスさんは「ん」と頷き、いつも通りの無表情でハートを作った。

パシャパシャパシャと、メイドさんたちのシャッター音が連続した。

直後、「可愛い~」の合唱が始まる。

「ふーちゃん! 次は浮き輪装着して!」「シトリー様、 腕用浮き輪(アームリング) もよくないですか?」「うーん、いくらふーちゃんが小さ可愛いとはいっても……ルーちゃんの方が似合うかも?」「――ッ! 天才です、シトリー様! あとで魔王様にお願いしてください!」「自分でしなよー」「恐れ多いです!」

『ドラゴンキラーなんちゃらが見たら、卒倒しそうだね』

「あー、ヴォラクさんか……確かに」

当代の【竜の王】ヴォラクさんとは、全天祭典競技で戦った仲で、指輪の契約者でもある。

彼女は幼馴染であるフルカスさんのことをとても大切に思っているようなのだが、いつもすげない態度をとられているのだ。

そんな幼馴染が、海水浴で可愛いポーズを写真に撮られていると知ったら……確かに大騒ぎしそうだ。

「それより、浮き輪か。カシュは泳げるらしいけど、用意しておいた方がよかったかな」

浅瀬はまだしも、足がつかないところは多少泳げても危険だ。

ちらりと彼女を確認すると、黒妖犬たちと水かけ遊びをしていた。

海の方では第六階層フロアボス【水域の支配者】ウェパルさんが、大きな貝殻を浮かべてその上で色鮮やかなジュースを飲んでいたり――水着も貝殻状だった――副官魔物【海の怪物】フォルネウスさんが体の半分を海面に出してゆっくり泳いでいる。

彼の上には他の【人魚】さんたちや、第七層の【鳥人】さんの姿もあった。

第七層フロアボス【雄弁なる鶫公】カイムさんは絶え間なく何かを喋っており、フォルネウスさんがそれを受けて和やかに応じている。

副官魔物の【怪盗鴉】ラウムさんは、砂場遊びをしていた。砂浜の上で転がったり、翼を砂に被せたりしている。

その近くにはレメゲトンの配下である【一角詩人】アムドゥシアスと、彼女の使役する亜獣アルラウネたちの姿も確認できた。

「みなさーん、わたしの目が届かないところには行かないでくださいね~」

アムドゥシアスはケンタウロス形態と人間形態を行き来できる亜人で、額からは角が生えている美女だ。

今は人間形態で、前部からはワンピース、背部からはビキニに見える白の水着を着用していた。

「海かー」「塩水なー」「まぁ、のめるけどもー」

アルラウネたちはそんなことを言いながら、浅瀬から水を吸い上げる。

大丈夫なのだろうか……と見ていると、彼女たちの葉からぱらぱらと何かが落ちるのが見えた。

海辺に生える植物のように、塩を体外に排出しているようだ。

あの子たちは吸血鬼の血液を吸ったりもしていたから、様々な液体に適応する性質を備えているのかもしれない。

興味深いな……と思っていると、一体が波にさらわれ「あ~れ~」と遠ざかっていく。

僕が飛び出す前に、アムドゥシアスさんが彼女を保護していた。

ほっとしていると、風。

それを巻き起こしているのは、集団の走り込みだ。

「おぉ! 参謀殿!」

僕の目の前を【人狼】の一団が通り過ぎ、みんなが「押忍!」と挨拶してくれたのだが。

その先頭を走っていた【人狼の首領】マルコシアスさんが列を抜け僕の方へやってきた。

「おはようございます、マルコシアスさん。うちのフォラスがお世話になっているみたいで」

フォラスはぺこりと一礼すると、他の【人狼】さんと共に走り込みを再開。

「気にすることはない、強さを求める漢は大歓迎だ! それにしても……ふむふむ、上だけとはいえ、参謀殿が脱いでいるのは珍しい! やはり俺の見立て通り、鍛えているようだな。まぁ、そうでもなければ参謀殿の動きは説明できんが!」

「いやいや、人狼のみなさんほどではないと思いますよ」

マルコシアスさん含め、彼らの人間形態を見たことがあるが、全員筋骨隆々だった。

「はっはっは! さすがに戦闘職だからな! どうだ? 参謀殿も、我らと共に漢の汗を散らそうではないか!」

「次の機会に是非。今日はカシュもいるので、楽しく遊べればなと」

「なに!? そうか、カシュ嬢が! では――スイカ割りだな! 幸い、我らが持参している!」

「すいか……割り?」

『目隠しされた者に棒を一本与えて、どこかに配置された果実を割らせるっていう遊びだよ』

ダークが教えてくれる。

さすがは神秘を司る精霊だ。

『こんな情報で褒められると虚しいんだけど』

「参謀殿?」

「いえ、いいですねスイカ割り」

「そうだろう!」

マルコシアスさんは視線を巡らせてカシュを発見すると、大きく手を振った。

「マルコさん、おはようございますっ!」

「うむ、おはようカシュ嬢! 水着がよく似合っているな!」

「あ、ありがとうございます!」

「あとでスイカ割りをしよう! きっと楽しいぞ!」

「すいか……割り?」

カシュも知らないようだ。

「あはは、あとで教えておきます」

「うむ。ではまた後で!」

マルコシアスさんがグッと砂を蹴って走り出し、一瞬で視界から消えてしまう。

これで、大方みんなの様子は確認できたが……。

「――レメさん」

優しげな呼び声。

視線を向け、僕は言葉を失った。

ミラさんだ。

いや、この場では第三層フロアボス【吸血鬼の女王】カーミラと呼ぶべきか。

金色(こんじき) の長髪を風に靡かせる、美貌の吸血鬼が、笑顔を湛えてこちらに近づいてくる。

ミラさんの水着は黒のビキニだった。

こちらは、 魔力体(アバター) 衣装の中に着ているものと似ているが、細部が違う。

あちらを元に簡素なデザインに直されているようだ。

胸を支える紐は肩に続くのではなく谷間の少し上で交差し、小さなリングを通じて彼女の首へと伸びている。 魔力体(アバター) 衣装も扇情的だが、あれ以上に布が取り払われたことで、彼女の抜群のプロポーションが強調される形になっている。

金糸を織り込んだようなさらさらとした髪が陽光を再現する照明によって光り輝き、きめ細やかな白い肌は眩いくらいで、宝石の如き紅の瞳は吸い込まれそうなほど。

一歩ごとに揺れる豊満な胸部は目の毒という他なく、どこに視線を向けても緊張してしまうような無欠の美しさを、彼女は放っていた。

――のだが。

あまりに、あまりに完成され過ぎている。

そりゃあ、僕には及びもつかぬ女性の努力というものがあり、その賜物でもあるのだろうけど。

――すごく、見えてます。

『あの子の人心掌握術というか、部下からの絶対的忠誠心はすごいと思うよほんと』

ダークが呆れ混じりに呟いた。

そう。

完璧すぎるミラさんの登場の裏には、それを支える者たちの姿があった。

裏というか、ばっちり僕らの視界に入っている。

まず風だが、これは人力だ。巨大な扇を仰ぐ人員がいて、これによって絶妙な風が生じていたのだ。

次に光の当たり具合に関しても、己の血を操作して陰を作る【吸血鬼】がいたり、逆に反射板を駆使して光を当てる者がいたりと、一瞬たりともミラさんの美を損なわぬよう配慮がなされていた。

この他、僕とミラさんを結ぶ直線上に邪魔者が入らぬようになのか、イベントの警備員や重要人物の警護かのように、盾となる人材が配置されている。

それらは全て、彼女の配下の【吸血鬼】たちであった。

彼らはみなスーツ姿で、異様な緊張感の中、己の役目に集中している。

勤務時間外に部下を酷使しているとなればさすがに苦言を呈すところなのだが、彼ら彼女らに限っては違うのだと分かるのだ。

何故なら、カーミラの部下はみな彼女の豚を自認する猛者で、命令されることに喜びを覚える人種だから。

今も真剣な表情の裏で「第一声を間違えるな参謀」「しっかり褒めるのだ参謀、我々へのご褒美は貴殿の対応に掛かっている」「この作戦が成功した暁には我ら一同踏んでいただけるのだ」「逆に失敗すれば、数日は視線も合わせてもらえない」「それはそれで……」と口々に呟いている。

「ごめんなさい、お待たせしてしまいましたか?」

ミラさんはそんな配下たちなど見えていないかのように、僕にだけ視線を注いで微笑む。

「ううん、さっき来たところだよ」

「ふふ、レメさんの水着姿、新鮮ですね」

「そうだね。変じゃないといいけど」

「そんなことはありません! とてもお似合いです! あらゆる角度からの写真を撮らせていただきたいくらいお似合いです!」

興奮した彼女からの圧力がすごい。

「そ、そっか。ミラさんの水着も、と、とても似合っているね」

僕はやや緊張しながら、称賛の言葉を口にする。

『は? こっちはまだ褒めてもらってないんだけど?』

――……わかった。似合っているよ、ダーク。

『むふっ。そうだろうそうだろう?』

ダークが何やら言っているが、僕の意識はミラさんに吸い寄せられていた。

照れたように顔を朱に染め、頬に手を当てる彼女の姿が、あまりに可憐だったからだ。

「嬉しいです。レメさんも、私の水着姿を撮られますか?」

悪戯っぽい視線でこちらを見上げる彼女に、ドキッとしてしまう。

「せ、折角の機会だし、写真はいいかもね。カシュの写真とかも、ご家族に見せてあげたら喜ばれるかもしれないし」

『……冒険者みたいに、ブロマイドとか売ったらいい商売になりそうじゃない? ランダム封入かつ人物ごとの封入割合を調整して人の子たちの射幸心を煽りまくろう。最高レアは相棒ね』

レメゲトンを当てたがる人、どれくらいいるだろうな……。

様々な出来事を通して、かつてよりはファンが増えたとは思うけれど、そういうのはやはり容姿に優れている人が人気になる傾向がある。

魔王城でいうと、女性陣やアガレスさんなどは人気が出そうだ。

ブロマイドとは違うが、動物の動画なども世間では人気なので、黒妖犬たちの日常とか訓練シーンを切り取ったものなども、人気が出そうだなと思う。

時代に合わせて、魔物たちの仕事の幅も広がっていくのかもしれない。

「フロアボスチョコのように、フロアボス水着ブロマイドのようなものを販売するというのはどうでしょうか。誰もがレメゲトン様の貴重な水着姿を求めて店舗に殺到するというわけです」

『……何も言わないで』

ミラさんとダークの発想が被ることが、最近よくある。

ダークにはそれが受け入れがたいようだ。

「そういえば……ハーゲンティさんは?」

第三層副官魔物【串刺し令嬢】ハーゲンティ。

彼女が、敬愛するカーミラとの海水浴を辞退するとは思えないのだが。

「ふふ、何を仰っているのですか、レメゲトン様。彼女ならばちゃんと来ていますよ。貴方様の配下と共に過ごしているのが見えましょう?」

はて……フォラスは走り込みに参加しているし、アムドゥシアスは浜辺でアルラウネたちと戯れている。

ということは――【魔眼の暗殺者】ボティスか。

彼女は半人半蛇の亜人で、レメゲトン直属の配下。

周囲を見回すと、確かに姿が確認できた。

ビーチパラソルの下、ウェットスーツのような水着を着用した彼女は、砂の上に座っている。人間ならば膝を抱える、と表現するようなポーズで。

「……あぁ、私は参謀殿の配下である筈なのに、どうしてカーミラ殿の頼みを聞いているのか」

遠い目をするボティスは、一人でいるようにも見えたのだが……違った。

彼女の横に、金髪の生首が埋まっていた。

いや、実際は首から下は砂に埋もれているのだろうけど、生首に見えてしまったのだ。

「はぁはぁ……おねえさまの水着姿、眼福という他ありませんわ。邪魔をするなと埋められてしまいましたけれど、照れ隠しですわよね? 断じて、参謀との逢瀬を邪魔されたくないから排除したとかではありませんわよね?」

「こちらに話を振らないでください。私はただ、もういいと言われるまで貴女を監視するだけです。元々、海は得意ではないので、ちょうどいいと言えばそうなのですが」

「……貴女、全天祭典競技でおねえさまのパーティーに入って以降、やけに親しげではなくて?」

「魔物として尊敬していますが、それ以上は何もありません」

「怪しいですわ」

「これ以上、私の立場をややこしくしないでください……」

僕は視線をミラさんに戻す。

「ほら、仲良く話しているでしょう?」

「いや、あの……こちらの部下が、カーミラに動かされているみたいなんだけど」

「プライベートで親しくさせていただいているだけですよ」

『重めのオタクちゃんに恋敵認定されるよりはマシって心境なんじゃないかな』

う、うぅん……ボティスが納得しているのなら、僕が何か言うことではない……のか。

ミラさんだって、本気で嫌がっている人を無理やり従わせる人ではない。

それでも一応、後で話をしてみよう。

そんなことを考えていると。

「うむ! 全員参加とはいかぬようだが、中々の参加率ではないか!」

我らが魔王様がやってきた。

赤い長髪に、魔人の特徴でもある側頭部から生えた一対の角。

紅蓮の瞳は、今日はサングラスによって隠されており。

いまだ幼いその肉体は、フルカスさんの着用している競泳水着ふうの色違いを身に付けていた。

ピタッと肌に張り付くような素材で、絶妙なテカりのある紺色の水着だ。

魔王様の背後では、第九層フロアボス【時の悪魔】アガレスさんが鼻血を噴いて倒れている。

下は水着だが、上にシャツを着てネクタイまで巻いているアガレスさん。

その純白のシャツには、血のシミが広がりつつあった。

ダイイングメッセージを残すかのように、砂浜に『尊い』と記したあと、彼は意識を失う。

「この世界から一人でもロリコンを減らす為に、あれは海に投げ込んでおきましょう」

「ちょっとミラ~? 私の領域にロリコンを沈めないでくれる?」

ミラさんの冷たい言葉に、海の方からウェパルさんによる文句が入る。

アガレスさんの名誉の為に言っておくが、彼は幼い少女が好きなのではなく、幼い少女を尊んでいるだけなのだ。

「ロリコンではない! 幼き者の守護者だ!」

復活したアガレスさんが反論した。

一連の流れを無視した魔王様の許へ、カシュが近づいていく。

「魔王さまっ! おはようございます!」

「おぉカシュ、おはよう。ふむふむ、可憐な水着ではないか、母君のセンスか?」

「はい、ありがとうございます!」

カシュの輝く笑顔を見たアガレスさんは吐血しながら再び砂浜に没し、今度は『ここが天の国』と書いて気絶した。

「この世界から一人でもロリコンを減らす為に、あれは砂浜に埋めておきましょう」

「だから、私の領域に捨てないでってば」

そんなこんながありつつ、今日の参加メンバーが全員揃う。

魔王様からの軽い挨拶のあと、僕らは思い思いに海水浴を楽しむことにした。

僕はカシュやミラさんや黒妖犬たちと浜辺で戯れたり、フォルネウスさんの魔法で海中でも呼吸できるようにしてもらい、手を繋いで海を潜って人魚気分を味わったり、カシュと一緒に砂の城を作ったりなどした。

そんなふうに、海を満喫していると。

「おー、こほん!」

魔王様が咳払いしたので、魔物のみんなが彼女の声に集中する。

「みなが楽しんでくれているようで、余も嬉しい。このまま銘々楽しく過ごすのもよいだろうが、余の用意した催しについて聞いてもらいたく思う! ――アガレス!」

「ハッ」

そして魔王様がパチンッと指を鳴らすと、水着を赤く染めたままのアガレスさんが、どこからともなく巻かれた紙を取り出し、広げた。

そこにはこう書かれている。

――『第一回魔王城紅白戦』、と。

「貴様らには階層を単位として二つの陣営に分かれてもらい、海水浴場というこの場ならではの競技を行ってもらおうと思う。勝利チームには報奨もとらせるぞ。とはいえ無制限とはいかぬので、一層につき一つずつが限度となろうが」

おぉ、と魔物のみんながざわつく。

つまり、第一層から第五層までチームと、第六層から第十層までチームという具合に、所属する階層を基準に分かれるわけか。

「はいはいルーちゃん、報奨ってたとえば?」

シトリーさんが勢いよく挙手して質問。

「うむ。余の権限の範囲内で――なんでもありだ!」

おぉぉ! と魔物のみんなのざわめきが大きくなる。

「じゃあ、メイド喫茶だけじゃなくて、ゴスロリ喫茶バージョンの第五層も作ってみたいんだけど、いいかなぁ?」

魔力空間とはいえ、改修には費用がかかる。部屋のデザインなどもそうだし、最終的には魔力も必要になってくるのだ。

更にはゴスロリバージョンの 魔力体(アバター) 衣装関連も、当然タダではない。

「無論だ」

魔王様が鷹揚に頷き、みんなのテンションが上がった。

シトリーさんに続くように、次々と色んな要望が飛び出す。

「食堂の新メニュー追加と、おかわりの制限撤廃」「漢がより高みに至る為の 訓練施設(ジム) があればありがたく思うのですが!」「超巨大スクリーンを設置した映像室があると嬉しいわ」「我が層にオアシスエリアをどうか!」「ふむ……食堂とは別に、落ち着ける喫茶店のような場所を用意していただくことは可能でしょうか」「施設内に図書室を設け、職員のみなさまがたが知に触れやすい環境を構築することで――」「休日も魔王様をお護りするご許可を頂きたく……」「レメゲトン様と私の執務室を繋ぐ転移石を配置してください」

「みな願いを抱えているのは理解した。参加意欲も高く嬉しく思うぞ。だが、要望は――勝ってから申せ」

魔王様が挑発的に笑い、みなが「ハッ」と応じる。

「レメゲトン様! このカーミラ、紅白戦でも必ずや貴方様の勝利に貢献いたしま――」

「なお、組分けは偶数層と奇数層とする!」

魔王様の発表に、カーミラが固まった。

吸血鬼の領域は第三層で、渾然魔族領域は第十層だ。

僕らは敵同士、ということになる。

「そ、そんな……レメゲトン様と敵対するだなんて」

カーミラの顔が絶望に染まる。

「ま、まぁまぁ。全天祭典競技でもあったことじゃないか。ライバルとして、頑張ろう」

「っ! そ、そうですよね。それに、私とレメゲトン様、どちらかの願いは叶うということですものね!」

なんとか復活出来たようだ。

あと、僕かカーミラの願いが叶うのではなく、層を代表しての願いを叶えてもらうというのが正しいと思う。

第三層所属の吸血鬼のみなさんは、カーミラの願いに異議を唱えないだろうけど。

『いや、第十層も数人しかいないし、メンバー的にも相棒の願いに異議は出ないと思うけど』

そう考えると、ミラさんの発言も間違いとは言えないのか。

とにかく、僕らは紅白戦をすることになった。

紅組は、番犬の領域、吸血鬼の領域、夢魔の領域、空と試練の領域、時空の領域。

白組は、死霊術師の領域、人狼の領域、水棲魔物の領域、武の領域、渾然魔族領域。

職員旅行でのレクリエーションというには、ややみんなの熱が入った、そのような戦いが、幕を開けようとしていた。

やはりダンジョン防衛を生業とする者たちだからか、勝負事となると真剣になるようだ。

カシュによる「が、がんばってください、さんぼー!」という声に、僕も奮起する。

『ちなみに相棒は、勝ったら何を願うの?』

ダークの問い。

魔王様が言っていたじゃないか。

それは勝ってから言うことだよ。

『……なんだかんだ、やる気じゃん』

ダークの楽しげな声に、僕は反論する気が起きなかった。