軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

296◇全天祭典競技最終段階『血戦領域魔王城』18/自壊

「……どの」

どうにも体が重い。

いや、違う。何かに体の動きが阻害されているようだ。こう、泥の中にでもいるような……。

「参謀殿!」

【黒き探索者】フォラスの声だった。

彼はその【 役職(ジョブ) 】の性質から、師匠に挑み掛からず、最初の指示の通り僕の側に控えていた。

僕が師匠に向かっていったことで、別れた形となる。

そんな彼が、僕の体を抱き起こす。

『投げられたんだよ』

黒ひよこ姿の精霊ダークが、僕の頭の上に乗って呟く。

『きみの眼では捉えきれない部分もあっただろうから、視せてあげよう』

瞬間、僕の脳内に映像が流れ出す。

このダークは、オリジナルダンジョンで人々を夢の世界に閉じ込めていた。

自分の見た映像も、まるで夢のように人に見せることが出来るのか。

【湖の勇者】レイスくんが、聖剣を地面に突き刺す。

すると湖面に石を投げ落としたかのように大地に波紋が広がり、それは師匠の足許まで届いた。

瞬間、師匠の足元から腰までを、凍てつく氷が包み込む。

「あんたなら分かるだろ。それはただの氷じゃない。氷の形をした、『静止の概念』だ」

では、深奥なのか。

四大精霊が四大属性を司るのは事実だが、四大属性は精霊の力の一端でしかない。

実際は、精霊はより大きなものの根源。

だから、精霊の力を深くまで引き出す深奥では、その本質に近づくことになる。

『神々の焔』が、炎の形をした『破壊の概念』であるように。

『天空の箱庭』が、空間の連続性を対象とした『編集の概念』であるように。

『悲嘆の 氷(ひょう) 』は、氷の形をした『静止の概念』ということなのだろう。

水は命の母であるが、氷は命を閉じ込めることがある。

太古の昔に生きていた生命体が、氷漬けの状態で後世に発見されることがあるように。

水は始まりの地だが、氷の状態では監獄とも成り得るのだ。

おそらく、あの深奥は『この世のものなら何であろうと凍てつかせる』力を有している。

レイスくんはただでさえ『深海の 揺籃(ようらん) 』にて『創造の概念』を操ることが出来るというのに、十歳にして更なる深奥に至ったというのか。

世界最強の魔王を拘束するという大戦果。

そこに僕らが殺到する。

「貴様らは考えたことがあるか。精霊の言う『この世』の定義を」

『悲嘆の氷』に、罅が入る。

『神々の焔』を纏った【炎の勇者】フェニクスの聖剣を、師匠は片手で受け止めた。

「大戦時、破格の深奥を持つ【勇者】でさえ殺せぬ【魔王】がいた、その理由を」

氷が砕け散り、フェニクスの聖剣が半ばから折れる。

師匠は剣を砕いた手で拳を握り、それでフェニクスを殴りつけながら、もう片方の腕で【嵐の勇者】エアリアルさんの『嵐纏一極』を受け止める。

フェニクスを殴った腕を引き戻し、エアリアルさんの腹部に刺すように拳を叩き込んだ。

今のエアリアルさんは『同化』によって『風』そのものである筈だが、彼は空気に溶けることはしなかった。

「この世ならざる者が、敵であったからよ」

出来なかった、のか。

ただの拳が纏う魔力があまりに膨大で、もし風になれば元に戻れないと判断したのかもしれない。

【不屈の勇者】アルトリートさんが【大気の如き悪魔】イポスさんを倒した時と同じ状況だが、それをただの拳で、四大精霊契約者に対して行えるとは。

「だが、この時代、儂より他にその性質を維持している者はおらぬ」

師匠が両手を正面に突き出し、それぞれが僕と魔王様の拳を受け止めていた。

「儂の血を引いた者も、儂の角を継いだ者も、所詮は『この世』の者だった」

僕も魔王様も角の魔力を最大出力で噴出しているというのに、そこから一歩たりとも踏み込めない。

山のよう……いや、山であれば、今の僕と魔王様の攻撃を受け止めることなど出来ないだろう。

まるで、星そのものを相手にしているかのような、絶対的存在感。

「知ったことかボケジジイ! つまるところ勝手に疎外感を感じて家出しただけであろうが! 貴様は多感な十代か! いい歳して恥を知れ恥を!」

魔王様が叫ぶ。

師匠は答えず、僕らを左右それぞれに放り投げた。

そして、時が戻る。

「参謀殿?」

「あぁ、問題ない」

僕は立ち上がる。

「こちらを」

「あぁ」

殴り掛かる時に手放していた杖を、フォラスが差し出したので、受け取った。

戦場では既に立ち上がった魔王様が再度挑みかかり、氷を砕かれた以外は無事のレイスくんも攻勢に加わっている。

エアリアルさんは丁度立ち上がるところだった。

さすがは四大精霊契約者。師匠に殴られても退場せずに済んだようだ。

咄嗟に風魔法で威力を減衰させたのかもしれない。

がらりと、砕けた壁の欠片が転がり落ちる音が聞こえたかと思えば、近くにフェニクスがいた。

「……貴様も生きていたか」

「瀕死の重傷だったとも。死ぬより前に『同化』を発動したのだ」

なるほど。

エアリアルさんのように『同化』した状態で挑んだ場合、師匠の攻撃に対して風に溶けると元に戻れなくなる可能性があり、そのまま拳を受けるしかなくなるが。

拳を受けたあと、つまり師匠の魔力を体で受け止めた後で、『同化』を発動すれば、そのダメージを回復することが出来る。

ダメージを受けた肉体を炎に変換、炎から健康な肉体を再構築、というわけだ。

魔力消費量で考えると割りに合わないが、【白魔導士】がいない以上は有効な手段だ。

退場するよりはよっぽどいい。

「どうやら貴殿の師は、『この世』の者ではないようだな」

「らしいな」

僕らが話していると、ダークが割り込んでくる。

『先祖返りみたいなものだね。この世界で最初に確認された魔族たちは、確かに魔界の住人だ。その中には「この世」……まぁ人間界でいっか。人間界の理屈が通じない者もいた。けどそういう存在も、この世界で暮らしていく内に、人間界の生き物に変質していったんだよ。適応だね』

人間界の空気を吸い、人間界のものを食し、人間界の者と子を為し、人間界で世代を重ねる。

そうしていく中で、異なる世界の住人も、この世界の種といえるものへと変わっていった。

『けれど彼は、この世界の者でありながら、魔界の者の性質を持ち合わせている。人間界の理屈が通じない怪物だ。……まぁ、さすがに人間界の影響も受けてはいるようだけど』

「『神々の焔』が効いていないわけではないようだった。私が見た限り、彼の手は僅かに『破壊』の影響を受けていたようだから」

ダークの声が聞こえているわけではないだろうに、フェニクスはタイミングのよいことを言う。

完全に別世界の生き物、というわけではないのだ。

あの人だって、人間界に生まれた生き物なのだから。

『悲嘆の氷』も、僅かな時とはいえ、師匠の動きを阻害することは出来ていた。

効かないというより、すぐに突破されると考えるべき。

問題は――。

「【炎の勇者】よ」

僕はフェニクスに向かって、自分の杖を放り投げる。

「これは……」

「くれてやる。何か握っていなければ、格好がつくまい」

こいつの聖剣は先程折られてしまった。

精霊の加護は移動できるから、その杖でも使える筈だ。

「……ではありがたく、参謀殿」

『ちょっとちょっと相棒、可愛い自分の精霊ちゃんの加護はどうするの? 行き場がなくなっちゃうんだけど』

ダークが困ったような声を出すが、放っておく。

『ちぇ。まったく 火精霊(ツンデレ) ちゃんはさ~。加護が弱いんじゃないの加護が。そんなだから相棒が杖を貸すことになるんだよ?』

「……サラ?」

フェニクスが頭上を困ったような顔で見上げているが、火精霊がダークの発言に機嫌を損ねたのだろうか。

基本的に、人間は自分に加護をくれた精霊しか視認できない。

オリジナルダンジョンでのダークなど、意図的に人前に姿を晒すこともあるにはあるが……。

まぁ、精霊たちのやりとりについて考える時ではない。

フェニクスも同じことを考えたのだろう、仕込み杖から剣を抜き放ち、姿を消す。

目にも留まらぬ急加速で師匠に迫ったのだ。

そう、問題はそこだ。

僕の眼では、脳の働きでは、超常の者達の戦闘を処理しきれない。

最強の魔王の角があっても、莫大な魔力があっても、これでは活かしきれない。

赤子に聖剣を握らせるようなものだ。

強い武器だけあっても仕方がないのだ。

使い手も相応でなければならない。

――『儂の血を引いた者も、儂の角を継いだ者も、所詮は「この世」の者だった』

師匠はそんなこと、最初から分かっていたはずだ。

分かっていて角を継がせた。

分かっていてここに来た。

では、あの発言の意図はなんだ。

わざわざ失望したことを伝えるなんて、普通の人間みたいなことを、師匠は絶対にしない。

考えろ。考えろ。考えろ。考えて考えて考えて考え抜け。

――ダーク。

『なんだい、相棒』

――君は、魔人の角を人間に定着させる術を知っているかい。

『それ専用の術というのはないから、何かの応用だろうね。まぁ、あの魔王なら出来るだろう。だから君がいるのだし。それがどうしたんだい?』

――魔王の角を継がせるということは、魔王の力を受け入れられる体にする、ということなんじゃないか。

『そうだね。すごいのは、角を継がせてなお、君が普通の人間として暮らせるように調整してある点だ。角を体内に仕込んだのも、それが理由だろうね』

ある日、人間の子供に急に角が生えたら問題だ。

それに、当時の僕は冒険者に固執していた。

角が生えていたら、絶対なれないとは言わないまでも、大きな妨げになる。

師匠は、僕が 人間(ノーマル) として冒険者になれるように、そして万が一冒険者を諦めても普通の生活が送れるように、気遣ってくれたのだ。

本人は絶対に、そんなこと口にしないだろうけど。

だが、僕の身が魔王の力を受容できるのは、事実。

――この体に掛かっている秘術の制限を、一部取り払うことが出来たなら、どうなる。

『……元々が、体の仕組みを変える術だ。絶妙なバランスで「人間らしさ」を保っている術を崩せば、確かに「角に見合った肉体」への変質が始まるだろうけど』

本来は、角に見合った肉体に変換する秘術。

師匠は僕を気遣って、角を引き継がせながら、人間の体も保障してくれた。

その保障を、黒魔術で壊す。

魔法に黒魔法は掛けられないが、幸いなことに対象は僕という実体を持っている。

言うなれば、この体に掛かった、師匠の秘術という強化状態を、黒魔術で弱体化させるのだ。

それができれば――。

『あぁ、君は一時的に、魔王に近づく。だけど、君の師の腕があって初めて成立していた秘術を崩壊させるんだ。安定は絶対にしない。早ければ数秒、どれだけ長くとも十分で、君の 魔力体(アバター) は崩壊を迎えるよ』

――でも、やらなければ、みんなの動きが目で追えないままだ。

『 魔力体(アバター) が崩壊すれば、角に込めた魔力も霧散する。オリジナルダンジョンの魔力も、魔王城のコアの魔力も、君自身が生み出し角に溜めた魔力もね』

――それらは全部、師匠に勝つために使うと決めた。

『……そう。そうか。ならばやるといい。この世ならざる者を殴る為だけに、この世の境界を越えるといい。結末は自壊と決まっているが、過程は未確定だ。じっくりと、鑑賞させてもらうよ』

――黒魔術、発動。

師匠が、あの日、己の角を折り、僕に継がせると決めた時から。

一年を掛け、この身に角の力を馴染ませた、最強の魔王の秘術を。

弱める。

「――――ッ!!」

あぁ、これが 魔力体(アバター) でなければ、僕は痛みに悲鳴を上げていただろう。

体内という体内を、中から掻きむしられるような、そんな嫌悪感に支配される。

まるで粘土にでもなったようだ。

誰かの気分次第で、こねこねと形を変えられてしまう。

レメという人間は潰され、こねくり回され、何かに変わる。

人間でもなければ、魔人でもない。

だが、魔王の角を継ぎ、僅かばかりの時とはいえ、魔王の体に近づく、レメという生き物に。

視界が一瞬歪み、次の瞬間には、見える世界が変わっていた。

ゆっくりと流れているように思えるだけではない、己の思考速度が変わっているのが分かる。

だが同時に、己の肉体が急速に滅びに傾いているのも分かった。

寿命を火のついたロウソクにたとえることがあるが、それで言うならば凄まじい勢いでロウが溶けている。それだけ火の勢いが強いのだ。

燃え尽きた時、僕の 魔力体(アバター) は意思に関係なく消えてしまうだろう。

『……さすがは相棒。視覚情報を処理出来る程度に抑えたようだね。正しい判断だ。体全体を魔王にしようとしていたら、弾け飛んでいただろうから。豪胆なのに、傲慢ではない。やっぱり君は面白いな』

それを最初に言わないあたり、さすがは気分屋の精霊といったところか。

元より鑑賞者、こちらの相談に応じてくれるだけマシと考えるべきだろう。

『相棒が僕を相棒と呼んでくれたら、もっと尽くすんだけどな』

ダークの言葉を聞き流し、僕は再び四枚羽から魔力を放出する。

その直前、フォラスに声を掛けた。

「好きに動け」

「……はっ」

この戦いの場に立って、間近で選手たちの戦いを目にするという経験自体が得難いものだ。

フォラスはレメゲトンの配下。

まだまだ再建できているとは言い難い第十層を、これから共に盛り立てていく仲間。

この経験は決して無駄にはなるまい。

それに――いや、今はいい。

――ダーク。

『なんだい』

――加護の行き場だ。

加速。

一度目とは違い、流れる景色の全てを認識出来る。視界端に映る観客一人ひとりの眉毛まで認識できるような凄まじい感覚。

だが全ての情報を処理してはいられない。必要な情報にのみ注力。邪魔を削ぎ落とす。

近中遠のどれを選ぼうと、師匠に対して優位はとれない。

中遠からの攻撃は防がれ、彼の黒魔術を一方的に食らうだけ。

ではこちらも敵を攻撃できる近距離に活路を見出す他ない。

【炎の勇者】【嵐の勇者】【湖の勇者】に魔王様を加えた四人が一斉に攻撃を仕掛けたタイミングに、合わせる。

それに気づいた師匠が小さく足を上げ、地面を踏みつけた。

それだけで大地が揺らぎ、捲れ上がる。

大きな岩の塊や岩盤が、急に出現した形。

突如としてフィールドに無数の障害物が現れたことで、新たなルート選択を強いられる。

これによって、完全な同時攻撃ができなくなったわけだ。

だが一度態勢を立て直す、という選択肢は僕にはない。

僕の進路上に立ちはだかる岩の塊が、ゴウッと灼けて消えた。

「……杖の礼です」

フェニクスだ。

師匠まで一直線に接近。

師匠は両側から迫るエアリアルさんと魔王様の攻撃を弾いたところだった。

胴体ががら空きに見えるが、ここからでも対応してくるのが師匠だ。

そんな魔王の体が、再び腰まで凍る。

「一瞬は効くんだろ」

レイスくんの『悲嘆の氷』だ。

この中で唯一空を飛べないレイスくんは地形変化の煽りを一番受けた形だが、即座に共闘する者たちへの支援に切り替える判断力はさすがだ。

師匠は左腕でフェニクスの『神々の焔』を受け止めた。

僕の方に突き出した右腕も、これまで通りならばこちらの攻撃を受け止めたのだろう。

だが僕はその動きをしっかりと目で捉え、己の左腕で弾く。

「貴様――」

もしかすると今、僕の目は、師匠のように赤い色をしているのかもしれない。

仮面の所為で、誰にも確認する術はないのだが。

魔王の鎧角に覆われ、膨大な魔力を噴出することで推進力を得た右拳を、叩き込む。

それだけではない。

『いやぁ。鎧角に憑くとか、精霊史上初かもしれないな』

ダークの加護は、右腕に施してもらった。

聖剣ならぬ聖拳。

魔王の鎧角に、精霊の加護を上乗せした拳が、最強の魔王を突く。

『悲嘆の氷』が砕け、彼の体が大きく後退した。

戦いの始まりから、その場を離れることがなかった魔王。

彼の意思を無視して強引に動かすだけのことに、これだけの戦力を要したのだ。

だが、これは重大な一歩である筈だ。

「よかろう」

師匠の体を、黒い物質が包んでいる。

僕の攻撃が直撃する寸前に、反応して展開したのか。

「使ったな、鎧角を」