作品タイトル不明
277◇その日の朝
全天祭典競技最終段階は、『難攻不落の魔王城』がある街で行われる。
会場自体もその『魔王城』だ。
僕たちレイスパーティーは、試合の二日前に街に入った。
他の四人は同じ宿をとるようだが、僕だけは魔王城職員としての寮に部屋があるので、そこへ戻ることに。
フェニクスパーティー時代は、旅の日々だった。
だから自分の家とか部屋とか、そういうものはなかった。冒険者の中には家を持つ人も別荘を構える人もいるけれど、僕らにそういうことはなかった。
魔王城の職員になって、部屋をもらって、それは僕にとって、三つ目の『帰る場所』になった。
一つはもちろん、実家。
二つ目は、師匠の家。オリジナルダンジョン出現のゴタゴタで、師匠は家を引き払うどころか存在ごと消してしまったので、家のあった土地を訪ねてももう何もないのだけれど。
三つ目が、寮の部屋なのだが……。
思えばこの部屋には、なんだか申し訳ないことをしているな、と思う。
フェニクスパーティーを撃退したところまではいい。
しかしその次、僕は『始まりのダンジョン』がある街に出張した。
その後レイド戦関連では過ごせたけれど。
レイドが終わったらオリジナルダンジョンの調査で地元に戻ることになった。
そして全天祭典競技である。
もし部屋に心があったら「お前ほんとに此処の住人で合ってる?」と訝しんでいるのではないだろうか。
最終段階、開催当日。
朝、ベッドで目覚めた僕は、ぼんやりとした頭でそんなことを考えた。
隣には、金色の髪をした美しき吸血鬼が眠っている。
僕の今の生活があるのは、この人のおかげと言っても過言ではない。
ミラさんだ。『難攻不落の魔王城』四天王【吸血鬼の女王】カーミラでもある。
レメゲトンとしての僕の一番目の契約者。
レメとしての僕にとっても大切な人だ。
彼女いわく、僕らの関係はソフレというらしい。
寝息を漏らす彼女が自分の隣にいる光景は、都合の良い夢を見ているのではないかと不安になるくらいにキラキラしている。
何時間でも眺めていられそうだな、とやや気持ち悪いことを考えながら上体を起こす。
動きやすい服に着替えて、寮の入り口を出ると、彼は既に僕を待っていた。
「おはよう、フォラス」
声を掛けると、彼が小さく頭を下げる。
【隻角の闇魔導師】レメゲトンには、直属の配下が三体いる。
【黒き探索者】フォラスはその一人だ。
ミノタウロスの【黒魔導士】で、その技量は卓越している。
寡黙な努力家で、全天祭典競技では【刈除騎士】フルカスパーティーに迎えられたほどの人材。
レイドを機に雇った彼だが、その後僕らは朝のランニングを共にするようになっていた。
ランニングの参加者はもう一人いる。
僕たちは女子寮までの道のりを軽く走った。
女子寮前で、その人は僕たちを待っていた。
額から螺旋状の角を生やした彼女は、ユニコーンを先祖に持つ美女。
薄紫掛かった色素の薄いふわふわの髪と、笑みの形に細められた目許が特徴的。
人の姿とケンタウロスの姿を行き来出来る【調教師】。
【一角詩人】アムドゥシアスだ。
彼女は【魔王】ルシファーパーティーに誘われ、全天祭典競技の間は魔王様直属に。
「おはようございます~。なんだか久々な感じがしますね~」
「そうだね。……あれ?」
アムドゥシアスの横にもうひとりいるのに気づいて、僕は目を丸くした。
その人物は、以前朝が弱いとかでランニングを断っていたからだ。
人の上半身に蛇の下半身を持つ、ラミアという種族。髪も鱗も肌も白いのだが、今日はそれを覆うようにピチッとした生地を纏っていた。
「久方ぶりにございます、参謀殿。この時間であれば、ご挨拶できるかと思いお待ちしておりました」
彼女の瞳を確認することは出来ない。いつも包帯で隠しているからだ。
石化の魔眼を有する【暗殺者】の彼女は、そのままこう呼ばれている。
【魔眼の暗殺者】ボティス、と。
彼女も全天祭典競技に参加していた。【吸血鬼の女王】カーミラパーティーだ。
優秀な部下が高く評価されて誇らしい限りだが、あまり上司らしいことが出来ていないのが心苦しくもある。
「そっか、久しぶり。……あぁそうだ。みんな、折角仲間になったのに、あんまり一緒に仕事出来てなくてごめんね」
すると、全員が不思議そうな顔をした。
「何を謝ることがあるんですか~? 他の場所で輝けなかったわたし達を参謀サンが見出してくれたから、こんな大きな催しに出られているというのに」
アムドゥシアスが言い、フォラスとボティスが頷く。
「――――」
レイド戦にあたって部下を募集した時、求めたのは『勇者を倒す気概のある人』だけ。
この三人と、あとは【絶世の勇者】エリーパーティーには、それが感じられた。
そうして僕たちはレイドで勝ったわけだけれど、それ以降上司らしいことは出来ていなかった。
しかし三人にとっては、僕が採用したことこそが、今に繋がる重要な出来事で。
「……あはは。それならよかった。あー、うん、じゃあそろそろ、走ろうか」
そのことがなんだか嬉しく、同時に照れくさくて、僕は慌てて前を向く。
「参謀サン、戦いの時にはあんなに凛々しいのに、普段は可愛いですね~」
「上司をそのように見るな」
「ボティスちゃんだって、参謀サンの試合に感動して今日来ちゃったくせに~」
「……本当にやめろ。万が一にもカーミラ殿に聞かれていたら命が危うい」
「またまた照れちゃって~」
「わかってない……カーミラ殿の恐ろしさがわかってない……」
ボティスはミラさんと組んだ時に何かあったらしい。
黙々と走っているように見えるフォラスだが、一瞬吹き出すように笑った。
付き合いこそ短いけれど、今の僕らに他人同士のよそよそしさはない。
この大会が終わってから、もっと信頼し合える仲間になれるといいな。
そんなことを思いながら、朝のトレーニングに取り組んだ。
◇
心地よい汗を掻いて部屋に戻ると、キッチンの方から油の跳ねる音が聞こえた。
同時に食欲をそそるいい匂いも。
リビングに向かう。
髪をポニーテールに結ったミラさんが、エプロンを着用して朝食を作っていた。
「おはようございます、レメさん」
「うん、おはよう」
「お料理すぐ出来るので、汗を流すのは食後にお願いしますね」
「あはは、そうだね、そうするよ」
タオルで汗だけ拭っておく。
水差しからコップに水を注ぎ、グッと呷った。
ダイニングテーブルの椅子に腰を下ろし、 映像板(テレビ) をつける。
ニュース番組だ。
『ついに本日、全天祭典競技最終段階が執り行われます! 現役最強の四パーティーが「難攻不落の魔王城」特設ステージに集い! 伝説の 強者(つわもの) たちに挑むのです! 全ての冒険者ファン必見の歴史的イベントで、世界最強を手にするのは一体誰なのか!』
今日、僕は、僕たちは、かつて憧れた伝説全てと対峙することになる。