作品タイトル不明
249◇それぞれのファンサ(後)
抽選会へ向かう道中、意図的な情報漏れと準備万端な通路整備によって、ルート脇に大勢の一般市民が集まってることに気づいた僕ら。
容姿に優れた僕以外の四人は早速大人気の様子。
前方には世界ランク第六位パーティー。
『相棒』
ここのところ姿を消してる時間の方が長くなった、精霊ダークの声。
――瞬間、凄まじい寒気に僕は咄嗟に振り返った。
そして、ぽよんっと何か柔らかいものが顔にあたる。
「おや、さすがは私の見込んだ男。日頃から鍛錬を怠らないとは、感心感心」
黒魔法、だった。
そして僕はそれを、結果的には 抵抗(レジスト) した。
僕は黒魔法の鍛錬のために、常に自分に魔法を掛け続けている。つまり、自分の魔力が自分に纏わりついているわけだ。
実際はもう少し複雑なのだが、分かりやすく言うとそんな感じの状態なわけで。
そこに他人の黒魔法がやってきても、掛かる前に僕の魔力に干渉してしまう。結果として、相手の黒魔法は僕に作用する前に僕の魔力で相殺される。
そんなことでもしない限り、日常において黒魔法を無効化するのは難しい。
だからこそ、この街で再会した時のミラさんや、僕を探し当てたエアリアルさんに僕は驚いたわけで。
あの二人の場合は、僕の黒魔法を想定して 抵抗(レジスト) を展開していたわけだから、また話が別だけど。
とにかく、高位の【黒魔導士】が日常生活で黒魔法を使うと、他人がそれを防ぐのは難しい。
一般人はもちろん、レイスパーティーの面々ですら彼女の接近に気づいていない。
敵意や殺意でもあれば少なくともレイスくんやフランさんは反応したろうが、それもなし。
それもそうだろう。
僕は彼女を知っている。
「……く、苦しいです」
「はぁん? 男って生き物は、豊満な胸に顔を突っ込んだ状態に幸せを感じるんじゃないのかね? 私はそう記憶しているが」
彼女は僕にぶつかった後も離れず、むしろ抱擁した。柔らかいし温かいしクラッとするような香りが鼻腔を満たしているのだが、それがイコール嬉しいかというと状況によるだろう。
少なくとも今は困惑が強い。あと息が苦しい。
「まったく、控えめなところは相変わらずかい? ようやく己の実力を世に明かす決心がついたのだと思ったが……まぁいい」
そう言いつつ、彼女はそっと僕から離れた。
「レメさん?」
「あぁ、うん。なんでもないよ」
不思議そうにこちらを見たレイスくんに微笑みを返し、他のパーティーメンバーから少し距離を取りながら歩行を再開。
彼女は楽しげに、僕の横に並んだ。
「久しぶりだね、【黒魔導士】レメ。逢いたかったよ、君が思うよりずっとずっとね」
「……お久しぶりです――アスモデウスさん」
紫のウェーブ掛かった長髪は妖しく風に揺れ、顔の上半分は仮面で隠されている。蛇を思わせる長い舌で、べろりと己の唇を舐めた。その時に、彼女の口元にほくろがあることに気づく。
直接肌は晒していないが、体のラインを強調するような衣装は扇情的。
『北の魔王城』――またの名を『超級・極北のダンジョン』の支配者。
【六本角の魔王】アスモデウス。
彼女を構成する要素の中で最も目を引くのは、異名にも表れている――六本の角だろう。
彼女の支配する領域は、五つある魔王城の内、フェニクスパーティーが踏破した唯一のダンジョンでもある。
とは言っても、他の東西南の魔王城には挑戦したことがない。
『難攻不落の魔王城』に挑むには、最低限東西南北どれかの魔王城を突破する実力が必要……というのは業界の共通認識のようなもの。
最近では無視するパーティーも多いようだが、フェニクスパーティーは先人たちがそうしたように、ラストダンジョンの前に他の魔王城に挑戦していた。
だからそう、僕らは一度、彼女に勝っているのだ。
とはいえ、である。
大前提として、ダンジョン攻略はエンターテインメント。
そして更に言えば、角の魔力は有限。全ての挑戦者に毎回全魔力、なんてことは出来ない。
手抜きとはまったく思わないが、死力を尽くしたかはまた別。
四大精霊契約者が毎回深奥を使うわけではないのと同じだ。
「うん。うん、うん。やはり君はいいね。冒険者というのはほら、血気盛んな者が多いだろう? それは悪くないが、盲目的な格付けを好む者が多すぎるのは難点だ。一度勝ったから俺の方が上、みたいなね。まるで何度戦っても結果は変わらないとでも考えているような、可愛い傲慢。君にはそれが無い」
確かに、そういう人はいる。
分かりやすいところだと、世界ランクの上下で態度が変わるような人などは残念ながら珍しくない。
上位に行くほど、そういった人達は少なくなっていくが。
「ありがとうございます。でも、もし戦うことになれば、僕は今の仲間たちと共に勝つつもりですよ」
勝負の結果など、戦うまでどうなるか分からないものがほとんど。
その上で、勝つために努力するのだ。
「あぁ、まったく……。ふふふ、君を見るとあれだな。体に瑞々しさが戻るようで心地良いよ。もちろん、戦うとなれば勝つつもりで挑まないとならないね。その時が来ればどうぞよろしく。しかし今回はその話をしに来たわけではないんだ」
だと思った。この話題なら、抽選会の後でもいいわけだし。
「なんでしょう」
「私はあれ以来、君を気にかけていたんだよ。パーティー脱退の報を聞いた後なんかは、君を捜索させたりしてね。まぁ見つからなかったが……。いじらしいだろう?」
「それは……」
僕は少し間を開けてから、続ける。
「それは、僕を北の魔王城に勧誘するため、ですか?」
「他にあるまい? いや、あるかな? 傷心の君を慰めて気を引くためとか?」
「いえ、その……」
「ふふふ、冗談だとも。そう、君を勧誘するためさ。どうにも先を越されたようだがね?」
可能性としては、考えるべきだったのだ。
『難攻不落の魔王城』がそうだったではないか。
僕がフェニクスパーティー時代に敵対した第一層から第四層までの魔物さん達は、敵対していたからこそ、僕の黒魔法をその身に受けていたからこそ、実力を疑うことはなかった。
つまり、知っているのだ。
フェニクスパーティー時代に戦った魔物たちは、僕の力を知っている。
強い相手ほど、僕自身も魔法の効力を上げる必要があったから、より印象的かもしれない。
それこそ【魔王】ならば、厄介な【黒魔導士】を忘れたりしない、か。
配下に加えたいと思うほどに、記憶に残っていたのか。
「……今の僕は、レイスパーティーなので」
「やめたまえ、誤魔化せはしないと分かっているだろう?」
そこまで僕を買ってくれている人ならば、レメゲトンを見てレメを連想してもおかしくない。
『難攻不落の魔王城』に就職したのだとバレて当然、というわけか。
「それで、どうだい今からでも。君の望む待遇で受け入れる準備はあるんだが」
光栄だと思う。本当に。
エアリアルさんに誘われた時と同じで、見てくれていた人がいたことが、認めてくれる人がいたことが、嬉しい。
けれど。
「今の居場所に、足りないものなんてありません」
僕の答えに、アスモデウスさんはぽかんとした様子で口を開け――すぐに微笑んだ。
「素晴らしい。職員にそう思ってもらえる職場を目指したいものだ」
それから、わざとらしく僕の腕をとる。
「しかし悲しいなぁ。美女からの誘いを一刀両断とは。少しは迷うフリくらいしてくれたっていいのではないかな?」
「え、あ、すみません。それと、その、離れていただけると」
色々と当たっているので。
「気にすることはないさ、どうせ今の私を認識出来る者など君以外にいない」
「その……写真には、写りますよね」
アスモデウスさんは大げさに驚いてみせた。
「盲点だったよ」
絶対に嘘だ。
「まぁいいじゃないか。良い男と噂になる分には、私は構わないよ? それとも、私と噂になると君は困るのかい?」
想像してみた。
瞳から光の消えるミラさんが脳裏に浮かび、背筋が凍る。
「……困ります。とても」
「ははは、色男じゃないか。では君の心を射止めた乙女に免じて、ここは離れることとしようか」
彼女は僕から離れ、数歩先を行き、振り返る。
そのまま、後ろ歩きをしながら言う。
「気にすることはないよ、レメ。優れた容姿も、客受けの良い魔法も、とても大きい武器に違いないけれど、決して 全て(、、) ではない」
励ましの言葉。
レイスパーティーへの一般人の評価を聞いていたのか。
「ありがとうございます」
「君の力を、魅力を、知っている者は君が考えているより、きっとずっと多い。少なくとも、これより君が戦う猛者達は、誰も君のことを侮りはしないだろう。当然、私含めね」
励ましの言葉と、意思表明。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
ニッコリと、彼女の唇が弧を描く。
「君と争うことになるのか、あの御方を倒すべく共闘することになるのか、それは分からない。どちらにしても、楽しみだ」
「僕もです」
「それじゃあ、また後で」
その言葉を最後に、彼女の姿が掻き消える。
『六本角なんて珍種、よくこの時代に残ってたね。何本自前なの?』
ダークが黒ひよこ姿で現れ、僕の頭の上に乗る。
――生まれつき六本あったそうだよ。
『そりゃあすごい。多けりゃいいってもんでもないけど、【魔王】の六本角なら相当なものだよ。魔力の貯蔵量なら、相棒より上なんじゃない?』
――かもしれないね。
『どうせなら、なんだっけ? トーナメントだっけ? それで当たるといいなぁ。相棒が六本角をどう攻略するのか興味があるよ』
彼女だけでない。第二段階に駒を進めた全てのパーティーが脅威。
『あ~楽しみだな~。相棒についてきて良かったな~』
ほとんど独り言になってきたので、無視することにしよう。
「話は終わった?」
タイミングを測ったように、レイスくんが声を掛けてきた。
「え? あ、あぁ、うん。今精霊に話しかけられてね」
「そっちじゃないよ。北の魔王」
「……いつから気づいていたのかな」
「レメさんの様子が変だったから、魔力を展開してみたんだよ。そしたらなんか 抵抗(レジスト) に成功して、魔王とイチャイチャしてる【黒魔導士】に気づいたってわけ」
アスモデウスさんはどうやら、 抵抗(レジスト) されたのに気づいていながら黙っていたようだ。
「いや、あれはね……」
「あはは、分かってる分かってる。勧誘でしょ? にしても、最近は誰も彼もがレメさんを欲しがるね。ライバルが多くて大変だ。その方が、燃えるけど」
「あはは……」
【正義の天秤】アストレアさんには騎士団に誘われた件などについて言っているのだろう。
「敵は強ければ強い方がいいよね。その方が、最後に必ず勝つ勇者の格好良さが、際立つじゃないか」
若き【勇者】は悪戯っぽく僕を見上げて、そんなことを言う。
「ま、それは一旦置いておこうか。レメさんも、仕事だよ」
彼が指差した方向を見て、驚く。
「自分を応援してくれるファンには、サービスしてあげないとね。これも仕事の内だ」
通路脇に、大勢の一般人の姿がある。
その中に、いたのだ。
「レメさんっ……!」
犬耳と尻尾をぱたぱたと揺らしながら、小さな手を精一杯振る――幼き参謀秘書。
カシュだ。
彼女だけではなく、家族全員が来てくれていた。
カシュの母であるヘーゼルさん、姉であるマカさん、妹のミアちゃんに、弟のナツくん。
「レメさーん、目指せ優勝ですよー……! レメさんがいればいけますよー……!」
マカさんは、僕を地味と言った人達をギロリと睨んでから、大声で叫ぶ。
ヘーゼルさんはそれを窘めつつ、僕に小さく手を振ってくれた。
雪ぼうやに夢中だったミアちゃんは少し遅れて僕に気づくと、にぱっと笑って「レメしゃーん」と飛び跳ねた。
ナツくんは「あ、レメだー。フェニクスいつくるかなー」と言ってるのが聞こえた。
聖剣のレプリカをプレゼントして以来、フェニクス推しらしい。
僕は胸が熱くなるのを感じながら、一家に手を振り返す。
やっぱり、応援してくれる人がいると嬉しいものだ。
なによりも、その気持ちが嬉しいではないか。
と思っていると、カシュ一家の隣に位置する集団が目に入る。
みな一様に黒スーツとハットにサングラスという姿。男女共にだ。十人以上いる。
僕には彼ら彼女らが誰かすぐに分かった。
「来たぞ、参ぼ……【黒魔導士】レメだ」「いよいよか……それにしてもあの二人、足場役とは羨ましい」「ハゲ様は別の褒美を与えられるようだぞ」「ラミアの暗殺者などは……共にエステに……女王様と共に、エステに……!」「今日の女王様ハイヒールお召しじゃないか? 足場役の二人……なんて羨ましいんだ!」
とまぁこんな会話をするのは、魔王城の吸血鬼さんくらいである。
第一段階でレイスパーティーを前に破れた、カーミラパーティー。
パーティー構成は【吸血鬼の女王】カーミラ、【串刺し令嬢】ハーゲンティ、【魔眼の暗殺者】ボティスと、名無しを好む二人の吸血鬼。
その中の、名無しの吸血鬼二人。【操血師】の長髪さんと、【半不死】の短髪さんである。
どうやら、予選含めた奮闘を称えての――褒美のようなものらしい。
二人は並んで、両膝と両腕を地面についていた。
それを足場として、一人の女性が立っている。
靴を履いたままだ。
「ッぉっ――!? ど、どうですか……レメ殿はよく見えますでしょうか」
「ァがッ――!? お役に立てれば幸いです……!」
「うるさいですよ。あと揺れないこと。カメラがブレては困るでしょう」
彼女だけはスーツ姿ではない。
茶会へと向かう令嬢を連想させるのは、麗しき金髪の吸血鬼。
彼女は値段を考えるのが恐ろしくなるほど高そうなカメラを構えている。
足場役以外の吸血鬼たちはそれぞれ『レメ勝って』『黒魔法かけて』『こっち見て』『種族でファンです』と書かれた大きな団扇を死んだような目で掲げている。
ミラさんが指示したのは想像するまでもないが、みんな従っているあたり相変わらず凄まじい忠誠心だ。
正直メチャクチャ目立っている。
「……レメさん。あの、彼女は――」
オリジナルダンジョンを共に戦ったヨスくんはミラさんを知っている。
「……うん」
「あの……その……僕の知ってる彼女とはだいぶ印象が……。それに、あの……踏まれている二人は平気なのでしょうか」
普通の人間ならまずいかもしれないが、吸血鬼の再生能力があれば大丈夫……という判断なのだろう、きっと、多分。
ヒールが刺さって激痛が走っている筈だが、二人は嬉しそうな顔をしているし。
僕と目が合うと、彼女の瞳が輝いた。
それから彼女はカメラを構える。
写真なんていつでも撮れるとも思うのだが、僕も一応は冒険者。ファン心理についてはある程度の知識がある。
たとえば【役者】のファンの中には、その人物が演じている姿を作品で観られればいいという者もいれば、それ以外の姿に興味を持つ者もいる。
他の仕事に取り組む姿や、プライベートに興味を持つわけだ。
冒険者ファンにも同じことが言えた。
フェニクスパーティー時代は、特にフェニクスの写真を撮ろうと追いかけてくる記者が多くて困ったものだ。次点でリリーとラークが人気。アルバは「人気もんの宿命だろ」と受け入れていたが、他の三人は乗り気ではなかった。
僕? そもそも滅多に写真を狙われなかったから……。
そんな目立たない【黒魔導士】を推してくれている彼女からすれば、『全天祭典競技、その第二段階の組み合わせを決める抽選会へ向かう途中のレメの姿』というのは、見逃せない瞬間だったりする、のか。
僕は心なし速度を緩め、向けられたレンズに顔を向け、微笑んだ。
パシャ、というシャッターを切るその音が。
周囲の騒がしさの中にあってなお、とてもよく聞こえた。
いい写真が撮れたかどうかは、直後に彼女が見せた笑顔が物語っていた。