軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

23◇黒魔導士と吸血鬼の逢引

僕はカシュのお母さんにアドバイスを貰っていたことを思い出した。

「あ、えぇと、ミラさん」

「はい。なんでしょうかレメさん。……離れた方がよいですか?」

腕を絡ませたまま、瞳をうるうるさせるミラさん。

いい加減慣れた……と言いたいところだが無理だ。

「いえ、それはいいんですけど」

むしろだんだんと抗う力を奪われている気がする。

実際に嫌ではないのが、困ったところだ。困ったところか? 分からない。

「きょ、今日の服……似合ってますね?」

噛んだ上に声が上擦ってしまう。

こういう部分はやはり、経験値の差だよなと思う。

ミラさんは目を 瞬(しばたた) かせる。大きな目を、ぱちぱちと開閉。

それから、ゆっくりと笑みを広げた。

僕からスッと離れ、正面に回ると僕の方を見たまま後ろ向きに歩く。

「ありがとうございます。レメさんの為に着飾った私なので、褒めてもらえてとても嬉しいです」

後ろ手を組み、少し前かがみになって、こちらを上目遣いに見上げる彼女は、思わず足を止めてしまうくらい美しかった。

「それに、レメさんも素敵ですよ。そういった服装は初めて見ました。よく似合っています」

「ありがとう」

正直、服を褒められて嬉しいものなのだろうかと少し疑問だったのだが、すっかり納得。

これは確かに、嬉しい。

「さすがはカシュさんのお母様ですね」

「えぇ、ほんとに……あれ、言いましたっけ?」

絶対に言ってないが、こういう時は訊いておくものだ。

「カシュさんから聞いたのです。そういえば彼女も可愛い服を着ていましたね」

「あ、あぁ……。僕はほら、服のセンスとか自信がないもので」

「じゃあ今日のレメさんは、私の為に素敵な格好をしてきてくれたのですね?」

「……並んで歩いて、変じゃなければいいんだけど」

「うふふ。私は今、とても幸せな気持ちです」

再び横に並んだミラさんが、自然に僕の手をとる。

「お腹が空きませんか? 私、行ってみたいところがあるんです」

僕はこくりと頷いた。

先程からの真っ直ぐな言葉に心が痺れるような感じだが、なんとか答える。

「任せてください。財布には余裕を持たせているので」

「あら、私はそんなイメージですか?」

「……あー、いえ。こういう時何食べるかとか、よく分からなくて」

アルバがよくどんな美女と何をしただの話していて、その時に食事のことにも触れていたような気がするが、参考には出来まい。こう、彼は刹那的な楽しみを求めるタイプだ。

僕の情けない返答に、ミラさんは恥ずかしそうに視線を斜め下へと遣った。

「実は、私もなんです。初心者同士、頑張りましょう……!」

ぐっと拳を掲げるミラさん。

「そう、ですね」

合わせて、僕も拳を上げる。

そんなこんながありつつ辿り着いたのは、屋台だった。

「『らぁ~めん』というらしいのですが、客層が見事に男性に寄っておりまして」

独特なにおいのするスープに細い麺を馴染ませたものに、幾つかの具を乗せた料理だ。

この屋台ではないが、食べたことがある。

確かに屋台は男ばかりで、それも静かに立ち寄り、黙って食い、スープまで残さず飲み、フッと立ち去る方が多い。「ごちそうさん」と小さな声が聞こえるような聞こえないような。店側からすると理想の客かもしれない。

「興味はあったのですが、一人で行くのも躊躇われ……。レメさんと一緒に行けたらなと」

「僕はいいですけど、ミラさんはいいんですか?」

こう、およそ女性がデートに求める食事ではないように思うが。

「是非お願いしたいです」

「じゃあ、行きましょう」

丁度二人分の空白が出来たのでスッと入り、店主に注文。先に代金を払う。

しばらく待つと、スープで満たされた器が二つ、差し出される。もちろん麺や具もあった。

立ち上る湯気と共ににおいが鼻孔を擽る。ごくり。

これは細い二本の棒を駆使して食べるのだが、使い慣れていないと難しい。フォークを用意している店もあるが、ここは違うようだ。

ミラさんは苦戦していた。

それでもしばらくするとコツを掴んだようだ。麺を挟み、ふーふーと優しく息を吹きかけ、左手で髪の毛を耳に掛けてから、麺を口へ運ぶ。

つややかな唇の奥に、ちゅるるると麺が吸われていった。

「んー、おいしいです」

左手で口許を押さえたミラさんが、感激したように言う。

店主がニヤッとしたのを横目で捉えながら、自分がミラさんの方をがっつり見ていたことに気づいて慌てて食事に戻る。

「大満足です」

食後、ミラさんはお腹の上で両手を重ね、ふぅと息を吐いた。

「おいしかったですね」

ミラさんの所作に見惚れたところを除けば、普段の食事と変わらない。こう、自然体でいられたというか。

その後はミラさんの服を見たり、魔物サイドの店を色々と教えてもらったりなどした。

ミラさんがいつにも増して積極的だったが、終始楽しく過ごせたと思う。

気づけば、なんだかこれまでと雰囲気の違う通りに出ていた。

やたらと男女の組み合わせが多く、男女達は距離感が近い。

そして一組、また一組と周囲の建物の中に消えていく。

あれ……馴染みがないから気づくのが遅れたけど、ここって逢い引き宿が立ち並ぶ通りじゃあなかったっけ?

男女が大人な行為をするのに、一時的に部屋を貸す特殊な宿だ。

あれ?

あれれ……?

心臓がバクバクと鳴り出す。

落ち着け。そうだ、自分の思考に空白を生じさせれば――って、だめだ。それじゃあ何も考えられなくなる。隣にはミラさんがいるのに。

「レメさん」

「は、はい」

「私、少し疲れてしまいまして」

「それは大変ですね?」

「どこかで休憩していきませんか?」

ちらり、とミラさんが目を向けたのは逢い引き宿だ。

僕は口から心臓が飛び出たのではないかと思った。

口許に手を当てる。飛び出てなかった。安心だ。

そしてその確認作業で少し落ち着きを取り戻した僕は、同時に思い出す。

そもそものきっかけは、血を吸ってもいいと僕が言ったからではないか。

彼女は種族としての特徴を隠している。同意を得ない吸血行為は禁止されているし、同意を得ても外でするようなものではない。

一昨日の時点で吸血衝動に襲われていたミラさんだ、限界が近づいているのかも。

「……あ、そうですよね。吸血ですよね」

僕が自分の勘違いを恥じ入るようにあははと笑うと、ミラさんはむっとした顔になる。

「私をそこらへんのキュウモク吸血鬼みたいに言わないでください。そんな浅ましい女ではないんですよ……?」

キュウモクってなんだろう。吸血鬼用語かな。前後の文脈からするにあれか……吸血目的とかそういう意味だろうか。

血を吸う為だけに相手に近づく、的なことだろう。

「そんな風には思ってないですよ」

ミラさんはダンジョン防衛でも、人から直接血は吸っていない。

誰でもよいから、という人ではないのだ。

「なら、いいです。レメさん……」

ミラさんは口づけしかねない位置まで耳に唇を寄せる。

「何をするかは、レメさんが決めてください。何をさせるかも、決めてください」

こ、この人は……。

まさしく魔性だ。

と思っていると、彼女が僕から離れた拍子に何かが落ちた。

僕のものではない。

「ミラさん、何か落としましたよ」

「っ!? れれれれめさん!? 待ってくださいそれは!」

何かのメモのようだ。

内容が目に入ってしまう。

『シトリーちゃんの「処女でも童貞を落とせる方法」講座っ!』と、可愛い丸文字で書かれており、下に箇条書きで幾つかのことが書いてあった。

ボディタッチ多めだとか、適度に甘えるだとか、親近感を持ってもらえるように趣味の話や食事などを相手の好みに合わせるだとか、派手なものより大人しめな服装がよしとか、自信なさげな部分を決して笑わずフォローしてあげるとか。

めちゃくちゃ心当たりのあることが書いてあった。

「ちがちがちがう、違うんですよっ? それはあの子が勝手に私の服に押し込んだもので参考にしたとかレメさんを騙そうとかそういうことは一切なくてでしゅね! あぁもうっ!」

ミラさんの慌てっぷりを見るまでもなく、分かる。

彼女に悪意なんてなかったことくらい。むしろ逆。

少しでも僕を楽しませようと……好かれようとしてくれた。

どうしてここまでしてくれるのか。

……今は多分、分かる。

「ミラさん」

「ごめんなさいごめんなさい嫌いにならないでください」

うっうっと割と本気で涙目になっているミラさんの肩をそっと掴む。

「約束通り、血を吸ってください」

「……う。え?」

勇気を振り絞り、彼女の手を引く。目指すは彼女が視線を向けていた逢い引き宿だ。

システムはよく分からないが、入ってすぐにカウンターがあり男性が退屈そうな顔で奥の椅子に座っていた。

「一番清潔な部屋を」

そう言って表の看板に書いてあった額より多めの金を卓上に置く。

男性はそれを一瞥すると、すぐに鍵を渡してくれた。番号が書いてある。

ミラさんを伴って、二階の部屋へ。

彼女は大人しくついてきた。

部屋に入る。

寝台と小さな机だけの簡素な部屋。不潔感はない。

「れ、レメさん……あの、私、あの……言っておかなければならないことが」

僕はそれを制するように、声を被せた。

「ミラさん」

「ひゃい」

「僕とミラさんは、前に逢ったことがありますよね」

ミラさんは目を見開いた。

しばらくしてから、応えがある。

「……お、思い出されたんですか?」

「すみません、忘れていて」

彼女の瞳が潤む。

「いいんです。レメさんを見ていれば分かりますから。人助けは当たり前のことだから、一人ひとりを覚えていない。素敵だと思います」

通り過ぎる人の顔を覚えられないのと同じくらいに、勇者が困っている人を助けるのは当然だ。

勇者を目指す【黒魔導士】は、子供時代から変わらず勇者らしい行動をやめられなかった。

自分の中にある『勇者はこうあるべき』、ということを変えられなかった。

ミラさんは、そんな【黒魔導士】レメが助けた一人。

「酔っぱらいの男に、綺麗な吸血鬼。思い出しました。二年前だったかな」

「はい……」

僕は普段、誰かを助ける時に自分だとバレないようにしている。

だがミラさんの時は初歩的なミスで知られてしまったのだ。

「その時から……えぇと、ファンになってくれたのでしょうか」

「はい……き、気持ち悪いでしょうか。たった一回助けてもらっただけで……その……」

彼女は不安そうだ。そういえば、初めて逢った時から彼女はやたらとそれを気にしていた。

僕はハッキリと首を横に振る。

「いいえ、なんていうか……報われた気分です」

「え?」

「僕は勇者になりたくて、でもどれだけ頑張っても夢見た勇者には遠くて。日常でそれらしいことをどれだけしても、やっぱり【黒魔導士】じゃあ無理なのかもしれないと何度も考えました。何度考えても諦めきれなかったわけですけど……」

彼女の目をしっかりと見る。

「無駄じゃないんだと、今はそう思ってます。昔の僕がミラさんを助けて、二年後にミラさんが僕を救ってくれた。正しい行いは、ちゃんとあって。それが思わぬ形で報われることがあるのだと。だってそうでしょう。貴方が言ってくれた勇者の定義に沿った生き方をしていたから、僕は今魔王軍で働くことが出来ている。魔物の勇者になるという夢を持てている」

「あっ……」

「ありがとうございます、ミラさんは僕の恩人だ」

「レメさん……」

ミラさんの瞳から、透明の雫が溢れ落ちる。

そして彼女の顔が僕に近づき――僕はベッドに押し倒された。

え?

「レメさん……レメさんレメさん……どうして貴方はそう優しいんですかダメですよ私のような者が調子に乗ってしまいますから」

ぽいぽいっと上着が脱がされてしまう。

早業過ぎる!

上気した顔に、熱にとろけたような瞳、熱い吐息。尖る牙。

「い、いいですよね? 挿入(い) れてよいのですよね? 牙、ずぷぷっって 体内(なか) に突き入れてしまっていいのですよね? だ、大丈夫ですよ。初めては痛いかもしれませんがすぐによくなります。優しくしますから、安心してください。ほら、力を抜いて。いきますよ」

彼女の牙が、僕の首筋に迫る。

そして――。