軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

191◇絶対に失敗する略奪

「これはこれは……シトリー様」

マルグレットさんが微笑みを絶やさず、けれど間から驚きを滲ませて、彼女の名を口にした。

【恋情の悪魔】シトリー。

夢魔の姿をした小柄な少女。角、尻尾、蝙蝠翼を備え、そのピンクの髪は二つに結われている。

その正体は豹の亜獣であり、特別な変身能力で対象の能力まで再現する。

レイド戦では見事に冒険者達を翻弄した四天王だが、普段は可愛いもの好きの少女。

「騙してごめんねマルっち」

「マルっち……? いえ、構いませんわ。シトリー様の能力があれば、状況に合わせて多彩な助力が得られるというもの。大歓迎ですとも」

「うーん、ルーちゃ――まおーさまの命令で来たから頑張るけど、シトリー可愛くないのはヤだから、前みたいなのは期待しないで?」

シトリーさんは可愛く在りたいのだ。

レイド戦ではフロアボスとしての矜持もそうだが、カーミラ達の奮闘を目にしたことで、こだわりを曲げて戦った。

こだわりよりも優先されるものがあるのは良いが、常に封じてはこだわりとは言えない。

「……その格好、防衛で見るのとは違いますね? いえ、よく知りませんけれど」

ミラさんが言った。

確かに、先程まで変身していた亜人さんの衣装のままなので、大人しめな印象だ。

「ドッキリのためだけに着たからね~。可愛い服はこっちに入ってるよ」

そう言って、肩から下げていたかばんをぽふぽふと叩く。

「というわけで、着替えてくるね?」

シトリーさんは空いてる馬車へ駆けていった。

自由だ。

エクスさんとアーサーさんも、マーリンさんに呼ばれて離れていく。

「しかし、レメ様や魔王城のお二方などを連れてくるとは、フェロー様はやり手ですわね」

マルグレットさんが口許に手を当て、そんなことを言う。

彼女と目が合った。

にこり、と行儀のいい微笑が向けられる。

「レイド戦の集まりで一度お逢いした時以来でしょうか、レメ様」

「そうですね、マルグレットさん」

マルグレットさんは育ちの良さそうな女性で、実際大商会の娘さんである。

ブラウンのさらさらした長髪。両側で横髪が結われ、それが後ろで合流するような髪型。深窓の令嬢といった雰囲気の女性だ。

彼女自身も商才があるらしく、ヘルヴォールパーティーの面々が持つ魔法具は彼女の蒐集品だ。

今回もあのフェローさんと共同でのオリジナルダンジョン調査を許可されたのだから、その手腕は本物。

「僕よりもエクスさん達じゃないですか? 第二位パーティーを引っ張ってくるなんて中々出来ませんよ」

正確には五人中三人の参加だが、それでもすごいことだ。

「うふふ、そうですね。ですがフェロー様は、レイド戦を実現した方ですから」

確かに、一位、三位、五位パーティーに加え、発見されたての【湖の勇者】を集めるような人だ。

もっと言えば、四位パーティーは訓練の手伝いとして参加していた。

「我々高ランク冒険者は連絡自体はつきやすいですから。オリジナルダンジョンとなれば通常、冒険者が集められるものですし。その点、レメ様は現在どこにおられるかも分からない御方ですから、個人的な伝手でもない限り交渉自体成立しないものかと思いまして」

有名な人ほど、色んな人と繋がっているもの。

一般人が連絡をとるのは難しくとも、仕事となれば人づてに入ることも珍しくない。

今回だと確かに、フェローさんが直接やってきて誘われたからここにいる。

フェニクスパーティに連絡はとれても、レメ個人となると中々難しいだろう。

エアリアルさんなど他の人伝いに連絡をとる方法もあったろうが、フェローさんも急いでいたのかもしれない。

「それに、私、個人的にもレメ様のことが気になっているのです」

マルグレットさんはそう言って僕に近づいてくると、僕の胸に両手と自分の頬をぴとりと当てた。

ふわりと鼻孔をくすぐる、柔らかな匂い。胸に温かい感触。

ミラさんから殺気が放たれた、ような気がする。

「やはり、とっても鍛えておられるようで」

うっとりしたような声が、近い。

「あのー、マルグレットさん……」

「マルとお呼びください」

「マルさん、その、離れていただけると……」

「あら、私ったら。申し訳ございません、つい」

「つい、なんですか? そのあたりきちんと説明していただきたいですね? レメさんと個人的に親しくしているこの私としましては、えぇ」

僕らの間にズイッと割り入って、ミラさんが言う。

吹雪いているのだろうか、というくらいに凍てついた声だった。

「つい、確かめるような真似をしてしまいました。ヘル姉様が仰っていましたでしょう? レメ様は己の肉体を鍛えていると」

レイド戦メンバーの顔合わせの時だ。冒険者側の。

頷く僕の横で、ミラさんはぶつぶつ呟いている。

「……あのヘルヴォールが。まぁ彼女ほどの者なら気づいてもおかしくないですか」

そういえば、フルカスさんも気づいていた。僕が才能のないなりに、限界まで鍛えていると。

一流になってくると、佇まいだけである程度相手のことが分かるのかもしれない。

「ヘル姉様は、全力で生きる者を高く評価なさいます。ですがご本人の性格があぁですから、分かりやすく強い方を好まれます。殿方でしたら特に。ですから、初めてなのですよ」

マルさんはそこで一度区切り、僅かに間を開けてから続けた。

「――【黒魔導士】の殿方に強い関心を示されたのは、あれが初めてなのです」

「……見る目があって大変よいことではないですか」

「えぇ、えぇそれはもう。よく考えるまでもなく、世界四位パーティーに所属していたのですから、無能であろう筈もありません。とはいえ、私共はヘル姉様が大好きなものですから、気になってしまうのです。理解したいと思ってしまうのです。レメ様の何が、ヘル姉様を惹きつけたのか」

レイド戦で明確に僕の正体に気づいたのは、【嵐の勇者】エアリアルさんと、【湖の勇者】レイスくん。あとは【破壊者】フランさんか。

僕の勘だけで語るなら、おそらく【魔剣の勇者】ヘルヴォールさんも気づいている。

他にも勘付いている人達がいるかもしれないが、確信は持てないといったところだろう。

あのフェニクスさえ、直接黒魔法を浴びてようやく気づいたくらいなのだ。

ヘルさんの場合は、ベリトとタッグで直接戦ったことも大きい。

ヘルさんの例の発言は正体に気付く前のもので、無才なりに努力を続けた僕を認めてくれての言葉だと思う。

しかしマルさん――私共ってことは他のヘルヴォールパーティーのみんなもか――は、それでも充分以上に気になるようだ。

「間近でレメ様の戦いを見れば少しは分かるかもしれないと思いまして」

「それでレメさんを推薦したのですか?」

「無論、それだけではありませんとも。オリジナルダンジョンは何が起こるか分かりませんから、多様性に富んだ布陣で挑むこととしています。優秀な【黒魔導士】と言えば、レメ様でございましょう?」

優秀な【戦士】【魔法使い】【勇者】などなどバランスよく人材を集めるのだから、中には優秀な【黒魔導士】や【白魔導士】も必要になってくる。

そうなった時の有力候補として、僕の名前が上がったということ。

「そうですか。話は分かりました。ですがその、殿方に不必要に近づくのは問題かと。一応貴女はここの代表のようですし」

「うふふ、ミラ様はレメ様と親しいようで」

「ふっ、当然です。先程レメさんが仰っていたように、個人的に親しくしている仲ですから」

そのフレーズ、気に入ったのだろうか。

「では、レメ様についてもお詳しい?」

「当然でしょう。こと冒険者レメの知識において、私に並ぶ者は世界に……せいぜい二人くらいしかおりません」

【銀嶺の勇者】ニコラさんと、あとはフェニクスのやつのことだろう。

「恥ずかしながら、私はあまり【黒魔導士】の立ち回りというものに詳しくないのです。よろしければミラ様の知識を授けていただきたく思うのですが」

ミラさんがうずうずするのが、分かった。

「しゅ、殊勝な心がけですね?」

僕も冒険者オタクなのでよく分かるのだけど、好きなものについて語るのってとても楽しいのだ。

とはいえ、興味のない人に知識を押し付けることほど迷惑なこともない。

なので、好きなものの知識が求められる状況というのは歓迎すべきものだったりする。

一人静かに楽しめればいいというタイプの人もいるだろうけれど、そこは人それぞれだ。

ミラさんはどちらかというと、語りたいタイプだと思う。

「もちろん、謝礼もさせて頂きますので」

「不要です。知識に対価を用意する考えは立派ですが、推しの情報で金稼ぎをする気などありません」

「これは失礼いたしました」

「どうしても礼をというのであれば、貴女の商会のコマーシャルにレメさんを出すとか……ふふふ……」

「そ、そういったお約束は出来ませんが、金銭以外の形でのお礼は必ず」

穏やかな雰囲気を常時キープしている印象のマルさんだったが、ミラさんの圧に若干押されているようだった。

とはいえ、さすがだ。

僕について知りたいものの、ミラさんの様子から本人に密着というのは難しいと判断。

すぐさまミラさんのツボを把握し、それを見事に押したわけである。

話していることが嘘というわけでもないし、誰も不幸にならない。

「そうでした、お二人にお渡しするものがありまして。フルカス様のものもすぐにご用意いたしますので、そちらは少々お待ちを」

「ん」

ちなみに、フルカスさんは根菜を食べた後はポーチから焼き菓子を取り出し、もしゃもしゃ食べていた。他に用もないのだろう、僕らの側にいる。

マルさんから渡されたのは、親指ほどのサイズの金属板だった。

僕らが持っている登録証に似ている。

登録証は冒険者や魔物には必須のもの。

氏名や性別、【 役職(ジョブ) 】や認識番号などが打刻されている他、転移用記録石の利用にも必要になってくる。

だが彼女が持っているのは登録証ではなかった。

「オリジナルダンジョン内での戦闘許可証及び、緊急時における魔法やスキル使用の許可証となります。登録証と重ねてお持ちください、許可証と人物を紐付けしますので」

このサイズなのは、登録証をぶら下げるためのチェーンに一緒に吊るせるようにだろう。これならば、かさばることもない。

日常生活に使う分には半ば黙認されている魔法使用だが、本来は許可が必要。

許可があっても、特定の場所でしか使用が許されなかったりする。

冒険者が組合地下に行ったり、魔物がダンジョンで修行するのもそれが理由だ。

一応緊急時――魔法を使わねば自分や誰かが大怪我したり死んでしまうかもって時――の使用は許されているが、それものちのち正否を問われたりする。

「あぁ、オリジナルダンジョンは普通のダンジョンじゃないですもんね」

オリジナルダンジョンは、許可を得た施設ではないわけだ。自然発生したものだから。

なので、勝手に魔法を使ってはいけない。先んじて許可を得ておくのは大事だ。

「それは分かりますが、この緊急時というのは?」

「面倒を避けるためのもの、でございましょうか。これがありませんと、たとえば盗賊などを鎮圧した際などに、すぐさま騎士団の事情聴取を受けたりする必要が出てくるのです。調査に協力してくださる方々にそのような面倒をおかけするわけにはいきませんから」

「と、盗賊?」

ミラさんはピンときていないようだ。

都会育ちだと、そういうものかもしれない。

「結構出るからね、盗賊」

僕が言うと、フルカスさんとマルさんが頷いた。

「修行時代、よく狩った」

「今のは聞かなかったことにしますわ、フルカス様。実際、うちの商隊もよく狙われて困っていまして。悪人の方々がいなければ、護衛を雇う必要もないのですが……」

戦争は無くなったが、あらゆる問題が解決したわけではない。

それぞれ盗賊に身を落とした理由があるのだろうが、だからといって身ぐるみ剥がされるわけにはいかないし。

「れ、レメさんも冷静なのですね? 遭遇したことが?」

「話はよく聞くよ。村に来る商人さんが一度、ボロボロで村に辿り着いたこととかもあったし……。大きな街の近くだと騎士団がいるから、あんまり聞かないだろうけど」

ただ、うちの村の近くにはいないだろう。過去いたとしても、もういない。

一度でも村を狙おうとした盗賊がいたなら、最強の魔王にお仕置きされていただろうし。

「あと、力試ししたがる人とかも意外と多いんだ。勝負したいとか、本当に強いのか試してやるとか。あぁいうの困るんだよね……。相手するわけにもいかないし」

「ありますわね。私などは攻略中に衣装を変えるものですから、『ほんとに一瞬全裸になんの? やってみてよ』などと辱めを受けることも少なくなく……悲しいことです」

「そういう男は逆に裸に剥いてそのへんに転がしておけばよいのですよ」

ミラさんが冷たい目になった。

「嫌ですわミラ様、私、汚物を見るのは得意ではないので」

「ふふ、確かに頼まれても見たくありませんね」

二人は楽しそうに笑っている。

「ま、まぁとにかく、そういう厄介事に巻き込まれた時に役に立つんだ。本来なら一件ごとに騎士団への報告義務があるんだけど、それじゃあ今回みたいな旅は出来ないから」

実際は個人間で片付けられることも多かったりするが、今回は国の代理として赴くので、そういった手続きをしっかりと踏んでいるのだろう。

「よく分かりました。こんなことなら 吸血蝙蝠(あのこ) 達を連れてくればよかったです」

「みんな置いてきたの?」

「いいえ、さすがに何体かは」

「まぁ、ミラ様は【調教師】なのですか?」

「……いえ、まぁ、たまたま適性があったようで」

「そうなのですね。本職以外にも役立つ適性があるのは素晴らしいことです」

僕らはしばらくそんな会話をしていた。

そして、ついに出発の時がくる。

僕とミラさんはマルさんと同じ馬車に乗り込むことになった。メイド服姿になったシトリーさんも、これに合流。フルカスさんは「寝る」と言ってどこかへ消えた。どこかの馬車に乗っていることだろう。

マーリンさんが魔法の話がしたいと言うので、彼女も乗ることに。

なんだかんだ言いながら、僕は安心していたのだと思う。

このメンバーを襲う愚か者はいないだろう、と。

みんな抑えているとはいえ、魔力を察知出来る者が一人でもいれば実力差は分かる筈だし。

「止まれオラァッ……!」

数日後。

盗賊に襲われた。

盗賊団というべきか。しかもかなりの規模だ。二百人以上いるのではないか。

魔力から動きを探る。各々の動き方からすると、幾つかの盗賊団が最近になって行動を共にし始めたように感じる。こういうのはリーダーには従うというルールで繋がっているものだが、そのリーダーの気配が幾つか感じられるというか。一つの集団としては、上手く連携出来ていない。

連合、なのかな。

「テメェらがオリジナルダンジョンの調査員だっつぅのは分かってる! 強ェやつもいんだろうが、オレらにゃあ敵わねぇ! ここで死んだら冒険ごっこはもう出来ねぇぞ! さっさと全部差し出して、あとは消えろや! いや、女も置いてけ!」

さて、どこから漏れたのか。

いや、僕らはあくまで追加調査員なので、本隊がいるわけだ。

盗賊団は騎士団の手が届かないところに、大量の物資や『繭』などの値が張る機材が運ばれると知った。これは大きな稼ぎになるぞと踏み、幾つかの盗賊団が手を組んだ。

本当は本隊を襲うつもりだったのかもしれない。誰かが遠目に僕らを見つけ、こっちを先に襲うことにしたとか。

まぁ、そのあたりはいいか、別に。

僕らは馬車から下りていた。

主に冒険者と亜人のみんなだ。

「エ、エクスにアーサーだと!? ま、マーリンまで……!?」

僕らの進路を塞いだ一団の奥、まとめ役っぽい男性が叫ぶ。

まぁ、本隊にここまで高ランクの冒険者はいないだろうから、今度もそう思っても仕方はない……のかもしれない。

「どちらにしろ、君たちは牢に入る。せめて時間を節約し、無傷で入ろうとは思わないかい?」

エクスさんは穏やかに語りかけた。

「ざ、ざっけんじゃねぇ! 【勇者】ったって人間だろうが! 万年二位(、、、、) が偉そうに吠えてんじゃねぇぞ!」

――――。

へぇ。

僕は杖に魔力を流した。マーリンさんも同じ。

フルカスさんは槍を肩に担ぎ、ミラさんが自分の手首に爪を立てる。

人狼の男性は人狼状態に変化し、オークの男性が棍棒を構え、猫の亜人の女性が剣を抜く。

アーサーさんが柄に手を掛け、エクスさんは――肩を落とした。

「その言葉、傷つくなぁ……」

なんてことのないように言うが、違う。

一位を本気で目指している人達は、多い。みんながそうとは言わないけど、本気でエアリアルパーティーを越えようと努力している者達は、いるのだ。

エアリアルパーティーは不動の一位だ。

【不屈の勇者】アルトリートさんのパーティーが引退してから、もうずっと。

そして、それからほとんどの期間、エクスパーティーは二位を維持している。

最も頂きに近い位置に、十年近く立っている。

それは、停滞の日々なんかではない。

立ち止まったらランクなんて簡単に落ちる。

だからそれは、挑戦の日々の証明なのだ。

別にいい。視聴者は好きに言うものだし、攻略を見世物にしているのだから、それらを受け止めるのも仕事の内と言える。

けれど僕らにも心はあるから。傷つくし、怒ることもあるのだ。

少なくとも、盗賊に襲われたことよりも、万年二位の一言の方が、よっぽど度し難い。

「レメ、左半分いけるかな?」

道を挟むように木々が生い茂っている。こちらから見て、そちらは坂のようになっている。

高さは向こうの味方。数も向こうが多い。こちらは非戦闘員もいるし、取り扱いに注意のいる機材もある。

道を中心として、左半分の敵――大雑把に百人――に黒魔法を掛けられるか、とマーリンさんは言っている。

普通は無理。

だが、僕は迷わず答えた。

「 全員いけます(、、、、、、) 」

マーリンさんは微かに瞼を上げ、それから――嬉しそうに笑った。

「いいね、最高だ」

ミラさんは一瞬表情を緩め、フルカスさんも口角を少しだけ上げたような……。

シトリーさんは「可愛いぞ、男の子!」と応援? してくれた。

このメンバーならば動く必要がないとの判断か。

敵が近づいてくれば 魅了(チャーム) を掛けたりしてくれるだろう。

敵全員の魔力反応は掌握済み。

エクスさんの 影(、) から、黒い何かが湧き出る。

「交渉決裂だね。少しだけ怪我をしてから、牢に入ってもらうよ」

「ほざけ! や、野郎ども! やっちまえ!」

絶対に失敗する略奪が、始まった。