軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

185◇第十層・渾然魔族『喚起邀撃』領域18/高みへと

敵は【嵐の勇者】エアリアル。世界ランク第一位パーティーのリーダー。風を司る四大精霊・シルフィードに認められた契約者。

彼は魔力器官を潰された状態で、十数を超える魔物と百位以内の高ランクパーティーを退場させた。

彼の右腕は今、嵐と同じ。『 嵐纏(らんてん) 』と言うだけあり、その威力は天災を彷彿とさせる。

こちらは【隻角の黒魔術師】レメゲトン&【不死の悪魔】ベヌウ。

その正体は元世界ランク第四位パーティー【黒魔導士】レメと、同パーティーのリーダーである【炎の勇者】フェニクス。フェニクスもまた、四大精霊契約者。

幼い頃、僕らは共に一位になることを約束した。

その道は、ある時途絶えてしまったけれど。僕らは互いに、自分の目指す勇者に向かって進み続ける。いつかまた道が重なることもあるだろうと思ったし、それはすぐに訪れた。

魔王城で激突した僕らは、今、互いに魔物に扮して世界一位と対峙している。

「では、ご両名。始めようか」

僕の全身を覆う異形の角は今、青い炎によって隠されていた。

ベヌウが『 劫(ごう) ・ 炎纏(えんてん) 』と名付けた精霊術。『同化』という精霊術の深奥、その応用。

「最強気取りの退屈、ここで終わらせてやろう」

自分たちを鼓舞するために吐いた言葉は、思いのほか心に染みていく。

僕らはエアリアルさんを心から尊敬している。敬意はいいのだ。だがそれで臆病になってはいけない。相手は世界一位。僕らが子供の頃からずっとスターだった人物。普段は、喋るのだって緊張して落ち着かない相手なのだ。だが、今は魔王様へと迫る敵でしかない。

世界中を沸かせる最高の勇者をここで倒し、魔王城を防衛すると共に、彼の孤独を壊してみせよう。

僕らなら、それが出来る。

最初の激突は、正面から。

示し合わせたかのように、双方駆け引きも何もなく真っ直ぐ飛翔し、己の右拳同士をぶつけ合わせた。

一瞬、世界から音が消えた。錯覚かもしれない。

直後、僕らを境界に、暴風と豪炎が弾けた。上下と左右に風刃が走り、火炎が駆ける。

互いの魔力が強力過ぎて、敵の後方へと魔法が届かないのだ。行き場を求めた火風は狭い空間を瞬間的に通り抜けようとし、その無理は――ダンジョンを破壊する。

天井、壁、床が裂けた。大地でも割るように、魔力空間に裂け目が生じる。

勇者と魔物は止まらない。

それから一瞬の内に、五回の激突があった。

僕の知覚を超える速度の攻防に対応出来たのは、ベヌウのおかげ。

飛行は完全に彼に任せ、僕は攻撃に集中。

激突の寸前、右拳の炎が大きく猛るので、そこに合わせて僕も角の魔力を込める。

それだけに集中することで、【黒魔導士】でありながら【嵐の勇者】の攻撃に応じることが出来た。

夜空に咲く花火のように、僕らの激突は魔力空間に瞬く。

一回ごとに、その余波だけでダンジョンを崩壊に近づけながら。

一回ごとに、大陸を割るほどの攻撃と、森林を焦土に変えるほどの攻撃をぶつけ合いながら。

僕らは飛び続け、激突を繰り返し、その度に冗談みたいな量の魔力を消費する。

――黒魔法が、掛けられない。

黒魔法は対象に自分の魔力を当てなければならないのだ。

だが、エアリアルさんは速すぎる。唯一のチャンスである激突も一瞬過ぎて、僕が気付く頃には離れ、次の激突が行われ、離れている。そんなレベルの攻防だ。

「ふっ、ははは……!」

エアリアルさんは実に楽しげ。

全力で殴っても倒れない相手というだけでなく、同等の攻撃を合わせてくる敵だ。

ここ二十余年の無敗ぶりを見れば、そんな相手がどれだけ貴重か窺えるというもの。

この攻防は長くは続かない。

互いの魔力の問題もあるし、エアリアルさんの傷が深すぎるのだ。腹をえぐられた状態でパフォーマンスを落とさないのはさすがだが、魔力の漏出は深刻。

僕と魔物達の力で与えた一撃は、人類最強に効いている。無駄では決してない。

それでもなお、倒しきれないのがエアリアルという勇者。

「ベヌウ」

『あぁ』

「僅かの間、任せる」

『あぁ』

僕自身がエアリアルさんを捕らえようとしても無理。離れて戦うわけにもいかない。ではどうするか。

僕は自分の体を動かすことを、しばしやめる。

姿勢の制御も目を開くことも拳を振るうこともしない。

打撃に魔力を乗せること以外、全てベヌウ任せ。

彼が炎を調節し、操り人形のように僕を動かすのだ。

そういう意味での、任せるという発言。ベヌウは意図を理解し、完璧に動いてみせた。

「分かるか、レメゲトン! ベヌウ! 一撃ごとに我々の魔力が高まっているのが! 分かるか!」

こんな話がある。

ある分野において優れた能力を持った人材が、特定の業界で、一時代に集中することがある。

何年も盛り上がりを見せなかったスポーツが、ある年多くの天才が出現したことで大きな盛り上がりを見せることが、実際にある。

それは偶然ではない、という話があった。

優れた者たちが互いを意識し、影響を及ぼし合いながら努力を続けることで、たった一人でいる時よりも成長出来るのだと。彼らを間近に見ることで他の者もまた感化され、結果として業界全体の底上げとなる、なんて話。

事実だと、僕は思う。

要するに、ライバルがいた方が張り合いがあるというだけ。

自分をただ高めるより、あいつにだけは負けられないという方がより頑張れる気がする。それだけの話ではないかと思う。

フェニクスが、【黒魔導士】の僕に一緒に一位を目指そうと言ってくれたから、そんな親友と肩を並べられるだけの力をつけねばと気合いが入った。気を抜けばお前を追い越すぞなんて、そんな言葉を吐けるほどに元気が出た。

エアリアルさんを筆頭に、数多くの冒険者達が本当に、とてもとても格好よかったから、あぁなりたいと思って頑張ることが出来た。

憧れや闘争心が、苦しくて辛くて今すぐ倒れてしまいたいような鍛錬の中、『もう少し頑張ろう』という気持ちを引き出してくれる。

そして今、『このままでは倒しきれない』という思いが僕らの魔法に影響を及ぼしていた。

制御出来るギリギリの魔力を全力で注いでいた筈なのに、一撃ごとに更に多くの魔力を注いでいる。それでいて、崩壊せずに次の攻撃へと移っている。

エアリアルさんもまた、精霊の魔力で同じことをしていた。いつ腕の嵐を制御出来なくなり、体が弾け飛んでもおかしくない中、完全に制御している。

僕らは今、一瞬ごとに成長し、一瞬ごとに強くなっている。

「これだ! これなんだ! 私が、 俺(、) が冒険者になろうと思ったのは!」

未知に挑み、脅威に挑み、ダンジョンの最深部を目指す者達を冒険者と呼んだ。

彼らはかつて財宝のため、伝説の武器のため、平和のため、愛する者のため、戦いに臨んだ。

エアリアルさんは、元々は冒険者になるつもりがなかったのだという。

田舎の村の出身であるエアリアルさんだが、娯楽の乏しい田舎にあって最高の楽しみであるダンジョン攻略にも、彼は興味がなかった。いい大人がごっこ遊びに興じているようにしか思えなかったのだとか。

彼は病気の姉の看病をしており、そういったものに現を抜かす余裕も気持ちもなかった。

それが変わったのは、本物の【勇者】と出会ったから。

この男が人生を掛けるに値するというのなら、冒険者とはどんな職業なのかと興味を持った。

その気持ちを見抜かれ、彼のお姉さんは弟の背を押した。

誰もが全力で、必死で、いつ誰に殺されるか分からない。でも、誰も死なない。

魔力体(アバター) を用いた、本気の戦い。

彼はダンジョン攻略に魅了されてしまった。

そんな彼の戦いだからこそ、見るものも自然と惹きつけられるのだろう。

誰よりもダンジョン攻略を楽しんでいる彼から、目が離せないのだ。

『……参謀殿』

「あぁ」

準備は出来た。

「レメゲトン! さすがの君と言えど、今の私を黒魔法で侵すことは――」

何度目とも知れぬ衝突のあと、エアリアルさんが空中で止まった。

「……こんな黒魔法は、聞いたことがない」

「光栄に思え、貴様が最初の獲物だ」

黒魔法は魔力を対象に当てなければならない。黒魔法に限らず、魔法が全部そうだ。言うまでもない、基本中の基本。

風刃が当てられないくらいの速さで動ける相手には、やっぱり黒魔法も当てられない。

だから―― 空間全体に(、、、、、) 黒魔法を展開した(、、、、、、、、) 。

これならば避けようがない。僕の魔力は空間に満ちている。移動するだけで彼の 抵抗(レジスト) 用の魔力が削られていく。どれだけ速くとも、この空間を駆け抜けていることに変わりはない。

ダンジョンコアの魔力を、師匠の角で純化・圧縮したものだ。それも僕の角は今、全開状態。

「全方位に黒魔法を放出し、それによって空間を埋め尽くす。魔力だけあれば出来るというものではない。君は一体、どれほどの鍛錬を……」

彼は僕の正体に気づいているだろう。角の元々の持ち主だって、勘付いているはずだ。なにせ、初めて僕を見た際に、師匠と対峙した時と同じ感覚を味わったと話していた。その話を聞いたのは第一位パーティーに誘われた時だったか。

彼は以前から僕を高く評価してくれている。

でも、彼は知っているわけではない。僕が何をし、どこまで鍛えているか。

師匠の角、ダンジョンコアの魔力、そこにこれまで積み上げた努力があって初めて、この技は使えるのだ。

時間は、エアリアルさんに不利に働く。

腹部からの魔力漏出に加え、僕の黒魔法もあるのだ。

「ずっと続けていたいが、そういうわけにもいかないようだ」

嵐の音がする。近くでは、炎の音。

拳を握る。魔力を込める。目を見開き、瞬間、両者が消えた。

そして同時に、全身全霊の拳を放つ。

ベヌウの炎と角の魔力を展開しているのに、腕が千切れ飛びそうなほどの衝撃を受ける。

炎が暴風に煽られ、その形を変え続ける。

ここにきて、『嵐纏』の魔力が更に高まった。

とても人に制御出来る量ではないが、エアリアルさんは形にしている。

拮抗していた拳が、動く。僅かに、片側が優勢。それは、エアリアルさん側。

「君たちは強い……! だが、私は【嵐の勇者】だ……ッ!!」

人類最強。全ての冒険者の頂点。世界一位パーティー。四大精霊契約者。

「何者であろうと、知ったことか……ッ!」

ここで勝たねば、意味がない。

冒険者としては世間に求められず、パーティーを抜けることになった。

かつて憧れた勇者を諦めるつもりはなかったが、現実はどこまでも厳しかった。

ミラさんに逢って、魔王城に連れて行ってもらって、魔王様に出逢い、道が開けたと思った。

ミラさんのおかげで、新しい夢の形を見つけた。

僕の魔法が、役に立つというのだ。魔物達を勝たせてあげられるというのだ。そうして冒険者を撃退することで、自分たちは負け役なのかと悩む魔物のみんなに希望を与え、魔物を目指す亜人を増やせるかもしれないのだと。

ダンジョン攻略は、冒険者と魔物で作り上げるエンターテインメント。

映像板(テレビ) に齧りつき、戦いに熱中するのが人間だろうが亜人だろうが、関係ない。

見る者を高揚させ、その胸を熱くさせることが出来るなら、冒険者じゃなくたって。

――魔物だって、立派な勇者だ……!

『嵐纏』が『劫・炎纏』に食い込み、炎をかき消しながらその身へと到達――炎の鎧が消し飛ぶ。

「――なに……?」

『劫・炎纏』は破られた。

だが、僕は既に中にいない。

破られる寸前、周囲に散る炎でエアリアルさんの視界が遮られたタイミングで脱出。

鎧を構成する半分の炎を纏った状態で――彼の真上へと飛んでいた。

もう、魔力はほとんど残っていない。角は右腕に纏う部分以外を残し、体内に戻っていた。

再び拳を構え、残るベヌウの炎全てが、僕の右半身を包み、爆ぜるように加速させる。

「素晴らしい……!」

それさえも『嵐纏』で迎え撃つエアリアルさんだが、先程のような威力はない。

再び魔力を込める猶予は与えなかった。

「――――ッ……!!」

エアリアルさんの体が、下がる。上から殴られ、下へ下へ。床の方へ向かって。下がる。それは次第に落下と言えるまでになり、そうして――僕らの策が成る。

「――黒魔法、か」

空間に満ちた僕の黒魔法はまだ残っている。床に向かって落ち続けるエアリアルさんは僕らの拳こそ防いでいるが、彼自身は黒魔法にも晒され続けているのだ。

それはついに 抵抗(レジスト) 用の魔力を削り、彼に届いた。

『空白』。仲間や同盟者らが彼に掛けようとしていた魔法。

思考に空白を挟み込む黒魔法。

これは単純に、ものを考えられない時間を強制するというだけではない。いや、効果はそれだけだが、それによって起こることが重要。

魔法を維持するには、常に考え続けていなければならないのだ。

『嵐纏』などは、その最たるもの。圧倒的魔力を嵐の威力を維持したまま腕に纏わせ続けるなど、並の魔力操作では不可能。瞬きほどの緩みでも崩壊するほどの技。

そして、今。

最高峰の攻撃力を誇る『嵐纏』が自壊し、術者を粉微塵に切り裂こうとしていた。

「っ……!」

だが、エアリアルさんはこれにも対応。咄嗟に風刃で右腕を切り裂き、それを可能な限り遠くへ飛ばす。直後、制御を失った嵐が空間に広がっていく中、ついに。

僕ら(、、) の拳が、【嵐の勇者】を――捉えた。

「私は――」

「貴様の、負けだ」

先程『嵐纏』に貫かれたベヌウの半身が戻ってくる。僕らは更に加速。

勢いそのまま床に、エアリアルさんを叩きつける。

床に放射状の亀裂が走り、そのまま砕け、エアリアルさんの体が沈む。

僕の魔力は空になり、ベヌウが僕の横で人型に戻り、膝をついた。

習得したばかりの精霊術で、よくもここまで戦ってくれた。我が友ながら、すごいやつだ。

ここでエアリアルさんが立てば、僕らは抵抗出来ずにやられるだろう。

限界を超え震える体に、あと少し頑張れと無理を言う。

エアリアルさんが、僕らを見た。

その胸には、穴が空いていた。

「あぁ……これは」

彼は自分の目を左手で覆い、掠れるような声で呟いた。

「一から、鍛え直しだな」

ぱらぱらと、魔力粒子が散る。

【嵐の勇者】の体が、崩壊したことで生まれたものだ。

――エアリアルさんが、退場した。

しばらく、僕らは呆然としていたと思う。そう簡単に実感出来なかったんだ。

だって、僕らが、倒しただなんて。

あの、エアリアルさんを、僕らが。

ベヌウを見る。

そうだ、僕らは今、レメゲトンとベヌウ。それを思い出して、言葉が出てきた。

「よくやった」

ベヌウが恭しく「ハッ」と言った。それから僕らは互いに、仮面の奥で小さく笑う。

手を差し出すと、ベヌウはそれを掴んで立ち上がった。

「我々の勝利ですね」

「あぁ、この戦いに臨んだ全ての魔物によって、冒険者の侵攻を阻んだのだ」

不思議だ。自分だけなら、信じられなかっただろうに。

みんながいたから勝てたのだと考えると、すんなり受け入れられる。

僕は崩壊しつつある最終エリアの中でも、カメラが無事そうな壁に視線を向ける。

「何者であろうと、魔王城は決して落とせない」

もう、ほんとはギリギリだけど、それでもこう言わねば。

これも、魔王軍参謀の仕事だ。