軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

178◇第十層・渾然魔族『喚起邀撃』領域11/箱庭探索

「……余は帰ると、そう言った筈だ」

魔王様の召喚には時間が掛かった。当然、復路を用意するにも同じだけの時を要する。

召喚システム側の問題だ。

【迅雷の勇者】スカハがそこまで考えていたかは分からないが、結果として魔王様を引き止めることに成功。

魔王を倒すのが勇者の役割。

【勇者】として、これ以上なく正しい行動。

だが、それと可不可はまた別。

少なくとも、聖剣を失い、負傷した状態で、たった一人魔王に襲い掛かるのは、得策とはいえない。

もちろん、そんなことは承知の上で、それでも退けない場面というのはある。

同パーティーの仲間を全て失い、自身もまた大きな傷を負っている状態。彼は考えた筈だ。

何が出来る? 何をすべきだ?

「ちっ……レメゲトンに詫びねばならんな。王が配下の獲物を食らうなど……」

魔王様は、それまでずっと限界まで力を抑えていた。

そうでなければ聖剣と魔剣が壊れるなんて、 その程度(、、、、) の被害で済むわけがない。

だからスカハさんの蹴りを 避けた(、、、) のだし、『迅雷領域・導針』を 防いだ(、、、) のだ。

間違っても、殺してしまわぬように。

しかし、スカハさんは世界ランク第五位にして、業界トップの速さを誇る冒険者。

帰路を阻む迅速果敢な攻めに、王はつい手を出してしまった。

拳、一つ。

それだけで、スカハさんの右半身から消し飛んだ。

普通の人間なら死んでいるダメージを負いながら、それでも【迅雷の勇者】は精霊術を放とうとした。

だが、雷光と共に、彼に纏わりつくものがあった。

黒い、飲み込まれそうな夜の闇を思わせる、炎だった。

「……見事な技と執念への褒美だ。魔界の炎で死なせてやろう」

『神々の焔』や『天空の箱庭』など、精霊術の深奥に付けられた名からは、天上の存在を感じ取ることが出来る。

神様とか天使とか、そういう存在の住まう世界の理を、しばし借りるようなイメージがある。

魔族の側にも、かつてそういうものがあった。

天界と対をなす、魔界。

魔界由来と言われる術を使う魔物は、そのほとんどが【魔王】持ち。

『黒炎』は【魔王】持ちが用いる魔法としては、そう珍しい部類ではない。

命を糧に燃える炎だ。火の移った生き物は、死ぬまで黒く燃え上がる。

ルシファー様のそれは威力が桁違い。

「……次は、」

「次は無い」

黒炎はまるでスカハさんを喰らうように猛り、その 魔力体(アバター) 消失に合わせて、消えた。

後には、魔王様だけが残る。

一瞬、魔王様と目が合った気がした。

彼女はその後、悠然と空間を割って、消えた。

【迅雷の勇者】スカハは魔王に挑み、そして敗北した。

最終エリア最初の脱落者はスカハさんだった。

残る冒険者は五人。

【不死の悪魔】ベヌウは、【湖の勇者】レイスと空中戦を繰り広げている。

青い炎を吹かしながら、ベヌウは風刃を回避。そのまま遣い手のレイスくんに接近。

ベヌウが火炎球を放てば、少年は『空気の盾』を展開して防ぐ。

それを確認すると、次の火炎球は盾を避けてみせた。

「……あぁ、そう」

レイスくんはギリギリまで引きつけた火炎球を――小さな『空気の箱』に閉じ込めたのか。火炎球は何かにぶつかったように、レイスくんに向かえずにいる。

「素晴らしい精度と速度だ」

「そっちも、魔力だけじゃないみたいだね。フロアボスやれるんじゃない?」

「ふっ」

あちらは任せて大丈夫だろう。

【魔剣の勇者】ヘルヴォールと【銀砂の豪腕】ベリトの、ガチンコ勝負も同様。

「いいじゃねぇかベリトォ……ッ! けどよ、まだまだ――柔い……!」

人の身体に、まるでゴーレムのような大きさの両腕。

片方は無骨な巨岩、片方は白銀の鎧といった具合のそれらが、容赦なく正面からぶつかり合う。

一発一発の重さは、ヘルさんが上。

だが、ヒット数はベリトの方が多い。

そして、腕の強度は――ヘルさんの方が上のようだった。

拳同士が激突すれば、ベリトの方にだけ凹みが出来る。持ち前の器用さですぐに修繕を試みるものの、ヘルさんの攻撃は次第に苛烈さを増していき、修繕に割く意識が圧迫されていくのが分かった。

「なら何度でも直して、何度でも殴るまでさ」

「いいね、どっちかが立てなくなるまで、殴り合おうじゃないか」

四大精霊契約者同士と、拳で決着をつける者同士に、僕が手を出す必要はないだろう。

エアリアルさんが手出しをさせない、と言っていいかもしれない。

彼の『天空の箱庭』は空間の入れ替えが可能。

その能力で、仲間の戦いに邪魔が入らないようにしているようだった。

それは同時に、自分の戦いに集中するためでもあるのかもしれない。

「レイス……」

【破壊者】フランは、手の届く範囲に天災のような破壊を刻む右の巨腕を失っていた。

魔力流出も激しく、普通であれば歩行もままならない重傷。

それでも少女は、少しでも幼馴染の近くへに行こうと歩みを進める。

エアリアルさんもそれを邪魔せず、彼女はレイスくんの戦う空中の真下まで到達。

グッ、と足に力を入れるフランさんだったが、その体がバネのように跳ねることはなかった。

「……黒魔法?」

『初級・始まりのダンジョン』で稽古をつけたゴブリンの【黒魔導士】達だ。杖を持った者はそれを彼女に向け、『速度低下』を掛けたようだ。

フランさんはもう一度上を見て、それから、唇を噛んだ。小さく、呟く。

「邪魔、しないで」

一歩進み出たのは、【寛大なる賢君】ロノウェ。

その耐久力は並外れている。ニコラさんの兄である【金剛の勇者】フィリップと殴り合いをして一歩も退かず戦い続けたほどだ。

「先程の蹴りは見事だった。よもやあれで終わりとは言うまい?」

彼も僕同様、魔物 魔力体(アバター) では口調が違う。

「わかった」

「……なに?」

こてん、と彼女の首がロノウェ達に向いた。

「全部壊して、レイスのところに行く」

「随分と、侮られたものだ」

戦意高揚したオーク、コボルド、コブリン達を前にしても、フランさんの顔に表情はない。

彼らは僕やフルカスさんの鍛錬に耐え抜き、以後も自らの研鑽を怠らなかった優秀な魔物達。

知る人ぞ知る『全レベル対応』ダンジョンを成立させるだけの実力がある。

「あなどる? 違う、敵は敵。それだけ」

だが、フランさんにとって敵は等しく敵でしかないようだった。

魔物達が雄叫びを上げながら、【破壊者】へと殺到する。

一方、【疾風の勇者】。

「スカハ殿!」

退場したスカハさんを気に掛けながらも、意識をそちらに引っ張られないのは成長の証か。

突如自分を襲った風刃を、同じだけの風刃で撃ち落とす余裕まであった。

ユアンくんはこのレイド戦を通し、凄まじい速度で成長しつつある。

いや、【勇者】としての振る舞いを身に着けたことで、その実力を発揮出来るようになったのか。

「あら、優秀なのね、坊や」

「……僕の勘違いでなければ、貴女は【勇者】では?」

ニッコリと、エリーさんは微笑む。

「だったらなに?」

【絶世の勇者】エリーの襲撃に、ユアンくんは渋面をつくった。

「い、意味が分からない。冒険者が、魔物側につくだなんて」

「分かる必要あるの?」

からかうようなエリーさんの言葉に、ユアンくんはハッとした様子で彼女を見た。

「……いや、無い。貴女を倒して、仲間を助ける。それだけハッキリしていれば、充分です」

既に動揺は収まっていた。

「良い子ね。あの男に飛ばされた時は腹が立ったけれど、まぁいいわ。【絶世の勇者】エリーよ。坊やと同じで、風属性が得意なの」

「……【疾風の勇者】ユアン、勝ちます」

エアリアルさんは『天空の箱庭』で、戦場を切り分けた。

時に、人を空間ごと飛ばしてまで。

ベヌウ対レイス。

ベリト対ヘルヴォール。

フラン対『初級・始まりのダンジョン』。

エリー対ユアン。

エアリアル対レメゲトン。

同時進行する局面の中で、僕は三人いる直属の配下の一人【一角詩人】アムドゥシアスに命じていた。

【黒き探索者】フォラスは僕の側に控え、【魔眼の暗殺者】ボティスは身を潜めている。

「アムドゥシアス、やれ」

「は~い。それじゃあみんな、頑張ってね~」

額の中央から螺旋状の角を生やした彼女は、現在は人間形態。馬人形態もとることが出来、本職は【調教師】だが戦闘適性があり、歌も得意なのだとか。

薄紫色のウェーブ掛かった長髪、弧を描いたような形に細められた目。柔らかい雰囲気の女性だが、それを維持したまま戦えるのは稀有な才能かもしれない。

彼女の指示に、無数のアルラウネ達が「わ~」と応じる。植物系の亜獣で、人間を模した魔物。

アムドゥシアスの趣味で見た目が幼い個体ばかりなのだが、主人の命には従う。

「フォラス、しばし盾となれ」

「ハッ」

しばらく、一つのことに集中せねばならない。

見る(、、) 。

アルラウネ達が、散らばった。

とにかくフィールド全体に行き渡るように、ぺたぺたと進む。

「……アルラウネ」

エアリアルさんはそれを確認しつつも、様子見を選んだようだ。

「わー、壁にぶつかったー」「前に進んだのにおっこちたー」「もどってきちゃったー」「おじさまのところいけないー」「いけるみちあるー?」

『天空の箱庭』は空間制御の精霊術。

アガレスさんにやったように、空間を入れ替えることで、敵の体の一部を別の空間に置くことも出来る。

そしてあの時もそうだったが、入れ替えただけでは、繋がったままなのだ。

そこから更に、空間の繋がりを断たない限りは。

この最終エリアを、無数のブロックに分けたとする。

ブロックは『1』から順に並んでいたとする。

通常であれば、『1』は『2』に接している。たとえば『1』からまっすぐ歩けばすぐ『2』につく、という感じに。

その順番を、エアリアルさんは自由に入れ替えることが出来る。

『1』からまっすぐ行ったブロックを『13』にすることが出来るわけだ。

その状態では繋がったままなので、バックすれば『13』から『1』に戻れるということ。

この入れ替えられた順番はエアリアルさんしか知らない。

しかも、後からエアリアルさん次第でまた入れ替えることが出来るというのだから、精霊術の深奥というだけある。

今、この最終エリアは先の例のようにブロック分けされ、入れ替えが行われた状態。

だが『神々の焔』がそうだったように、深奥の魔力消費は桁外れ。

精霊の魔力を借りるにしても、限度がある。

入れ替えは絶えず行われているのではなく、どうしても必要な時にする程度と考えていいだろう。

魔力を無駄に消費するとは思えない。

空間制御というが、実際にそれを全て掌握、管理するのは極めて困難。

「…………」

見る(、、) 。いや、感じ取るというべきか。確認し、整理し、脳に刻み込む。

無数のアルラウネが、フィールド中に広がろうとする。広がりきれてはいない。

めちゃくちゃだ。ブロックを跨いだら天井近くに出て、そこから落下したと思ったら床と天井の中間付近に現れ、更に落下が続くかと思えば次の瞬間にはアムドゥシアスの後ろで尻もちをつく、という経路を辿った個体もいた。

「……膨大な数のアルラウネを用いて、箱庭の道順を探ろうというのか?」

どのブロックとブロックが繋がっているかを、アルラウネ達の動きから探る。

「だがそんなことが……この数のアルラウネそれぞれの動きを把握し、記憶し、迷路の解を得られるとはとても。……可能なのか?」

僕のこれが 挑戦(、、) ではないと、エアリアルさんも気づいたようだ。

確かに極めて困難ではある。だが、不可能ではないと僕は思っていた。

僕は配下と親交を深めようと、色々考えた。フォラスとは黒魔法の話をよくするし、トレーニングも一緒にやることが多い。

朝のランニングにはアムドゥシアスも参加してくれるようになった。

別に仲良しになろうとか、そういうことではない。いや、なれたら喜ばしいけれど。

共に戦う仲間として、相手を知ることはとても大切だと思う。

冒険者にとっては見分けのつかない無数のアルラウネだって、僕には仲間。

配下が日々優しく世話をし、絆を築いている心を持った生き物。

人を模しているのも、個人的にはありがたかった。覚えやすい。

アムドゥシアスがつけたという名前も、ちゃんと覚えた。

ここまでくれば、そう難しくない。

仲間の魔力反応がどの瞬間どこにあるかを把握し、どう動くべきか決めるのは、ちょっと得意なのだ。

冒険者時代、ずっとやっていたことだから。

そしてついに、三体のアルラウネがエアリアルさんに辿りついた。

それぞれ彼から見て前方、後方、上。

「見てましたかレメゲトンさま~。うふふ、パラとガルとリュカがつきましたよ~」

エアリアルさんは三体を退場させず、つまみ上げて、横に放った。

アルラウネ達が「わ~」という声と共に色んな場所を経由し、やがてその体がフィールドの端に出現する。

もう一つのルートが判明したが、出発点に辿り着くまでのルートが別途必要なので使えない。

「あぁ、よくやった。フォラス、アムドゥシアス。我らも続くぞ」

「承知いたしました」

「は~い」

エアリアルさんは驚いたように僕を見ている。

「不安ならばまた入れ替えたらどうだ、【嵐の勇者】」

「あはは、それこそが貴殿の狙いということも有り得る」

僕は迷路の解明なんて出来ていなくて、これはハッタリという可能性。

その場合、焦って空間を入れ替えれば魔力を消費するだけ。

「それを解いて、今すぐ我の許へ駆けてくればいい。戦いを望んでいたのだろう?」

「悩ましい問題だ。そうしたい気持ちもある。……が、ひとまずは貴殿の策が本物か確かめようと思う。本物であれば素晴らしいことだし、それでも問題はない。貴殿との戦いは私も望むところだからね」

エアリアルさん相手に、右腕のみの解放で勝てるのか。

ここにいる者たちは、【勇者】というだけで強いのではない。

事実、日々魔王城にやってくる勇者パーティーのほとんどは、第三層までで全滅しているのだ。

ここまでやってきたのは、冒険者の中でごく一握りの超一流ばかり。

レイスくんとフランさんというイレギュラーも、このレイド戦を通して誰もが認めたことだろう。

エアリアルさんを倒すには、彼からある技を引き出す必要がある。

その為にも、まずは箱庭を突破せねば。

「あ、レメゲトンさま。誰のルートを使うか決めましたか~」

「ガルのだが……分かるのか?」

アルラウネの個体識別は当然だが、誰のルートといって道順が分かるのだろうか。

「まさか~。でも、レメゲトンさまが出来るというのなら、出来るんだな~と思っていますよ」

「そう、か。安心しろ、奴らの働きは無駄にしない」

「はい、じゃあ行きましょう~」

僕らは足を進める。

景色が切り替わった。

次のブロックへ向かう。

移動するごとに、エアリアルさんの表情が驚愕、感嘆、歓喜へと移り変わっていく。

「ははっ……まったく、君には驚かされるよ」

親しみの込められた声は、すぐに冒険者のものに戻る。

「どうやらハッタリではなかったようだね、レメゲトン殿」

僕は仲間にだけ聞こえる声で言う。

「あと三つ、景色が切り替わったら【嵐の勇者】だ」