軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

174◇第十層・渾然魔族『喚起邀撃』領域7/顛末(上)

これは僕が、のちに確認した映像から得た情報だ。

第十層最終エリア以外の戦いについての記録である。

まずは、第一エリア・番犬と死霊術師の領域について。

【黒妖犬】と【骸骨騎士】に加え、【死霊統べし勇将】キマリスの操る【 生ける屍(ゾンビ) 】が、【不可視の殺戮者】グラシャラボラスに不可視化を施されている。

また、【闇疵の狩人】レラージェ、【深き森の射手】ストラスという二人のエルフの【狩人】が矢を射る。

【地獄の番犬】ナベリウスは、【嵐の勇者】エアリアルの強行突破時に退場。

この場に残った冒険者は三人。

第五位スカハパーティーからは二人。

ストラスことリリーと同郷だという【無貌の射手】スーリ。

彼に付き合う形で残ることを選んだ【遠刃の剣士】ハミル。

第一位エアリアルパーティーからは一人。

自分の【 生ける屍(ゾンビ) 】だけでなく、【氷の勇者】ベーラのものについても破壊しようと残った【疾風の勇者】ユアン。

狩人達の勝負自体は、そう長く掛からなかった。

「…………」

「…………」

だが互いに弓を引くその瞬間までを含めれば、双方に膨大な思考が巡ったことは想像に難くない。

両者ともに『神速』を持っている。目にも留まらぬ弓術。

ストラスの側には魔物の仲間がおり、スーリさんの側には風魔法による軌道変更という武器がある。

リリーは弓術こそ優れているが、エルフが一般的に得意とされる風魔法への適性が高くない。

エルフの射手としては、スーリさんの方が上だろう。

敵の動きを読んだ上で自分の矢だけを当てる計画を、優れた射手が相手を前にしながら練っている状態。

刻一刻と変化する戦況を考慮し、敵を貫くタイミングを待つ。

その間に、会話があった。

おそらく、スーリさんがのちのちカットを頼むだろう会話。

「……仮に」

「――――」

スーリさんが敵との話に応じることは、滅多にない。

リリーが再会した彼に問いただした時も、答えを得られなかったという。

だからこそ、こういう形で彼の前に立ちはだかることにした。

同郷の者との個人的な会話からは逃げられても、冒険者として相対した魔物は、倒さない限り攻略の邪魔をし続ける。

「仮に、お前の言うようにエルフの弓術を収めた冒険者がいたとして。正体を隠すその者が、 人間(ノーマル) でないとして。どのような問題がある」

「問題がないのであれば、何故秘匿したのか疑問というもの」

「問題を回避せんとしたのだろう」

リリーは許せないようだが、僕にはスーリさんの判断も分かる気がした。

エルフという種族は、ダンジョン攻略がエンタメ化する前の『殺し合い』だった時代に、その戦いへの参加を拒んだ種族とされている。

人にも魔族にも味方せず、森で過ごすことを選んだ種族。

だから、その末裔がダンジョン攻略に参加することに難色を示すファンも多い。

それに真っ向から立ち向かったのが、リリーという女性なのだ。

彼女の努力や活躍は今では広く認められ、最近ではエルフの冒険者も増えている。

だが、スーリさんが冒険者になった時は違う。

僕らのパーティーでも議題に上がったが、エルフであることを隠して冒険者をやるという選択は、無用な批判を避けるためのもの。

「種族を問題視する者がいるのなら、間違っているのはその者達でしょう」

「……その者の選択に怒りを覚えた何者かは、自身のやり方で満足を得たのだろう。だが、仲間は?」

その者というのがスーリさんで、何者かとはリリーのこと。

「――――」

ストラスの言葉が、止まった。

「人は人の戦いを、活躍を、勝利を求める。亜人がそこに混ざることは、罪ではなくともノイズではないのか」

今でもエルフや亜人の冒険者を快く思わない視聴者はいる。

多数派ではなくなったとしても、数それ自体は多い。

「……」

「退屈な娯楽は娯楽としての機能を果たせない。視聴者に多様性の受容を求めるような攻略は、上位を目指す上で望ましくないと考えた者がいたとして。それを批判する権利が誰にあろうか」

「……その者は、仲間に迷惑を掛けたくないから、己の種族を偽る人生を選んだと?」

「誇りより優先すべきものを知らぬ者からすれば、愚かなのだろうな」

スカハパーティーは、仲がいい。

彼らが、スーリさんの意思を無視して種族を隠させているとは、とても思えない。

だから、理由があるならそれはスーリさん自身の意思によるものだとは分かっていた。

スーリさんはエルフの誇りを捨てたのでも、種族を恥じたのでもない。

現実を見て、戦略的判断を下したのだ。

エルフを仲間に入れたことで、パーティーが批判に晒されることがないように。

リリーは理不尽に抗うことを選び。

スーリさんは現実に適応した。

数年越しに明かされた兄弟子の真意に、ストラスの手が――震えた。

スーリさんはストラスの正体に気づいている。リリーだと分かっている。その腕前も。

膠着状態が長引けばその間は仲間に加勢出来ないし、かといってストラスは簡単なことでは隙が出来ない。

だから、一度は話さないと決めた話題に自ら触れ、リリーの卓越した弓術を崩そうとした。

極限の集中で放たれる『神速』を、その集中を乱すことで使用不可にしようとしたのだ。

決着は一瞬でついた。

「――――」

ストラス達の勝利(、、、、、、、、) 、という形で。

スーリさんの『神速』は見事だった。

ストラスの頭部、心臓、魔力器官を真っ直ぐ射抜く三射に加え、彼女が回避行動に出た場合に備えて左右への曲射、計五本の矢を『神速』で放ったのだから。

「…………」

【無貌の射手】は、狙いを誤ることはない。

ただ、読み違えた。

自分の真意を聞いて、妹弟子の心が揺れるとそう考えてしまった。

「彼……あの御方の言う通りでしたか」

小さく呟くストラス。

スーリさんの胸に、矢が刺さっている。

彼の矢は、三本がエルフを貫き、二本が撃ち落とされていた。

だが被害に遭ったエルフはストラスではない。

「ちっ……勝つ為とはいえ、此奴の盾代わりとはな」

【闇疵の狩人】レラージェだ。ダークエルフの【狩人】。

彼女は長身。ストラスとの身長差もあって、代わりに受けた攻撃はそれぞれスーリさんの狙いとはズレた箇所を貫いている。それでも二射は腹部を貫通していた。

彼女は不可視化だけでなく、エルフの風魔法でスーリさんの探知を掻い潜って接近。

それでも彼の感覚をすれば至近距離への接近を許しはしないだろう。

だから、このやり方に落ち着いた。

不可視化と組み合わせて、ストラスの盾となったのだ。

矢の軌道上に立ち、代わりに矢を受けた。

同時にストラスを狙う曲射を読み、リリーに教示された『神速』 もどき(、、、) ――完全習得は容易ではないとのこと――によって撃ち落とした。

ストラスの ブレ(、、) は演技。しかし一瞬の震えは事実。

『神速』は間に合わない。

だからそう、彼女はスーリさんの狙いが読めたその時から、普通に矢を射るつもりだったのだ。

『神速』勝負に持ち込むつもりが、そもそもなかった。

「……感謝します、レラージェ」

「ふん……レメゲトン様の命令を遂行する為だ」

レラージェの 魔力体(アバター) が許容範囲を超えたダメージに崩壊し、魔力粒子と散った。

スーリさんの読みは、的外れではなかった。リリーが、頑なに彼のやり方を否定するままだったなら、彼の真意に揺れたことだろう。

僕とフェニクスとリリーは、何度か三人で顔を合わせて打ち合わせをした。

その際に、伝えていたのだ。

推測ではあったけれど、スーリさんが顔を隠して冒険者になった理由を。

確かに、最初は衝撃だったようだ。

そして悩みもした。

リリーは最初から耳を隠すつもりがなかった。

そして、スーリさんの選択を『逃げ』だと思っていた。エルフだと上に行くのに不都合だから隠したのではないかと。

だが、それが間違ってこそいなくても一面でしかなく。その根底にある思いが仲間に迷惑を掛けたくないというものなら。

果たして自分の選択は正しかったのだろうか、と。

彼女は誇りを貫いたが、その所為で大なり小なり仲間に迷惑を掛けた事実を、軽視していたのではないか、と。

しかし、それは考えすぎというもの。

「その者の考えも否定出来ません。ですが、今の私はこう考えます。仲間だからこそ、自分の大切なものは伝えるべきだと」

「――――」

リリー加入時に、話し合いは済んでいる。彼女が耳を隠さず冒険者をやることを僕らは了承したのだ。

ならばその後に視聴者から寄せられた全ての意見は、パーティーが受け止めるもの。誰か一人の責任などでは決してない。

彼女は実力が疑問視されることもなかったのだから、それを理由に脱退の話が出ることもない。

フェニクス戦後に顔を見せた時も彼女は、実力を隠して仲間を勝たせようと黒魔法を使用するという僕のやり方に不満を抱いているようだった。

もちろん自分に厳しい彼女だから、まず自分が僕の力に気づけなかったことを恥じていたけれど。

己を偽らなかった彼女だからこそ、僕が自分を偽ったことも嫌だったのだろう。

「その者の仲間は、その者の意思を尊重したのでしょう。ですが、現状に満足しているかは分からない」

昨今エルフが認められつつあるとはいえ、スーリさんが種族を明かすとなると別の問題が浮上する。

今まで正体を隠していたことが、視聴者への嘘ととられる可能性だ。

ある程度、そのように捉えるファンは現れるだろう。顔を隠した 人間(ノーマル) だと信じていたのに騙された、と考える人がいても不思議ではない。

だが、スーリさんの方から相談があれば、スカハパーティーのみんなは種族を明かすことに喜んで賛成するだろう。

そのことで誰にどんな批判をされようが、仲間として一緒に受け止めてくれるに違いない。

リリーとスーリさん、どちらのやり方が正しいかは分からない。

だが、仲間の為に己を隠すことが、仲間の喜びとは限らない。

スーリさんは、ストラスの言葉には答えなかった。

代わりに。

「想定よりも、優秀な射手だったようだ」

彼が退場するまでの間に矢を射ることがなかったのは、ストラスが油断なく弓を構えていたから。

あるいは勝負に負けたことを、認めてのことか。

どちらにしろ、【無貌の射手】は、彼にしてはどこか弾ませた声を残し――退場した。

正しさを押し付ける同族としてでは、リリーの声はスーリさんに届かなかった。

今回、敵として相対したことで、結果的に互いの考えを確認することが出来た。

リリーの目的は達成できた。

そしてストラスはレラージェと協力し、魔物としての役目を果たした。

第十層、残る冒険者はこの時点で――七人。