軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

161◇第八層・武と『決闘』の領域4

対峙する二人に言葉は無し。そんなものは不要。

ごうっ、と風が鳴いた。

荒れ狂う暴風が聖剣に吸い寄せられ、纏わりつき、今か今かと解放の時を待つ。

「…………」

フルカスさんの白い肌が朱色を帯び、その額からコブのようなものが隆起する。

それは伝承に聞くオーガの姿を彷彿とさせた。

エアリアルさんの放つ風刃の雨の中を、フルカスさんは走り抜ける。

か細い突破口を見つけては飛び込み、避け切れない場合は最小の被害で済むルートを選択。膨大な戦闘経験から導き出された、芸術的なまでの疾走。

敵のそんな動きを見て、【嵐の勇者】は楽しそうな笑みを浮かべる。

彼我の距離は驚くべき速度で縮まり、誰もが激突を予期出来るまでに両者は接近。

エアリアルさんは、切っ先を天に向けた構えで迎え撃つ姿勢を見せた。

フルカスさんは止まらない。

刃の届く範囲内に踏み込む寸前になって彼女が――躓いた。

否――床を蹴り上げたのだ。

その衝撃で床が大きくめくれ上がる。そのサイズはまるで壁。

突如として、壁が二人を遮った形。

エアリアルさんは動かない。

「……残念だ」

この勝負に言葉は無用。

だからそれは、勝負出来なかったことに対する言葉。

エアリアルさんは聖剣の切っ先を、自身から見て右に向けた。

その方向を、人造の天災が襲う。

本来ならば天の采配であるところの嵐を、人の意思で顕現させる遣い手。それが風精霊本体の契約者、エアリアルに許された精霊術の一つ。効果範囲を限定させる応用は彼が生み出したもの。

切っ先と壁を結ぶ線に、暴虐の風が吹き抜けた。床はえぐられ、巻き上げられたものは塵と化す。

フルカスさんの左足も例外ではなかった。

彼女はエアリアルさんの横を抜け、ハミルさんのいる方へ向かおうとしていた。

片足を失ったフルカスさんは、残る右足で跳躍。

床に足の跡が刻まれるほどの踏み込みで加速。

彼女の向かう先にいるハミルさんは『飛ぶ斬撃』を放ち、エアリアルさんは風刃で追撃する。

フルカスさんは獣のように両手を床につき疾走。迫り来る攻撃を回避する。

それだけではない。

「いやいや、なにその動き……」

頬をひくつかせながらも、ハミルさんの佇まいから焦りは感じられない。

フルカスさんはいびつな槍の残骸を口に咥え、勢いそのまま身体を回転。その過程で残骸を手にとり、ハミルさんに向かって投擲。空を裂く 投げ槍(ジャベリン) を、ハミルさんは『飛ぶ斬撃』で撃ち落とそうとするが――。

「!」

目的は達成されない。

彼の腕前は一流。狙いがズレることはない。

外すことがあるとすれば、それは相手もまた一流であるか、あるいはシトリーさんの時のように、認識した後に対象が動きを変えるか。

シトリーさんの場合は、レメゲトン姿から【夢魔】姿になることで首を刈る一撃を回避した。

だがフルカスさんが投げたのは槍だ。意思を持って一線級の戦士を欺くことは出来ない。

だからそう、やったのはフルカスさんだ。

二度目の投擲(、、、、、、) で一度目の槍を弾き、軌道を変えたのだ。

そして三度目の投擲で、再度軌道を調整。

それらは一瞬の内に行われた。

「ははっ、これはまた――ッ」

ハミルさんも気づいたことだろう。元々知っていたとしても、強く再認識した筈だ。

フルカスさんは鎧の操縦者としてだけ優れているのではない、鬼だから強いのではない。

異常な怪力を誇り、頑丈な肉体を有し、繊細な技巧を備える。

それこそが今代の【刈除騎士】フルカスなのだと。

ギリギリで、ハミルさんは槍の残骸を弾いた。

しかし、自分で投げた槍に追いついたフルカスさんへの迎撃は、その分遅れてしまった。

フルカスさんの手がブレる。速すぎてそう映っただけで、実際は手の甲でハミルさんの腕を弾いたのだ。

それによって容易く骨が砕け、暴力で生み出された関節に向かって腕が曲がる。

当然、魔法剣は握っていられない。

落ちた魔法剣を、フルカスさんはキャッチした。

――弟子に出来ることは、師匠にも出来るってことかな……。

考えすぎかもしれない。

ただ僕はフェニクスパーティーの【戦士】アルバから第十層戦で、フルカスさんからタッグトーナメントで、それぞれ魔法具を奪っている。

「うわ、かなり恥だなこれは」

彼は腕を折られた直後にフルカスさんの顎に向けて膝蹴りを決めたが、彼女はものともしなかった。

続いて足の骨も折られたハミルさんだが、退場は免れた。

というのも、襟首を掴んだフルカスさんに 生きた盾(、、、、) にされたからだ。

エアリアルさんの攻撃がやむ。

重りの増えたフルカスさんの速度なら、それごと断つことは可能だろう。

だがそれは、仲間ごと魔物を殺す行為。

【サムライ】マサムネさんのように、敵に操られているような状態でもない。

設定上正義側に立っている者達としては躊躇われる行為だろうし、そもそもレイド戦で人数が減るのはその後の攻略に響く。一つの層の攻略方法として、仲間を一人切り捨てる判断は重いのだ。

フルカスさんは四方八方に『飛ぶ斬撃』を放つ。

なんとか退場せずに済んだらしいリューイさんとフランさんは、レイスくんによって救出されている。

【疾風の勇者】ユアンくんはいまだ、鎧の左手に捕まっている。よほど強い力で拘束されているようだ。

それを助け出そうとしているのが【迅雷の勇者】スカハさん。

【無貌の射手】スーリさんと【千変召喚士】マルグレットさんは【龍人】と戦っていた。残るは一体で、その眼孔を彼の矢が貫いたところだった。

【龍人】のブレスによって、槍の残骸が燃えている。煙も出ていて、視界は悪い。

今のハミルさんに、自決する方法はない。腕も足も折れている。

棄権機能は、敵との距離が近すぎると使えない仕様だ。これはかつて、魔物にやられる直前などに、ダメージを受けて格好悪い姿を晒すことを避けたい冒険者の棄権が多発したことが、導入の理由の一つとされている。

今では、死んでいないが脱することも出来ない罠に掛かった場合などに、使用が限られる。

「そちらさんも、長くは保たないよね。おれを落としても、その次は? 片足で武器も部下もない状態で、どう戦うのかな」

ハミルさんの言葉に、フルカスさんは答えない。

ゆっくりと、手の空いたメンバーがフルカスさんに近づいていく。

だが『飛ぶ斬撃』の所為で、思い通りにはいかないようだ。

スカハさんとユアンくんの二人以外の意識が自分に向いた、その瞬間。

彼女は動いた。

正確には、彼女と――その鎧が動いた。

「――――ッ!?」

冒険者達が驚きを共有する。

操縦者のいない鎧が動き出したのだ、驚きもするというもの。

他の誰かが乗っているわけではない。

画面を見た僕は、冒険者達と同様に驚きつつ、納得もしていた。

「……確かに、搭乗しなければ操縦出来ないとは、言っていなかったですね」

遠隔操作の方法があるのだろう。

普段搭乗していることを考えると、遠隔だと操作精度が落ちるなどのデメリットがあるのか。

とにかく、鎧が動いている。

黒き大鎧は左腕を失い、右手はヘルさんのおかげで上手くものを握れない状態。

鎧は足元に転がる壊れた槍――大鎧が使っていたので太さは丸太ほど――を、蹴った。

凄まじい勢いで、槍が飛ぶ。

鎧はその後、スカハさんに接近。フランさんとリューイさんがカバーに走っている。

壊れた槍の軌道上には、エアリアルさんがいた。

彼ならば対応は出来るだろう――普通なら。

「え? うぉおっ……!?」

ハミルさんの声。

フルカスさんはハミルさんを、エアリアルさんに向かって放り投げたのだ。

「――――」

そして『飛ぶ斬撃』で切り刻もうとする。

当然、エアリアルさんは空気の壁で彼を守り、またその身体を風魔法で受けとめ、移動させる。

それを一瞬でやりながら、壊れた槍を完全に破壊するのはさすがの彼にも至難。

自分とハミルさんを軌道上から退かす対応を選んだエアリアルさん。

生きた盾を失ったフルカスさんに残るは、ハミルさんの魔法剣。

フルカスさんが剣の腹を正面に向けると、そこに矢が当たった。弾かれ、飛んでいく。

スーリさんだ。

彼は直前に放たれた『飛ぶ斬撃』を回避すべく、既に動いている。

それで充分。時間は稼げた。

勢いよく迫る壊れた槍に、フルカスさんは――飛び乗った。

そしてすぐさま、数百年分の植物の成長を一瞬で引き起こしたような延伸を実行。

残った槍の残骸はもうこれだけ。すなわち、今はこれが本体。

「ははっ、楽しいじゃねぇかフルカス! 魔王城の四天王は面白いヤツばっかだ!」

蜘蛛の巣のように張り巡らされる槍の一部を、フルカスさんは欠けた足の付け根に纏わせ、即席の義足とする。

そんな彼女に迫るのは、【魔剣の勇者】ヘルヴォール。

またしても槍の上を走る彼女を、フルカスさんは止めない。自身も疾走し、互いに正面から接近。

そして二人は拳を構え、同時にそれをぶつけ合わせた。

鈍い音が響く。

瞬きほどの間の膠着のあと、二人の腕が同時に弾かれるように跳ねた。

その手は両者共 拉(ひしゃ) げてしまっている。痛み分け、とでもいおうか。

単純な拳のぶつかり合いで、フルカスさんは【魔剣の勇者】と互角ということ。

だが、ヘルさんの側には再生能力が――。

「んん?」

ヘルさんの身体には、気づけば槍が縄のように巻き付いている。

「おいおい、そりゃねぇだろ!」

フルカスさんの目的は、この勇者を一瞬でも立ち止まらせることだったのだ。

足止めは完了。これから拘束を逃れても、すぐには彼女に追いつけない。

エアリアルさんはハミルさんが退場しないよう、 魔力体(アバター) 修復剤を注入していた。

槍の網を破壊すべく風刃を放ってはいるが、あくまで救出優先。

「狙いはユアンだ!」

レイスくんが叫ぶ。敬称が外れているのは、急を要するからか。

そんな彼に向かって、フルカスさんは『飛ぶ斬撃』を放ち続けている。

スーリさんは射線が通らず矢を放てずにいる。

マルグレットさんは距離が開いている。

フランさんとリューイさんは鎧と戦闘中。

ユアンくんが腕から逃れられなかった理由も、さきほど判明。遠隔で腕に力を入れ続けていたのだろう。だから抜け出せなかった。絶妙な加減で、固定されていたに違いない。

「ユアンはやらせない。オレがいる」

スカハさんが立ちはだかる。

鎧の腕の上に着地するフルカスさん。

魔力を溜めていたのだろう、スカハさんの横薙ぎは先程までよりもずっと速い。

フルカスさんのひしゃげた右腕が、二の腕あたりから切断される。

すぐさま切って返しての二撃目が迫るが、その軌道は僅かにズレる。

フルカスさんが左腕で鎧の腕を殴り、その衝撃で腕部分が大きく揺れたのだ。

ブレた斬撃を、フルカスさんは魔法剣で受け止める。

聖剣伝いに叩き込まれた雷撃に震えるも、フルカスさんはそのダメージを耐える。並の魔物ならば退場数度分の攻撃だろうと、彼女を落とすには足りない。

「驚嘆すべき耐久力だ。だ――ガッ?」

スカハさんが退場した(、、、、、、、、、、) 。

突如として首がねじ切れ、頭部が宙を舞うという形での退場。

フルカスさんは、存在しない右腕を振り抜くような動作をしていた。

――まさか。

鬼(オーガ) は生命力に優れた種族。食べたものを生命力へと変換し、それが尋常ではない耐久力や膂力を支えている。

そしてこれは世界の基本だが、魔力とは全ての元となる力。

魔力が、万物を形作ると言われる。

だから、魔法で万物を模すことが出来るのだと。

逆も、種族によっては可能。

血から魔力を吸い出す吸血鬼、精力から魔力を抜き出す夢魔などだ。

もし、鬼という種族が、生命力を魔力に変換する能力を有しているなら?

尋常ではない生命力を魔力へと変え、それを腕の代わりとして身体に纏わせて――殴ったなら?

この結果も、有り得なくはない。

いくらフルカスさんとはいえ、角や杖などの機能なしに高密度・高純度の魔力に相当する出力を発揮することは考えづらい。

出来るとしても、一瞬を更に数百に刻むような僅かな間だけではないだろうか。

それを、やってのけたのか。

五位勇者の雷撃をその身に受け、四肢の内二本を欠いた状態で。

「……?」

フルカスさんは動かない。

違う、動けないようだった。

レイスくんの、『空気の箱』によって閉じ込められているのだ。

そして、その間に集合していた。

エアリアルさん、ヘルさん、レイスくんが。

「申し訳ありません、スカハ殿……!」

ユアンくんも魔力を練り上げている。

四人の勇者による同時攻撃。

この状態では、さすがのフルカスさんも回避は出来ない。

彼女の肌の色とこぶは、気づけば元に戻っていた。

フルカスさんが敵ではなく、一瞬カメラを見た気がする。

僕は、師匠と目が合ったような錯覚に襲われる。

――はい、ちゃんと見ていました。

かつてフルカスさんが教えてくれたこと。

状況を把握し、勝ちの手を探ることが出来るのが僕の長所だと、彼女は認めてくれた。

もちろん、第一は勝つ為だろう。

レイド戦ということで、彼女も未公開の技を幾つも披露することになった。

でもフルカスさんは、僕のやり方でここまでの戦いが出来ると証明してくれた。

レメゲトンではなく、レメのやり方で。

考え続けろ、とれる択を増やせ、そうして勝利を手繰り寄せろ。

僕と彼女では手札が大きく違うけれど、伝えようとしていることは理解出来た、と思う。

「……おなかすいた」

その声は実際に言ったものか、僕の幻聴か。

第三の四天王【刈除騎士】フルカス、退場。

冒険者達は数を九まで減らし、第八層を攻略。復活権を一つ獲得した。

魔王様を守るフロアボスは、残り二体。

【時の悪魔】アガレスと、【隻角の闇魔導師】レメゲトンのみとなった。