作品タイトル不明
13.瀬奈さんとデート①
夏真っ盛りの8月下旬。俺は3人とそれぞれデートすることになった。正確に言うと、デートするから予定をあけておけと、決定事項を申し渡されただけなんだけど。
だがしかし。デートのお誘いを断るなんてとんでもない!
仏様だって激怒するぞ。きっと。
「守くーん、行くわよー」
「あ、いま行きます」
というわけで、今日は瀬奈さんとデートなのだ。
いつもよりは胸元控えめの水色のワンピース。スカート丈もひざ上くらいと控えめだ。同じく水色の帽子を被った、ちょっと余所行きの 瀬奈さん(お嬢さま) がいた。
俺?
いつもの作務衣ですが何か?
オシャンティやろがい!
向かったのはJR千葉駅からちょっと離れた喫茶店の地下。地下だ。
古式正しき純喫茶のおひげのマスターにあいさつした瀬奈さんは実家にいるときのように勝手に厨房に入り、勝手に隠し扉を開けて中に入っていった。
俺?
しっかり手を握られてて拒否権なんてなかったぜ。
扉の先はすぐ階段で、闇に落ちていくような急さだった。
その闇からかすかに声が聞こえてくる。夜の墓地の人魂より不気味なんだけど。これ、地獄につながってないよな。
「どこに行くんです、これ」
「ふっふーん、わたしの趣味に付き合ってもらおうかなーって」
「趣味! 酒以外の趣味ですね」
「お酒はライフワークだから」
階段を下りる毎に声が大きくなる。それが何らかの怒号や歓声だと気が付くのは早かった。
階段を降り終わると通路が始まり、そして光が見えた。
「出口ですか?」
「逆よー、 入(・) り(・) 口(・) よー」
瀬奈さんに手を引かれて歩くと、光と歓声が差し込む開口と、その脇に立つマッチョマン。頭は狼さんのかわいらしい着ぐるみ。なんだこれ。
「勝浦よ。あ、もうすぐ坂場になるけども」
狼マッチョマンは恭しく礼をした。
瀬奈さんは開口を通り、光に消えていく。当然俺もだ。
光の先はすり鉢状の空間に椅子が並んでいて、その底は格闘技のリングになっていた。リングにのみ光が当たって観客席は暗い。
「うぉぉぉぉぉお!!」
「ざけんな立てぇぇぇ! お前に賭けてんだぞぉぉぉ!」
「あっはっは、雑魚は寝てろ!」
リングには倒れている男とロープに背を預けている男がいる。両者ともに上半裸の、若い格闘技野郎だ。
「8・・・9・・・10!! 10カウント! 勝者カクータ!」
「「おおおお!!」」
「これで3週連続の勝ち抜きだ!」
観客が興奮気味に叫んだ。
「守くん、見るなら最前列がおすすめよー」
ぐいっと手を引かれ、リングのかぶりつき席に連れ込まれた。椅子はパイプ椅子で、すぐに撤去ができそうな安普請さがイリーガル臭さを醸し出してる。
「はい座ってー」
「あ、はい」
パイプ椅子特有の硬い感触味わうと同時に蝶ネクタイのいかつい男がヌッと現れた。
「お久しぶりです勝浦さま」
「春の大会以来かしらねー」
挨拶をしながらも手ではビールジョッキの受け渡しが始まっている。もちろん俺の分もあるんだろうけど、ジョッキが5個もありますけど?
「今日は同伴なのですね」
「そーよー、 旦(・) 那(・) 様(・) になる人よー」
瀬奈さんの一言で、空気が引き締まった。気がする。蝶ネクタイマッチョさんの顔が怖い。
「なるほど、噂は聞いておりましたがその男性が……」
「アハハ、ドーモー」
周囲からは殺気が刺さってくる。ここはダンジョンなのか?
敵だ。敵しかおらん。であえー!
「ともあれ、ね?」
いつの間にか運ばれてきていたジョッキを持たされた。
「かんぱーい!」
「か、かんぱーい」
ガシャンとジョッキをぶつける。ジョッキに口をつけてゴクリとのどを鳴らす。家以外でこうして酒を飲むのは大学以来だ。
「んー、昼間から飲むビールは背徳の味がサイコーだわー!」
隣の瀬奈さんは2杯目に入ったようだ。早い、早すぎる。
「次の試合は目下3連勝中のザケンナー対デビューから負けなしのチェーストの戦いです。オッズは1.2:1.4」
落ち着いた声のアナウンスが響く。オッズがあるってことは賭けごとなのか。
「次は推しの子の試合なのよねー。1万円かけちゃおっと!」
瀬奈さんが賭けたのはデビュー負けなしのチェーストだった。
「推しですか」
「この子はねー、カポエイラ使いなのよー」
ぽちぽちスマホをいじっていた瀬奈さんが画面を見せてきた。チェーストの試合のようで、素早い動きで蹴りを繰り出す攻撃をしていた。流れるように動き続けてて、瀬奈さんの戦い方を思い出す
「女の人なんだね」
「そーよー、格闘技は男のものじゃないのよー」
「先入観が邪魔しました」
チェーストは、ポーニーテールの若い女性の選手だった。しかも腹筋がバッキバキに割れてておっぱいもでかいナイスバディマッチョだった。
「なるほど、推しの理由がわかりました」
女性で蹴り主体の瀬奈さんと同じなのか。推しと聞いてモヤっとしてしまった。俺もヤキモチ焼きだなぁ。
「さーはじまるわー!」
ジョッキ片手の瀬奈さんの横顔は楽しそうに輝いてる。それを肴にビールを飲む。旨い。
「選手入場!」
アナウンスと同時に選手がリングに上がる。相手のザケンナーは男だ。両者ともに手にバンテージだけの素手。鉢巻はしてるけど武装ではないな。
チェーストは赤いスポブラとトランクスの組み合わせだ。足もムッキムキで素晴らしい。
ちょっとワクワクしてきた。
カーンとゴングが鳴り試合開始だ。
「いっけー! 蹴っ飛ばせー!」
チェースト選手がゴングと同時に飛び出して後ろ向きからの回し蹴り、その勢いのまま手をリングについて蹴り上げた。
「惜しい!」
蹴りは空を切るもその勢いでバク転して距離をとった。
「うぉぉぉぉぉぉ!!」
会場が沸いた。俺も無意識に声を出してた。
ザケンナーはムエタイらしく足技も使うけどどっちかというと接近戦なのでやりにくそうだった。チェーストは足を伸ばすからリーチが長い。動きも早くてザケンナーはキックの隙をつけない感じだ。
「ぬううう!」
ザケンナーが距離を詰め寄るとチェーストがけん制で蹴りを繰り出して距離をとる。ザケンナーがイラついてうなり始めた。チャンスや!とエセ関西弁も出る。
「キェェェェィ!」
我慢しきれなかったザケンナーがハイキックを繰り出すと、チェーストは頭を振ってよける勢いで体を回転させ、倒立する体勢でのハイキックを出した。
「ぐはっ!」
側頭部に蹴りを受けたザケンナーがリングに崩れ落ちた。横たわったザケンナーは微動だにせず、勝利のゴングが鳴り響く。
チェーストが腕を高くつき上げ勝利のポーズ。
「やったー! 一発KOよー!」
「うおぉぉ、すげぇぇ!!」
「勝者チェースト!!」
「「うぉぉぉぉぉぉ!!」」
「よっしゃぁ! 信じてたぞ!」
会場のボルテージが上がっていく。瀬奈さんもジョッキを高々と上げて「いえーい!」と上機嫌だ。
チェーストがリングを去り際にこっちを見て手を振っていた。
「推しが勝ちましたね」
「よっしゃー!って感じよー」
瀬奈さんは後光が見えるレベルでニコニコだ。ここに天女がおるぞ。ビールも進むぜ。
それから数試合を観戦したら「本日の試合は終了いたしました」とアナウンスがかかった。会場も明るくなり、観客もぞろぞろ引き上げていく。よく見えなかったけど数十人はいたようだ。
「白熱した試合が多くてよかったわー!」
「いやー、面白かったです」
瀬奈さんの顔が紅潮して笑顔も色っぽい。お酒なのか興奮なのか。どっちもかな。
「こんな格闘技の試合って結構前から観戦してるんです?」
「ふふ、そうなのよー実は高校生のころからねー。さすがにその頃はビールは飲んでないけどー」
「結構長いですね」
「実は、ちょっと前まで戦ってる方だったし」
「戦ってた!?」
瀬奈さんはまた「ふふっ」っと笑う。
「わたしはねー、見かけはふわっとしてるけどおしとやかじゃなくってー、観戦してるうちに出たくなっちゃってー。1年くらいでやめたけどねー」
「ほぇぇぇぇ」
びっくりじゃい。
瀬奈さんの戦い方って、ここで磨いたのかも?
「さー、次へいこー!」
と連れていかれた先は、ホテルだった。