軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

街中探索

昨日は泣いて泣いて泣きまくった。ご飯だと言われても、両親の布団を床に落としたことで怒られても、大した反応ができずに泣き続けた。

そして、今朝、泣きすぎたわたしの目は腫れて熱くなっているし、頭もガンガン痛んでいる。

けれど、熱は完全に下がったようで、体のだるさは全くない。ついでに、大泣きしたことで気分的にもかなりすっきりしていた。

朝食の時の家族からは何となく腫れものに触るような扱いだったけれど。

「熱は下がったわね」

母が洗い物を終えたばかりの冷たい手でわたしのおでこに触れる。ついでに、腫れた目の辺りを押さえてくれる。

冷たくて、非常に気持ちいい。

「ねぇ、マインが元気なら、今日は一緒に買い物行こうか?」

「え? 母さん、お仕事は? わたし、熱下がったのに、仕事休んでいいの?」

確か、『染物の仕事は今が一番忙しいから、マインが高熱出しても仕事に行かなきゃいけない』って、言ってなかったっけ? そんなんでいいの、社会人?

首を傾げるわたしを見て、母が悲しそうに目を伏せた。

「トゥーリもマインの看病ばかりじゃなくて、少しくらい外に行かせてあげないと可哀想だし、昨日はあんたが泣きやまなくてトゥーリが困り果ててたし、マインが寂しがって泣いてるんじゃないかって言ってたから、周りの人達に無理言って休ませてもらったのよ」

その言葉に、うひぃっと息を飲んだ。精神年齢22歳が人目もはばからず、一日泣き続けるなんて、穴を掘って埋まりたい醜態だ。冷静になってしまうと、自分のやったことがあまりにも恥ずかしい。

「ご、ごめん、なさい」

「マインが謝ることじゃないでしょ。病気の時は心細いものだからね」

母は優しく頭を撫でながらそう慰めてくれたが、優しい分、罪悪感に押しつぶされそうだ。

ごめんなさい。本がないことに絶望して泣いたけど、母さんがいなくて寂しいとか思ったことありませんでした。そんなに心配かけて世話かけてるのに、トゥーリがさっさと出かけてくれないと本が探せない、なんて考えてました。ホントごめんなさい。

「トゥーリはみんなと一緒に近くの森へ行くけど、病み上がりのマインはまだ無理だからね。母さんと買い物に行こうか?」

「うん!」

「あら、急に元気になったじゃない」

やっぱり母さんといられるのが嬉しいのね、なんて母が嬉しそうに笑っている。

わたしも母に向けてにっこりと笑顔を送っておく。

「ふふっ、楽しみなんだもん」

母が嬉しそうなので、わざわざ誤解を解くつもりなんてないけれど、外に行けば本くらい見つかるだろうと考えたら、気分が一気に上昇してきただけだ。

今日は買い物について行って、本を買ってもらうんだ。

分厚い本じゃなくていい。とりあえず、ちょっと字を覚えるための本が欲しい。この際、子供向けの問題集でもいい。あいうえお表とか、アルファベット表みたいなものでもいい。

きっと「本があれば寂しくない。ずっとおうちでお留守番してる」なんて可愛く言って、病弱な娘がおねだりすれば絵本の一冊くらい買ってくれるだろう。

うふふん、楽しみ~。

「じゃあ、母さん。行ってきます」

トゥーリが満面の笑みを浮かべて、ドアから寝室を覗きこんできた。今日は母が休みなので、トゥーリもわたしの子守りから解放されるのだ。

「みんなと一緒に行くんだよ。気を付けてね」

「はーい」

トゥーリは大きな籠を背負って、弾むような足取りで駆けていく。まるで遊びに行くように楽しそうな雰囲気だが、これもれっきとしたお手伝い。薪拾いだ。ついでに、木の実や茸も探してくるらしい。安くて美味しい食卓になるかどうかは、トゥーリにかかっている。

頑張れ、トゥーリ! わたしの食生活に彩りを!

ないない尽くしの世界にはどうやら学校もないようで、子供達はみんな手伝いか仕事をしている。少なくともわたしの見聞きした記憶の中には学校に相当するものがない。トゥーリより少し年かさの子供は、仕事の見習いを始めるのだ。

できることなら、わたしは司書見習いか、本屋見習いになりたいと思っている。今日の外出はそのための情報集めの場だ。本屋の位置を確認して、店の人と仲良くなって、見習いになるのだ。

計算高い幼女と称賛してくれていいのよ、んふっ。

「じゃあ、マイン。わたし達も買い物に行きましょうか」

わたしがマインになってから、初めてのおでかけである。

初めてパジャマ以外の服を着た。相変わらずお下がりでぼろぼろだが、生地は厚めの服を何枚か重ね着させられる。外はどうやら寒いらしい。

動きにくいほどもこもこにされたわたしは、母と手を繋いで初めて家の外へと一歩を踏み出した。

寒ッ!

狭ッ!

臭ッ!

石造りの建物なせいか、建物自体から冷たい空気が放出されている感じで、何重にもきこんだ服にも冷たい空気が染み込んでくる。

ヒートテックとか、フリースとか、ホッカイロが切実に欲しいんですけど。

ついでに、臭いを遮り、風邪防止のためにマスクも欲しい。

家から出るとすぐにあったのは、階段。三歳児並みの体格しかないわたしには一段降りるのが怖いほど狭くて急な階段が続いている。

母に手を引かれながら、ギシッギシッと軋む板の階段を何度も何度も曲がりながら下りていく。2階から下だけは丈夫で綺麗な石造りの階段だった。

同じ建物なのに、何、この格差?

むぅっと眉を寄せていると、やっと外に出られた。一応数えてみたら、7階建ての5階が家だった。

正直、病弱で小柄で体力がないわたしには、外に出ること自体がかなり重労働だ。記憶の中でも家にいることが多いのも当たり前だと思う。

「ぜぇ、ぜぇ……。母さん、息、苦しい。ちょっと待って」

今だって、既に息が切れている。体力のないわたしは目的地にたどり着く前にぶっ倒れそうだった。

「まだ家を出たところなのに、大丈夫?」

「ん。大丈夫。行く」

せめて、本屋の位置だけでも確認したい。深呼吸をして呼吸を整えながら、わたしは周囲を見回した。

集合住宅から外に出たところは小さな広場のような感じになっていて、そこには共同の井戸があった。

井戸の回りだけ石畳になっていて、何人かのおばさんが喋りながら、洗濯をしているのが見える。トゥーリが皿洗いに来たり、毎朝水瓶の水を汲んだりしているのは、この井戸に違いない。

「母さんは洗濯した?」

「えぇ、もう終わってるわ」

どの服も薄汚れて見えるけど、一応洗濯はしているらしい。もしかしたら、洗剤の品質が悪いのかもしれない。石鹸の加工でも考えてみようか。

広場は集合住宅のような高い建物に四方を囲まれていて、一本だけ表通りに繋がっている道がある。決して広くはないその道を抜ければ、大きな通りに出た。

うわぁ、外国の街並みだ。

見慣れない街並みが目の前に広がり、荷馬車やロバのような動物がカッポカッポと石畳を行き交っていて、広い道路の両脇には店が並んでいた。

わたしは完全に観光旅行の気分になってしまった。きょろきょろしながら、本屋がないが物色する。

「母さん、どのお店に行くの?」

「まぁ、マイン。何を言っているの? わたし達が行くのは市場よ? お店にはほとんど用がないもの」

どうやら建物の一階にきちんと構えられている店は基本的にそこそこお金を持っている人が入るためのもので、貧しい庶民には用がなく、日常の買い物は市場の立つ日にするらしい。

……ということは、本屋はこういう建物の一階に並んでいるってことかな?

本屋を探して辺りを見回すと、目印になりそうな一際大きい建物が目に入った。白っぽい石造りで、シンプルなのに威厳があるというか、目立って立派な建物だ。

「あ、お城?」

「あっちは神殿よ? マインも7つになれば、洗礼式で行くことになるわ」

あー、神殿。神殿ねぇ。宗教が強制とか嫌だなぁ。自分からはなるべく近付かないようにしようっと。

日本人の感覚で、何となく宗教には距離を置きたくなってしまう。それを口にすることが、この世界で受け入れられることかどうかもわからないので、口を引き結んだまま、神殿の奥にある壁に視線を向けた。

「母さん、あの壁は?」

「城壁よ。中には領主様のいらっしゃるお城やお貴族様のお屋敷なんかがあるわ。まぁ、わたし達にはあまり関係ないところね」

「ふぅん」

お城というよりは、高い石の壁しか見えなくて監獄っぽい。守りを固めたらあんな感じになるんだろうか。西洋風のお城って、何となく豪奢なものだと思ってたよ。あぁ、でも、砦として使っていた頃の西洋のお城ってあんな感じだったっけ。

「じゃあ、あっちの壁は?」

「あれは外壁。街を守る壁よ。この道を真っ直ぐ行ったところにある門で、父さんが仕事をしているでしょ?」

「……父さんが?」

マインの記憶から兵士の仕事をしているのは知っていたが、門番だったのか。それは知らなかった。

それにしても、領主がいるお城があって、城壁や外壁で囲まれているということは、ここは一応都会だと思っていいのだろうか。

外壁に囲まれた範囲を見ても、通りを行き交う人波を見ても、それほど大きな街とは思えないが、東京や横浜を基準に考えたら駄目かもしれない。

ああぁぁ、街の規模によって本屋の規模も変わるはずなのに、肝心の基準がわからない!

この街って大きいの!? 小さいの!?

教えて、偉い人っ!

「マイン、市場に行きましょう。いいものがなくなってしまうわ」

「うん」

市場へ向かいながら、本屋を探して一生懸命に辺りを見回してみるが、道の両側にある店の看板は基本的にイラストだ。看板は木の板に絵だったり、金属で絵が刻まれたものだったり、とにかく字らしき記号が見当たらない。

文字を知らないわたしにもわかりやすくて、本屋を探すにも役立つけれど、嫌な予感に冷や汗が浮かんでくる。

あれ? 家どころか、街の中にも字がないんだけど? 識字率が低い? もしかすると、文字自体が存在しない?

ふっと頭をよぎった自分の予想に血の気がすぅっと引いていく。

文字自体が存在しないという予想はこれまでになかった。文字がなければ、本なんて存在するはずがない。

「マイン、人が多いから、母さんから離れちゃダメよ」

「……ぅん」

自分の予想に愕然としながら足を動かしているうちに、いつの間にか市場に到着していた。

耳に飛び込んでくるざわめきに顔を上げると、活気のある露店がぎっちりと並んで、多くの人々が行き交っているのが見える。日本のお祭りの屋台を彷彿とさせる賑わいに、少しばかり懐かしい気分になった。

思わず顔をほころばせて、近くにある果物屋を覗きこんだわたしは、思わぬ物を見つけてグイッと母のスカートを引っ張る。

「母さん、あれ! 何か『書いて』ある!」

商品の上に何やら記号が書かれた板が刺さっている。わたしには読めないけれど、数字か文字が、この世界にもちゃんと存在していた。

たったそれだけのことで顔が紅潮してくるくらい、わたしは活字に飢えている。

「あぁ、値段よ。いくらで買えるかわかるようになっているのよ」

「なんて書いてあるの!?」

いきなり元気になった娘の姿に目を母が驚いているが、そんなことはどうでもいい。

目に入る数字を手当たり次第母に読ませていけば、頭の中で自分が知っている数字と目の前の記号が繋がっていくのがわかる。

よしよし、頑張れ! わたしのシナプス回路!

「じゃあ、これは30リオン?」

いくつも数字を読んでもらった後、自分で数字を読んで、母の反応を見つめる。

ちゃんと正解だったようで、何度も瞬きしながら母が見下ろしてきた。

「こんなにすぐに覚えてしまうなんてすごいわ、マイン」

「んふ~」

数字らしき記号が10種類だから、計算方法も10進法で間違いないっぽい。2進法とか60進法とかじゃなくてよかった。数字に当たる記号だけ覚えたら計算も問題なくできそうだ。

あ、もしかして、天才フラグ立ったんじゃない? 十で神童十五で才子二十過ぎればただの人って感じのフラグだけど。