軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

31 和解

方々への連絡や証拠の保存。ベティーナのつれていた侍女の確保などヘルガとフランクは大忙しだった。

幸い、タウンハウスで起こった出来事だ。

ものすごい速度で引き返す馬車の目撃者がいたことや即座に騎士団が駆けつけて現場を確認したことによって、ベティーナがエヴァーツ伯爵家の情報を盗み出そうと画策し、企みが露見したことによって逆上し危害を加えようとしたという事実は揺るぎようがないものとなった。

これはもう、アイロスとの婚約破棄どうこうというレベルではなく立派な犯罪であり、きちんと裁かれることになるだろう。

そう安堵できたのは夕暮れを過ぎた頃で、フランクはやっていたラドフォード侯爵といまだに話し合いを続けているが、ヘルガたちは一息つくことにした。

酷くせわしない日になってしまったが、それでも大きな山場は乗り越えた。

エヴァーツ伯爵家の秘密も守られたし、やっかいな婚約者はこれでいなくなるのだ。

そう思えば、今日の忙しさもすがすがしいものだったような気がする。

しかし、ともに一息つこうと談話室に招いたアイロスはその限りではないようで、深刻な表情をしてうつむいている。

オリヴァーもその様子をヘルガの隣でとても心配そうに見ていて、何か声をかけてもいいかと相談するようにヘルガに視線を送ってきた。

その視線にヘルガは首を左右に振って答える。

せっかくここまで来たのだから、兄弟の問題も続けて解決してしまおう。

そのためにはアイロスから言葉を引き出す方が良い。

ここはオリヴァーが堪えるところだ。

そわそわしているオリヴァーへと手を伸ばしてポンポンと肩をたたく、大丈夫だ。きっと大丈夫。

そんな意味の行動だった。

するとその直後、オリヴァーがぎょっとした顔をしたのでヘルガもアイロスへと視線を戻すと、ちょうどアイロスの深緑の瞳からキラリとした涙がこぼれ落ちるところだった。

「!」

「アイ――」

「本日は、ヘルガさんも兄上も本当に申し訳ありませんでした」

しかしすぐにアイロスは乱暴に眼鏡を押し上げて目元を拭い、ヘルガたちに視線を向ける。

その表情はいつもとまったく同じだったが、瞳は潤んでいてその目でじっと見られるとつい慰めたくなってしまう。

「今回の件、全面的に自分の落ち度です。自分には人とうまくやるだけの対応力もないですし、女性を満足させてうまく関係を築くこともできません。しかしベティーナとの関係も良好にして立派な跡取りとして、認められるために……努力をしていたつもりでした」

「……」

「しかし、それが失敗の原因でした。自分がきちんとベティーナの企みに気がついていたら、こんな大事にはならなかったでしょうし、これほどの迷惑をかけることもなかった……!」

アイロスは今回起こったことをそんなふうに捉えているらしい。

しかし、正直なところヘルガはこの件を起こすための誘いをかけていた部分もあるので否定をしたかったがぐっと堪えて話を聞く。

「兄上にも突き放すような態度をとり、問題の発覚を遅らせた可能性も感じています。……自分はっ……」

「ゆっくりでいいですよ。アイロス」

「はい……自分はそうしていれば兄上も、自分を認めざるを得ないだろうと思っていました」

「認めざるを得ない……とは?」

「跡取りとして自分はきちんとしていると、兄上が、僕のことを守る必要などないと認めざるを得ないと思っていたんです」

ヘルガが問いかけるとアイロスはやっと核心的な言葉を口にした。

ヘルガが小さくあいづちをうつと、ヘルガに説明するためにアイロスは「兄上はわかっていると思いますが」と前置きをして言う。

「自分はずっと、昔から言っていたんです。自分も含めて、ヘルガさんによくしてもらって、ヘルガさんを見る兄を見ていて、跡取りとして自分もやっていけると。ずっと言っていたんです」

「……そうだったんですか」

「はい。でも、兄上は何度言っても、婿に行くとは言いませんでしたし、ただの幼なじみだから、距離を置くのも苦しくないとたしなめられました」

「……」

「それでも結局、兄上はヘルガさんのことを忘れられなかった。本当は苦しんでいたんです。僕が変人で無能だから任せられないと、悩んで苦しんで、結局今も、兄の負担を自分はずっと増やし続けている」

ヘルガは初めてその話を聞いて、やっと深くアイロスの気持ちを理解できた。

アイロスは認めてほしいという自尊心だけがあるわけではなく、ずっと純朴に兄を慕っているだけなのだ。

「もう大丈夫だと、僕は一人でやれていると突っぱねて努力しても、空回りし迷惑をかけ、さらなる負担になって…………自分は愚かです。……申し訳ありませんでした」

再度謝罪して頭を下げるアイロスにオリヴァーは「そんなことっ」ととっさに口走る。

アイロスは、オリヴァーはその気持ちを当たり前にわかっていると考えていた要だったが、オリヴァーはヘルガと同じで知らなかった。

しかし、ここまでわかればきっと大丈夫だ。

オリヴァーも盲目ではない。彼なりにただ弟を思っているだけで、その思いがすれ違っているだけなのだから。

「っ…………ア、アイロス」

「はい、何でしょうか。兄上」

「……君は愚かでも馬鹿でもない、俺はそう思う」

「ですが、事実として自分の行動は無駄と迷惑以外を生み出していません」

「今回のことは、例外的に相手も悪かっただろ。こんなのはそうあることじゃない」

「ですが……」

「だからこそ、俺は、アイロス。この後のことは、君に任せたい。俺だってちゃんと君を信用してる」

オリヴァーは信じてほしいと言うように胸に手を当てて、腰を浮かせるほど前のめりになり必死に言葉を紡いでいた。

「アイロスにはアイロスの得意な事があるだろ。面倒な手続きも、煩雑な書類仕事も根気強くなんでもこなすっ、俺が君を心配し続けるのは、弟がかわいい素直な良い奴だからだっ」

「……」

「だから、もちろん。仕事だって任せられる。だた、今回みたいに、アイロスとは相性が悪くて驚くようなことを企んでいるやつも、稀にいる」

「……はい」

「騙されるのが悪い訳じゃない。ただ気がつけるように、何があったとかどんな人と仲良くしているかとか、そういうことを気軽に話せるような家族でいたい。助け合える関係をどこに行っても築きたい、それは君が無能だからじゃなく」

オリヴァーの言葉はとてもわかりやすく、アイロスは返事をせずに、ただ頷いた。

「その方が、俺が安心できるからだ。だから、それだけだ。そんなに自分を責めるな。君のことを俺はこれでも、誇らしく思ってる」

「…………知りませんでした」

「俺も言ってなかった!」

「……嬉しいです。兄上」

「俺は気恥ずかしい!」

「……仕事を任せてくださるとのこと。承知しました。全力で取り組みます」

「ああ! そうしてくれ」

たまらずオリヴァーは視線をそらして、投げやりに答えたが、アイロスは彼を見て、砕けた笑みを浮かべていた。

珍しく笑ったその姿にヘルガもたまらず顔がほころぶ。

暖かい二人の関係を守ることができて、とても幸せな気持ちだった。