作品タイトル不明
15 容赦
満を持してヘルガはイグナーツやハイムゼートの方へと視線を動かして問いかけた。
「……どうやら、自分の行動を後悔していない様子ですが、話し合いは決裂ということでしょうか?」
「っわ、悪かった! これでいいんだろ!」
するとベールマーはとっさに謝罪を口にして、この話は終わりだとばかりにバンッと目の前にある机を手のひらでたたいてヘルガに言う。
「これで、満足かよぉ?!」
「ベールマーッ! 貴様なんだその態度は!」
「きっ騎士団長」
「ハイムゼート、そう、声を荒げなくとも――」
ベールマーの態度にハイムゼートがしびれを切らして厳しく怒鳴りつけた。
それをなぜかイグナーツが止めようとする。しかしハイムゼートは止まらなかった。
「いいえ、イグナーツ王太子殿下! これは重大な問題ですぞ、いくら貴殿が目をかけている騎士だとしても、到底許される態度ではない」
「……はいはい、わかったもう良い」
ハイムゼートの言葉にうんざりしてイグナーツは早々に認めて面倒くさそうにソファーの背もたれに体を預ける。
「ここに来るまでにあれほど、騎士としての誇りや義務について話をしたのに、貴様はなにもわかっていないのだな」
「そ、そういうわけじゃ」
「貴様に口答えする余地などないっ! まず謝罪をするなら、頭を下げるべきだろう! なんだあのおざなりな謝罪はっ!」
ハイムゼートの怒気はすさまじく、ヘルガとオリヴァーの体にビリビリと響いた。
こちらに向いているわけではないので恐ろしくはないが、間近で浴びているベールマーはそうもいかない。
体の大きさは若く健康なベールマーの方が勝っているが、ハイムゼートにはそれだけでははかれない、熟練の猛者が持つ覇気のようなものがあった。
「そして我々にしたようにつまびらかにし、貴様のその卑劣な考えや浅はかな行動を包み隠さずエヴァーツ伯爵令嬢に伝えて許しを乞え! それが貴様に唯一残された可能な行動だ!」
「……」
「さっさとしろっ!」
そんなハイムゼートに怒鳴られてはベールマーでも恐怖を感じるらしく、緊張から肩を持ち上げて、こわばった表情でハイムゼートを見つめる。
しかしなけなしのプライドが残っているのか「いや、でも」と口答えをしようとする。
けれども最終的にはハイムゼートの鋭い眼光に押し黙り、目の下をヒクヒクと引きつらせながら、ベールマーはヘルガに対して深く頭を下げた。
「申し訳、ありません、でしたっ」
「なにがですか」
やっとの思いで謝ったベールマーだったが、ヘルガは即座にそう返答した。
ヘルガの頭の中の辞書には容赦などと言う文字は存在していない。
「っ……おれ、俺はぁ、騎士団の、権力を使って、勝手に、ダ、友人の気持ちを、は、晴らしてやろうとしてたんですっ」
「……」
「俺が言えば、簡単に言うこと聞くと思って、っ…………舐めてました。こんな大事になるって、思ってなくて脅せばいいと思ってました」
頭を下げているのでベールマーの顔は見ることができなかったが、その声音からひしひしと屈辱的な思いが伝わってくる。
けれども逆らえずに謝るしかない。ベールマーはそれから逃げられない。自分のまいた種だ。自分で回収するのなど当たり前のことである。
「俺が一人で、勝手なことをしただけでっ、騎士団は誰も、関係ありません。俺が個人の考えで…………浅はかなことをして、不快な思いをさせたこと、申し訳、ありませんでした」
「では、あなたのした行為は、正当性はなく、友情から来る思いやりという美しいものなんかではなく、ただの醜悪で不当な自己満足だと理解できましたか?」
「……っ」
「理解できてはいない?」
「で……できて、ます」
「……はい。たしかに、あなたの言葉は受け取りました。騎士団も王家も被害者でありすべてはこの男、ベールマー様によって引き起こされたすれ違いだったということですね」
ベールマーはなんとかそれがすべて、勝手に一人で起こした問題だと認める。
その言葉にヘルガは納得しイグナーツの方へと視線を戻す。
イグナーツはやっとヘルガが納得したことにため息をついて改めて口を開いた。
「ああ、そうだね。わかってもらえて何よりだ。じゃあ、この件は、謝罪もあったことだし、ベールマーには規律違反ということで減俸の措置をして、監督不足で王家から和解金を支払おう」
「っイグナーツ王太子殿下! それではあまりにも――」
「ベールマーは情に厚い男だ、こういうことだってあるだろう。それをたった一度、間違いを犯しただけで重すぎる処分をするのは、いただけない」
話をまとめようとするイグナーツに、ヘルガはチラリと背後に控えているフローラに視線を送る。
すると彼女は「失礼します」と言って、ローテーブルの上に彼らに向けて一枚ずつ提示した。
「ありがとうございます。フローラ。イグナーツ王太子殿下、お話はまだ終わっていません。ベールマー様も認めたことですし、処罰もしてくださるとのこと」
「ああ、その通り。なんだこの……名簿?」
「はい。最近、魔獣討伐の依頼でやってきた騎士に対する横暴を受けたと言う貴族の方々の名簿です」
「……」
イグナーツはきょとんとした顔をして、ヘルガを見つめる。
「私は、この名簿の貴族たちにこの結果をお伝えします。きっと皆さん喜んでくださいます。誠実な対応をしてくださるとわかったのですから、心置きなくまっとうな主張ができますね」
もちろんそんなことになったら、複数回そのようなことを繰り返しているベールマーをかばい続ければ王家が大損をするのは明確だ。
それがわかったのかイグナーツはぐっとヘルガを睨んだ。
しかしにこりと微笑んで返す。元々ヘルガは騎士団の規律が乱れているのは、それをよしとして増長させている人間が居るからだろうとわかっていた。
案の定、イグナーツはベールマーに致命的な処罰を与えずに穏便に済ませようとした。
だからそこもしっかりと突いて、逃げ延びさせない。
そんな程度では済ませない。
「安心できました、これから被害者の皆さんにこの話をするのが楽しみです」
そう言うとイグナーツの表情はぐっと唇を引き結ぶ。そして、ヘルガからもベールマーからも視線をそらして「いや、やはりきちんと処罰をしよう」と口にした。
「騎士団の意向を語って、金銭の要求など我が王家と貴族の信頼を壊すような著しく不当な行為だよ。エヴァーツ伯爵令嬢」
「はい」
「追って沙汰は伝えるから。ただベールマーを処罰すればもうこのようなことは二度と起こらない、彼らの憤りも犯人の断罪によって収まるはずだね」
「ええ、そうですね」
ヘルガは手のひらを返して、当たり前のように言うイグナーツに調子を合わせて微笑んだのだった。