軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

少年期 十三歳の晩春 十一

寡兵と多勢の勝負は往々にして後者が征するからこそ、ごく希な奇跡である前者の物語が喧伝されて人の意識に残る。そして、意識に強く残ってしまうことの反作用として、奇跡の筈が有り触れた物語に変換されていき、最後には割と当然のことになる。

そして、どういうわけかどれ程大変であっても、インパクトを出すため却ってあっさりした描写で済まされてしまうものである。

まぁ何が言いたいかっていえば、ちぎっては投げちぎっては投げ、と一言で表現されきってしまう物語の無情さを感じていたわけだ。

「ぐあっ!?」

立ちはだかる衛兵の初動を読んで鋭い突きを前進しつつ躱し、左手で短く持った警杖の突端を拳を突き出すようにがら空きになった脇腹へ叩き込む。気を遣っているつもりだが、胸甲を抜いて無力化できるほどの衝撃となると加減のしようがないので、肋の何本かは逝ったかもしれない。

声の響きだけで耳を覆いたくなるような苦しみを表現し、路地の混戦を最後まで耐え抜いた中年の古参兵が崩れ落ちた。縫い跡も生々しい面傷、そして部下への的確な指示からして実戦経験のある古参兵だったに違いない。

「ふぅ……十五人? マジか……」

拭っても拭っても尽きぬ、滝のような汗を拭って一息吐く頃、私の周りには負傷兵の山ができていた。

彼等は優秀だ。遠巻きに包囲するよう部隊を展開し、二人から四人組の分隊が接敵した場合は足止めに終始して警笛を鳴らす。そして、続々集まる増援で包囲を敷き終えたら、数で圧殺しにかかる。

気分は生地でくるまれる餃子の餡。実に無駄のない理論的な戦術。

足止めを喰らった阿呆な私が包囲され、一対十五というアホみたいな混戦に引きずり込まれた原因がそれだ。

極限まで練り込まれ、都市部の捕り物に最適化されたルーチン。そして、それを忠実にこなせる衛兵達には賞賛を送らざるを得ない。私が菩薩から与えられた権能で十分に鍛えていなければ、とうの昔に首に縄打って屯所まで連行されていただろうに。

酷使した結果、罅が入ってしまった警杖を投げ捨て、手近に転がっていた手槍に足を引っかけて蹴り上げる。<戦場刀法>のおかげで棹状武器も問題なく扱えるからいいのだが、欲を言えばアドオンを乗せまくっている<片手剣>が欲しい所。

とはいえ、刃引きしてない剣での加減って難しいからなぁ。真面目に仕事に勤しみ、家庭に戻れば良き夫や良き妻であるだろう衛兵諸氏に消えぬ傷を負わせるのは勿論、死なせてしまうのは余りに忍びない。

漫画みたくご都合主義的にドカンとブッ飛び、目を回してくれるようなシステムならよかったのに。あるいは、何処かの番長連中みたく殺しても死なないくらいの頑強性の持ち主ばかりなら却って気楽ともいえる。全く以て世の中はやりづらいようにできているもんだ。

私は空中に跳ね上げた槍を捕まえて、重心を確かめるように軽く振りたくりつつ内心でぼやいた。うん、歪みもない良い槍だ、ちょっと借りてくぞ。返せるか知らんけど。

「おい、急げ! 静かになっちまってるぞ!?」

「味方は劣勢か!? 冗談だろう!?」

どうやら一服する時間もくれないらしい。遠方から寄って来る怒声、鳴り響く警笛に追い立てられて走り出す。ああやって大声を出すのは連携を取るだけではなく、追われる側を慌てさせて落ち着かせないことも狙ってるのだろうな。よく考えられているもんだ。

駆け出すついでに衛兵の懐からこぼれ落ちた水筒を槍の石突で引っかけて一つ回収し、小路を通り抜ける。一口だけ呷り、上がった体温を下げるためフードの上から中身をぶちまけて体を濡らした。

さぁて、そろそろ地べたを這って逃げ回るのは限界っぽいのだが……屋根の上は上で死地っぽいんだよな。

ちらと見やれば、殆ど日が暮れて紫紺に装いを変えた夜空を怖ろしく素早い影が通り過ぎる。建物で切り取られた狭い空に憤るように飛び交う影は、最初に私を捕捉した有翼人の近衛猟兵に相違なかった。

もう日も暮れたというのに彼は元気に空を飛び回り、私を見失わないようずっと後を付けてくる。その上、ちょっとでも飛び込めるような隙間があれば、遠慮無く上空から跳び蹴りを見舞ってくるので本当に気が抜けない。

あれほどの機動力なら、正しくホームと言える屋根の上に行こうものなら却って良い獲物となってしまうだろうな。有翼人の追加が来た日には……。

うん、逃げるという一点で高所を駆け回るのは利点かもしれないが、自分より達者な奴らがいるとなると駄目だな。そして、ステルスゲーのように直近の敵を全て気絶させたら警戒が解除される都合の良いシステムもないと。

少し前に操った戯れ言と被るが、持たざる者の悲哀ったらない。普通に考えたらもう詰みじゃないか。

殺してはならず、尾を引くような怪我を負わせてはならず、身分が露見するような下手を踏んでもならず、さりとて囮として目立たねばならぬので縮こまっている訳にもいかず……。

今更ながらヒデェ条件だな、おい。

悪態に混ぜてツバの一つでも吐いてやりたい気分になっていると、背筋に嫌な気配が走った。皮膚が総毛立ち、冷え切った氷が首筋を撫でていくような感覚。

近頃ではすっかり馴染んでしまった、殺気の愛撫だ。

直感に従って跳躍、剣と違って慣れない槍での防御は不能と判断。体勢が崩れるが、下手に判定してしくじるより、行動放棄扱いになっても確実なドッジに頼る方が正解だ。

直後、飛び出す前まで右足が踏みしめていた石畳に――それも、劣化を防ぐ魔術でコーティングされている――一本の矢が突き立った。前転気味に宙を舞う私の視界に飛び込んできた、ひび割れすら作らず石畳に三分の一ほど突き立つ矢という現実を疑う光景。驚異的な威力と、人外染みた精密狙撃に股間が縮み上がった。

いや、これまともに貰ったら足首から先が千切れ飛ぶぞ。つーか、魔力反応が一切みられないんだけどどういうこと!?

冗談も大概にしろよと嘆きながら受け身を取り、私は空からのトップアタックだけではなく、狙撃にまで気を払わねばならなくなった状況に涙をにじませるのであった…………。

【Tips】帝都の石畳はいざという時、街路を組み直して防壁とする、或いは投擲武器として使うため極めて堅牢になるよう製法においても魔術加工においても工夫が凝らされている。

帝都には時刻を報せるための鐘楼やシンボル的な尖塔が何本も聳え、工房区画には濛々と煙を吐き続ける煙突も競うかのように伸びている。

そんな鐘楼の一本に一組の射手が陣取っていた。

長大な手足を器用に突っ張らせた大型の蜘蛛人が足場となり、その巨躯と対比すれば赤子かと錯覚するような矮人の射手が彼に抱きかかえられながら、これまたアンバランスに巨大な弓を携えていた。

「おいおい、今のを避けるか……」

特注の大型種族用軍服を着込んだ鳥喰蜘蛛系の蜘蛛人男性は、空いた片手で持つ遠眼鏡を一瞬取り落としそうになった。儚い筈の指が鉄梃のように変質するまで己を練り続けた相方、その絶技が的を外すことなど、組んで随分と長いが殆ど見たことがなかったからだ。

「後ろに目玉でもついてるんじゃなかろうな」

三重帝国で近年出回り始めた機械弓をやっとのことで――配給以外の武器は、官費ではなく自費で購入せねばならぬのだ――手に入れて以降磨きがかかった相方の狙撃は、サポートしている彼からして大層怖ろしいものであった。

魔法にも神々の加護にも頼らず、ただ人の身一つで練り上げた武錬の鋭さは、スタミナとタフネスにおいて大きく劣る矮人の身でありながらも近衛猟兵の称号をもぎ取っているだけで如何ほどのものか推察できよう。

強い信念、いや、半ば狂気染みた遠当てへの妄執で磨き上げた技が空を穿った。

ちらっと見やれば、もう三十路も近いというのに愛らしさの陰りもない――あくまで蜘蛛人の年齢感覚で――相方が下唇を噛んでぷるぷると震えていた。

何らかのアクシデントで外した反応とはいえない。むしろ、弱い力で豪弓を引けるが、機構が繊細すぎる機械弓の不具合であれば、彼女は淡々と機械の狂いによるブレさえ計算に入れた次射を淡々と放っていたであろう。

つまりは、必中の自信を持ち、一分の瑕疵も無く完璧な射を実行して尚も的を外してしまった。否、回避されたということ。

それ程の敵手ということだ。

種族の多様さでは類を見ない三重帝国において、上背の小ささなど目に見える要素で敵手を図ることは実に危うい。蠅捕蜘蛛系種族のように外見はヒト種の幼年のまま成熟するような種族もあれば、成人しても小柄なままという正に彼の相方の如き種も珍しくない。

なら“子供のように思えた”という仲間からの報告は頭から消した方がいいだろう。

「ちっ、しかも相当にはしっこい野郎だな、もう射界から外れやがった」

前転による回避行動から難なく立ち上がった敵手は、たった一射で射点を見抜いたのか素早くターンして別の小路に潜り込んだ。こうなると最早ここから敵を狙うことはできない。

「……おって」

「あ?」

掠れるような小声は、高い鐘楼に捕まっていることもあって殆ど風に紛れて聞こえなかった。しかし、比喩でもなんでもなく親の声よりよく聞いた相方の声は、普段の冷厳とした成人女性のものではなく……。

「いますぐおって!!」

癇癪を起こした子供のような、舌っ足らずなものになっていた。

あーあ、とでも言いたげに蜘蛛人は遠眼鏡を持った手で額を覆う。こうなったらもう駄目だ。たとえ位置取りが悪く、自分の足では次の射点に移るまでに結構な時間がかかると主張したとして相方は受け容れまい。

要は彼女は滅茶苦茶負けず嫌いなのだ。何度も練習して身につけた、デキる女風のハッキリした口調が崩れるほど、会心の一射を外されたのを悔しがっているのである。

「はいはい、仰せのままに……」

このまま抵抗すればジタバタ暴れて勝手に追いかけかねない相方を放っておく訳にもいかず、蜘蛛人有数の巨体を誇るが故、瞬発力に自信はあっても持久力に乏しい男は精一杯の速度で鐘楼から降り始めた。

無言でじっと先を見つめる相方の姿は、他のペアに盗られたらどうするんだ早くしろと言わんばかりに突き刺さる。えっちらおっちら慎重に鐘楼を降りた彼は、目標が消えた方向から移動速度を予測し、即座に最適な射点を割り出して目当てを付ける。

そして、彼が能う限り急ぎ――本来、巨体が悪い方に響いて見た目より脆い大土蜘蛛系の蜘蛛人は慎重な傾向にある――煙突に登った時、相方は即座に矢をつがえて彼が目標を視認するよりも早く一射を送り込んだ。

「ああああ!?」

次いで響く悲鳴を聞き、蜘蛛人は更に大きな驚きを抱く。

ここまで獲物に執心し、二度目ということもあって最高に高まった渾身の一矢。

それがまた外れたなんて、信じられようか。

「どうなった?」

とりあえず彼は相方に問うてみた。すると、彼女は大きな目に負けぬぐらい大粒の涙を目尻ににじませながら、鼻を啜る。

「おちちゃった……」

「は?」

ちゃんと当てたのに、水路に落ちちゃった。消え入るような呟きを聞いて、彼は今度こそ頭を抱えた。相方諸共に。下手に外すより、ずっと拙いことになってしまった。

あー、ドブさらいをやらされる同僚共から死ぬほど嫌味を言われるやつだと…………。

【Tips】同じ蜘蛛人であっても蠅捕蜘蛛種や大土蜘蛛種、女郎蜘蛛種では足の数以外に共通点が見られないほど、種族間に差異が産まれる種も珍しくはない。