軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

少年期 一二歳の初夏・五

死ぬほど疲れた採寸の後、私は魔導院の一画に設けられた重々しい昇降機の前に立っていた。背に疲れ果てて寝入ってしまったエリザを背負いながら。

紛うことなき昇降機だ。ワイヤーと滑車で吊り上げられたゴンドラが効率的な上下移動を実現する機構、それが魔法の城に存在していることに何時までも驚くほど、私はこの世界に対して無垢ではない。

ああ、いいじゃないエレベーター。青い飾りを持ってたら悪い魔法使いの迷宮でショトカできるんだし、日が落ちて眺めたら魔王城そのものな威容の“ 鴉の巣(クレーエスシャンツェ) ”には実に似合いだろう。

体重移動を駆使して片手でもエリザがずり落ちないようしっかり背負い、私は七機も並ぶエレベータの低~中層工房区向け、と書かれた物のボタンを押した。少し手間だが、送っていこうか、むしろ邸宅が近いので泊まるかとのライゼニッツ卿の誘いに乗るよりはずっといい。

まぁ、泳げるほど広いお風呂、という誘い文句には少し迷ったが……。

澄んだベルの音が鳴り響いて、何処にも出かけていなかったらしいゴンドラのシャッターがするりと開き、物資搬入用のそれに引けを取らない大口をあけて私を出迎えてくれた。

実に不思議な雰囲気のエレベーターには、ボタンが並ぶコンソールはなかった。ただ、声を吹き込むための穴が開いている。

「中層工房区、スタール男爵令嬢の工房」

そして、その穴に行き先を吹き込めば、エレベーターはそこに向かってくれるのだ。予め教えて貰っていなければ、使い方が分からなくて困惑していただろう。

「ああ、もし! 待ってくれたまえ!」

扉が閉まろうとする中、唐突に呼び止められた。広い魔導院のホールに響くのは、同年代と思しき子供の声。まだ声変わりをしていないのか、少年とも少女ともつかない人物が走ってくるのが見えた。

とりあえず嫌がらせをする理由もないので、穴にキャンセルする旨を伝えれば閉まりかけていたシャッターがするすると開き、年若い彼がゴンドラに滑り込む。

「やぁ、すまない君、助かった」

彼? 彼女? いや、どっちだ?

同年代と思しき彼――便宜的に彼とする――は、聴講生らしく黒いローブを着込み、簡素な短杖を握っていた。空いた手に羊皮紙の束を持っている所を見るに、何かを受け取ってきた所なのだろうか。

見れば見るほど分からなくなる顔付きだった。艶のある黒髪と愛らしい、しかし微笑めば精悍に映る顔は性という要素を窺わせない。外見から察するに普通のヒト種だとは思うのだが、私は前世を含めてここまで中性的な人物と出会ったことがなかった。

きっと、無性の天使というのは、こういう生き物なのだろう。

「見ない顔だな。聴講生か?」

アンバーの瞳が笑みに撓むと、少年らしい闊達な印象を受けるが、しかし弧を描く唇は瑞々しい少女のようでもあった。

「いえ、私は丁稚としてスタール男爵令嬢にお仕えしております。背の妹が、そのお方の弟子なのです」

「スタール? それも聞かない名だな……ああ、足止めしてすまない」

いえ、急ぎませんのでお先にどうぞ、と促すと、彼は君はいいやつだな、と笑って行き先を告げた。教授の工房となると、どうやら羊皮紙は受け取ってきたのではなく、提出すべき課題なのだろう。

「そういえば名乗っていなかったな。僕はミカだ」

差し出される手を握り返しながら、また名前までユニセックス仕様かと感心した。ミカは三重帝国だと男性にも女性にも使える名前として、そこそこ耳にする名前だった。

四方へ振りたくられる不思議な感覚が暫く続くエレベーターの中で、私達は短く言葉を交わし合う。ミカは北方の生まれらしく、聴講生として代官の推薦を貰ってここに来たそうだ。そして“黎明派”なる”魔法の秘匿と正しい使い方“を模索する学派の教授に師事して魔導師を目指しているとのこと。

「僕は造成魔導師を志望していてね。帝国の北は雪が根深いんだ。それに負けない立派なインフラを作りたいのさ」

誇らしげに語る彼の笑顔を見ていると、今日のゴタゴタで磨り減った精神が回復するかのようだった。そうそう、こういうのでいいんだよ、田舎から出て来た若者が魔導師としての夢を語るような爽やかなのが。

誰も 生命礼賛主義者(ロリ・ショタコン) の 死霊(レイス) とか、 度し難い外道(どちくしょう) の 長命種(メトシェラ) とかお呼びじゃないのだ。

「やれやれ、やっと着いたか。では、機会があればいずれ」

楽しい時間はあっと言う間に過ぎてしまった。ベルの音と共に開いたシャッターの向こうには、廊下ではなく扉が現れたではないか。彼はそれを潜り、現れた時と同じくあっと言う間に去って行く。

気持ちの良い子だった……実に新鮮な気分だ。最近はイロモノばっかりで、まっすぐな子から縁が離れていたから、少しだけメンタルが上を向いた気がする。

だからこそ、またマスターと顔を合わせるのが憂鬱だったのだが。

「あら、ご苦労様」

魔法のエレベーターで繋がったアグリッピナ氏の工房は、本当にここが“どこかの地下”に作られているのが嘘の様な佇まいであった。鳥かごを連想させ、暖かな春の光りが差し込む芝生の床がある温室を見て、一体誰が想像しようか。

魔導院は美事な作りの城であるが、残念ながら容積は普通の城に過ぎない。そんな中へ、何時なんの間違いで吹っ飛ぶか分からない魔導師の工房をぎゅうぎゅうに詰め込みたいだろうか? ほんの一kmもしない所に帝城まで聳えているというのに。

一つの爆発が連鎖して、落ち物パズルの如く弾けたならば、それはそれは愉快な光景が展開されるだろう。国が一個物理的に弾ける光なんて、きっと世界の何処からであっても見物になるはずだ。

それへの対策として、魔導院の俊英達は工房を地下深くに設置することを選んだ。空間的に隔絶され、強固な岩盤の中に幾つもの部屋をくりぬき、今やロストテクノロジーに近いという――寝床に行くだけの短距離移動に使っている誰かさんから目を背けつつ――空間遷移の魔法を篭めたエレベーターだけを出入り口とする。

これによって、誰かがやらかしても帝都は安全でいられるのだ。

まぁ、エレベーターが事故で吹っ飛んだなら、一体誰がサルベージをするのだ? という致命的な疑問が興味を擽って止まないのだが。こういったテロリストめいた発想が止まないのも、TRPG民の宿命か。

とまれ、中央のハンモックでぶらぶら気持ちよさそうに微睡むアグリッピナ氏に促され、直ぐそこのカウチにエリザを寝かせてやった。全面ガラス張りの外には、どういう訳か穏やかな庭園が投影されているのだが、ほんと無駄遣いが好きだなこの人。

「で、どんなの仕立てて貰うのよ」

「……聞かないでいただきたい」

もうね、前世なら似合わない所の話ではない服のオンパレードだ。少なくとも、私の目には何かを間違ったコスプレとしか映らなかったね。当人達はきゃいきゃいと大喜びであったが。

特急料金もブチ込んで、完成まで約七日……世界で一番胃が痛い七日間になりそうだった。

「ま、損な話でもないし、頑張りなさいな。私は二一年ぶりの工房を堪能するから……あー……きもちぃ……上等なベッドもいいけど、ハンモックも格別よねぇ……」

工房と言うよりも上等な昼寝部屋という風情の部屋で、色々うっちゃりながらマスターはだらしない笑顔を浮かべた。

確かに損ではない、損では。コストが重すぎるだけで。

しかし、マスターは私を大人しくさせる意味で、一つの交換手段を持ち出してもいた。これが対価をして苦行でしかないあの時間を受け容れる、一番の決め手だったとも言えよう。

なにせ、頼めば自分の名で禁書庫とされる最深層書架から本を見繕ってやる、なんて言われたらね。

これで私はライゼニッツ卿のおかげで、基本的な魔法の知識を好きに仕入れることができ、アグリッピナ氏からは極めて高等な魔法の知啓を受け取れるようになった。

いわば、TRPGの魔法に関する 要素(サプリメント) をコンプリートしたに等しい。

制度的にそれは問題にならないのか? と不思議ではあるが、この国は君主制で彼女は権力を握った研究者だ。無理を通す豪腕に自信があるからこそ、斯様な無体に近い提案をしてくれたのだろう。

それもきっと、今日みたいに私を使って何かしようと目論んでいるからに違いなかろうが、些かの不安は覚えども致し方なし。古来より 聖典(ルルブとサプリ) は 非常に高価(薄くて三千円オーバー) だったのだから。

これでようやっとパワープレイの準備が整った。待ち望んだ本領発揮の時間である。

魔導院故に魔法の知識が求めやすくなると期待し、ギリギリの殺し合いのおかげでかつてないほど大量の熟練度が入った時から、ずっと考えて貯蓄し続けていたのだ。やはり、データマンチとして本気を出すにはサプリを揃えないといけないからな。

最低限のルルブで強キャラを作るのも楽しいさ。だが、出ているサプリは“使うことを想定して”印刷されている以上、ルールの枠組で見れば合法。なればこそ、それを使い倒し行けるところまで行ってこそのデータマンチではなかろうか?

経験点は有限で、それは私の熟練度も同じ。それなら、割り振れる先が多くなるサプリメントを見てから本腰を入れるのは当然だろう。いや、お前つまみ食いし過ぎという突っ込みは甘んじて受けるが、必要経費だから。

何はともあれ、これで私は一つの節目を迎えるわけだ。強力な冒険者としてのビルドを見極める、マンチとして大きな節目に。

あとは舐めるように膨大なデータを読み尽くし、可能な限り安価かつ最小限の取得で最大効率を発揮し、事故も少ないコンボを見出すばかり。

いやぁ、実に楽しみだった。

「なんかニヤニヤしてて気持ち悪いわね……ま、いいわ、はいこれ」

楽しみで笑っていると心ない罵倒が飛んできたが、それくらいで損なわれる程度の上機嫌さではないので気にならなかった。新しいサプリを抱え、キャラを強化できるとワクワクしているPLにとって、多少の嫌味などあってなきに等しい。

私は罵倒と一緒に飛んできた物を受け取る。それは一本の鍵であった。

「これは?」

「ちょっと手を回して、 下町(ダウンタウン) の方に家を手配しといたから」

「え? 家? なんで?」

「ここ、研究者向けの空間だから私の私的スペースと工房に倉庫……んで、弟子向けの空き部屋が一個しかないのよ。丁稚や使用人を居住させられるのは、規則で教授になってからって決まってるし……何より狭いわよ」

散々規則をねじ曲げといて今更……? と呆ける私を置いてけぼりにして、だから寝起きはそこでよろしく、との投げやりな言葉と共に鍵の上に蝶がとまった。

ただの蝶ではない。一枚の紙を複雑に折り込んで作り上げた、真っ白な蝶だった。いや、これシンプルに凄いな、どうやって作ったんだ?

導くように蝶は飛び立ち、エレベーターの方へ向かっていく。着いてこいと言いたげな姿は、なるほどこれが“地図”なのか。いいな、これ。ぱっと見えるだけでも滅茶苦茶複雑だから、死ぬほど高額だろうけど。

エリザをおいて行くことに一抹の不安を感じながらも、私は蝶の導きに従って自身の下宿を訪ねた。

この時代の夜、といえば基本は月明かりと星々が投げかける淡い光りくらいしか頼りがなく、懐かしのケーニヒスシュトゥール荘においてはカンテラかランプがなければ夜道を歩くのは荘内であっても危険だった。

しかし、帝都は日が暮れて尚も煌々と明るい。目抜き通りの家々から漏れる灯りや、等間隔で立ち並ぶ魔法によって発光する街灯群のおかげで、普通に前世を思い出すような風情だ。

あの街灯は中に魔晶を弄った発光器具が納められており、毎日魔導院の御用板につけて回る依頼が張り出されている。値段的には一つ五アスの計算で、通り一つを灯せば結構な稼ぎになるらしく服屋に行く前に聴講生達――質素な格好ばかりだった――が群がっているのを確認していた。

その下で商売をする者もいる。三重帝国人は基本的に朝食と夕食は出来合のパンやチーズにヴルストで軽く済ませ、午後に備えて昼食をガッツリ食べる傾向にあるのだが、三食豪勢にやりたい長命種や、常時なんか食ってないと保たない燃費が悪い種族向け、或いは日が落ちてから動き出す種族をターゲットとした屋台が夜中でも出ているのだ。

今も私の腹くらいまでしか上背がない 鼠人(スチュアーツ) のカップルが、ヴルストを茹で上げた簡素な食事を大量に買い込んでいった。香草が練り込まれた三重帝国においてメジャーなそれは、恐らく豚肉のヴルストだろう。それを 豚鬼(オーク) がゆでている、という姿はなんというか、大丈夫なの? と聞きたくなった。

「どうだい、そこのお若いの! ひもじいまま寝るのは辛いよ! お安くしとくよ!!」

恰幅がヒト種レベルなら病気以外の何物でもないレベルの、しかし健康そうな肌色の豚鬼がたっぷりの 洋辛子(マスタード) を見せ付ける商売文句に私は易々と釣られてしまった。いや、恰幅がいい人が何か作ってると、普通より美味しそうに見えるじゃない。

「おいくらですか」

「一本一〇アス、三本で二五アスにまけとくよ」

わぉ、流石都会価格、荘の酒房で頼んだら半額だぞ。とはいえ、きちんと看板に価格を書いていてボッていないことは確かなので、私はゆでられるヴルストの誘惑に屈することにした。

「三本いただけますか? マスタードはたっぷりで」

「ああ、お若いの、お皿はないのかい? 皿がないと入れ物代で五アス貰うよ」

良い具合にゆであがり、ほこほこ湯気を立てるヴルストを前に一瞬逡巡したが、別にわざわざ買わなくても良いことに気付いた。私には熱さもへったくれもない、見えないお皿がついているのだから。

「いえ、大丈夫です」

「おっ、魔法使いか」

ふわりと<見えざる手>でソーセージを掴み上げ、“二本目の手”で蓋をする。ああ、三ヶ月の間に魔が差しちゃった無駄遣いだよ。シンプルに一本より二本の方が強いじゃん! それを六本目までは同じ値段で取れると知っちゃったらね……

そうだよ、安いからってまとめ買いして、レジでヒェッとなる馬鹿だよ。

宙を浮くソーセージという奇妙な相棒と折り紙の蝶を連れて、魔導区画にまでやって来た。この辺りには聴講生向けの安い下宿や木賃宿が建ち並んでおり、魔導院に住めない身分の人間が集まることから下町と呼ばれるそうだ。

そんな町で蝶が私を導いた先は、建物と建物の狭間に作られたこぢんまりとした一軒家であった。

豪勢だな、と見上げていると、蝶はお仕事終わり、とばかりに何処かへと羽ばたいていく。丸みを増しつつある黒い月へ向かって飛ぶ様は、白い体と相まって恐ろしく美しかった。

ああ、また朔の月か。何時だって大変なことが起こった日は、あれが私を見下ろしているな。前世からの因果なのかもしれないなぁ。

さて、明日からも大変そうだが、頑張るとしよう。

とりあえず今は、温かいヴルストがあるから頑張れるさ…………。

【Tips】帝都は良くも悪くも“政治用かつ外交用”の都市である。そして、魔導師達の間でも政治は欠かせない要素なのだ。