作品タイトル不明
青年期 二一歳の冬 四五
思わずまたかよと思ってしまった。
GM、分断ばっかりは芸がないぞとも。
暗闇の空間で号泣寸前のセス嬢を助け出したところ、我々はいつの間にやら次の層に跳ばされていた。
どうやら、ここのDMは真面に団体行動を組んだ一党にコンボでべっこんぼっこんにでもされた心的外傷でも背負っているのか、とことん一纏まりで行動して欲しくないようだ。
しかし、それも続くと流石に飽きてくるんだよなぁ。
まぁいいか、天丼といっても一回目だから許すよ。三回目は流石にネタ切れなら素直に言えと罵倒してやるけどね。
さて、私が飛ばされた場所は小さな部屋。そこにはこれといって何もなく、前に続く扉だけがあり、扉の表面には帝国語で言葉が刻まれていた。
汝の敵を愛せよ、と。
また謎掛けかと思いつつ、どうせここでジタバタ文句を言ってもGMは大した情報をくれやしないのだから、私は思いきって扉を開けた。
するとだ、その部屋には両親がいた。
「おう、お帰りエーリヒ」
「あら、速かったわ」
ね、と言い終わらせなかった。
鞘を持ち少し持ち上げた上で、腰の捻りを加えた素早い抜刀。母ハンナのような姿をした〝ナニカ〟の首を刎ね飛ばし、返す刀で父ヨハネスの〝下手くそな真似〟をした某かを斬り伏せた。
血糊は刃に必要以上に纏わり付き、凄惨さを増すように通常の人間ではありえない勢いで傷口から血の噴出を見せる。
斬った手応えは嫌に重く、酷く現実感がある上に全ての五感が生々しい。
ここが精神攻撃主流の迷宮でないと分かっていなかったら、少し罪悪感を覚えるくらいに。
「効くかこんな古典的な嫌がらせ」
手が凝っているのは結構だがね、こんなところに私の両親がいる訳ないだろうが。そして、拉致って来られたならそれらしい反応を見せるだろうし、さも私の実家に見せかけた部屋を用意されたって雰囲気が違うんだよ。
ここには、あの暖かくていつまでものんびりしていたくなる空気がない。
せめて、もう少し偽物だと悩むように作ってくれんかね。
まったくと呟いて血糊を肘に挟んで拭い去り、肩に担ぐように持って次の部屋に向かう。
しかし、汝の敵を愛せよと言いつつ、愛する者の偶像を用意するとか何考えてんだコイツ。
……いや、待てよ? 敢えてバレバレの偽物であると分からせた上で、斬ったら通れないとかいう嫌がらせだったりしないよな?
その懸念は、次の部屋の扉があっさり開いたことによって晴らされた。
「おじちゃ……」
「芸がないのか」
部屋の奥からパタパタ走り寄ってくる甥っ子のヘルマン。可愛らしい弾けんばかりの笑顔は中々に再現度が高いのだが、後ろ手に何か持ってたら普通に怪しむわ。
「……この階層突破できなかったヤツがいるとか言わないよな?」
返り血を避けて死体を跨ぎながら、ふと思った。
一階には犠牲者が数え切れないくらいいたし、二階にも墜死した可哀想な死体があった。三階は大勢が囚われたままになり、四階ではさまよい歩いたまま何人が飢えか渇きで死んだだろう。
だが、この五層に負けたヤツがいたら私は普通に笑うぞ。
ただただ悪趣味なだけで何も考える必要がない、いや、何も考えないのが攻略法とか捻りがないよ。
悪辣なのは認めるけれど、もうちょっとこう、覚悟がキまってる相手にも通じる搦め手とか思いつかなかったのかしら。
阿呆臭いと思いながら通った次の部屋には三人の兄達が。
そして、難なく斬り捨てて通った更に次の部屋は何とボーナスステージであった。
「あら、エーリヒ」
「っしゃおらぁ!!」
恐ろしいまでに整った美貌が宙を舞う。何が起こったか信じられないと言わんばかりに見開かれた金銀妖眼の瞳はよく再現できているが、ナリだけ似せたって意味がないんだよ。
「私の! 元雇用主が! 私如きに殺される訳あるかっ!!」
憤りのあまり思わず怒鳴ってしまった。
だって、部屋の中央に置かれた長椅子に座っていたのはアグリッピナ氏だったからだ。
私の今の力量では、精々彼女にポロリさせるくらいのもので――片乳を揉むより大分成長したと思う――一刀の下に斬り伏せるなど夢のまた夢。それがこんな簡単に殺されてくれてなるものか。
むしろあの人は、剥き身の刃を持ったまま戸を叩かず入室した私を目撃した日にゃ、速攻で無礼打ちにするくらいの御仁なんだからな。
少なくとも尊大に迎え入れるか、膨大な魔力を放たせるなりして脅えさせてくれなきゃ牽制にもならんよ。
「ったく、今までの丁寧さは何処に行った。急に仕事が粗くなりやがる」
壁にぶつかったあと跳ね返って、態とらしく足下に転がってきた首を蹴飛ばした。見開いた目と一瞬視線が合ったけども、格好だけ似せた肉人形を斬って罪悪感など抱くかよ。
「これ以上続くならキレるぞ」
そして、次の部屋、私は文字通りブチ切れた。
「あにさ……」
「可愛さが億分の一も再現できてねぇ!!」
なんと……と言うまでもないか。用意されていたのはエリザの似姿であったが、あの世界で一番可愛らしい女の子を軽々に再現されて堪るか。
衣装だけは依然ライゼニッツ卿から贈られてきた肖像画と――会館の会長室に飾ってあるアレだ――そっくりなれど、他の再現度が全く足りん!!
これを私の可愛い可愛いエリザと言いはるのなら上等だ。
殺す。何をどう言い訳しようが殺す。
喩え過去にどれだけ悲しい設定があったとしても殺す。
デキが悪いとはいえ、私に両親と兄弟、そして世界一可愛いエリザの偽物を殺させた罪は重いぞ。
苛立ちに紛れにドカンと扉を蹴破れば、そこには一緒に潜った五人の仲間が待っていた。
今までの部屋と違って広々としており、時間を潰せるような本棚や長椅子、飲食物が用意されており、各々くつろいでいたようで乱雑に開かれた扉にビックリしたようだ。
「エーリヒ! びっくりさせないでくださいますこと!?」
マルギットに叱られたが、私はそれを無視してツカツカとセス嬢の前に歩み寄る。
そして、乱雑に首を飛ばした。
「エーリヒ!?」
「てめぇっ、乱心したか!?」
「この手の搦め手を私より先にセス嬢とジークフリートが突破できてる訳ないだろ!! もうちょっと頭捻ってこい!!」
まるで手応えのない――つまり実力は再現されていない――一党の仲間達を斬り殺し終えるのに掛かったのは瞬き三つ分。抵抗らしい抵抗も感じなかったが、武器はちゃんと持っていたことからして気を抜いたら殺されていただろう。
性質が悪いっちゃ悪いけど、ちょっと足りてねぇんだよなぁ。
「あーイライラする」
そして、再度蹴り開いた扉は、どうやら最後の扉であったようだ。
今し方、仲間を模倣したナニカを斬り倒した部屋と似た構造になっており、造作が同じ代わりに、上に続く螺旋階段が中央に据えられていた。
それ以外は伽藍としており、私以外誰もいない。
見渡せば扉は人数分あり、ここが終着だということを窺わせた。
「ったく……長い割りに下らない罠だったな」
仕掛けがないか突っついて確認してから長椅子にどっかと腰を下ろし、もう知るかと懐から煙管を抜く。煙草葉を詰めて堂々一服やれば、ささくれだった精神が少しだけ落ち着いたような気が……しない。
クソッタレめ、偽物だと分かっていても気分が悪い。
もしかして、ここは次の階層に備えて冷静さを削ぐ捨て階だったりするのか?
だとしたらお美事だ。想定通り、私は少し冷静さを失っているよ。
「落ち着けよ、怒りは剣を鈍らせるぞ」
言い聞かせて煙を吐き出すことに集中し、乱れた心に平静を取り戻すべく努力する。
煙草葉を一回分吸い終える頃、私の首筋が俄に泡立った。
薄く鈍い殺気に反応して首をすぼめれば、さっきまで目があったところを矢が貫通してきた。背もたれ越しに後ろから撃たれたのだ。
「マルギット!!」
「あら、漸く本物と会えましたわね」
振り返れば、そこにいたのは綺麗な残心を見せる我が相方。手には弩級ではなく短弓があり、次射を遅滞なく放てるよう指に二の矢が挟んであった。
「迷いなく射ったね今!?」
「ちゃんと貴方なら察知できる程度に濃い殺気を放って射りましたわよ?」
いつものお遊びなら黒星が着くくらい態とらしく、なんて笑いながら、我が幼馴染みは膝の上に乗ってきたけど洒落になってない。
力量のおかげで本物だと確信できるけど、流石にビビったよ。
「もう少しおだやかな方法はなかったのかい?」
「私が知らなくて相手なら知っているはずの問いかけをするのには飽きましたの」
ああ、それで到着が少し遅かったのか。相変わらず慎重だな彼女は。
万が一を考えて、殺すまでに色々やりとりしてきたとは。
「ふー、少し嫌な気分でしたわよ? 貴方の偽物を殺すのは」
「私はそうでもなかったけどね。全然似てなかったから」
「ふぅーん」
言って、マルギットは指で私の顎をなぞり上げ、強引に上向かせて耳に唇を寄せてくる。
「嬉しいこと言ってくれますわねぇ」
「何年一緒にやってると思ってるのさ」
しなだれかかってくる相方の甘い吐息を耳元に感じながら腰に手を回す。
この柔らかさ、香り、そして手の中にぴったりと収まる感覚は間違いようがない。
「ふぅ……って、きゃあ!?」
「おあっ!?」
「あら」
イチャコラしてると不意に対面の扉が開いてビックリした。
開けたのはカーヤ嬢で、見てはいけない物を見てしまったと言わんばかりに顔を覆って……ああ、いや、よく見たら指の隙間から普通に目が見えている。
「あっ、あの、お邪魔でしたら……」
「そこまで非常識じゃないつもりなんですけどねぇ!?」
急にとんでもないことを言い出す薬師に、さっさと入るように促した。
第一、迷宮でやらかすとか死亡フラグにも程があるだろう。勘弁してくれ。
しかし、私の予想だと彼女が来るのはもうちょっと時間がかかると思ったんだがな。
「大変でしたか?」
「ええ、一部屋だけとはいえ嫌な思いをさせられました」
一部屋? と首を傾げれてから相方と顔を見合わせる。そして、私はカーヤ嬢から見えないようにマルギットの腰を五回トントンと叩いた。
すると首が四度つつかれる。
ということは、私は〝殺すのを躊躇うような人間〟が現れるのが五部屋で、マルギットは四部屋だった。
それが一部屋だけで終わった……?
「あれ? どうかしました?」
「い、いや、特に」
「え、ええ……」
思わぬところで仲間の闇を見てしまったなぁと気不味い表情を浮かべかけた顔面筋を引き締め、私は話題の転換を図った。
「次、誰来るか賭けない?」
「えー? また難しい賭けですわね……」
「ドベを当てるのだったら簡単そうですけど」
クスクス三人で笑っていると、また扉が開いた。
「……やっとこアタリか」
「おお、ジークフリート」
意外なことに四番目の突破者はジークフリートだった。彼のことだから、もう少し躊躇するかと思ったんだが。
「ビビったぜ。死んだ爺ちゃんが出てきたから〝こりゃヤベェ〟と思ってよ」
「一部屋目で死人が現れたのか。相変わらずツイてるな」
「幸運なもんか! 形だけとはいえ爺ちゃん斬った時普通に泣いちまったよ!!」
「ああ、すまんすまん、君はお爺ちゃん子だったものな……」
普通に涙目になっている戦友に謝って座るよう促すと、彼は水筒を取りだして頭からぶっかけて血糊を落とすと、心底胡乱な物を見る目で私を見てきた。
「……何だね」
「どうせお前が一番乗りだろ」
「どうせとはなんだどうせとは!!」
まるで人のことを冷血漢みたいに言ってくれるな! と拳を振り上げて抗議すれば、でも一番でしたわよとマルギットにバラされてしまった。
ま、真逆相方が後ろから刺してくるとは。
「やーい、冷血漢ー、どうせ誰も気にしないで斬ってきたんだろ」
「うるへー! あそこまで露骨な偽物に騙される訳ねぇだろ!!」
下らない口げんかをしていると、また扉が開いた。
「あー……やっと……やっと……か……」
やって来たのは随分と草臥れたミカだった。衣服に乱れも血も付いていないことからして〝穏便に〟拘束して抜けてきたのだろう。
「このノリは家だね、間違いない……あー……疲れた」
「えーと、その、お疲れ様」
彼も善良だから随分と心にキたのだろう。フラフラと空いている長椅子に歩み寄ると、そのまま顔面から倒れて動かなくなった。
「ホラ見ろ! アレが正常な反応だ!!」
「ミカが一際善人だだけだ!!」
「うあー、安心するー……正直凄く良心が咎めてさー……殺さないと開かないんだもん……」
やいのやいのと言い合いしていて、ミカの発言でふと気付く。
殺さないと開かない? それってかなり拙いのでは?
全員の目線が、まだ開いていない扉に集中した。その向こうにはセス嬢がいるはずだが、我々は彼女が〝非暴力の誓い〟を建てているコトを知っているし――そういやアールヴァクへのアッパーカットは何故認められたのだろう――必要だと分かっていても人間の姿をしたものを殺せるとは思えない。
もしかして永遠にこっちに来られないのでは? と慌てて扉に手を掛けようとすれば……向こう側から開いた。
「セス嬢!?」
「ああ、皆さん! よかった、やっと本物に会えました!!」
表情は穢れ得ぬヴェイルに覆われていて分からないが、きっと満面の笑顔を浮かべているのであろう。しかし、我々には全く笑えなかった。
何故なら、扉の向こうにある姿は血濡れも血濡れ。しかも、服の損傷度合いからして全て返り血ではなく自分の血だ。
「ど、どうやって……」
「扉に書いてあったとおりにしたまでですけど。殺されたら開きました」
汝の敵を愛せよ、でしょう? そう言って指を立てる聖職者を見て、我々は覚悟ガンギマリの信仰者が持つ、別種の怖さに身を震わせるのであった…………。
【Tips】非暴力の誓い。夜陰神の信徒が自らに貸す最も基本的にして重い制約の一つであるが〝本当に致し方ない〟と神が判断した場合は目溢しされることもある。
逆に、そのお目こぼしを期待して暴力を働いたならば、より重い罰則が下ることもあるのだが…………。