軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

青年期 二一歳の冬 三九

人はどうしても思考に際して同情を類推に混ぜてしまう。

それがまるでヒト種と違う生き物に対峙する際であっても。

「痴れ者め、枝で湖面を掻いて月が消えると思うたか?」

よくない癖だね。ちょっと人間をぶった切りすぎて、人間の姿をしてたら〝首を落としたら死ぬやろ〟なんて安直なことを考えすぎる。

水平に振り抜いた剣の腹、その上で両断された幼い美貌が悪態と侮蔑を吐いている様は酷く気味が悪かった。

初撃で首を完全に落としたんだが、その首を刎ねた剣の上の首級だけで喋られると流石にビビる。

まぁ、堕ちようと腐ろうと、ナリが小さかろうと神格は神格。人類でさえ斬っただの突いただので死んでくれないことがあるにしても、首だけで喋った程度で攻撃が効いていないと判断するのは早い。

「旧い剣、祝福は大層だが、それだけで月は斬れぬ」

「口上は立派だが、人間相手に小細工か」

それに種は分かった。

首を跳ねたことは手応えが保証しているが、その実、大した物は斬れていない。剣の上を這うように流れる艶やかな髪が、まだ水のように流れて胴体に触れていた。

この化身はヒト種のガワこそ真似ているが、全く構造が違うのだろう。横隔膜から切り離された首が普通に声を発していることから明白だ。

恐らく〈概念破断〉を察知して自切した……とかじゃないな。殺すつもりで振って、殺せる場所を断ったのだから、経験則上その手の外連でどうこうされたりはしない。

私の剣は肉の殻だけではなく、魂まで両断する。形のない魔法や現象まで斬る刃から逃れるには、斬られたという結果が死に到達していない必要があった。

髪や爪だけ切られて人が死なないように、斬撃が中枢に届いていなければ斬殺に至らぬのが道理。

良くも悪くも剣技の延長だからなぁ、私の構築って。擦ってりゃ理論上誰でも殺せる刃といえど、 キチンと当て(命中判定に成功せ) ねば逆に意味がないのは今後の課題。

まぁ、あれだよ、どれだけ威力が高い 杭打ち機(パイル) でも、当たり判定の中に入ってなきゃ意味ないからね。仕方ないね。

「~~~~~~~~~~~!!」

分かってるよ、急かすなちょっと待て。言ったろ、種は割れたんだ。

私は割と細かい描写にも突っ込む人種なんだから、意味ありげに寄り添ってる小熊のことを忘れたりやしないさ。

首を〝渇望の剣〟に乗せたまま、残心の姿勢より半回転。体幹を軸に右に体を捻り上げる経の小さな旋回によって、停滞せず次撃へ移行。

後背から飛びかかってきた小熊を両断するべく袈裟懸けに斬りつけた。

「がっ、あぁぁぁぁぁぁ!?」

悲鳴の獣声と童女の断末魔が重なる。

今度こそ、斬った手応えがあった。

「なっ……ぜ……」

「分かった、か? 可能性は三つあったが、どれでも良かった」

切り払われて背後に小熊が二つに分かれ、慣性のまま隔壁に激突し湿った音を立てる。そして、髪を切り払われた化身の首が足下に転がって疑問を口にしたので、私は血糊を――ついてないけど気分だ――払って刃を肘に挟むように拭い上げつつ答えてやった。

最も考えやすいのは、童女が化身の本体であること。一番分かりやすいしので、初手の視界内で自由に飛べる〈空間遷移〉で首を刎ねる選択の根拠だ。

ただ、熊は強壮な肉体により多くの地域にて崇められているため、人型の方が見せ札ということもあり得たので、とりあえず後回しにはした。けども、ちゃんと覚えて意識していたとも。

最後にどちらも本体で〝同時に倒さねばならない〟可能性。これが童女を斬っても終わらなかったことで必然的に予想が合ったんだけど……まぁ、言っちゃなんだが今時有り触れすぎてて手垢がついてるよな。

「だが、全て斬って伏せれば同じだ。湖面の月とて、湖を埋め立てられれば消えようものさ」

同一手番内に倒さなきゃ駄目とか、複数体ボスだと一番お手軽で強力なギミックだもの。私が参加していた卓の面子だったら、もう一ひねり欲しいとか好き勝手言われただろうな。

化身といっても、やはりピンキリ。元の神格が弱っていれば、第一世代でもこんなものか。

とはいえ、これは私が単身で、ほぼ同時に二つの標的を斬り殺せる技術あってのことなので、普通に前線に突っ込まれていたら大損害だっただろうな。空間を飛び越えて進んだせいで回避判定すらなく避けてしまったけれど、私の移動と同時、つまり 戦闘に入る準備(セットアップ) と同時に放たれた矢は、入口側の隔壁を貫通して蕩けた断面を覗かせている。

光の矢。文字通り光の速さで、かつアグリッピナ氏が用意した機関室に通じる第一隔壁を貫通できる威力は、大凡何の対策もない生身や装甲では耐えられない大火力。

家の子達はできる子達ばかりだけど、流石に光を見てから避けるのは無理だからな。同時に何処かで動いているだろう陰謀に参加されていたら、酷いことになっていたかもしれない。

時間的に今正に行われているはずの鏡台を引き渡す場へ、素直に突っ込んで来てなくてよかった。

「敗因は欲張ったことだな。この船にさえ手を出していなければ、私の元雇用主も私を派遣することはなかっただろう」

同時進行で敵を片付けたい気持ちは分かるし、結果論に過ぎないがとんでもない悪手だった。陰謀は陰謀らしく、地道にコツコツやればよかったのだ。

帝国の神群によって神格を脅かされたにせよ、神格が魔力になんぞ手を伸ばすのが悪いと言わんばかりの因果。裏でコソコソやるならまだしも、化身を降ろしてやるにはコトが大きすぎた。

私は都合が悪いことが起こる度に「誰か運が悪い奴がいるな?」なんて嘯いて誤魔化してきたけれど、今回ばかりは相手の方が更にデカい不運を引いたように思える。

それとも何かね、これも夜陰神のお導きか? ツェツィーリア嬢がマルスハイムまで逃げてこられたことといい、それが丁度〝冬至祭〟の季節に重なっていることといい、往復可能な範囲に神器が〝三つもある〟という奇運から何らかの意図を感じずにいられないのだ。

偶然も二つ重なれば訝しむべきで、三つ目ともなるともうね。

ここで試し切りさせとこうなんて、ちょっと因果が都合良く縺れすぎてて背筋に寒気が走るぞ。

さてはて、一体何処までが神々の計算通りなんだ?

「口惜し……や……あの……性悪……の、掌中……と、でも……言うのか……」

小熊も、胴体も、首も解けて消え行こうとしている。魔導合金の床に広がっていくのは、ただの水だろう。

元が何の神格であったか知らんが、湖面の月を掻きまわす云々と嘲った末の姿としては、奇をてらわぬ妥当な演出だな。

「言い残すことは?」

「つ……きは……かげ……る、が……きえ、は、せぬ……わす、るるな……わが……こ……らは……よわいを……よみ……ちがえ、たが……」

月の読み違えか。望月を間近に控えた待宵月と最盛の翌日に昇る既望月は似ているが、あまりに違いすぎる。

引用に用いたということは、この神は何らかの月に纏わる神だったのだろう。

「さくの……つき、も、また……みつ……る……」

ぱしゃんと音を立て、末期の言葉を吐ききった首は消えた。

これは後で知ることだが、月湖神に貶められた月と夜、そして獣の女王の化身が消え去る様にしては〝似合いすぎている〟ことに凄まじい皮肉を感じてしまった。

多分コレ、夜陰神と彼女の同胞が激オコしてたんだろうな。さもなくば、こんな当て擦りみたいな消え方させられねぇだろ。

それこそ、直接使わした化身の消滅を以て「弁えろよ」ってな具合に怒鳴りつけているようではないか。

「残業にしては軽かったが……さて、これ後始末の方が大変なヤツだな?」

斬り終えて満足したのか、途端に静かになりやがった現金にも程がある渇望の剣にて肩を数度叩き、溜息を一つ。

化身が討たれて迷いの靄も晴れたのだろう。小さな水溜まりが消え去るが早いか、部屋が真っ赤に染まった。

迷いに迷い続けていたが、忠勤を忘れることのない近衛が正気に立ち返り、非常警報を鳴らしたのだ。

とりあえず、クリームヒルトⅡの指揮系統を知らないのだけど、私は一体誰から説明を始めたらいいんでしょうかね…………?

【Tips】神格が侵略によって受ける影響は強い。雌熊大神が無意識にであっても、貶められた姿である月湖神の神格に準えて、湖面に映った月といった形容を使ってしまうほどに。

下々の人間にとって、偉い人が偉さ故の責任を取っている間にできることは少ない。

特に剣友会のような冒険者。政治的な扱いでは実質的に員数外である、外様の人間にとっては、ただただいたたまれない。

「今回の一件で、何人が詰め腹を斬らされるんでしょうねぇ……」

亀甲人と美事に斬り結んで見せたヒト種の会員が、小さな手鏡で自分の顔を確かめながらぼやく。ぐいと指で押した唇の奥には妙に白い新たな歯が数本収まり、顎には切開した傷の縫合痕もあり、鏡の中で表情を変えるのに合わせて蛇がのた打つように蠢く。

同様に鏡を持つ両手にも複雑な縫合痕があった。断頭台の勢いで叩き付けられた肘によって、尺骨と橈骨が折られていたのだ。ただ、その鋭さのあまり骨が恐ろしく綺麗に割れていたため、繋ぐのは顎よりずっと楽ではあったが。

「変に触ると治りが悪くなりますよぉ。仮で金具突っ込んで繋いだだけですし」

場所は変わらずトリーノ領主別邸の一室だが、その中でもかなり小綺麗な――恐らく主人の部屋であろう――一室と、その両隣が剣友会に宛がわれていた。

怪我人は老僧と戦った面子を初めに、外で馬車を守っていた会員を含め全体で八人。傷の深さはそれぞれだが、これだけ混迷を極めた中で死人を出していないのは流石と言うべきか。

「あー、かみ合わせが悪い……これ、もうちょっと何とかなりませんかヤンネさん」

「無理言わないで欲しいですねぇ、ここの設備だけでも頑張った方ですよ」

顎に直下から掬い上げる美事な拳を喰らった割りに会員の顔は、たった一夜明けただけで綺麗に繕われていた。ヤンネが獣の骨から削った義歯を埋め、罅が入った下顎骨を針金で繋いだのだ。

「運が悪かったら、一生粥しか食えなかったんですから、むしろ差し歯と金具入れただけで済んだ方が幸運を噛み締めて欲しいものですねぇ」

むしろ、この程度は落日派にとっては改造にすらあたらない。これだけ大量の死体が転がっているのだから、本当は都合の良い誰かの口から換えを見繕って突っ込むところを「それだけは絶対に嫌だ!!」などと拒否する贅沢を容れてやったのだから、文句を言うなとヤンネは首を振った。

人間の治療には、より優れた人間由来の素材を使う方がずっと簡単だというのに。

落日派の聴講生崩れは、実に勤勉に働いていた。自分の右手を継ぎ足すのも後回しにして、放っておいたら現役復帰が難しくなる重傷者の手当てに奔走し、徹夜明けの朝日を拝むはめになっている。その甲斐もあってか、怪我人の中に引退を余儀なくされるような者はいなかった。

「うー、イッテぇ……」

「あ、エタンさん。大丈夫ですか?」

「大丈夫な訳あるか。泥みたいな色した血のションベンが止まらなくて死ぬかと思ったぞ」

施術室として使われていた部屋にエタンが角の付け根を掻きながらやってきた。肩には大きなズタ袋を担いでおり、相応に重そうなそれを担げるくらいには余裕があるようだ。

一見普段通りに見えるが内臓への損害は重篤であったらしく、ここに戻るがてら寄った便所で用を足した時に牛躯人は悲鳴を漏らしていた。見慣れた手前の得物から、掬えそうな粘度を帯びた血の尿がドバドバ出てきたら、修羅場に慣れた冒険者でも声の一つも上げるだろう。

「うわぁ、そんな濃いの出たんすか。こえー、俺、完全装備での走り込みでちょっと赤くなっただけで冷や汗掻いたのに」

「 腸(モツ) が溶けて小便になって出てきたのかと思ったぜ。思わず遺書の内容どうしてたっけとか柄にもねぇこと考えちまった」

「内臓に〝通る〟一撃でしたからねぇ。血尿だけで済んでる方がおかしいんですよ。普通、背後から真面に喰らったら体が血袋になって然るべきなんですけど」

ただ、血尿が出るくらいでは今回の面子だと〝一番の軽傷者〟である。

何よりも、この治療役が実質的に最も重症なのだから、誰にも文句を付ける権利はないと言えよう。

ヤンネの損傷は増加前腕喪失、予備胃破損、前頭骨に亀裂が二箇所、左癌底骨亀裂骨折、鼻骨骨折、下顎骨に二箇所の粉砕骨折など数え上げていくと暇がない。

通常の人類ならば即死している損害を応急手当だけで動ける頑強さはともかく、顔面は厚手の当て布と包帯まみれで左目は当て布で塞いであった。圧力に負けた魔導義眼は、そのまま戻すのではなく一度 重整備(レストア) が必要だったのだ。

「これだから亜人種の頑丈さは非常識で困る……」

「それ言ったら、その顔面で人の骨接いでるお前はどうなんだよ」

「魔法使いは別問題でしょう。まぁ、去年くらいの改造具合なら、自分の骨で脳味噌潰されて死んでたかもしれませんけどねぇ」

気楽に振る舞ってこそいるが、ヤンネは今回の戦に参加した面子の復帰には時間が掛かることを悟っていた。落日派として自己改造に腐心してきた肌感覚から言って、自分の頭骨は補修より全部換装してしまった方が早そうだし、エタンも暫くは安静にしておいた方が良い。

欲を言うのであれば、繊細な手仕事を行うウェレドの両手首は、カーヤの調整した本気の薬で更なる治療をしておきたかった。

部屋の片隅にて、すよすよと安らかな鼻提灯を浮かべている斥候見習いは、予後を良くするため行われた〝麻酔無しの施術〟という理不尽に耐えきったので引退を考えるような後遺症にはなるまいが、やはり本職が正しく見ておくべきであるとするのが聴講生崩れの診断だ。

「あー、やだなぁ……」

「何が?」

「いやぁ、エタンさんはないですかねぇ、顔出し辛いところって」

「えー……まぁ、地元とか? 出てった時、逐電同然だったし」

あと、自警団の倉庫から剣パクッて来たし……と小声でぼやく現場責任者を放っておき、ヤンネは運び込まれたズタ袋の中身を確認し、再度牛躯人の頑丈さに感嘆した。

よくぞまぁ〝首がない〟とはいえ、亀甲人の重い体を悠々と運んでこられたものだ。

基本的に帝国の文化圏において、罪人を晒す際は首だけで晒される。

逆説的に言えば、処遇に口出しできる人間が頷きさえすれば、首から下はある程度好きにさせてもらえるのだ。

魔導院の医術や薬学、人体改造に興味がある者達は、そのような遺体で解剖学を学ぶため検体を手に入れる方法を熟知している。

だから館を襲われる不手際云々をちょちょっと突いてやれば、権僧正の命を救ってやったことや、領主の弟の仇を討ってやった恩で何なりとできる。

この練り上げられた肉体は、途方もない価値があるのだ。鬱憤晴らしに刻むなり晒すなりするのが勿体だけの凄まじい物を秘めている。

ただ、本気で弄くるのならばこの場は勿論、会館に借りている設備でもまるで足りない。

ヤンネはエーリヒにお願いしたら――今は、アグリッピナの名代として領主にケチを付けるべくトリーノにいた――どんな渋い顔をされるだろうかと思ったが、欲望にはどうしても勝てない。

いや、今だから行けるか、とも思い至る。

偉い人をツメるなんてのは、凄まじく精神力を使うのだ。

クタクタになって判断力が落ちていたならば、今更になってミカに仲介を頼み、出張所の師匠に「さーせんした」くらいの軽さで許して貰おうなどといった浅ましいお願いが通るかもしれない…………。

【Tips】ドロップアイテムの使い道はそれぞれだが、システムによっては敵の死体をそのままリソースにできることがある。