軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

青年期 二一歳の冬 二三

空の高みを呆然と眺めながら、剣友会の古参会員、マチューは何でこんなことしてんだろうと思った。

最初は楽しかったはずだ。頭目に導かれてマルスハイムが地平の向こうに消えるくらい歩いて、やっとこ辿り着いた原っぱに泊まっていた航空艦を見た時は、これが噂に聞くアレか! と皆が歓声を上げていた。

扁平な鏃のような形をした〝 航空艦(アレクサンドリーネ) 〟を見て、頭目は不格好だなぁと笑っていたが。

当番だったのもあって槍持――尤も、彼はそれを殆ど使わないが――をしていたマチューが、主に感想の由来を聞いた時、聞かなきゃよかったと思わされた。

魔導炉の術式が保つ剛性を寄る辺として佇む船は、その実物理構造的に全く不完全で、一瞬でも魔法の加護が失われると自重で崩壊するような代物。

それに乗って、ただでさえ興奮と同じくらいに不安をもたらす空を飛ぶ?

マチューは 人狼(ヴァラヴォルフ) である。マルスハイム近辺の 群れ(バンド) の 一家(パック) に生まれ、流しの猟師をやっている一族がつまらなくて街に出て来た。

人狼は跳びも跳ねもするが、飛ぶ種族ではないのだ。

だのに、頭目は飛べという。

『よぉし、手筈通りだな。気圧差で耳がキーンとしてる者、事前に配った飴でも舐めておけ。多少はマシになるぞ』

空気が外に吹き抜けて行くせいで轟音渦巻く船底にて、彼が聞いたのは風や妙な耳鳴りに妨げられぬ思念の声。そういう魔導具を借りているらしいエーリヒの声は、まるで熟れたかのように気負いも不安もなかった。

我等剣の友。そは返り血の雨を浴び、腸の敷物を踏みしめる者。

刃は同胞、死は先達。畏れはすれど恐れはしない。

だからといって、何もかもが怖くない訳ではない。

『今回は〝慣らし〟だから、えーと、まぁ 大体四〇町(役4,300m) くらいの高さだ。まぁ、西門から組合くらいまでの距離だな!』

正直言って、空を飛べる船に乗るのは楽しみだったし光栄だった。それだけで末代まで自慢できるだろう。

かといって、じゃあ途中で何回か、そっから飛び降りるのが船賃だと言われて首肯する者がいようか。

いたとしたら、相当酔狂だ。

いや、まぁ、事前に会員には空挺降下なる〝頭のネジがトんだ〟発想は聞かされていたし、高所恐怖症でどうしようもないなら止めとけとも勧められてはいが、よもや本当に〝頼りない背嚢二つ〟だけ抱いて飛び降りをやらされるとは思ってなかったろう。

この界隈、何かと比喩表現で大げさに物を言うことは多いから。

背嚢代わりに前後に背負った袋から鬼灯のような布が飛び出して、度胸試しの飛び降りと同じ要領で着地すれば大丈夫と言われても、何がなんやら。

彼等には道理が分からなかった。翼があるなら納得もし易いが、寝袋と同じ位の背負い袋だけ見て、安全に着地できるなど予想も付くまい。

事前に有翼人数人――彼等は不発でも飛べるので、いい実験台だったろう――が実演してくれて、計算上は五千個に一個くらいしか失敗しない上、それを二つ装備するから数学的見地において不発の可能性は零だと言われても得心には遠かった。

そして、あの夜ごとに軋り叫び、大敵相手に抜かれぬ日が続くと、まるであやすように抜かれる〝黒い剣〟の神通力とやらで、何があっても墜死しないようにしてやると頭目から確約されようが、怖い物は怖いのだ。

高い、速い、あと凄く高い。

街道が針の細さのようで、遠間に見える森の木々など苔のようだ。

『お前達、生身で度胸試しだとか言って三階から飛び降りたりしてたろ。それと比べりゃずっと安心だ。下の方で万が一の万が一があった時に捕まえられるよう、有翼人の近衛殿や騎竜も飛んでるしな!』

逆に、なんであんなに我等が頭目、金の髪のエーリヒは平気そうにしているのだろう。いの一番に飛ぶため、がばりと口を開けた船の端っこに捕まって、身を留める物など手摺りに結わえた紐しかないというのに。

それも、強く引っ張ったら解ける結び目をした物だ。飛び降りた後で宙づりになってはいけないので当たり前だが、だとしても命を預けるには儚すぎる。

『なぁに安心しろ、完全に不発なのは二五〇万分の一だ。 富くじ(宝くじ) に当たったり、 神々のご機嫌伺い(サイコロ賭博) で 祝福(ゾロ目が四つ) を引くよりずっと珍しい』

そして、五千回に一回の確率を二回続けて引くのは有り得ないと説明するには、扇動する者が者だけあって笑えない。

アンタは、場の出目からズレた出目を三つ、つまり四個の数字がゾロ目で出るのと同じ、約千二百分の一の確率を〝三回連続〟で引いてオケラになったことがあるだろうに。

家の頭目は賭け事となると、異様に弱いのだ。兵演棋のような遊びは鬼のように強いし、他の卓上遊戯にも精通しているのに、金がかかると運勝負は とんと駄目(クソ雑魚なめくじ) 。

とくれば、これも一つの命を場代にした賭けなので、ヤバいのでは? と皆が思った。

『じゃー行くぞー。私が飛んだら、ゆっくり一〇数えて次が飛べー。候は嫌われるというより、先に飛んだヤツと落下傘が絡まると死ぬぞー』

『いやいや怖い怖い怖い! 聞いてねーぞテメー金髪ぅ!!』

悲鳴は、副指揮官としてエーリヒ以外は四つしか配られていない、送受信どちらもできる、喉に巻く思念通話の魔導具を付けたジークフリートから発せられた。

大凡、この場に集まった、生来飛べる者以外全ての代弁であろう。

『前もって説明しただろ』

『こんなにヤバいって聞いてねぇ! いやいやいや、マジで飛ぶのか!? 飛べるのか!?』

空気が薄い程の高さではないが、やはり初めての高空、しかも実質的に生身で晒されるとなると恐怖も一入。説明されて覚悟しても、いざその場に挑んだ途端に恐怖は倍増する。

金髪の襟首を掴んで揺する黒髪であるが、事もなげに死にゃあしないさと返されるばかり。

『飛べる飛べる。ほら、順次降下! 降りたら直ぐ紐を引けよ!!』

軽い格闘術の応用で副頭目を振り払うと、まるで散歩のため家の敷居をまたぐような気軽さで金の髪のエーリヒは大空へ身を投げた。

下層雲が生まれるより低い高度を飛んでいることもあるが、初の大規模降下実験ということもあって日程は綿密に考えられていた。魔導師の中でも〝星見屋〟と呼ばれる気候予測術式――専ら東雲派の特技――の使い手が、最適だと選んだ今日はまたとない冬晴れで、神々しい程に澄み渡って空が美しい。

『はっ、はは! すげっ! いいぞ! 面白い! あはははは!! 一辺やってみたかったんだ!!』

会員達の頭に響き渡るのは、墜死の最中にあるとは思えぬ歓喜の思念。

それを聞いていると、皆、自然と〝悪くもないこと〟ないんじゃないかなと思えてくる不思議な笑い声は、音を介さず直接の意思を伝えるからであろうか。

『最高だなコレ! 良い天気を選んでくだすった! お前ら! 傘開く前にちょっと仰向けになってみると素晴らしいぞ!!』

心からの喜び。あの頭目は飛べぬ身なのに空を楽しんでいる。

一党の中から、不思議と恐怖が拭い去られていった。

『だぁー、ボケがぁぁ! 死んだらぁぁぁぁ!!』

そして、当然の様に副頭目が続いたことが呼び水となり、各々踏ん切りをつけて飛び降りていく。

数秒の浮遊感、そののち、紐を引けばポンと傘が開いて自然と体が浮かび上がる。

空気抵抗によって生み出される数秒の上昇。

それは正しく、空を飛んでいるかのような快感。

とある金髪が知っているそれより、この落下傘は非情に使い勝手が良い。

空気抵抗によって緩やかに落ちるのは、この世の摂理、つまるところの物理法則頼りであるが、落下傘本体は魔導院謹製の魔導具なのだ。

慣性を相殺する術式により、傘が開いた瞬間体に襲いかかる筈の衝撃は極めて緩く、そして再利用を前提としているため勝手に〝畳まれてくれる〟ので投棄するのも簡単。また、地面からの相対位置を測る術式も仕込まれているため、万一利用者が気絶しても勝手に開く仕組みとなっている。

この性能を知ったなら、訓練の容易さに魔法を知らぬ人間は「なにそれ狡い」と言うだろう。

「わ……す、すげ……マジで飛んでる」

マチューは空の青さに目が眩むような衝撃を覚えた。打ち付ける風、下を流れていく風景。そして何よりも、普通に生きていれば 末期の選び方(投身自殺) によってしか、得られないであろう爽快感。

悍ましいような、何処までも清々しいような奇妙な感覚を知って、生きて還ってこられるのは有翼人だけの筈だった。

今、この瞬間まで。

「あー……綺麗だ……ビビらないで、旦那が言うとおり一回仰向けんなってみりゃよかったなぁ……惜しーことした……」

忘我として空を飛ぶ剣友会達。上で傘がはためいて、自分が生きていることを確かめた後に訪れる空の青さへの陶酔。

ただ、マルギットを初めとして何人かが気付いた。

あの馬鹿、いの一番に飛び降りたエーリヒの傘だけが開いていないと…………。

【Tips】落下傘。釘なし、と渾名を受けた親方の構想の一つであり、本来は一切の非魔導的な道具であったが、魔導院の手によって優秀な戦力や斥候を後方へ秘密裏に送り込むため改良されている。

実験が成功し、有用だと証明された暁には猟兵隊にて実戦的運用を行う計画が立てられている。

いやぁ、やっぱいいね、空って。

前世で一回やったことがあるけど、この爽快感といったらもうね。

あの時は後ろに指導役がくっついてたし、高度も大したもんじゃなかった。北海道に旅行へ行ったついでに、近場でできるらしいし行ってみる? くらいの気軽さでやったものだけど、一人だとやっぱり違うな。

体を大きく広げて空気抵抗を生み、ゆっくり――比較的――落ちていく心地よさは形容のしようも思いつかぬ。

体を通り抜けていく空気の壁が、何もかもを取り去ってしまうかのような自由さ。

これを何時でも味わえるとは。私、もしもう一枚キャラ紙が貰えるなら有翼人になってみたいなと心から感じる爽快感よ。

「ねぇ~、風や大気と遊んでくれるのはいいけど~」

耳元で風切り音に遮られることもなく届く、間延びした童女の声。

自由落下の中で届く囁きは、一二の頃から友誼を結んだロロットのもの。

「そろそろ~ひらかないと、地面の子たちとなかよくすることになるよ~」

「おっと、もうそんな時間か」

さて、私が初の空挺降下なんて無茶をやらかすにあたって、部下を巻き込むのに特に躊躇いを覚えなかった原因が二つある。

一つは、アグリッピナ氏や、その配下が実用段階にあると踏んでいる装備への信頼。

もう一つは、風の妖精たるロロットにお願いすれば、たとえどんな不具合が起ころうが安全に着地できるし、迷子を出さずに済むという確信があったから。

然もなくば、可愛い同胞達を外道の実験に付き合わせたりはしない。最悪、〈空間遷移〉で何とかなる自分だけでやったとも。

それに、この落下傘はいいものだ。知っている限り、前世のソレより魔法のおかげで物理学的な負担が相当軽減されているので、どんなド素人でも上から下に降りられることだろう。

最初の一歩を踏み出す勇気さえ捻り出せれば、だが。

私も前世でやった経験がなかったら、流石に躊躇ったかもしれん。それだけ人間は大地と仲良くて、けれど仲良くし過ぎると死ぬことを本能で理解しているからだ。

この落下傘でも開いてから余程拙い転び方をしない限りは、死なないと約束されているのは一町まで。一〇〇mちょいとなると、前世のそれよりかなり高性能だとは思うが、本当にそうか確かめる必要はある。

だから試している。アグリッピナ氏的には「貴方、これくらいで死なないでしょ」という謎の重すぎる信頼を受けての依頼で、 お小遣い(ボーナス) も貰えるからやったけど、やっぱり冷静になると色々無茶苦茶だな。

分かるんだけどね。死んでも惜しくない、一人頭の命が幾らもない冒険者で試してからでないと、君主制国家的に使いたくない代物だってのも。

専業軍人とは国家を維持する大事な資源であると同時に、君主を君主たらしめる軍権の礎石だ。軽々には失えぬ。

ただまぁ、妖精のご加護と自分の魔法という、二重の保険を持っている人間にやらせる意味があるのかねという気もするが。世間的には魔法が使えない、ただの剣士ということにはなってるけど。

ほら、私単体でできたからっつったって、流石に誰だってできるだろうと勘違いするイカれ方はしてないつもりだし。世界最強を名乗るには剰りに遠いが、まぁ地元では名が売れた方だよって自覚はあるからね。

有翼人で成功してるなら、別にもうそれでいいような気もするなぁ。

私には分からない雲の上の人々だけで通じる不文律――ヒト種がいけたら、大抵大丈夫だろうとか?――あるいは明文規定があるからかもしれないけど、何を考えておいでなのか。

イケる、と評価してくれたのが嬉しいやら、逆に何処まで高望みされているか分からなくておっかないやら。

何ともまぁ、微妙な気分だ。

「空からぁ、おっこちるならぁ、風の妖精のりょうぶんだしぃ、このままさらっちゃうかもよぉ?」

「流石にそれはご免願う」

自由落下中に冒険者が一人妖精に攫われて消えた、とかどんな報告書を書けばいいのやら。あまりに始末が悪い顛末書を書かされるアグリッピナ氏の姿は愉快やもしれんけど、ここで キャラ紙を返上する(死ぬ) 予定はないので真面目にやろう。

ギリギリだよ、と教えて貰ったので、迷わず傘を開いた。

ぐっと体が上に引っ張られる感覚は弱く、しかし降下の速度は酷く緩やかに。

おお、凄いなこれ。やっぱり魔法、それも魔導院が市井にばら撒くのではなく、精鋭だけに与えることを前提として作ったとなると、性能が桁違いだ。

慣性を殺し、揚力を強化する式には基底現実への魔導的干渉を得手とする払暁派の色が濃く滲み、相当の予算と人員を投入した痕跡が窺える。

しかも、発動するまでは魔導波長の拡散を最低限にする隠密性。余程の凝り性が術式を構築したに違いない。

これなら、背中に指導役を貼り付けず、子供でも安心して楽しめる 遊行(レジャー) の一つにできるのではなかろうか。

まぁ……一個作って、魔力を再充填する費用を考えると、果たして娯楽に供して費用対効果面での性能も十分なのかは微妙だが。

「さて、お仕事だ、真面目にやろう」

頼まれているのは、体術を心得た専業軍人が一切の魔導的、奇跡的補助ナシで限界高度にて傘を開いた際の安全性確認。

一部を恒常化した〈隔離障壁〉への魔力流路遮断。普段は並列して幾つも走らせている思考も閉ざし、一つに集束。

といっても、私の〈多重並列思考〉は一を幾つにも分けているのではなく、同じ一を同時に存在させているだけなので、表面的には何も変わりはしないのだけど。

精々、手透きの思考が視界の端っこに映った、集中している意識では気付かない些事を拾えるくらいだけど、念の為にね。

着地点を目視。風は順風微速、体は前に進んでいるので、衝撃もそっち向き。

場所は、あらかじめ障害物がない平原なので、特に拙そうな物もなし。

うん、初回だからね、木とか岩とか、降下中に横の慣性が強いまま叩き付けられたら死ぬような物がない場所を選んでもらったのだ。

我々の冒険が行きて帰りし、と叫んだように、ちゃんと着地できてこその空挺降下だから。

尖塔や櫓が林立する城館に降りる前の慣らしとして、平地で降りられるのは最低限の前提。

きっと、二回、三回と続く実験では岩場やら森に放り出されたりもするのだろうな。

しかし、この落下傘、制御が風任せなのが惜しい。魔法でなんなりする予定なんだろうけど、逆風に乗り直して減速ができないのがちょっと怖いかも。

「……思ったよか速いかな? もうちっと早めに開いて減速しないと危ないか。骨格が脆い種族だとバラバラんなるかも」

「おそくしたほーがいーい?」

「いや、大丈夫だ。体術だけでやらなきゃならんから」

降下地点が平らなら、速度制御が上手く行けば最初の一歩から跳ねるような歩調で、歩くような気軽さでもって降りられるけれど、速度が付いてるとそうもいかん。

失敗すれば顔面からビターンと地面に叩き付けられるか、落下傘に引き摺られて〝紅葉おろし〟にされる。

対空火器が充実していない今なら、無理に低高度開傘するより、のんびり確実に降りた方がいいか。どうせ降下速度のおかげで、余程の達人でもなきゃ矢なんて当たらないし、穴の一個二個じゃ落下傘も落ちないから。

視界が恐ろしい速度で横に流れていく。高度が下がっていく速度は緩やかなのに、慣性が強くて横滑りするようだ。

となると。

足を目一杯伸ばし、大地に接触する瞬間に脱力。つま先、踵と順に接触し、膝と腰を撓めて衝撃を吸収。

更に上体を進んで倒すことで横に進もうとする勢いを殺して、膝も着地。間を置かずして腰、肘、肩と順に大地に押し当てて衝撃を分散。

そこから、溜めた力を解放して跳躍。落下傘の紐が絡むが、自由落下の衝撃をモロに食らって大地から殴り返されるよりマシ。

いわゆる五点着地という技法。コツは両腕で頭を護って、肩を接地させるときにぶつけないようにすること。他で衝撃を逃がしていても、ココを誤ると良くて気絶、最悪頭蓋が割れて死ぬ。

で、そこから大事を取って更にゴロゴロ転がることで、衝撃を横回転に変換して体から逃す。

はい、終わり。欠点はちょっと怖いのと、土埃でドロドロになること。

利点は高所から降りても死なないこと。勘定は十分釣り合う。

マルギットとの狐とガチョウで衝動買いした〈受け身〉も、極めれば馬鹿にしたもんじゃない。

家の会員でもみんなできるよう仕込んでるから、運用を想定されている精兵なら上手くやるだろう。魔法のご加護がある分、ノルマンディーの後方に放り出された米兵より酷い目には遭うまい。

胸と腰の留め具を外して、落下傘を投棄。起き上がって埃をはたき落としていて、ふと欠点に気付く。

「これ、武器を予め手に持っとくか、落下傘側に括り付けておかないと降りた時に自分の得物で怪我するな」

即応性がウリなのに、完全武装で降りたら自分の武器とか防具で怪我をするのはよろしくない。どうせ後方浸透など長期間戦う想定ではないので、降下時の装備は最低限にするとはいえ、愛用の得物と盾くらいは持てないと、ただ徒手の馬鹿が上から無防備に振ってくるだけになっちゃう。

「剣帯を改良するなりして、何か策を考えんとなぁ……」

『このボケぇ!!』

乱れた髪を直していると、落下に伴って通信範囲内に入ったからか、ジークフリートの思念通信機からの怒声が脳髄を貫通する勢いで響いた。

『無茶すんなら前もって言えや! 初っ端からお前が大当たり引いたんかと肝冷やしたぞ!!』

高高度で落下傘を開いたこともあって、ジークフリートがゆっくりと降りてきているのが見えた。あの調子なら五点着地しないでも、数歩前に走るように勢いを殺せば負荷なく降りられそうだな。

『スマン。死なずに降りられる限界ギリギリの高度を探っといてくれ、と雇用主から頼まれてたんだ』

『だから、それを先に言えつってんだ! また三階から飛び降りた時みたいに真似する馬鹿が出てきたらどーする!!』

ああ、あったね、そういえばそんなこと。

冒険者は狭隘な地形は勿論、高低差がある場所に挑むことも珍しくない。それは私が愛した 世界(システム) の冒険者セットに 長い綱(ロープ) が含まれていたのと同じで、高所からの懸垂降下や、時間がなければ自力で飛び降りることだってある。

だから一度、会員達に「極めたらここまでできる」と三階から命綱なしで飛び降りる、さっきやった五点着地を披露したことがあるのだ。

となるとまぁ、憧れに灼かれて鉄火場に命を放った阿呆ばかりなので、じゃあ俺もできんじゃね? と試して凄惨なことになったことがある。

賢いヤツは二階から試したんだけどね。でも、ちょっと自信過剰な馬鹿が三人……いや、四人だっけ、度胸試しとかいって跳んで、まー大変な騒ぎになった。

勿論、全員受け身は仕込んであるし、体も頑丈だったから死んじゃいなかったが、膝や足首がぐしゃぐしゃになった連中の手当をするハメになったカーヤ嬢から超叱られたなぁ。

要らん仕事増やすような焚き付け方すんなって。ド正論過ぎたので、大人しく正座で 二刻(四時間) くらい説教されたっけか。

「あとな! 何度も言うけど! しくじったら死ぬ実験を頭目がやるなっ!!」

兎のような跳ねる歩調で、軽く降りてきたジークフリートからの叱責は肉声で聞こえる間近にあった。

ふむ、航空艦が飛んでいるせいで気流が乱れているにも拘わらず、装着者が特に操作しないでも指揮官の方へ集まる魔導も仕込んでいるのか。いよいよ以て、前世の空挺隊全員から凄い面罵を食らいそうだ。

大した訓練も要らず、怪我の危険も少なくて、不運での落伍者や着地後の集結も簡単とか大概にしとけよと。

「指揮官先頭は帝国の美徳だぞ。私がやらなきゃ後ろがついてこんだろ」

「ほっといたら死ぬな、って脅かして扇動すんなつってんだ馬鹿!! 思わず俺も飛んじまっただろ! マジで怖かったんだからな!? マジのマジで怖かったんだからな!?」

うーん、割と格好好いジークフリートの兄貴という体面を気にする彼が、臆面もなく怖かったと口にする辺り、相当だったみたいだな。

まぁ、胸ぐらぐらい大人しく掴まれてやるか。

しかし、やっぱり彼は得難い戦友だなぁ。怖くても、私が行ったら当然の様に続いてくれるんだもの。さすれば配下も迷いなく走ってくれるので、いいことだらけだ。

その後、会員や後尾を見守るため最後に降りてきたマルギット達が合流したが、お説教はなかった。

彼女達がブチ切れる分、ジークフリートが怒ってくれたから。

役得役得。優れた副頭目がいるというのは、まこと得難いなぁ。

「さー、今日はあと二回飛ぶぞー。休憩しておけー。航空艦がまた降りてくるからなー」

「はぁ!? 二回!? アレをまた!?」

「一回やったら二回も三回も一緒だよ一緒」

ざっけんな! と平原に木霊する怒号を心地好く感じながら、空の高みにあるとごま粒のように見える航空艦を見上げ、私はコトが上手く進んでいることを喜んだ…………。

【Tips】魔導式落下傘。最低限の魔法・魔術の行使により物理法則の無理を多少軽減し、扱いを簡単にした空挺降下装備。戦闘時は投棄するが、その後回収して再利用することを前提とした高級品。

高度計測、自動開傘、〝親機〟への誘導などの機能が組み込まれているが、費用的に一つ作るのに軍馬数頭分の費用がかかるため、実践運用例がない今、蔵相達は割に合うのかと首を捻っている。