軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

青年期 二一歳の冬 三

近頃は顔を晒して大通りを歩くのも面倒になった。

時折、色々な人に声を掛けられるからだ。

それは仕事仲間であったり贔屓にしている店の人であったり様々だが、中には厄介な相手もいる。

飯の種となる話を聞きたがる詩人はまだいいが、時には 読売(新聞) のネタにするべく記者が下世話な質問を投げつけてくるのが鬱陶しくて堪らず、因縁のある相手と顔を合わせると微妙な空気の処理に難儀する。

ここしばらくは 餌(パイ) の取り合いでハイルブロン 一家(ファミーリエ) との折り合いが悪く、カーヤ嬢の魔法薬で貴族との伝手ができたせいでバルドゥル氏族とも関係が緊張してきた。 漂流者協定団(エグジル・レーテ) は以前のこともあってちょっかいこそかけられていないが、ああいった組織は静かであればあるほど不穏なので始末が悪い。

いっそ何かしてくれたら、正々堂々潰す理由になるから単純で分かりやすいのに。

顔が売れるのも良いことばかりじゃないもんだ。とはいえ、立派な冒険者になるという目標の中で密かに立てていた、私の英雄詩を聞いて上京、もとい上マルスハイムしてきた若人から握手を求められる嬉しい出来事に遭遇できるようになったので、悪い気もしないのだが。

それはさておき、急な友人の来訪を聞いた私は、慌てて大外套を地味な物に変え、頭巾で顔を目深に隠して一人で西門へと急いでいた。書簡を持った衛兵は馬で来ていたので、一足先に先触れとして戻っている。

しかし、どうして冒険者や傭兵といった、荒事に携わる人間が通る門から書簡が届いたのか。

彼女がどんな理由で四つある大門の内、そちら側を通ろうとしたのかは分からないけれど、衛兵とのコネがある場所なのは幸いというべきか。無精するようなお人柄でもなし、たまたまそっちが空いていたから、なんて適当な理由で荒い風体の連中が集まる門を通ろうとしたとも思えない。

家も冒険者の氏族らしく、一日に何人も西門を通って街を出入りすることもあって、あそこの衛兵には 付け届けや陣中見舞い(山吹色のお菓子) を何度も送って友交を深めているから、あの書簡も早く着いたのだろう。やはり大事なのは日頃からの人付き合いなのだ。

それを思えば懐かしい友人と会える……という事実に心躍るのが普通であろうが、何故か私の心臓は別の意味で高く脈打っていた。

じんわりと首の後ろに汗が浮くのは、冬用の外套を羽織って足早に進んでいるからだけではあるまい。

何だろう、何時ものアレを感じる。

ちょっと平和だなぁ、と思った途端にやってくる〝揺り返し〟だ。配下は仕事でてんてこ舞いだが、私は冬に入ってからは仕事の振り分けと社交に専念していて、鍛錬以外で〝送り狼〟を抜くことすらなかったから。

精神的には暇とは言い難かったが、そろそろ 命の危機(スリル) とか欲しくない? と崇めた覚えもない試練神が微笑んでいるような幻覚が見えた。

要らんから、そういうの、どうせならもっと真っ当な冒険の種をくれ。またどっかの領主が亜竜に困って討伐せにゃならんとか、新しい魔宮が見つかったのでお力添えを願います、なんて正統派なのなら大歓迎だし。

ただ、彼女……彼女は帝都に立派なお屋敷を構え、家名を許された尊いお家の方なので、何が起こるか分からんのが困り所なんだよなぁ。

「誰だ、もう閉門時間だぞ」

夕暮れの茜色が最期の勢いで一際強く輝く中、私は大門が閉じようとしている西門に辿り着いた。詰め所に近寄れば、警戒に立っている衛兵に呼び止められる。

「私だ。士長はいらっしゃるか」

「これは金の髪殿! 大変失礼いたしました!」

「通ろうとする者の 誰何(すいか) は貴公らの仕事だ、失礼も何もない。それより……」

「はい、伺っております! どうぞ此方へ!!」

しかし、帝都の衛兵が丁寧なのは当然ではあったが、ここらの柄が悪い――荒くれ者共から軽んじられないようにする防衛策――衛兵隊から、下にも置かぬ対応をされるのはこそばゆい。

そりゃ幾らか お菓子(賄賂) を包んでいるが、もうちょっとこう、怪しんだりしてもいいのよ? 冒険者証を確認して、本人かどうかとかをさ。

ああ、そうだ、冒険者の位階が上がって良いことは冒険者証が立派になったこと……だけではない。銀地に入市の割符と同じく術式を刻んだ認識票めいた板に、階級に即した宝石をはめ込んだ綺麗なそれは、下級冒険者がぶら下げている物と違って身分証として正式に機能するようになったのだ。

都市の出入りも優先してくれる上、ぺーぺーの内は一々取られてた入市税が免除されるし、臨検も緩くなると出世する特典としては実に大きい。

それにしても、流石に顔だけ見て行政の縄張りである市壁内部の屯所へ引き入れるのは防犯上如何なものかと思うが。

ほら、 法令遵守(コンプライアンス) って大事やん? 社長だからといってビルの警備員が通行証なしに通してしまうのも、それはそれで如何なもんかと思う性質なんだよ私は。

「おお、エーリヒ殿! お待ちしておりました!!」

屯所の待合室に通されるより先に士長が廊下を駆けてきた。どうやらお待ちかねであったようで、先触れが戻ると共に直ぐ出迎えられるよう入り口の近くで待っていたようだ。

「書簡を見て来た」

「はっ、此方です。通してよいか判断に倦ねまして……」

分厚い門は内部に通路や詰め所、物資の集積所が設けられており、また市街からやってくる貴族を照会している間待たせる客間もある。

その客間の一つに向かうまで、士長と話をして簡単に情報を得た。

果たして、私を引き合いにした不逞の輩か、本物の客であるかを確かめるために。

「……本物だな」

見せて貰った紹介状は、紛れもなく本物の僧会が発行した物だった。不思議なのは身分を証明するだけのものではなく、何故かマルスハイム行きへの便宜を図るよう認められたもので、しかも帝都の大聖堂ではなく別の聖堂から出されている。

神の奇跡による加護が込められた書状は、少なくともライン三重帝国の神群が神威を振るうこと能う地域において偽造も変造も不可能だ。貴族の手形を真似て悪さをする輩は――此方も対策が凄まじかろうに――絶えずとも、これだけは悪用する馬鹿はいないと断言してもいい。

下手したら、作った次の瞬間には使徒が差し向けられるような大罪だ。即ち、俺の言葉は神の言葉だと僭称する行為に他ならないので。これが神の加護が宿った書状であると判明した時点で嘘偽りはないと確実に分かる。

しかし、その相手を捕まえ、素通ししなかったのには相応の理由があるのだろう。

たとえば、こんな立派な書状を持っているのに一介の冒険者に会いたいなんて言い出したとか。

士長も困惑したろう。出自を保証する証明書なら何度も見てきただろうが、特定の都市への往き来の便宜を確約するよう要請する書状など滅多にない。秘めたる威力といったならば、領邦間の関所さえ一切の検閲を受けず素通りできるような代物だ。

そんなブツを携えた僧が領主や貴族ではなく、冒険者ごときに会いたいと言い出すなんて茶を吹き出す位で済んだら御の字といったところか。

「人相は?」

「栗色の髪と濃い琥珀色の目、肌は白く細面、上背は貴公より少し小さく、年の頃はヒト種にでいえば成人手前くらいといったところでしょうか。顔付きからして西部か北部の人間かと。振る舞いは洗練されており、宮廷語も貴種のそれと遜色ありません」

「種族は?」

「書類には吸血種とあるのですが、小職にはヒト種にしか見えず……付属されていた人相書きと同じ顔付きでしたが、目と髪が明らかに違うのが足止めした理由でもありまして」

記憶の中、鮮烈に焼き付いて離れない東屋での姿と違うが、それだけで嘘と断じることはできない。

彼女は夜陰神の高位僧、信仰のため僧位こそ凡僧に留まっているが欠け失せた私の手足を奇跡によって接ぐことができる、正しく寵愛厚き夜陰の娘。

夜陰神は特に信仰厚い吸血種を哀れみ、人化の奇跡というヒト種に紛れさせることで陽導神の呪いを昼間でも避ける術を与えるという。

吸血種特有の色彩を人化することで誤魔化しているのならば、人相に覚えがないのも当然だった。

「分かった。お目にかかろう」

「よろしいので?」

士長が必要以上に慎重になっているのは、最早私がマルスハイムの勢力争いへ深く関わっているからか。貴族への覚えがよく、幾つもの仕事を受けているがために彼も上役から「仲良くしてやってね」と言い含められているはず。

そんな相手に自分の管轄で何か起こったら、と脅えるからこそ慎重な対応を取りたがるのだ。

まぁ、気遣われている側からすると、この人は私を 陶器(われもの) か何かと勘違いしてませんかねと聞きたくなるが。紙装甲は改善していないが、流石にそんなに脆くないよ。大抵の場合はぶつかった方が壊れる自信があるからね。街道を歩いていて古代龍が降ってくるような理不尽でもなければ。

とはいえ、軽く見られるよりましかと思い、苦言は呑み込んで客間へと通された。

「二人だけにしてもらえるか」

「はっ。お気を付けて」

「心配はいらないさ……古い友人が訪ねてきただけだからね」

扉を開けば、傾いた夕日に照らされた貴人の姿がある。

しっとりと暗い夜色の僧衣、足を揃えて微かに傾けて座る姿には気品が溢れ、饗された黒茶の茶器を摘まむ姿は一服の絵画の如く。

夕焼けを浴びて石榴石のように燦めく大粒の瞳も、銀の髪留めで束ねた腰に届くまで長い栗色の髪も色合いこそ違えど、記憶の中にある麗しさと違わない。

「お久しぶりにございます。 御髪(おぐし) が長うなられましたね」

「ええ、お久しぶり……になるのでしょうね、エーリヒ。非定命の感覚だと、貴方と最後の一局を交わしたのが先の季節くらいのことに感じます」

跪き、胸に手を添え儀礼に従った礼を取れば、彼女も意図に気付いたのだろう。

くすりと笑って立ち上がり、右手を差し出してくれた。

しっとりと冷たい手をそっと取り――体温ばかりは奇跡でも変わらないのか――かつて許された栄誉に再び浴する。

フリだけのつもりで近づけた唇は、あの時の再現の如く彼女が進んで動かしたことで直に触れることとなった。

絹地に触れたような心地好い感触、香水も付けていないのに香る女性特有の甘やかで溶けそうになる香り。

それと、唇が触れる瞬間であろうか。正しく演出家が用意していたかのような劇的さで日が沈み……客間の魔導照明が自動で点灯するのと同時に夜が弾けた。

栗毛が根元からぶわりと夜色に染め上げられ、髪が帯びる艶が星々の煌めきを思わせて夜空でさえ褪せるよう。石榴石のような瞳は鮮烈な鳩血色に変貌し、定命の心を焼き記憶に忘れ難き残滓を残す色合いへ。

口の端から溢れる真珠色の牙は、捕食者の証明。しかし、一度も人の肉に沈んだことなどなかろう清廉さが、恐ろしさよりも神秘的な雰囲気を掻き立てる。

夜陰神に愛された娘、我が友人、麗しのツェツィーリア・ベルンカステル嬢が奇跡を解いて本来の姿に立ち戻っていた。

「非定命である貴女に対して使う言葉ではないのかもしれませんが、お変わりがないようで何よりです」

「ふふ、貴方は大きくなりましたね、エーリヒ」

「ありがとうございます、セス嬢。満足行く背丈ではありませんけどね」

二人で小さく笑い合い、定命と非定命の時間感覚を摺り合わせる。私からすると六年も離れていたのにセス嬢が変わらないことに驚くけれど、尽きぬ時を生きる非定命にとっては先週別れた中学の友人が大学生になっていたような驚きを得ていよう。

毎日会っていたら反応も違ったろうが、久方ぶりにあって得る仰天は想像すら及ばない。

「どうか、かけてください。募る話もありますが、まずはここに来た理由を説明せねばなりません」

「はい。ですが、込み入った話であるならば私の塒でいたしませんか? 粗末でむさ苦しい場所ではありますが、ここよりは気の利いた物を出せますが」

ここは貴族と平民、そのどちらを応対するにも半端な客間だった。下野した貴族や裕福な商人向けで、出すお茶によってはギリギリ貴族相手でも不敬にならない場所。あの士長、仕事は本当に卒がないな。怪しんでいても怒られない際を読んで、ちゃんと職責を果たしている。

とはいえ、出している茶は衛兵が煎れた物なので上等とは言い難い。茶菓子も保存が利く乾菓子なので、長旅の疲れを癒やすには足りるまい。

どうせならば、私が「せっかく金使うんだから、ちょっとくら好き勝手やらせろ!」と中庭に整備した風呂にお通しして、旅の垢と疲れを落としていただきたいところだが。

「そうもいかないのです、エーリヒ。たしかに私は貴方に頼ろうとマルスハイムまで来ましたが……助けるかどうかは貴方が決めることですから」

「態々古い友が 地の果て(エンデエルデ) くんだりまで訪ねてきてくれたというのに、断る道理が何処にありましょうか」

瞳を伏せて言い淀む彼女に何を仰ると言い返した。憂いを帯びた瞳の儚さに絆されたとかではなく、命を助けてくれた借りは未だ返せていないのだから、力が及ぶ限りのことはするともさ。

あの一件を彼女は私への借りだと思っているだろうが、セス嬢を助けようとしたのは私の意志だ。そこに貸し借りを挟むつもりなんてないとも。

ただ、疑問なのは良いところのお嬢様であり、聖堂にも強い友人がいるという――それこそ皇帝が座乗する試験艦に潜り込ませてくれるような――彼女が、どうして私なんぞの助けを借りに辺境まで足を伸ばしたかだ。

そりゃあ力は付いたし、金も個人で使い切ろうと思うと難儀するほど稼いでいるが、ベルンカステルのお家や縁故の聖堂を差し置いてまで助けられる程じゃないと思う。

はっ……また、結婚騒ぎか!? それともフランツェスカ様に何かあられたとか!?

「ですが、流石の貴方でも荷が勝つことはありましょう……いいですか、ちゃんと聞いてから判断してください。さすれば私も大人しく諦めます」

「一度助けたのですから、二度でも三度でもお助けいたしましょう! 近衛と斬り結ぶことを上回るような難事など、この世にそうそうないのですから!」

何でも言ってくれ! とドンと胸を叩いて安請け合いした私に、衝撃の言葉が投げかけられた。

その強さは、正直言ってエリザが半妖精だと聞いた時と同じ位に心に深く突き刺さる。

「……実は私……今、陽導神の落とし子に追われています」

……今、なんて…………?

【Tips】落とし子。神々や、地上に派遣されたその 化身(アバター) が現地人と成した子の総称。落とし子が別の人類と残した子供も落とし子と呼ばれるが、その強さは神の血が濃ければ濃い程高まる。

三代も過ぎれば優秀な人類と大差なくなるものの、直系一子の強さは地上に顕現が許されるギリギリのソレとされ、今では地上に留まっている者は殆どいない。