軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

青年期 十八歳の晩春 七五

再起動したら動くはずの道具が動かなくなった時の狼狽は、それはもう酷い物だ。

この動死体は、私程度の〝目〟でもある程度分かる程に高度な魔導が導入されている。

再生能力は高く、普通なら四肢をバラした程度では直ぐに再生してきて戦線に復帰できるのであろう。

しかし、一体目は<概念破断>によって、動死体の〝構造そのもの〟が殺されており、最早どれだけ再生の魔法を掛けたとして立ち上がることはできない。

二体目は身動きが取れない状態で、分解された四肢が遠ざけられているため上手く再生できずにいる。ご丁寧にミカが速乾セメントで固める――魔剣の迷宮で見たアレだ――処置をしたため、誰かの手助けがなければどうにもなるまい。

無為に動死体を再起動させようと術式の起動命令を空打ちする大きな隙を晒した術者に飛びかかり、その首を一息に刎ねるべく刃を水平に振るった。

普段送り狼を使っている時なら、ここまで派手な攻撃はあまりしない。人体は存外硬いので、腕前があっても運が悪ければ刃が鈍ることがあるからだ。

しかし、今回は敵が魔導師である。それも再生能力に自信があるということは、ここ暫くの戦いで嫌というほど見せ付けられているので、やってやりすぎるということはない。

首を刎ねてやれば大抵の生物は死ぬ。それで足りないことが間々あるこの世界なれど、今の私が<概念破断>を乗せて剣を振るえば、再生術式も蘇生の奇跡も役割を果たすことはない。

魔導に優れていようと、所詮は研究者に過ぎなかったか。飛び降りながら放った斬撃は容易く首に食い込んで、フード諸共に切り裂いた。防備は全て術式頼りで、回避しようという素振りすら見えない。

「……ん?」

しかし、命を奪うという剣としての本懐を果たした筈の〝渇望の剣〟が、常と違って歓喜の絶叫を上げることはなかった。

同時、私の手にも奇妙な手応えのなさばかりが残る。

骨は肉ごと断った。肉体に常駐しているであろう賦活術式や保険の再生術式も完全に断ち切った感覚はあるのだが……最も肝心な殺したという手応えがない。

刃が命を割る、特有の感触に乏しいのだ。

<概念破断>を習得してからなのだが、どうにも物の斬り心地に変化が起こっていた。

それは形のない物を斬る、物理的に反発を起こさない奇妙な手応えであるのだが、何かしらの命や魂を持つ物を斬った時にも〝命を斬った〟という得もいえぬ言語化できない不思議な手応えを残すのだ。

管制用の疑似人格をねじ込まれていたと思しき、巨大な動死体を斬った時には確かに感じた。仮初めの作り物であろうと、元が魂であれば殺したという手応えは残る。

だが、首を刎ねた時にそれがなかったのは何故だ?

疑問は直ぐに形を持って私達の前に現れた。

動死体の出現に伴って決定的に崩れていた納屋、その残骸が俄に震え始めたのだ。

「いかん! 下がれ! 陣形再構築!!」

拙いことになった、と直ぐに分かったのは、やはり魔導院で最高の魔導師――そして最低の倫理観の持ち主――達に多少ではあるが薫陶を受けたからだろう。

「ヨルゴス! そっちはいい、もうただの木偶の坊だ! 半包囲だ!」

「う、うっす!!」

幸いにも理解のある仲間達は、何があった!? などと馬鹿なことを問うて動きを止め、命を危険に晒す映画の間抜けな軍人のようなことはしない。聞くことはとりあえず後にして、頭領の指示に従って陣形の変更に掛かってくれる。

納屋の真正面に私が立ち、その右側のジークフリート、そして左側へヨルゴスが駆けていく。

何度も打ち合わせて最適解を導き出した、冒険者の夢である 大物殺し(ジャイアントキリング) に臨む際の初期陣形だ。

前衛が下手に密集して、巨体からの薙ぎ払いや 熱波の吐息(ブレス) などを浴びて一掃されては溜まらないとして考案した陣。 界隈(TRPG) においては伝統的とも言える、簡易戦闘ルールではなくマス目を区切って縦横に動けるルールの定石は、現実において有用だ。

まるで我々の再配置が終わるのを待ってくれていたように、殆ど残っていなかった納屋の名残が完全に吹き飛んだ。

地面を割って出現する、巨体によって破壊されて。

「……でっか」

思わず語彙力を失って素の感想が出て来てしまった。

『ここで終わりだ、慮外者共!! 理想に集る蛆めらは、そのまま地に還るがよい!!』

現れたのは、宙に浮かぶ巨大な陰影。割れ響く女性の声を上げる〝ソレ〟に対して、私は言葉で上手に形容することができなかった。

無理矢理言葉にするのであれば、金属と肉の塊で作られた巨大な凧であろうか。

下方が長い凧形の巨体は体高が目算でも五mを下ることはなく、横幅は三m近い。奥行きも最も分厚い対角線側には二mはあり、上と下に行くにつれて細くなってはいるが、全く頼りなさは感じない。

正面には二の腕から先と臍から下を本体に埋没させた裸体の乙女が、まるで磔にされた聖人のように配置されている。顎から下を切り取り、代わりに金属で蓋をした体は、今打倒した動死体以上に巨大な動死体の制御機構なのであろう。

動死体にねじ込まれる管制用の人格や魔法、魂は死した肉体に封印される過程で多かれ少なかれ歪んでしまうと、精神魔法の手解きをライゼニッツ卿から受けた時に聞いた。

生物の魂が死者の肉体にねじ込まれると、違和感によってひずみが生じるのだ。さながら、大きさの合わない箱に無理矢理押し込まれた粘土細工のように。

つまり、あの悪趣味も甚だしい、敢えてヒトの形を残した制御機構は、そのひずみを最低限に留めるための器なのであろう。

四つ足の動死体より人間らしい姿を残しているのは、そうまでしなければ金属の骨格と肉を歪にネジ合わせた巨体。そして〝小さな魔導炉〟を内蔵した異形の構造を満足に制御できないからか。

魂を斬った手応えのなさは、動死体の叫びから明白である。

あの術師は、あろうことか己の魂を磔刑の動死体にぶち込んで起動しやがったのだ。私が斬り捨てたのは、精神魔法によって魂が抜き取られた抜け殻に過ぎなかった。それは手応えも感じなかろうよ。

恐らく、あの大きさからして戦略兵器として構築した動死体は未完成品だ。そうでないなら、最初からぶつけられていた筈だからな。

魔導炉を内蔵した巨大な動死体は、見るからに燃費は劣悪。後方から前線まで自走させて万全の動きをするとは思えん。つまり、分解した状態で前線に運んで、必要になってから組み立てて使う一部の重戦車のような運用を想定して準備していたに違いない。来たるべく帝国軍本体との会戦に備えて。

そして、ヤツはそれを追い込まれた末に持ち出して来たのだ。己の魂を犠牲にして。

なんて無茶をしやがる。動死体の肉体に生きた人間の魂を入れて動かすなんて。

改造した肉体に魂をねじ込むのなど、殆ど自分自身を精神魔法で苛んでいるのと変わりないじゃないか。一体どれだけの意志力があれば成せる業なのか。そして、どれだけの忠誠があれば成し遂げられるのか。

単なる遠隔操作と魂を移すのとは訳が違う。一度歪な入れ物にねじ込んで歪んでしまった魂は、どう足掻いたって元の器に戻すことはできない。

人類は精神の生き物だ。時に精神によって限界を迎えた肉体が超過稼働を可能とするように、精神が歪みすぎては健康な肉体であっても正しく動かせなくなることもある。

あれはもう、人として死んだようなものではないか。

「散れ!! 下手に手を出すなよ!!」

まずは敵の戦力を予測する、と叫ぶより前に、巨大な凧形の至る所から細い熱線の魔法が噴出した…………。

【Tips】魂の移譲。精神魔法の深奥には魂を別の容れ物へ移す研究も存在したが、多くは魂が記憶している〝自分の形〟との差異に耐えきれず崩壊するという結果に終わっており、現在では時間遡行魔法と並んで不可能の代名詞として封印されている。

健康な別の肉体に魂を移して不老不死を実現しようとした定命は多いが、元々の設計が合っていない部品で正しい稼働をすることなどできないのだ。

〝 虎嬢(ティーゲル フラウ) 〟なる秘匿名称を与えられた動死体に自らの魂を移した術者は、変容しようとする精神に耐えつつ、何故こうなったのかと混濁する精神の中で考えつつ世界を呪う。

これは元々、彼の師が〝予算獲得〟のために行っていた不死の兵隊、動死体兵器の開発の終着点として計画されていたものだった。

戦争で最も非経済的なことは、勝ったとしても共同体の労働人口が減ることにある。それは時として、領土や賠償金などで得られた対価をして購いきれない損害を共同体にもたらす。工場機械による大量生産が確立されていない世界において、労働人口こそが財貨となるため当然の構図である。

ことライン三重帝国においては刑罰以外での奴隷制を否定しており、同時に戦奴や奴隷騎士といった身分を持たぬため――元戦奴であったグラウフロック家が、帝国成立過程において強く否定したのだ――死んでも惜しくない戦力というのは傭兵しか存在しない。

されども傭兵を雇うにも大量の賃金が必要とされる上、彼等の忠誠心と戦意はとても高いとはいえない。自身の名を揚げるため激戦地に身を投じることに迷いは抱かぬ彼等であっても、名誉もへったくれもない小規模な内紛や、明確な負けが見えた戦では命を懸けないからだ。

本当に大量の兵士が死ぬ劣勢時、つまりもっとも死んでも惜しくない兵士が必要とされる時に逃げ出す傭兵にどれ程の価値があろうか。

この問題を解決することを帝国の貴族は長らく望んでいた。

その解法の一つが、かつて盛んに研究された人造魔導生命体の兵器化や、魔法によって自律稼働する無機物の兵士であったが、どれも満足のいく結果をもたらさなかった。

人造魔導生命体は製造期間が長い上に維持費用が嵩む。あまつさえ人類の兵士と違って活動できる場所が限定的であり、専門の術者がいなければ複雑な制御が不可能なことから、今では市外警邏の三頭猟犬など限定的な用途以外では用いられなくなった。

他国ではゴレムと呼ばれることもある魔導傀儡も、魔導生命体と同じく判断力に乏しく、完全自律稼働で人間の兵士のような運用を可能とするには程遠い性能でしかない。更に魔導戦の趨勢如何によって〝寝返る〟危険性を考えれば、とてもではないが実戦には投入できなかった。

結果的に〝理想ではあるが、あくまで理想〟として諦められてきた人的資源を損なわない理想の兵隊。

しかしながら、何処にでも諦めが悪い者達はいる。斯様な連中が不可能であるとされていた理想に手を伸ばしたのは、かつての第二次東方征伐戦争の時代のこと。

封鎖された東方交易路の再打貫を試みる戦争には帝国が総力を挙げて挑み、多くの貴族が報償と名誉を欲して領民を徴用し戦地に赴いた。

だが、働き手を失った荘は生産力を落とし、兵士を食わせる遠征費で蔵は空気ばかりを蓄えるようになり、戦死者が増えれば見舞金や労働力の永久的な喪失により悩まされる。

これを嘆いた一部の貴族は、自らの伝手を使って〝死なない兵士〟を求めるようになった。

戦争に勝って名誉を得て皇帝から報償を賜ったとして、その名誉が醸造され利益という酒を飲めるようになるまでは大変な時間がかかる。なにせ帝国は戦に勝ったとしても、その土地の民を帝国の都合が良いよう操るため、略奪の殆どを禁止、ないしは指揮官が土地の権力者から財を召し上げて分配する方式を採っているせいで、大量の財貨が直ぐに手に入る訳ではないからだ。

酒が飲み頃になる前に家が傾いては洒落にならないとして、とある落日派の教授が密かに彼等の依頼で手を貸すようになった。

それが他ならぬ彼の師である、落日派ベヒトルスハイム閥の異端児。 屍繕(かばねつくろ) いや 屍戯卿(しざれきょう) との異名を受けるリアン・アンリ・マーガレット・シュマイツァー卿だった。

死者の兵士は戦場の土と血に塗れて倫理観を揮発させた貴族達にとって、何処までも魅力的に映ったであろう。故に公的には死体の保存や修繕技術にて名を売り、裏では〝死という苦痛のない世界〟を望んで屍肉を弄ぶ教授に大量の予算が注ぎ込まれた。

それによって開発された多数の動死体兵器が密かに戦場で運用され、戦争が終わった後も〝万一の備え〟として買い求められる流れができた。

傍目にも死体と分からぬ兵士の運用に味を占めた彼等は、もっと省費用、要するに単体で大きな戦果をもたらす強力な動死体を求めるようになった。

冒険者の一党によって軽く蹴散らされた、〝 豹嬢(パンテル フラウ) 〟という 愛称(ペットネーム) を持つ動死体もそんな兵器の一種である。

しかし、悪事とは中々に隠し切れぬもの。下らない理由から露見した動死体の運用は、公には騒がれぬままに帝国政治の中で大問題となって、結果的に何人かの貴族が詰め腹を斬らされて〝病死〟という名目で毒を垂らした酒杯を煽り、何人もの名士が左遷されて何処とも知れぬ未開の地へ飛ばされた。

当然、融通していた側の教授もただでは済まされない。

落日派の人品や倫理観を投げ捨てた連中からすれば「敵国兵士の死体を再利用したくらいで……」と思っても、魔導院内政治でこの理屈を持ち出せる筈もなし。教授の名を戴く者達は皆、性根はどうあれ外面は綺麗で倫理的な貴族のガワを被って生活しているのだから、ここぞとばかりに紛争の種としてくるであろう。

禁忌たる屍霊術の濫用の咎によって、シュマイツァー卿は私財没収の上に教授籍も貴族籍も剥奪されて魔導院から追放された。本来は首を刎ねて皇帝に捧げるところを 所払い(流刑) で済まされたのは、閥がかけた温情によるものか。

ベヒトルスハイム閥としては、何かの切っ掛けがあれば復帰させてやりたくもあっただろうが、世間の冷たさがそれを待つ時間をシュマイツァー卿に与えなかった。

流れに流れ、新たな出資者も中々捕まらず、自らを慕って共に魔導院から出奔した弟子達を養うのが困難になるにあたって、彼は遂に同じく追い詰められた者達の下に身を寄せることとなってしまった。

術者は、これを悲劇と呼ばずしてなんと呼ぶと嘆く。

彼の師は特別なのだ。魔導師に冷たい三重帝国の神々からではなく、大きく力を喪った異郷の〝神〟からの神託を受ける程に信心深く、世界の救済を志すほど優しい人だというのに。

後の世に死別の悲しみのなき楽土を築くため、今の悲惨な世で死した者を利用することの何が悪いというのか。

彼は大いなる嘆きと怒り、そして戦略級動死体という本来は〝三つの並列化した魂〟による管制によって、どうにかこうにか動かせる規格外の殻に苛まれつつも、その身に秘めた膨大な兵器に魔力を流して咆哮を上げる。

こんな世界など壊れてしまえ、そんな制御が利かなくなった呪詛を込めて…………。

【Tips】動死体兵器。細々と隠れて運用されていた、屍霊術を用いた兵器の総称。言うまでもなく禁忌の代物であると同時、帝国の法典でも違法の存在である。しかし、その威力はマルスハイムの動乱で八面六臂の活躍を見せた通り強大であり、違法だとしても手を伸ばしたくなる者は後を絶えない。