軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

青年期 十八歳の晩春 四十六

葬儀の後、名主殿の話は手短に済まされた。

「皆、生き残った事を喜ぼう。そして生き残らせてくれた者達に感謝しよう。命を賭けて立ちはだかってくれた勇者達の意気を汲み、より真摯に生き続けようではないか」

穏やかながらよく響く声は鼓膜を震わせると言うよりも脳へ直接染み入るようで、言葉一つ一つはありきたりでも重く意識へ食い込んでくる。

「未だ災禍は去っていない。しかし彼等が、今や黙して神の膝元にて休む栄誉に浴する彼等が示してくれたように一丸となれば、必ずやこの難局を乗り越え、再び喜びの下に過ごせる日々がやってくる」

大きな台に立つでもなく、拡声の魔法も無くこの迫力。彼が引き継いだ血と培ってきた経験の強さが滲んでいる。一代にて開拓荘を安定させた力量を尽くして荘民を落ち着かせる援護が本当に有り難かった。

少なくとも、今の我々には民進の慰撫にまで回す手がないからな。見張りや護衛として仕事をしている姿を見せる以上のことは、完全に容量からはみ出してしまう。

「その日を迎えるために、今暫し皆で耐えよう。心強い防人に感謝を、我らを守って逝った同胞に誉れを」

名主殿が手を差し出せば、そこに彼の長女が酒瓶を差し出す。透き通る硝子の瓶と洒落た附票からして、相当高価な品だ。

「いずれこの戦いを忘れぬように碑を建てる。それまでは、これで我慢して貰おうではないか」

栓が抜かれ、惜しげも無く銘酒が亡骸を埋めた穴と燃え尽きた祭壇に振りかけられた。誰に促されるでもなく拍手が起こり、次第に波が寄せるように全体へ波及する。

殆ど姿を隠そうとしている夜陰神の神体の下、戦いに倒れた者を讃える手は長く長く止められることはなかった。

後に名主殿が切り上げるよう手を上げて告げた。

「さぁ、我々には彼等がくれた明日を生きる使命がある。今日は戻り、彼等の事を偲んで寝ようじゃないか」

少し驚いた。私にも何か一言求められるかもと思って構えていたが、彼は何も強いずにこの場を終わらせようとしてくれている。

私の視線に気付いたのか、彼は微かに頷いてくださった。

荘の内は任せろと言うように。

解散していく荘民を見送り、剣友会の会員だけがその場に残った。外からやってくるのは、自警団と見張りを交代した者達。葬儀が終わった後、少しでいいので全員を集めたいとお願いしておいたのだ。

居並ぶ冒険者達の前に一人立つ。さぁ、名主殿が仕事をしたのだから、私も彼等への責任を果たさねば。

「まずは戦いに倒れた同胞。マルスハイムのレンベック、キルケルのマルタン、両名の奮闘と犠牲に。同時に我らと肩を並べて戦い、魂の盟友として逝ったモッテンハイムのアーチュウとエンゾにも」

剣を抜き額に押し抱けば、各々剣を抜くか、信心深い者は主神の聖印を手に取って最上の敬意を示した。

瞑目し、祈りを捧げること暫し。礼を解いて全員が居直ったことを確認して話を切り出す。

「私達は冒険者だ。戦いの果ての死を覚悟して仕事を選んだ。ドブの中で鼠に囓られ、泥濘に忘れ去られ、獣の餌となって森に散らばる。そんな死に様を容れて冒険者となった。自分だけは何があっても死なない、なんて半端なことを考える軟弱者が居ないことは今までの仕事からも、そして昨夜の地獄から誰もが持ち場より一歩も逃げ出さなかった姿から承知している」

本当に彼等の戦い振りは素晴らしかった。あれだけ追い込まれた死地と呼ぶべき有様になって尚、誰一人得物を捨てて落ち延びようとしなかった。本当に追い詰められ臆病に食われた人間は、逃亡の成否に拘わらず武器を手放して背を向けようとする。

また籠城に加わった者達も戦の歓声を聞いて耐えられなくなり逃げるような無様を晒すことはせず、短慮を起こして持ち場を捨てて救援に駆けつけるようなこともない。目の前で起こる事態に将来の必要性を擲ってしまう者は、平時においても非常時においても多いが、彼等は決して万が一を軽んじず持ち場を堅守した。

これ程配下に恵まれた冒険者はそう居ないだろうと確信できる。確かに熟練度を多く裂いて指揮や鼓舞の術を身に付け、彼等を鍛える技術も手に入れたが、昨夜を戦い抜いたのは彼等自身の腕と誇りあってこそだ。

「戦死した二人も同じだ。彼等も冒険者として立った己に恥じぬよう戦い、逝った。彼等の死は彼等が全力を尽くし、両隣の同胞を、背後の荘民を守るため選んだ結果ではある……しかし、私は彼等の頭目だ。彼等は私の指示に従って死地に挑んだ。故に私は責任を否定せず、彼等の尽力に必ずや報いることを改めて誓おう」

送り狼を地面に突き刺し、柄頭に両手を添える。目線は下げず、堂々と。柄では無いが頭目らしく。自責の念がむくりと鎌首をもたげ、今すぐにでも自分が全部悪いのだとみっともないことを叫びたくなることなど露ほども悟らせぬよう。

彼等が私を選んで付いてきた。私はそれを受け入れた。

ならば、これについていっても失敗はしないなと思わせてやらねばならない。

「誇り高い生き方を選んだ彼等の心残りにも気を払う。報酬の分配は規定通り行い、遺族に直接届けよう。私の懐から見舞金も出し、可能な限り手を尽くす」

誰が死んでもそうするから安心してくれ。言葉にこそしなかったが、皆が後に続くことを理解しただろう。それだけの姿勢を見せてきたから。戦死した二人と個人的な友誼が深かった数人が、安堵して胸を撫で下ろしているのが見える。

「……だが、言葉ではどれだけでも飾ることができる。今回の仕事と私を見て、最早信用ならんと思ったならば遠慮無く名乗り出てくれ。後を追うことはしないし、安全にここから離れられるよう手配しよう」

問いかけに帰ってくるのは沈黙。上下の唇が分かたれることはなく、ただ静かで温みを帯び始めた夜気だけが抜けてゆく。

言いにくいことだ。ここで言わずとも後で密かに言いに来る者もいよう。その時は恨み言も言わず、一足先に金を持たせて逃がしてやる。馬も多いのだ。一頭や二頭くれてやってもいいだろうさ。

「では、この件は次の一言で終わりとしよう。……復讐は必ず果たす! 義は我らが剣にこそあれり!!」

「「「応!!」」」

心地好いまでに揃った呼応。続いてめいめいに思う事を叫び、拳を突き上げて足を踏みならした。

「殺す! よくも俺達の大事な友達を!」

「野郎共の腸で腸詰めを作って野犬に食わせてやる!」

「俺達が何人も吊してきた野盗の横に並べてやりやしょうや!」

殺意の高さに安堵する。理不尽な状況に落とされた事に憤る意気が残っているのは良いことだ。どれだけ楽観したところで、このまま荘に引き籠もってハイ、お終いとはいくまいて。

この世界を回している、数多の人間の随意が絡み合って産まれた不随意という名のGMは、どこまでも趣味が悪いものだから。

一頻り喚いて満足した会員が静かになるのを待って、次の話題に移る。

「さて……では、私は君達に詫びねばならぬことがある。昨夜の戦で、皆も見ただろうが……」

戦後処理を片付けつつ半日悩み、結果的に私が至った回答は「やっぱり包み隠さず話す」である。魔法使いであることを隠していた事を理由を含め――流石に少しオブラートに包む部分はあるが――打ち明けるのが最良だと思った。

最早ここまで暴れては秘匿も難しかろうし、ならば会員と真摯に付き合って信頼を回復させた方が好ましいと思ったのだが……。

「あ、旦那……」

手を上げて前に出る者があった。

エタンである。彼は確かめるように自身の同胞を見回し、彼等が頷くのを見て意志の確認を取っている。仲間を代表して何か言いたいことがあるのだろうか。

「どうした、エタン。聞こうじゃないか」

「へぇ、じゃあ僭越ですが……俺らも昼の内に集まって相談したんです」

向こうから文句を言いたいなら聞こう。反論や申し開きをしようという気は無いが、先に叩きつけてくることで楽になるなら、私は頭目としての責務として……。

「俺ら、別に旦那が魔剣に憑かれていても、ビビったりしやせんから! 今まで通りついて行きます!!」

「……は?」

「昨日しっかり見ちまいました、旦那がえげつねぇ魔剣に憑かれているのを。そりゃ隠しますよ、あんなもん旦那の事知らねぇで見てたら、どんな罰当たりなことしたんだって知りもしねぇで思うに決まってやす」

「いや、ちょっと」

「おっかねぇ火が出たり剣が浮いたり、震えがある音を立てる碌でもねぇモン、本当にヤベぇ時でもなきゃ隠しておきたかったでしょうよ。それを俺らの為に抜いてくだすった、ありがてぇこってす」

「だから何を……モガ!?」

急に訳の分からないことを言い始めたエタンの誤解を解こうと思った途端、手で口を塞がれてしまった。驚きと理解が及ばないこともあって脳が死んでいたのもあるが、私の警戒を掻い潜ってまで口を塞いでくるとかジークフリートとカーヤ嬢は何がしたいんだ。

何しやがると口をもがもがさせて塞ぐ手を引き剥がそうとすると、戦友とその相方は耳元に口を寄せて小声で叫ぶという器用なことをしてみせる。

「そういうことにしとけ! 厄介事が一個丸く片付く!」

「魔法も秘匿しておけます! 一党に魔法使いが二人いるとなれば、更に厄介な仕事が飛んで来ましてよ!」

しかしそれでは不誠実、と思えど好都合では? と感じている自分がいることも事実。魔法の源が魔剣ではないが、厄介な魔剣に憑かれていてそれを隠していたという事実は何も変わらない。

逡巡によって過ぎた時間のせいで、結局言い出せぬまま周りが納得して事態が進んでいくもどかしさをなんと言い表せば良いのか。

「あの魔剣を抜いた旦那はおっかなかったよなぁ……そりゃ隠すわ」

「今も忘れられねぇよ、振りかざす時に響いた音が。魔法を使える魔剣は物語に沢山出てくるが、ありゃきっと特上にヤバい呪いの魔剣に違いねぇ」

「きっと俺らが持ったら乗っ取られるような代物だぜ……俺聞いた事あるもん、全身真っ黒の呪われた魔剣の話。手にしたら狂って手当たり次第に斬り殺しちまうようなもの」

「あ、なんだっけ、ルインブリンガーだっけ、それ。俺も聞いたことある、北方の悲劇に出てくる剣だろ」

会員達が口を開いて勝手なことを言い始める。ルインブリンガーとやらは北方の呪われし勇者サーガに出てくる魔剣で、栄光の後に破滅を運ぶ呪物だ。見初めた相手に取り憑いて比類無き剣の腕を与えるも、最期には自らの手で首を落として英雄に破滅をもたらすとされている。

刹那、空間が軋む。ぎちりと嫌な音を立てる、精神に突き立つ爪の先を聞き紛うことがあろうか。

啼いているのだ、渇望の剣が。

伝わるのは圧倒的な不平と不満の声。大きな声量で純然たる意志を響かせる割れた主張を意訳するのであれば、あんな物狂いの節操なしと一緒にするな、というもの。

続いて反響する私はそんなに怖くないとか、勘違いにしても酷すぎるという音は聞き慣れた私であるから漸く理解できるもの。

殆ど初めて目の当たりにする者達にとっては、意味も意図も分からず精神攻撃を受けたようなものだろう。

「こらっ! 止めなさい!!」

慌てて呼び出せば手の中に現れた渇望の剣から短い反論の思念が飛んでくるが、ぺちんと刀身を叩いたら静かになった。微かに不服を示すいじけた思念波が止みきっていないが、これくらいならば五月蠅くて頭を抱えることはあるまい。

「うわ、やっぱりヤベぇ……」

「すげぇ、すげよ旦那、一発で窘めちまった」

「じゃあ、やっぱ剣の腕前は自前で……」

「それが原因で厄介なのに惚れられた展開? 旦那、そういうの多くね?」

「シッ! 黙っとけ! 知らない方が幸せなこともある!」

おっとぉ、また何か好き勝手言われていますよ。どうすんだよコレと思ってジークフリートに目をやれば、彼は厳かに首を上下させて何も言わなかった。

そういうことにしておけばいいのか? と目で問うと、カーヤ嬢と共に頷かれる。

そういうことになった…………。

【Tips】魔剣憑きの英雄。数多謡われる英雄譚の題材として人気があるものの一つ。破滅的な最期を向かえる者が多いが、邪悪なる剣を御して聖なる物と転じ多くの賞賛を受けた英雄の物語も存在する。

上手く事が運んだのか何なのか微妙な時間の後、私は一人で個室を借りていた。

考え事がしたいということで、荘民が今も避難して空いている家を使わせて貰っている。

その部屋の中、机の上に布を広げて支度をする。

さて、今回はかなり性質が悪いGMが相手だということが分かった。まぁ、これは比喩だが運命が相当悪い方向に傾いている点については同じであろう。

この手合いのGMは地獄みたいな難易度を叩きつけてきて、PLがひぃひぃ這いずり回る姿を見て悦に入る傾向があるからな。酷い時なら予告無しに悲劇ENDしかないことだってあるから困る。

数は少ないが前世の古巣でも似た経験をし、悔恨の極みなれど若く色々勘違いしていたころに一度やらかしたこともあった。

悲劇や理不尽を笑って乗り越えられる者と憤る者がおり、情報を絞られすぎたPLは安全策にしか走らないことを若い内に学べてよかったと今にして思う。

GMがヒントだと思う小さな要素が本当にヒントとして働くことは希であることを。敗北がどうあれ心地好いものではないと知っていなければ、敗北を後に繋がる痛快さのスパイスとするのは極めて難しい。

が、相手がその気ならこちらもその気になるだけである。悪辣なGMの嫌がらせを練りに練ったデータで叩き潰してこそデータマンチといえよう。

だから秘密兵器を使ってきた。渇望の剣を晒し、魔法を使い、ほぼ確実に形を持つ敵なら滅ぼせる劣悪燃費の術式すら開帳して。それでも完勝できなかった現実は、既に前提から踏み間違えて緩い足場に立ってしまった証拠だ。

結局、私個人で出せる出力は未だ全ての理不尽を踏破できる領域にはない。

本当に強ければ、私が憧れて未だ届かぬ頂に至れば、GMが半笑いで悲劇しか用意していないシナリオでも覆すことができる。だが、私の手が届くのは今の時点でも精々が目の届く範囲に過ぎない。

だから、今まで使ってきたのが秘密兵器だとしたら、最終兵器を使う他なかろう。

本当に困りに困り、米びつの底を引っ掻いた上、最後の最後に引っ張り出す兵器という意味での最終兵器を。

そう、何も全部一人でやるこたぁない。我々にはコネクションを使う自由が与えられているのだから。

袖をまくり短剣で前腕に傷を付ける。血文字を書くために傷を付ける描写は多いが、私はとてもではないが掌や指の腹を切る勇気が無い。よく動く部分だから治りづらいし、何より物を持つ度に痛くて堪らないのではなかろうか。

滲み出る血に指先を浸し、広げた布に術式陣を刻み、同時に触媒を振りかける。

時計草の最も短いめしべを一本、三月にわたって満月にのみ晒し他は一切の光を当てなかった水、神代の遺跡の欠片、長く使われた巻き尺の一部などなどを用いて作った触媒に術式陣が反応し、予め込められていた魔力を吸い上げて光を放つ。

小声で補助詠唱を唱え術式の発動を補佐すると、一つの魔法が完成する。

鈍色の視認が難しい波長の光が渦を巻き、揺らめいている。術式陣の中央、ほんの僅かな揺らぎはあまりに頼りなく、次の刹那には立ち消えてしまいそうなほどで空間の解れ目としても細やかに過ぎる。

それでも成功した。後は今も繋がるかを祈るだけ。

私は久方ぶりに一つの標、使い古した兵演棋の駒を取りだして刻まれた術式を励起する。それには一つの魔法を届け、場所を報せるピンの役割が持たされていた。

「夜分遅くに失礼いたします。声が届いておりますでしょうか」

起こされた魔法は<声送り>。丁稚時代に習得し、長く使ったそれは魔力が枯れている今の身には痛みをもたらすほどに辛い。小声での問いかけの後、こほりと小さな咳が零れるほど。

『あら、久しぶりに聞く声ね……とりあえずおめでとう、と言っておこうかしら』

ようこそ、虚数と現実の淡いへ。数年ぶりに脳髄を揺らす元雇用主の思念波は、何一つ変わることなく外連味に溢れていた…………。

【Tips】異相のズレた空間であっても、世界の法則をねじ曲げる魔法・魔術の術式を通すことは能う。例え次元が一つズレた所で、そこもまた神々の支配下にある世界の内側に過ぎないのだから、世界をねじ曲げる魔法が弾かれる道理はない。