軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

青年期 十八歳の晩春 二十四

笑顔のマルギットから寄越された報告は、中々に興味深い物であった。

我が幼馴染みは、ヤバいときほど笑うからなぁ。私も人のことを言えないそうだけど。

夜間警戒に着いている者の休憩用に焚いた焚火の近く、頑張ってきた彼女に労いとして煎れた黒茶を啜りながら話を聞いたが、他ならぬ我らが斥候の報告でなければ半信半疑で自分で確認する羽目になっただろう。

森の中、不格好に消された足跡を追ったマルギットと連れて行った二人の会員は、一つの疑わしき臭いを嗅ぎつけた。

酷く薄い死臭である。

微かに漂う死臭を追い、森の方々を回った三人であるが、臭いの近くへ行っても不思議なことに死体は見つからない。しかし、分散した臭いを追った一行には幸いにも、そして敵には不幸なことに“土中の臭い”でさえ拾う 豚鬼(オーク) が居たのだ。

戦果として投げ寄越された物を改めて見て、些か気分が悪くなる。

焚火の明かりに照らされて、ぼんやり照らし出された風呂敷の上で佇む物。そっと目を瞑り、黙することによって無念を語る物。

小鬼の男性、その生首である。

皺が刻まれた壮年の頃と思しき顔は、雑に落とされた泥で汚れていたが、土中に埋まっていたにしては随分と綺麗だった。

それもそのはず、私の魔法を見る“目”は確実に一つの術式を捕らえていた。

幼き頃、私が与えられた祝福によって見出し、「これ強ぇーな」と思いつつ明らかに厄い代物であったため取得しなかった技術。

屍霊術(ネクロマンシー) の痕跡である。

我がことながら、 熟々(つくづく) 動死体と縁があるようだ。

初めて友人と潜った迷宮。命を賭けた廃屋の死線は今も昨日のことのように脳裏へ描くことができる……って、呼んでねぇ黙ってろ。

思念に乗って飛んでくる斬りたがりの懇願をたたき伏せ、煙草の煙を一つ。お前さんを担いで森に突っ込んで全部お終い、って訳にゃいかんのだよ。

やれやれ、全く厄介なことになったものだ。

「で、やっぱりただの死体ではなくって?」

「ああ、君も気付いただろう? こいつは……」

「あんまり腐っていない、でしょう?」

大当たり。この死体は魔法で防腐処理が施されている。亡骸というには瑞々しく、蛆や土中の微生物による分解が始まっていない。普通の死体ではないのだ。

私が魔剣の迷宮で戦った彼等は、今も「呼んだよね、絶対呼んだよね」と言葉にならぬ電波で呼びかける魔剣によって縛られた動死体であった。生者であった頃の技術を保持し、しかして理性の一切を揮発させて腐れ爛れた姿は悍ましく、同時に何処までも強力だった。

あれはある種の特殊な死体、迷宮を築いてしまうほどの強い未練と魔剣が持つ禍々しい魔力が高密度に絡み合って産まれたものであり、霊地にて発生した自然発生の動死体と近い物である。

対してこれは、人為的に魔力を流し込んで作った死体だ。

屍霊術、かつて社会的に受け入れられない可能性を考慮して取得を諦めた技術は、懸念通り社会においては“禁忌”とされるものだった。

魔導的に死者に術式を付与し操る術は、魔導院以前の魔法使いによって作り出されたが、現在帝国においては“禁忌”の一端として封をされ研究する者は居ない。

なにもお上品に死体を辱めるのってよくないよね、と脈絡もなく人間らしい倫理観に目覚めた訳ではない。罪人や志願者を使って実験をする連中が、今更死体如きに気を遣うはずもあるまいて。

倫理という観念に真っ向から中指を突き立てるような技術は、統制された社会において運用が極めてが難しく、また死者を甦らせるアプローチとしては“不可能”という結論が下されていたからに過ぎない。

死の汚れは想像以上に重い物だ。安価な労働力として動死体を使えるようになった所で、多くの社会はそれを是とするまい。民草が恐れ、疎み、自身の主君を疎むことにも繋がる。

それほどに死体という存在は恐ろしい物だ。

また、魔導的に蘇生――厳密には甦っていないが――させられた死体は、術式によって命令された単調な行動を行うか、中に入れ込んだ弱い幽霊などを通じて使役するだけの低俗な存在である。

防腐処理を行うことにより肉体が朽ちることを防ぎ、同時に運動能力を維持。また強化術式によって人類の域を超えた頑丈さを与えられた不死の人形は便利な駒にはなり得る。

戦力として考えると中々に悪夢的であろう。

死者は物を食べないし、疲れることもなければ休憩も必要としない。そして術式によって管理される行動は、複雑な指示は難しくとも単純作業を堅実に熟す。

兵站を必要としない軍隊など、特に籠城する相手として見れば最悪であろう。

水を確保する必要もなく、煮炊きの火で場所を察知されることもない。あんな狭い森に詰め込んでも中々見つからないなど、戦略的にも戦術的にも悪夢的だ。

耐えて敵の兵糧が尽きることを期待もできず、矢傷一つで戦線離脱する生き物と違って四肢が残っていれば戦い抜く粘り強さは悪辣の極みではないか。

幸いにも映画の 無個性な怪物(ゾンビ) と異なり、噛みつくことで増えることもなければ、こちらの死者が起き上がって敵対してこないとはいえ、それが慰めになるかと問われればなんとも言いがたい。

唯一の欠点は術式で動いているため判断能力は白痴の如くあり、刻まれた術式以上の能力を発揮できないことか。たとえ岩を断ち割る空前絶後の名剣士、その亡骸を弄くった所で出来上がるのは身体能力に秀でた死体というだけの話。

やはり、あの魔剣の迷宮でであった亡骸達は特別製であったからな。

「マルギット、彼が埋まっていた状態は……」

「他にも二体の亡骸と一緒でしたわ。武器も持っていたし、残りもまぁまぁ綺麗でしてよ」

思考を整理するため、既に聞いていたことを再度問うても彼女は機嫌を悪くすることもなく茶を啜ってから答えてくれた。

「はぁ……いかんね、こりゃ」

何となくだが状況は読めた。

敵が誰かはともかくとして、狙いが何となく分かってきたのである。

恐らく、各地において似たような危難に晒された荘が多く居るはずだ。故に有力な貴族と伝手がある荘が救援を望んでも巡察吏の手が足りていないのである。

無視するには多いが、かといって荘が対処するには難しい戦力で方々を突っつき回し、何らかの目的を果たすために擾乱攻撃を展開しているに違いない。

上手いこと考えやがる。補給は不要で、自ら埋まって姿を隠せる動死体は巡察吏を躱しながら嫌がらせをさせるには便利な兵器だ。これを操る屍霊術師が一人居れば、かなりの広範囲で巡察吏の手を煩わせることができる。

勿論、一人でやっている訳ではなかろうよ。普通に野盗を抱き込んでいる地域もあれば、私兵を使ってつっつている所もあるだろうし、事が事だけに外国の手が入っている可能性も考慮できる。

流石にどれだけ優れた魔法使いであっても一地方全体を対象に軍勢を広げられる訳でもなければ、ましてや屍霊術なんて専門性の高い術者を早々何人も用意できてたまるか。死体自体は幾らでも用意できるにしても――根切りにすれば目撃者はいない法則――術者の養成は一朝一夕にはいかないからな。

「で、どういたします? 陽も暮れるし、まだ防備も固まっていないので一つ拝借してきただけですけれども……」

質問されたものの、悩ましさと厄さに呻き声が零れてしまった。

「ヘタに触らない方がいいかもなぁ」

「やっぱり、そう思いまして?」

「まぁね。首を落とす時、反応があったかい?」

「掘り返した直後、瞼が動きかけたので慌てて刎ねましたわ。四肢も同じように」

やっぱりか、と疼痛を訴えてきた頭に手をやった。軽い頭痛を覚えるほどに面倒くさい。

見つかった時のことも考えて、動死体は発見者を襲うように術式が仕込まれているのだろう。一体や二体であればマルギットと家の会員であれば何の心配もないが、流石に伏せている死体全てが機動されると困る。

数カ所妖しい所が見つかっているようだが、それ以上に埋設されていたり、余所から増援が来ると現状では対処不能だ。十や二〇であれば斬り込んで幾らでも始末してみせようが、やはり首を刎ねようと四肢を捥ごうと動き続ける動死体は厄介に過ぎる。

まぁいい、今回の仕事は荘の安全を守ることだ。最終的な解決として動死体を処理せねばなるまいが、慌てて触って大事にすることもない。

何よりヘタに触って、事の露見を恐れた屍霊術師やその黒幕に本腰を出されると困るからな。

既に数体破壊してしまっているので手遅れやもしれないが、準備する時間くらいはあると思いたいな。

あー……森に火ぃ放ちたい。かつての面々だったら、森に動死体が居る可能性が分かった瞬間に提案する奴が殆どだっただろうな。戦わなくてよくて一網打尽、お手軽!

が、残念ながら春先の乾いていない空気と枯れていない木の森に火を放った所で簡単に燃えないし、そもそもあれは荘の大事な財源だ。煮炊きと暖房の薪を供給する地点であり、家屋の建材として植林しながら使っている森にどうして火を放てよう。

そんな大それた事をしでかしたなら、仕事の成功云々以前に私達に“お札”がぶら下がることになるわ。

「とりあえず、口外無用ね」

「ええ、存じておりますわ。既に二人にはキツく言い含めてありますのでご安心を」

「ありがとう。時が来たら……まぁ、私から説明するさ」

悍ましい物が近くの森に埋められて私達を狙っています、なんて知れ渡ったら混乱するだけだからな。人間はどうしても分かっているものより、よく分からないものにこそ恐怖するのだ。

せめて十分戦える体制を作ってから報せることにしよう。

全く、どうしてこうも“臭い”状況が連続するのか…………。

【Tips】屍霊術。文字通り屍を使役する魔法でありライン三重帝国においては禁忌として使用を禁じられており、同時に古くさい遅れた技術として手を出す者も少ない。

触媒となる鉄片や木片に術式を刻んで脳や胸に埋め込み使役する方法と、制御下においた意思に乏しい幽霊を憑依させて操るのが主流であり、同時に防腐処理などを施し耐用年数を延ばす試みも行われている。

最初は落ち着いたら空堀を作ろうと思っていた。

最も古典的にして単純に超えることが難しい防御施設。深い穴を振っておくだけの単純な構造で導入費用は人力だけで済むし、維持費用も雨の度に補強するか、板張りにでもすればいいだけのこと。

とりあえずの準備が落ち着いたなら、手透きの男手を借りてみんなで掘ろうと思っていたのだが考え直す必要が出てきたな。

この荘は監視されている。森に埋められた動死体がどれほどか分からず、ヘタに突っつきたくない以上は目立つ防備を性急に整えすぎるのはよくない。

やるなら下準備に下準備を重ね、一気呵成に片付けてしまわねば。

備えている事に気付かれて、襲えなくなる前に襲ってしまえと癇癪を起こされては全てが台無しだからな。

と、いうことで予定を変更し、私は手透きの男衆に簡単な工作を頼んだ。逆茂木と防壁を作って余った端材で、沢山の箱を作って貰うのである。

大きさは升くらいの箱で均等でなくても良い。蓋を被せられれば上等、数だけ用意してくれれば良しと頼んでおいた。

それから、家人が殆ど使っていない倉庫を借りることにした。

名目としては戦闘に備え、カーヤに治療薬を作って貰う仮の工房とすることとしたが、実態は違う。

さて、割と今更な話ではあるが、私が魔法を使えることを剣友会には公表していない。今でも割合お値打ち価格の戦力として見られているが、魔法使いが二人も居るとなると更にアレな仕事が飛んで来かねないからである。

そして、別に彼等を信用していない訳ではないものの、人間の口というのは思わぬ所で滑る物だ。特に酒や女という潤滑油があれば、普段硬いそれもつるっつると滑らかになるもの。隠し種として、どうしようもない事態にならねば伏せているつもりのそれを軽々には教えられない。

後、折角「こんな事もあろうかと」な展開がしたかった節もあるのに、ここでネタばらししたら衝撃が薄れるじゃない? ここぞと輝く場面は他にあると思うのだ。

何はともあれ、私は魔法も使えることを明かしてはいないが、実はマルギット以外にも一人だけ事実を知っている者が居る。

カーヤ嬢である。

純粋に私のポカというのもあるのだが、彼女は魔力を練って現場で魔法を発動させるのが苦手という魔法使いとしての致命的な欠陥を抱えているものの、それ以外の能力は田舎で冒険者をやっているのが惜しい位の秀才である。

魔法を見る目は、抑え気味にしていた私の魔力量を見抜き、ついつい面白くなって話してしまった魔法薬の運用アイデアから素人でないことを見抜かれてしまった。

後は、あの笑っているんだか笑っていないんだが曖昧な微笑みに問い詰められると……どうもね。

コソコソ使っている手前、何時までも隠してはおけぬかと観念してカーヤ嬢には魔法使いであることを打ち明けていた。勿論、口外しない旨を“術式によって縛りをかけて”である。

縛りと行っても命に関わる系の物ではなく、口にしようとしたら頭で警告がなる単純な構造だ。強制力は無いし、痛みも伴わない。ただうっかりを防止するだけの鈴みたいなものである。

そんな彼女に仕事を頼む体で小屋で同席しつつ、私は一つのレシピを晒した。

「なるほど、これが頭目殿の“隠し種”の一つ……」

「触媒も原理も単純だろう?」

見本として渡した薬瓶の臭いを嗅ぎ、術式を見比べながら若草の慈愛は目を細める。

「油と……獣脂ですね」

触媒を手の甲に一滴垂らし、臭いを嗅ぐだけで原料を言い当てられた。彼女の聡明な頭脳は術式や必要とする魔力量、そして触媒の性質からして秘めた火力を一目で見抜いたのであろう。

私が用いる隠し種、対不死者向けの“ 油脂焼夷(ナパーム・ゼリー) 術式”の触媒である。

精製した油と豚脂より抽出したゼラチンを混ぜただけの粗末な油脂焼夷材であるが、不死者に一度使って効果は確認済みだ。体表を爆裂させて燃えた肉を吹き飛ばさねばならなかったということは、これが相当の打撃を与えていた証左に他ならぬ。

何よりも火は動死体の天敵だ。

ただ火が燃え移っただけなら淡々と活動するだろうが――呼吸を必要としない彼等には効果が薄い――一千度を超える熱量に炙られたなら、肉体はあっという間に焼けただれて本来の機能を失う。焼けて縮んだ肉は動きを止め、爛れた皮膚が破れるだけで機能は落ち、瞬く間に中心まで熱が通れば術式の触媒も焼き切られる。

神の手に縋らずに彼等を潰す、人の手による最高の慈悲ではないかね。

「量産はできそうかい?」

「ええ、油は貰えるでしょうし、この粘度を増す薬剤も獣脂で作れますね。使う魔力も一つ一つは少ないので十分に可能かと。器の調達に苦労しそうですけど……」

「いつも通り素焼きの瓶で構わない。結構持ち込んでいただろう?」

「薬をこちらでも作る予定でしたので、そこそこは持ってきましたが三十と少しくらいですね。治療薬も作るのなら、入れ物も融通していただきませんと」

「分かった、それは名主と交渉しよう。本命の箱だが……」

取り急ぎ一つ用意してもらった箱を見て、カーヤ嬢は困ったように首を傾げた。細い指が取り上げ、丹念に観察していくが顔色は芳しくない。

やはり、薬学に精通した彼女の管轄外過ぎただろうか。

「いえ、出来ないこともないのですが……その、イメージが結びづらくて。この、何でしたっけ?」

「接触信管術式」

「接触信管……不慣れな形式なのと、些か構造が複雑過ぎまして」

急造の木には、昨日私が見張りの間に頑張って考えた術式が刻んであった。まぁ、魔法使いとしては素人に近い私が練った術式なので、頑張った割には大したものではない。

単に二つの術式陣を書き、術式陣同士が触れた時に“中に入れた触媒”が発動するようにした簡単な魔法である。

いわば魔法を使った対人地雷だ。吹き出すのは大量の鉄片の代わりに、地面から吹き上がる千数百度の粘性を帯びた炎であるが。拡散するように設定したコイツを踏めば、致死の炎が半径三から四メートルを襲う訳だ。

「うーん、この遠隔起動の部分が悪さをしているのか? ただ、遠隔起動は外したくないんだ」

「それなら、割符を振って一つずつにしないほうがよろしいかと。複数で一つの割符ならまだしも、一つ一つでしたら手間ですし、いざ使うときの管理も難儀かと」

「無駄に広範囲を焼き払いたくはないからな。かといって、この敵味方の識別式は外す訳にはいかんし……」

「後で、味方が踏んでも炸裂しないようにするための割符も作るんですね……」

魔力、保つかしらと物憂げな溜息を吐くカーヤ嬢。申し訳ないが、密やかに頑丈な防備を作るためにご協力いただきたい。手が空いたら私も手伝うから。

焼夷地雷が出来たら、次は櫓を一斉に立て、それで反応がなければ境界の壁の強化を。それでも大丈夫なら、こんどこそ空堀を掘ろう。

どうしてこうも面倒なことになるかね。いやはや、敵の首魁が塔や廃城に陣を構えていて、突っ込んで斬首すれば終わるような案件なら楽で良いのに。

この我慢比べ、どれくらい続くことになるだろうかね…………。

【Tips】敵味方識別。魔法によっては敵と味方を判別し、効果範囲を絞ることはできるが、火や水を広範囲にぶちまけるような場合は対象だけを避けるようなことはまずできない。

しかし、ある種の卓越した魔導師であれば、採算度外視の術を練ることで味方だけを対象から外すことも能うのだが。