軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

青年期 一六歳の秋 二

冒険者という仕事の泥臭さに嫌気が差しても、止めようと思わなかった理由は幾つかある。

盛大に啖呵を切って家を出て来たこと。自警団に参加していた時に借りていた剣をちょろまかして来たこと。荘で立派な身分があるはずの幼馴染みが、心配して付いてきてくれた手前泣き言を言えなかったこと。

要は安っぽい見栄に過ぎないことを分かっていながらも、一番尊敬する英雄であるジークフリートに肖って改名を決めたイルフュートのディルクはそれを支えに来る日も来る日も粗末な仕事に耐えた。

いや、幸いにも幼馴染みが魔法使いであるためか、本当に底辺のつまらない仕事に比べたら上等な仕事をしている自覚はある。野草取りに出る魔法使いの手伝いや下働きができているのは、彼女が薬草医としての技術を修めているからだし、他にも色々な恩恵があった。

色々な氏族や一党に誘われるというデメリットこそあれ、それで幼馴染みを責める訳にはいかないので勧誘の断りも頑張った。本当の英雄とは独立独歩たるべきだと信じて。

だからだろうか、同年代で同時期に冒険者になった彼に突っかかってしまったのは。

そして、故にか。

「あああああ!? 掠った!? 今掠った!?」

「耳元で騒がないでくれ、ジーク!!」

馬のケツに乗っかって、男の腰にみっともなく縋り付き叫び声を上げているのは。

貧乏小作農の三男坊という箸にも棒にも掛からない立場が嫌で、一端の男になろうと荘を出てきた。冒険者として英雄譚に歌われるような男なり、名誉と金という錦を立てて故郷に凱旋する夢を見た。

広場では詩人が己の名を詩に歌い、荘では己を讃える祭りが催されひ孫どころか荘が潰えるまで誉れ高く語られる。そして墓さえも観光名所になるのだ。

それがどうして人数合わせの護衛仕事で野盗に襲われ、馬の尻でみっともなく叫び回るハメになったのだろう。

自分より早く紅玉になり、自分より早く二つ名を手に入れた同期に嫉妬し絡んだ結果がこれだ。何故か妙に気に入られ、いつぞや向こうが勝手に提案した仕事を共にするという誘いに乗ったのが運の尽き。何だって日当五〇アスで隊商の護衛を賑やかし、少しでも襲われにくくするための仕事で矢を雨霰と浴びせられねばならぬのか。

「連中、装備がいいなぁ! 土豪かどこかの私兵かな!? どう思う!?」

「おおっ、俺に聞くなぁ!? うあっ!? あぶねっ!?」

退屈な仕事のはずだった。隊商が契約した専属の傭兵が五人、後は賑やかしの冒険者が一〇人ばかし。これだけの護衛と五台の馬車に騾馬を何頭か引き連れた五〇人規模の隊商となれば、余程のことでもなければ襲われない。

そう、襲われないはず。この人数に抵抗されれば、かなり高度な軍事的教練を受け上質な武装に身を包んだ大規模な軍勢でもなくば痛手は必至。如何に手慣れた野盗であれど、避けるのが普通のこと。

問題は、その普通ではない相手がやる気満々でカチ混んできた時にどうなるかってことだ。

最初、ジークフリートは見張りとして少し離れた所で野営の準備に入る隊商を見守っていた。幼馴染みは薬草医として旅の途上で腹を下した隊商の治療を行っており、声を掛けてきたエーリヒは馬を使って斥候に出る。あの背負子みたいに背中にくっついている蜘蛛人は、夜間見張りに備えて馬車で寝ていたはずだ。

二週間の旅で決まり切った時間に弛んでいたと言えば嘘になる。が、よもや奇襲を警告する鏑矢が唐突に打ち上げられたかと思えば、夜襲を掛けようと忍び寄っていた野盗共が襲いかかってくるなど一体どうして想像できようか。

奇襲が失敗したとしても、こうなりゃ一緒よと言わんばかりに身を伏せて近寄ってきていた野盗は一番手近であったジークフリートに襲いかかる。こういった時、大抵は目撃者を残さぬため根切りにしてしまうのが定石だからである。

正直に言って彼は死を覚悟した。五本もの槍が壁となって襲いかかってくれば、手槍と剣で武装した煤黒の駆け出し冒険者に何ができるのか。

だが、槍を構えることさえ出来ぬ恐怖は、風に靡く薄絹を払うのと同じ気軽さで馬蹄に蹴散らされた。

剣を抜き、とって返してきたエーリヒが助けに来たのだ。

「乗れっ!」と差し出される手を取って鞍上に掬い上げられた――不思議と掴んだ手以外にも触られた感覚があったが、あれは何だったのか――時は助かったと思った。

だが、ここで二つ目のよもやが彼を襲う。

何だってこのいけ好かない金髪は、隊商が抵抗ではなく逃走を選ぶと同時に進んで 殿(しんがり) に着いたのか。

普通任せるだろう、プロの傭兵に、もう少し慣れた冒険者に。

それが何をどうすれば煤も落ちない駆け出しと、それに毛が生えた程度の紅玉で立ち向かおうという話になる。

「心配するな、どうあれ向こうも命は惜しい! ケチな隊商相手に死ぬまで粘らん! 五~六も潰せば四分五裂さ!」

そうじゃねぇよ、と叫ばなかったのは精神力のおかげか、それとも激しく揺れる鞍上にて真面に口を開けなかったからか。真実はさておくとして、投げ寄越された使い方もよく分からぬ弩弓を操りジークフリートは必至に抵抗する。

エーリヒの直撃する軌道の矢を剣で切り払う手腕にも、器用に片手で扱われる二挺目の弩弓にも気を払う余裕はなかった。寄せてくる野盗共の攻撃が微妙に届くか届かないかの間合いを煽るように彷徨き、決して真っ直ぐは進ませまいとする動きに振り回されるばかり。

「どうしたジーク! ボルトが尽きたか!? 手が止まってるぞ!」

「う、う、うるせぇ! な、なれねぇんだよ、こんなの!」

「なら今すぐ慣れてくれ! 気合いを入れろ! 殿は護衛の華だ! 生きて帰れば詩の一つにもなるかもな!!」

この時、色々な体液を垂れ流しながらジークフリートは悟った。

目の前で満面に喜色を浮かべながら戦っている男はどっかおかしいと。

されど、こんな時にもちっぽけで安っぽい見栄であろうが縋る物があるのは役に立つ。

「おっ、おお、俺に指図すんな! 言われねぇでも、やってやる! 俺は英雄になる男だ!! テメェなんかより偉大な英雄になるんだよぉ!!」

男が命を張るのに深い理由は要らない。ここで帰るのは格好悪いから、逃げ出したらダサいから、前に座っている男は立派に戦っているから。

そして、内心がどうであろうと、矜恃のちっぽけさは傍目には映らない。

この日、この場にあるのは勇敢な新米冒険者二人組が死力を尽くして隊商を守ったという事実のみである…………。

【Tips】バレなければ犯罪にならないという法理は権力側にも適応される。

ちょっと嫌な予感はしていたのだ。最近の配達依頼で無許可の関が多いなと思ったし、護衛仕事に就いたときは、予め地図に記したそれを隊商主に報せることで小遣い稼ぎだってしたとも。

されど、マジで権力側が非合法な予算調達をかましてくるとは思わないじゃない?

この辺、やっぱり私はまだ前世の感覚を引き摺っているのだと実感させられた。だってねぇ、幾ら予算不足だってぴぃぴぃ泣いている軍隊だって、焦土戦でもやらない限り自国内で“自力調達”なんてしないでしょ。

マルスハイムは諸外国の物流が入り乱れる地だけあって、時期を問わず隊商が絶えず行き来している。広大なマウザー川も運河として機能しており、東西の物が無秩序に行き交うため商売人の数がとてつもない。

一説では農業従事者よりも行き交う商売人の方が多いとも言われるほどだ。

故にきちんと処理してしまえば、一つ二つ帰ってこなかった所で毎度の如く運が悪かったと処理される。そして、その下手人は余程でもなければ永遠に闇の中なのだ。

とくれば、不心得者が私腹を肥やすために馬鹿やるのも考えがたいことではない。通り過ぎていくだけの隊商は、地方の土豪に利益をもたらすものではないのだし。

だからって、関を躱して通る隊商を襲うんじゃねぇよ。

我がことながら運がない。そして、我が不運に新米仲間を巻き込んでしまったのは、予期せぬことなれど少し心苦しかった。

賑やかしの護衛仕事で斥候もできる騎兵として参加することとなった日、たまたまジークフリートを見つけたので仕事に誘ってみたのだ。紅玉の仕事の収入は煤黒よりもよいし、護衛の経験値を稼げるから喜ぶだろうと思ったのだ。決して荒事にぶち込んで仲良くなろうぜ! なんて邪念は抱いていないとも。

彼は暫し逡巡していたが、財布の中身を数えた末に苦々しそうな表情を作って誘いに乗った。うんうん、分かるぞ、ライバル宣言した相手から誘われた仕事に懐事情で参加するのはちょっと気分がよくないよな。

でも、現状と仕事の旨味を鑑みた結果、実利を取って参加する姿勢は高く評価するぞ。人間、一部の例外を除けば飯を食わねば生きていけないからな。

それに私と同じLv1ファイターといった風情の彼であるが、筋は悪くなさそうなのだ。手槍も剣も数打なれど得物を帯びた姿は芯がきっちり通っていて、立ち姿から基本を堅実に修めていることが分かる。

飛び入りの参加でも旅程をきっちり聞いて荷を準備しようとする姿勢も好感があるし、幼馴染みの体調を気遣って参加するか否かを決めた所も高評価だ。

なんといっても女性はアレだからな、男にはない月に一度のバステがあるからな。

今回の護衛仕事は、そんな同期と初めて同道できる楽しいイベントで終わるはずだったのに。

だのにまぁ、どうして私は野盗の斥候なんぞを見つけてしまったのか。

しかも腕前も悪くないと来た日にゃ賽子の女神に恨みの一つも投げつけたくなる。先手必殺で潰そうと騎馬突撃をかけて斬りかかれば、なんと初撃を受け止められたのだ。驚きながらも左手に持った東方式のクロスボウ――片手でも十分扱えるこれは本当に利便性が高い――を腹にぶち込んで叩き落としてやったが、不意打ちを止められたのは本当に久しぶりだった。

馬に乗っていて鎧を着込み、不意打ちを受け止められるとか完全に訓練を受けたプロじゃねぇかふざけんな。

即座に“拙い”と悟った私は警告の鏑矢を上げた。まだ隊商は野営の準備に入ったばかりだし、直ぐに動けるだろうから逃げろと警告しなければと思ったのだ。

案の定、野営地の近くににじり寄っていた野盗共と交戦するハメになったが、やはり連中装備が良い。最低限でも帷子と布鎧を着込んでいるし、そこいらの野盗のように錆が浮いた襤褸の武器を雑多に揃えた訳ではなく、槍の穂先は夕映えを受けて剣呑に輝き、弓箭兵の弓も強い複合弓で鏃にも鋳鉄を使っている。

こんな装備の整った野盗が居てたまるか、と怒鳴りたくなった。

横列を組んで統率だった襲撃に映ろうとする野盗の先には、初めての襲撃なのか対処しかねているジークフリートの姿があった。

剣士にとって槍衾は鬼門だ。長柄の得物は間合いに入れば乱戦を得手とする我々にとって御しやすい獲物でしかないが、こうやって徒党を組んで壁を作られると圧倒的に分が悪い。

なので私は僚友を見捨てることができず、賭けに打って出た。最低、魔法を使ってしまっても良いという覚悟を決めて。

騎兵の地位は戦術が発展し密集陣が基本になるにつれて戦場の花形から遠ざかり、その価値を少しずつ落としていったものの衝撃力にケチが付いた訳ではない。

なにせ数百キロの重量を持つ馬体が原付並の速度で突っ込んでくるのだ。地面を踏み散らす馬蹄にはタイヤより恐ろしい 突破力(トランプル) があり、踏み潰されれば並の人類種であれば良くて大怪我は免れない。

カストルの腹に拍車をくれて勢いをつけ、剣を片手に敵の横列に後背から突っ込み一息に蹴散らす。排除された野盗がギャグ漫画もかくやの勢いで吹き飛び破滅的な音を立てるが、一顧だにせず敵中に包囲されつつあった同期を救出する。

ある種劇的な救出劇といえるが、ここで終わりはしない。敵も一度襲撃を実行に移したのであれば、多少不測の事態が起ころうが退くことはないからだ。

なにより一方向から単純に仕掛けはするまい。最低でも二方向から挟むよう逃げ場を殺して襲いかかるのが襲撃の定石であり、これほど統率だった集団がそんな基本をおろそかにする筈もなかろう。

そうくれば、脱出する味方は前方、あるいは側方の敵を追い返しながら離脱せねばならない。ならば、後方からの圧力を少しでも緩めてやる必要があった。

敵の数はざっと数えて二〇と少し。二人乗りの騎兵一騎で相手取るには些か多いが、なぁに源平の合戦と比べれば軽い軽い。なにも船の上で不安定な扇を撃ち落とせとか、一射で軍船を沈めろなんて無茶を言われてる訳ではないのだ。

パルティアンショット――走りながら後方に射かける騎射――が出来る上質なクロスボウがあり、更にケツに一人乗せて居るから火力は二倍! 後は「ねぇねぇ、どんな気持ち!?」と煽らんばかりに槍が届かぬ間合いで矢を避けながら的当てをすればいいのだ。徒で切り込むのに比べたら離脱もできるのだから簡単簡単。

後ろのジークが悲鳴を上げているが、直ぐに慣れるさ。私も初陣の時は普通に怖かったし、死ぬ思いもしたもの。むしろ最初が人であれば、後の慣れも早いはず。

それにこいつらは訓練を積んでいても利益目当ての野盗であり、故郷を守るために死兵と化したガンギマリ勢ではない。四人か五人もトられれば勘定が合わないからケツをまくるさ。

だが、後席からの攻撃頻度が少ないな。この手のクロスボウに慣れていないのか?

発破を掛けてみれば返ってくるのは震えながらも威勢の良い声、よし、良く言ったそれでこそ冒険者だ。

この後、七人倒されるまで粘った野盗が逃げていくのを見届け、隊商にとって返せば道を塞ぐように移動式の馬防柵を展開されて足止めされていたため、再び敵の横っ腹を突いて八人倒した。無論、ジークフリートにも付き合って貰ったとも。

これにより私達の名前は妙に売れ、市井では何故か“幸運のジークフリート”と“悲運のジークフリート”という相反する通り名が囁かれるようになった。

これだけ頑張ったのだし、もう少し格好良い通り名がつけば良かったのになぁ…………。

【Tips】通り名は出来事を聞いた者の印象によりつけられるものであり、物語とは必ずしも一人が見聞きしたものが正しいとは限らないものである。