軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

青年期 十五歳の初夏 六

極まった武術は傍目からは舞踊の如く映る。

「おお……!? 今の何で避けられたんだ!?」

「盾、確実に引っぺがされたよな?」

「馬鹿、体が弾かれ時に蹴りで剣を払ったんだよ」

「ヒト種にできる芸当じゃねぇだろ!? 小鬼(ゴブリン) か 矮人(フローレシエンス) の所業だろ!?」

「あんなこと出来るかボケ!! 普通に吹っ飛んで死ぬわ!!」

動きが追いきれぬ者、辛うじて見えている者、ついて行けている者と反応は様々なれど皆一様に掌を汗でぬらして中庭の舞踏を魅入っている。

剣と盾を介した舞。否、正確には木剣であろうが当たれば死ぬ致命の武を。

二刀を扱う剣術は他の地ではともかくとして、中央大陸西方においては一般的ではない。

それも白兵戦の基本として長大な両手剣を用いるか、盾を併用するかが主流だからである。

剣を片手で操るのは難しいことであり、仮に利き手であっても振り回されないだけの膂力と体幹を必要とする。ましてやそれを両手に持って行うとなれば、合理的な取り回しを考えればどれほどの難易度かは想像を絶するものだ。

その割に左手に持った剣は利き手ほどの自由さもなければ、盾ほどの防御力もないとくれば流行するはずもない。二刀を持つことによって得られる利点が少なすぎるからだ。

片手で持った剣は盾を打ち払えるほど力を込められず、左の剣は盾ほど身を守れる訳でもなく、同時に両手に握って渾身で振るわれる長剣を受け止めることも困難。技術としてみれば、全てが半端にしかなり得ない技といえる。

精々見栄えがよく、豪快に振り回せば威圧感があるといった所であろう。

故に二刀流が西方に浸透することはなかった。

されど、それは表面的なことに過ぎず、また二刀を扱うに足りぬ肉体を持つ種族の話である。

「おおおお!!」

嗄れた重い声が大気を揺らし、聞く者の鼓膜を痺れさせる。裂帛の気合いと共に振るわれる二刀であるが、同時に振るわれることはない。精妙に右の長剣で薙ぎ払ったかと思えば、左の剣が姿勢の変更に伴って閃き隙を塗りつぶす。

主となる右の剣を補佐するかのように左の剣が瞬けば、一連の動作は輪を描く舞踊の如くあり、全ての動作が攻撃にして残心となり防御を為して連なってゆく。

二刀の妙技、それは純粋に得物を倍にして手数を増やすことではない。左右の剣を補完し合うことにより、手数に頼らぬ間断無き攻めを作り出すことである。

剛力なれど繊細な右の一撃は盾の守りを崩し、傾け、切り開くために。左の剣は右が作った好機を狙い、また同時に生まれる隙を崩すために。

多くの者は見慣れぬ剣技に目を騙されて数合と保たず倒された。何とか耐えられた者でも猛攻の前に崩す術を思いつく前に潰される。理を以て練り上げられ、広く知られぬ剣技というものは、ただ振るうだけで“初見殺し”として成立するのである。

「あ? いやいや、今のどうやって躱した!?」

「こっちからだと見えねぇ!? 何があった!?」

「今アイツ、姐御の剣を踏んで避けなかったか!?」

「はぁ!? なんかすり抜けたようにしか見えなかったぞ!?」

しかし、剣が嵐の如く吹き荒れる中で盾と剣を担った小柄な剣士は揺るがない。受け止め、躱し、時に弾き飛ばされつつも受け身や体術で追撃をいなして起き上がる。

足裁きで剣を避ける様は剛剣の残像が触れているほどの間際を踊り、盾は触れているのかも怪しいほど音を立てず剣をいなす。

ただの一度も真面に一撃を浴びることはなく、ましてや折れる気配もない。彼の剣士はいっそ陽炎を想起させるほどに攻撃を受け付けない。見る角度によっては攻撃が“すり抜けた”ように錯覚する様は、何かの詐術であると説明された方が得心もいこう。

自らが仰ぐ頭領の凄絶な腕を知る取り巻き達は異様な緊張にざわめくばかり。

今日冒険者証を受け取ったばかりの新人にあるまじき腕前。しかしながら、やはりヒト種というだけあって一つの間違いで死に至る可能性。それらがない交ぜになり形容しがたい緊張を作り出す。

されど、斯様な緊張と無縁な観客が一人居た。

蜘蛛人の乙女は樽を座席代わりにし、中庭でも眺めの良い場所を占有していた。片手には酒場で放置されていた干し肉を失敬してきており、塩気がきつく上等とは言えぬそれを咀嚼しつつ趨勢を見守る。

周りは盛り上がっているが、彼女には分かっていた。

剣と盾を担う小柄な剣士に余裕があることが。

致命打は疎か痛打と呼べる被弾は一度もない。何度も地を転がっているせいで見た目は痛々しいものの、全て受け身のためであり衝撃の殆どは大地に逃されている。多少の打ち身や擦り傷はあろうが、後に響く損傷はみられない。

なによりあれを見よ。本人は自覚しているまいが、三日月の如くつり上がった口の端を。決して認めまいが、彼は彼で隠しようもなく 戦闘狂(バトルジャンキー) の気があるのだ。

鍛えた技の冴えも誇らしげに前に出る姿を乙女は何度も見てきた。自分はここまで努力したと見せつけるかのような戦姿。戦を好んでいるというよりも、自分の仕上がりを楽しむ戦い方は時に見ていて危なっかしくもあった。

対して巨鬼はどうであろうか。彼女とて綺麗に貰った一撃はないものの、苦々しげに引き絞られた唇を見れば瞭然となろう。これ程斬りかかっても攻めあぐね、崩せぬこおとへの葛藤が。

そして、幾度か振るわれた剣が浅く肌を撫で、蚯蚓が這ったような痕を残すことへの怒りが。

一本と言うにはほど遠いと両者が見ているからこそ試合は止まっていない。されども、剣士として思うところはあるのだろう。着込みさえしていれば付くはずのない傷であろうと、刃を受けたという事実は酷く重い物なのだ。

「楽しそうねぇ」

呟く蜘蛛人の乙女は分からないでもないと言いたげな顔で幼馴染みを見守る。彼女もまた狩人、命のやりとりを業とする者であるから分かるのだ。鍛えた手腕を見せつけ、手こずらされながらも最後には勝利する愉悦が。

これは決して弱い者を選び嬲っていては手に入らない快楽である。仕事なので分をわきまえはするど、やはり生きている実感の“濃さ”は野ウサギを撃つのと、苦労して狼を狩るのとでは全く違う。

彼は今、存分に敵と戦えている。羨ましい限りではないか。

「「「おおっ!?」」」

一際大きな響めきが中庭を揺らす。巨鬼の一撃が小兵の盾を破壊し、弾き飛ばしたのだ。

これで趨勢が動くと全員が期待した。全て頭目の勝利に傾くと。

「あーあ……楽しみ過ぎたわね、エーリヒ」

ただ、そうではなかった。宙を舞ったのは盾だけではないからだ。

僅かに遅れて巨鬼が左手に持っていた短めの長剣が弾き飛ばされる。隙の無い、いいや、乏しい連撃の合間に蛇の如く這う一撃が差し込まれ、柄頭を強烈に打ち据えたのだ。

得物の一方を奪われた双方は一度跳び退いて間合いを取り、互いににらみ合う。

しかし……全く同じタイミングで剣を下ろした。

興奮のざわめきは瞬く間に当惑に取って代わられる。まだ続けられるだろうと、終わってはいないだろうと。両者共に主として操っていた得物は残っているのだから。

ただ、狩人と一部の静かな観客だけが気付いていた。

剣士にとって得物を奪われることは敗北に等しいことを。命のやりとりをしているならまだしも、試合という形式をとっている以上は紛れもない敗北だ。

この瞬間、対峙する両名は共に敗北を認めたのである…………。

【Tips】二刀流。剣術の一種。文字通り二本の腕で一本ずつ剣を扱うが、その難しさの割に得られる利点が少ないため使い手は少ない。

右の剣を攻撃に、左の剣を補助として扱う戦法が西方で数少ない二刀剣術の標準とされる。

調子こいて負けることほど恥ずかしいことってないよね。

私はじんじんと痛む左手を庇いながら、木剣を額に寄せて礼を取った。

一つ言い訳するとアレだ、ナメプしたわけじゃない。そりゃあ魔法を一切使わないというのは構成の根幹を無視することだからナメプっちゃナメプかもしれないけれど、魔法を縛るよう魔法の師から言われてしまったんだから仕方ないだろう?

仮にナメプだとしても、魅せプレイ依りであると主張したい。剣士としては精一杯やったし、手は抜いていないのだから。初めて相手をする二刀流相手に色々試したりはしたが、全力は出していたのだ。

それにほら、最後は一瞬の隙を突いて<脱刀>も決まったことだし。

どう言い繕おうと先に武器を奪われたのは私だから負けなのだけどね。

「見事だ、エーリヒ」

巨鬼のロランス氏は言って剣で礼を取り、信じがたい言葉を続ける。

「卿の勝利だ」

「は?」

何言ってんだコイツ。

一瞬妙な声を上げてしまう私に対し、彼女は左手を差し出してみせる。みれば、小指と薬指が妙な方向に向いていた。

あ、やべ、綺麗に柄頭を弾いたつもりだったが、指にも引っかけてしまったか?

「骨が抜けたな。折れてはいまいが、真面に一撃入れられてしまった」

どうやら<脱刀>の際に脱臼させてしまったらしい。私はといえば、無理に盾を保持すれば骨が逝くと思ったので寸前に手放していたから傷は負っていない。

「ですが、先に得物を奪われたのは私ですし、左手は痺れて暫くつかいものになりません。私の負けでしょう」

が、今言った通り痺れが凄くて使い物にならないのだ。今から両手持ちに切り替えるか、盾を拾って戦えと言われてもちょっと厳しい。手前の指がちゃんと五本付いているかも触覚だけじゃ分からないって言うのに。

「馬鹿を言うな、小指は物を持つ軸だ。こいつがこの様では治すまでは真面に剣が振るえん。卿は戦の最中にのんびり嵌めさせてくれるほど優しくはなかろう。一刀での結果は先ほどついているから、無様を晒すつもりはないぞ」

「ですが、この痺れも直ぐには抜けません。麻痺した半身を抱えて切り結べるほど器用ではありませんよ」

いやこの身が、いやいや私がと価値を譲り合うこと暫し、周囲の困惑も捨て置いて互いに敗北の理屈を連ね合ったが答えはでなかった。

ただ、一端の剣士として互いに“ひきわけ”という言葉には抵抗がある。

そりゃあ実戦の場であれば色々な理由があって戦いが流れてしまうことはあるけれど、一対一の試合形式で無言の内に一撃入れば終了としてやりあっていたのだから納得のつけようがなかろう。

同時に入って甲乙つけがたいならまだしも、前後がはっきりしているなら尚更だ。

こういった所での融通の利かなさが剣士という生き物であり、更には“武の種族”として誉れ高き巨鬼の精神性なのだろうな。正直、勝利の内容に拘りはそこまでないが、負けに関しては五月蠅いのだ。

何故なら、 我々(剣士) は それ(敗北) を積み上げることによって強くなる生き物だからである。

結局互いに結論はでず、しかし直ぐに再戦も難しい。

「……なら仕方ない」

ニヤリと巨鬼が汗で濡れた髪を掻き上げながら微笑んだ。

「別の方法で決着をつけてもいい」

「別の方法?」

剣の決着を剣以外でつけるとはなんぞや、と思いつつ首を傾げたところ、ロランスは心底愉快そうに口を開こうとし……途端、はっとして顔色を変えた。

「……失礼、卿はケーニヒスシュトゥール荘のエーリヒだな?」

「は? あ、まぁ、そうですが、さっき名乗った通りです」

巨鬼の青い肌で尚も血の気が引くのが分かる。巨鬼の場合は興奮していると空の様な綺麗な青に彩度が上がり、その逆は群青っぽい暗い色合いに変わるのだな。

顎に手を添え、何かブツブツ呟きはじめたのは何か良くないことに気付いたのか。脳内でサイコロが転がる幻覚が見えたが、外宇宙的恐怖とは無縁の展開だったよな?

「ガルガンテュワ部族の……ローレンを知っているか?」

圧搾機にでも掛けてやっとこ絞り出したみたいな言葉には、懐かしい名前が含まれていた。

おお、ローレンさん! 秋祭りの兜割で世話になった、私がこの世界に来て初めて見た巨鬼ではないか。エリザは今もあの真珠を大事にとっていて、一人前になったら魔法の焦点具にしてもらうと楽しみにしていたな。

あっ、そういえばさっきの名乗りでガルガンテュワ部族と名乗っていた。なるほど、彼女は同郷なのか。どうして縁というのは何処で結ばれるか分からないものだなぁ。

懐かしい名前ですと思い出話をしてみれば、ますます顔色が悪くなる。はて、何かあるのだろうか。

「さ、酒だな!」

「はい?」

「酒で決着をつけよう!」

唐突にそう切り出せば、大きな手で肩を掴まれ酒保へぐんぐん押されてしまう。事態を読み切れず足は抵抗しようとするものの、踵でが空しく中庭を削るばかり。

「ケヴィン!」

「へい!?」

「酒を用意させろ! あと、とっておきを持ってこい!! 金は全部この身が出す!」

「はっ? えっ、酒? 酒ですかい!?」

「そうだ! いつもの安酒なんて出させるんじゃないぞ! エッボ! 肴も用意させろ! ああ、親父には料理させるな、外の屋台で仕入れてこい!! とにかく肉を買ってこい!!」

「「へいっ!!」」

腰にくくりつけてあった小袋――尚、巨鬼スケールの模様――が雑に投げ寄越され、慌てて駆けだしていく冒険者諸氏。手が空いている者は酒保をちったぁ見れる様にしておけと怒鳴られて走り込む。

なに? この……なに?

全てが理解が及ばぬ状態で進むことの不可解さと、そこはかとなく感じる理不尽さであるよ。

ひょいと蠅捕蜘蛛特有の跳ねる足取りで近寄ってきたマルギットが首根っこに飛び込んでくる。ああ、汗掻いてるからちょっと待って欲しいんだけど。

「まぁ、ただ酒にありつけていいんでなくって?」

「いや、だからって……」

「梃子でも動きそうにない御仁ですことよ? ねぇ?」

体をもたげ、私の肩に顎を乗せ背後、つまりはロランス氏に話しかけるマルギット。何でかしらないが、私の耳飾りだけが小さな音を立て、背筋に氷を落とされたような感覚が走るのであった…………。

【Tips】巨鬼には強い因子を欲する文化がある。