作品タイトル不明
青年期 十五歳の初夏 二
マルスハイムを観察し、まるで棚田のような構造の都市だと思った。
棚田は傾斜地に作る水田のことであり、タンスの引出を上から下に少しずつ引き出したまま放置したような形をしている。
それと同じく、マルスハイムは丘陵の上に建つ城館の周囲に市壁を増築し続けて発展していったからか、半円系――時に歪な角形――の市壁や胸壁が幾層にも連なって伸びている。斯様な構造であるがため、上から見下ろせば棚田のような印象を受けるのだ。
これは恐らく、都市の来歴によるものだろう。
マルスハイムは三重帝国成立時より激しく領土問題で土豪との争いが絶えなかった土地であり、実効支配そのものは成立時より続けど、土豪や跳ねっ返りの衛星諸国家との紛争が長く続いた血が滴るような土地だ。要するにちょっと前までは紛争地であり、同時に諸外国と一番最初にぶつかる帝国そのものの矛先にあたるわけだ。
会戦が何度も繰り広げられ、都市を焼き、荘を捨て、時には塩を撒いたり魔導師に毒を散布させるなどして寸土を奪い合った土地には、たとえ帝国全体が平時であったとして平穏な時代など数えるほどもなかったと伝えられる。
エンデエルデ(地の果て) という異名がつけられるのも頷ける、なんとも物騒な土地だこと。
さて、マルスハイムも最初から都市であった訳ではなく、かつての辺境伯が土豪や衛星諸国家と苛烈なドツキ合いを延々繰り返していた時に軍事拠点として城館を新設し、その後は戦が収まるにつれ必要に応じて発展したり、人が集まって都市という形になった済し崩し的に成立したものだという。
因みにマルスハイム城館には一つ面白い逸話がある。
なんと一夜にして丘と共に現れたというのだ。
遠く離れた分かれ道から見渡したから分かるが、この近辺は地平線が弧を描くだだっ広い平地であり、その真ん中に緩やかな丘陵が存在するにしては些か不自然な地形をしている。
そして、広い平地であり同時に交通の便もいいとなれば、この地が会戦地として選ばれることも多かったのだろう。
斯様な地に城を建てられたなら、どれほどの戦略・戦術的優位を保てることか。
かつての辺境伯も同じ事を思ったのか何度も築城を試みるも、当然土豪も此処を抑えられるのは拙いと分かっているため妨害するし、自分達をも建てようと試みるので泥沼の築城合戦が繰り返される。
物的・人的両方の資源を大量投入し合ってがれきの山だけを作るという人類特有の徒労を重ねつつ、ある辺境伯が奇策を思いつく。
現地で物を用意して建てるから時間がかかるんだから、前もって作ってきゃいいんだよと。
辺境伯は自領の経済が傾きかけるほど全力をかけた乾坤一擲の作戦に打って出た。大量の土砂を集め、城を建てる材料を組み立ててあらん限りの荷馬車を集め、他領に頭を下げて造成魔導師を二桁単位で結集させる。
そして多少の脱落を構わぬ神速で平原の中央、戦略の要衝に無理矢理に丘を作り、城をどかんとおっ建ててみせたのだ。
私はこの時思ったね。また同郷人が何か入れ知恵でもしたのかなと。
一夜にて城が建ったというのは、後生に伝わるにつれて話が膨らんでいった、いわゆるフカシに違いない。最初は丘の上に簡易陣地が築かれた程度に過ぎないのだろうが、それでもアドバンテージとしては凄まじかった筈だ。きっと、一夜にして丘と陣地が出来上がったことに土豪側の指揮官は頭を抱えたことだろう。
そんな歴史浪漫溢れる街に行くと思うと実にテンションが上がる。丘の上の城館は高い壁に守られ、周囲に広がる市壁と胸壁の高さがまちまちで、しかも修復跡で一部がモザイク模様になっているのが実に“らしい”雰囲気を醸していて素晴らしい。
屋根瓦も建物の高さや色も帝都と違って画一的に揃えられてはおらず、うるせぇ整える金なんて何処にあるんだよ、という実務的な理由が窺えて面白いな。
門に集まっている大勢の人々も私の興味を惹いた。極地以外のどこにでも居るヒト種は言うまでもなく、魔種や亜人種も多様に行き交い様々な荷や装束で目に楽しい。帝都ではあまり見なかった肌色のヒト種や見たこともない亜人種もいるな。
おお!? あの荷車から上半身をはみ出させているのは 人魚(ローレライ) じゃないか。水を溜めた荷車を人足に引っ張って貰って移動しているとは実に興味深いな。というより、どうやってここまで来たのだろう? 川を泳いできたとなると、海水でも淡水でも問題なく生きていけるのだろうか。
おや、一瞬目の錯覚かと思ったが、門で入市の手続きをしている衛兵は 四腕人(ヴィアマン) かな? 肩の関節から上肢が枝分かれして二対四本の腕を持つヒト種の近縁にある人類種なのだが、帝都では見たことがなかった。元々は蜘蛛人と同じく南方の出だというから、移民なのかもしれない。槍を持ったまま用箋挟み片手に入市希望者を捌いている姿は、二本しか手がない身としてはちょっと羨ましくもあった。
あっ、あそこで馬の代わりに荷車を引いているのは 馬肢人(ツェンタオア) か。ケンタウロスと呼びたくなるが、ギリシアの神話に現れる蛮族か天才かの二択種族とは異なり、大陸中央で遊牧生活を営む亜人種だ。東方征伐戦争においては、文字通り人馬一体の騎馬戦術で大いに帝国軍を悩ませたと軍記物で非常に高く評価されていたので良く覚えている。
帝都の賑やかさもよかったけれど、この統制されていない賑やかさは実に心が躍る。全く新しい地方を開拓するサプリメントをページをめくる様な心地になれるから素晴らしい。未知に驚き機知に塗り替え、そこに馴染んでゆく愉悦は旅をしなければ味わえない人生の甘露だ。
そして、その甘露に酔っているのは、どうやら私だけではなかったらしい。
丘を降りるまではお姉さんっぽく振る舞って先を促してくれたマルギットであるが、背中の彼女も今や静かになっている。細かく体が動く気配が伝わってくるので方々へ視線を彷徨わせているらしく、お上りさん気分を共有できているようだった。
「すごいね」
「ええ……すごいわね」
試しに話しかけてみれば、返って来たのは彼女らしからぬ等閑な返事だった。
故郷の近くにある古都に行ったことがあるとは言っていたけど、趣が随分と違うだろうからな。驚くのも無理はないか。
カストルに跨がり都市に近づくにつれ、なんとなく人の流れが分かってきた。商人らしい格好の人々は南門に。荷物を担いだ軽装の人々、恐らくマルスハイムの市民は北門へ。そして傭兵や冒険者と思われる鎧櫃や得物を担いだ面々は西門に向かっているようだ。
きっと帝都と同じく門によって役割が別れているのだろう。やってくる人によって衛兵の対応も変わるだろうから、効率を考えているのだろうな。
とりあえず私達向けであると思われる方へ馬首を巡らせてみれば、列の長さは結構なものだった。鎧を着込んだままの者もいれば、気楽な旅装姿の人間も混在する列からは何ともなしに剣呑な雰囲気がする。ようよう観察してみれば衛兵も他の門より立っている数が多いし、立ち姿からして練度が高い者が配置されているように見えた。
きっと斬った張ったで商売している連中だけあって血の気も多かろうし、なにかと争いが絶えないから備えているのかね。ちょっとした喧嘩から乱闘に発展されたら迷惑この上ないだろうからなぁ。
「なぁ、坊主」
急に下から声が飛んできたので何事かと目線を下げれば、そこには禿頭の大男が立っていた。まるで軽い荷物でも引っかけるような気軽さで重量感のある鎧櫃を担ぐ彼は、端的に言うと実におっかない風体をしている。
言葉を選べば凶相の偉丈夫、悪く言えば柄の悪いチンピラといったところか。
私より頭二つ分以上は高い上背に子供二人を重ねたより分厚い胸板、その上に角張った……かなり柔らかく表現しても悪党顔とした形容のしようがない顔が乗っかっている様は中々に威圧感がある。割と失礼な感想だが、キモが太くない子供なら泣くか逃げるかするに違いない風体であった。
「いーい馬だな、なんてぇ名だ?」
ただ、外見の恐ろしさに反して振られた話題は実に穏当なものであった。厳めしい顔を喜色に歪め、彼はカストルとポリュデウケスを実に楽しそうに見定めている。二頭とも不快そうにはしておらず、悪意を感じ取ってはいないらしい。
「私が乗っている方がカストル、向こうがポリュデウケスです」
それに如何にも主人公に喧嘩を売って蹴散らされてしまいそうな風貌にも拘わらず、私も悪い人のようには思えなかったのだ。物腰は穏やかで、口調こそ荒い下町調なれど下卑た感じではない。
どちらかというと競馬場に居る気の良いおっちゃん、といった風情だ。
「異国語か? あんま聞かねぇな。だが響きはいい、勇ましいじゃねぇの」
うんうんと納得したように頷き、やっぱ雄馬はそうじゃなくちゃなと呟く。こうなるとますます競馬好きのおっちゃん感が増してくるな。今まで馬のことで話かけてくる連中は、みな盗人ではなかろうなだとか、幾らなら売る? とか言ってくる慮外者ばかりだから実に新鮮であった。
「馬体はちと太ぇが締まった太さだ、こいつぁよく走るだろ?」
「ええ、荷を乗せても馬車を牽かせても帝国一ですよ」
「だろうなぁ、首差しもすっとしててよぉ、いい男ぶりじゃねぇのよ」
首差しというのは馬の首つきの状態のことで、馬に馴染んだ者が使う専門用語だ。馬の速度は馬体もあるが首の形に良く出るもので、目利きが馬の善し悪しを図る判断基準の一つとして重きを置いている。
「いい馬だ、傭兵をするにしても冒険者をやるにしても、よく応えてくれんだろうよ。大事にしろよぉ?」
「ええ、それはもう。分かちがたい仲間ですから」
私の言葉を聞いた彼は「ほぉ?」と喜色を強め――より凶暴さが上がったようにも見える――心底愉快そうに笑った。
「大した心がけだな坊主、気に入ったぜお前」
呵々と大笑しつつ、彼は太い手を伸ばして私の肩を揺すってきた。背中のマルギットが嫌な予感を察知したのかさっとカストルの尻へ飛び退くのが分かる。
するとどうだ、ぐわんぐわんと凄い勢いで揺すられたではないか。ちょっ、まっ、力つよっ!? 体幹が弱い子供だったら首いわすぞこれ!?
「で! まだ若ぇが……おめぇ、色はなんだ?」
「色?」
軽く痛む首を押さえながら問い返せば、大声で笑っていた男は打って変わって憮然とした顔で私を見返してきた。呆けた顔で冒険者で色つったら一つしかねぇだろ、と言われて思い返す。
ああ、そうだった、冒険者の同業者組合は色で冒険者を格付けしているのだった。
最下層は煤黒から始まり、順に紅玉、琥珀、黄玉、緑青、青玉、瑠璃と光の波長が短くなるにつれて高位に至る。最高位は確か紫檀であり、皇帝にしか許さぬ禁色と同じだけあって、名誉称号の一つであったか。
なんか覚えのある色分けだよなぁ……。
破綻した理想郷への郷愁とオゾン臭漂うレーザーの光が脳裏に浮かぶが、まぁ単なる偶然の一致――或いは同郷人のお遊び――だと思うことにしてスルーしよう。
「いえ、私達は今から冒険者になりに行くんです」
「ええ、ですから無位無冠でしてよ?」
事情を説明し、現金なことに肩を揺すられる危険性が去ったからか背中に帰って来たマルギットがそれに続く。すると男は随分と驚いたのか、小さな目を見開いて私達を上から下までじろじろと見てくるではないか。
「なんだ、じゃあお前さん冒険者として荒事の経験はねぇってのか?」
「そうですね。一応、初陣は済ませてありますけど」
嘘は言っていない。うん、結構な修羅場は潜ってきたけど、冒険者としては完全なる初心者。誰憚ることなく胸を張ってLv1ファイターです! と主張できる。きっとどんな門番でも指を指して「ヨシ!」と通過させてくれるに違いない。
「それでコレか……」
感嘆の色が滲む重い呟き。彼は微かに俯いて顎に手を添え、暫し考え込んだ後にこう告げた。
「冒険者になるってんなら、組合の施設は目抜き通りを抜けた先、アードリアン恩賜広場に面してるぜ」
組合の場所を親切にも教えてくれるとは。衛兵に小銭を握らせて案内させてもらう手間が省けてよかった。前世と違って初めての街を彷徨くのは中々にリスキーだから、目的地が分かるというのは本当に有り難い。
「ご丁寧にありがとうございます。何分田舎者でして、地理に明るくないのです」
「田舎モンって言うにゃお前さんは丁寧にすぎらぁ、良いとこのお坊ちゃまみてぇだぜ。ま、ナリだけ見てりゃってところだが」
大男は考え込んでいた時の難しそうな顔を一瞬で消し去り、凶相なれど人の良さそうな笑い声を上げる。しかし間近で聞いているというのもあるが、腹にズンと響く声だな。油断のない立ち姿、見るからに使い込まれた鎧櫃、布で覆われた大きな長物はシルエットから察するに戦槌か戟であろうか? 全ての要素が前線指揮官として極まっている印象を受けた。
正直言って、かなり強いと思う。どの程度かは戦闘態勢に入って貰わねば、私程度の観察眼では正確に量ることはできないけれど……体感だとロロットを助けた洋館の巨鬼に勝るとも劣らずといった具合だろうか。
やっぱり地方には強者が多いのだろうか。都会には上澄みが集まってくるが、地方は実地で錬磨する機会もあろうから必然荒削りの勇者が増えるのやもしれない。
「んでな、登録が終わったら子猫の転た寝亭ってぇ酒保だな、あばらや通りにあるから来てみな」
「子猫の転た寝亭ですか、随分と可愛らしい名前ですね」
「まぁな、だが酒保は名前じゃねぇよ、出す飯と酒、あと寝床の質さね。あばらや通りってぇのは組合ん広場から一本北の通りに出て、西に真っ直ぐ行きゃぁいい。ちぃと市壁のせいで入り組んでるが、すぐに分かると思うぜ」
単にお勧めの酒場を紹介してくれている……という風情ではないな。人の良さの中に計算が見える。偉そうな物言いかも知れないが、粗野なれど愚ならず、か。
「陽が傾く頃に行きゃあ、フィデリオっつー男がいるはずだ。そこらの客に聞けば直ぐにわからぁ」
「フィデリオ氏、ですか。その人が何か?」
問えば、彼はにやりと口の端をつり上げて答える。
「この界隈で冒険者やるんなら、一遍は挨拶しといた方が良い人さ」
あ、ふーん、そういう……。
色々な物を察していると、後ろから柄の悪い怒号が飛んできた。列が前に進んでんだから、でけぇケツ退けてさっさと進めと怒られてしまった。
「ヘンゼル! わけぇのたらし込んでんじゃねぇよ! はよ進めや」
「おっと、わりぃなネッケル! 存在が小さくて気付かなかったぜ!」
「ぬかせ、てめぇがでけぇだけだろ! お袋と親父のどっちが巨人だっけか!?」
お上品さとは皆無の雑言の応酬。されども剣呑さは全く滲まず、気心がしれた間柄でのやりとりだと分かる。普通であればヤッパを抜いて血を見ねば終わらぬ事態に発展しそうな言葉も――こと三重帝国において、母親の侮辱は決闘沙汰にもなり得る――ここではコミュニケーションとしてなりたつのか。
前世においては郷に入っては郷に従え、今世では彼の地に馴染みたくば彼の地の水を呑めともいうし、私も少しは馴染めるよう煽り技能を磨くべきだろうか。
それはさておき、言わずと知れた新人への洗礼イベントの匂いがするけど、あんまり嫌な気はしないんだよな。なんでだろうか。単に彼の言葉が上手いのか、それともまた別の意図があるのか。
というか、ヘンゼルってまた可愛らしい響きの名前だなぁ、全く顔に似合わず。
私は列を進みながら、ヘンゼル氏についでとばかりに聞いた。
良い厩があるなら、そこも紹介して欲しいと…………。
【Tips】冒険者の同業者組合は神代に属が異なる神々の合議により制定されたが、現代では緩い連帯が形骸的に残るばかりである。