軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

青年期 十五歳の冬

冬の訪れはいつも慌ただしさと反して酷く冷たいものである。

気を張る年貢を乗せた馬車の見送りを終え、年に一度の楽しみである収穫祭も過ぎ去った荘は静かに来年への支度を終えていた。

集めた薪を暖炉やストーブへくべ、綿を入れた服の内で身を縮こまらせながら春を待つ。模範的な荘民は冬は家へ引き籠もり、無聊を慰めるように内職に精を出すもの。

ただ、自警団だけは冬でも仕事があった。いや、むしろ秋口から冬にかけてが頑張りどころといえよう。

秋は収穫を狙った盗人から野盗、冬は巡察吏が減るのを良いことに越冬場所とタカる相手を求めた傭兵団。荘にとって最も好ましくない連中が寄り集まってくる時節だ。

故にランベルトは配下を連れての見回りを自警団長となって以来欠かしたことはないし、今後も足腰が動く限り欠かすつもりはなかった。どれほど冷え込もうが櫓にも人は置くし、この辺りでは珍しい雪が降っても構うことはない。

寒いだの雪が降っているだので戦争が終わらないのと同じく、悪党共も天気が悪いからとサボってはくれないのだから。

そして、そんな自警団を助けるのが予備自警団員であり、他に戦う術を知る者達である。

ケーニヒスシュトゥール荘の猟師はその日、巡回の役目を割り当てられているため普段より幾分早く目を覚ました。綿入れの防寒具を着込み、環境適応力に高いヒト種に比べて寒さに弱い身を守る。虫や節足動物の形質が混ざる者達にとって、これ程の低気温でも普段と差して変わらぬ身軽さで動けるヒト種は驚嘆に値する。

寒いから暖炉の側に居ようよと文句を宣う体に鞭を打ち、弓を背負って家を出る。

冷えのあまりに疝気で腹や関節がみりみり痛むのを押して仕事をするのは、荘のためというのもあるが一つの予感があったからだ。

昨日は不思議と愛用の装飾品が五月蠅かった。風も吹いていないのに、ことあるごとにちりりと揺れる。

こういう時は良いことが起こるのだ。良くないことが起こるとき、助けるように鳴るのとは違った音がしていたから。

猟師はいつも通りの道を通って巡回する。漫然と廻るのではなく、以前と違った所がないかを入念に調べながら。

自然の全ては彼女の味方である。何かに触れて折れた枝、乱れた落ち葉、残される足音。物静かな好敵手達と違って人間は分かりやすくていい。人類種であろうと亜人種であろうと魔種であろうと、みな歌いながら歩いているようなものだ。

荘に変わった所はなかった。早速誰ぞかが風邪を引いたといった噂が聞こえた程度で平穏そのもの。道にもおかしなところはなく、何者かが遠巻きに荘を観察しているような気配もない。

世は事もなし、神々は今日も天にありまし。そんな風情の一日であった。

木の上に陣取って簡単な昼食を取りながら、猟師はアテが外れたかと小首を傾げた。自分の予感は中々に当たると自負しているし、耳飾りが鳴る時はもっと確実だというのに。

まぁそんな日もあるかと自分を納得させ、空いた午後を鳥か兎でも捕って小遣い稼ぎに使おうかと思っていると鋭敏な感覚が一つの気配を拾った。

地平の向こう、秀でた目と樹上の高さというアドバンテージがあって漸く見える遙かに影がある。ゆっくりゆっくり近づいてくるそれは騎馬だ。

妙だなと猟師は密かに意識を切り替えた。冷え込む冬は旅をするには不適切な時期というのは言うまでもなく、そして南へ向かう隊商はすでに多くが三重帝国を出ているであろう時期。隊商が放つ斥候ということはあるまい。

なればアレはタカるのに丁度よい荘を見定めに出た傭兵の斥候だろうか。

いや、その線も薄そうだった。シルエットからして馬上の人は単独であり、馬の鞍に括り付けた背嚢は身軽さが肝の斥候が使う物ではない。傭兵であれば担いでいるであろう長柄の得物もなく、兜はおろか胸甲すら纏わずやってくるとは思いがたい。

ましてや空馬にまで荷を乗せた単独行の傭兵など何処を探しても見つかるまい。

となれば時節も関係なく出歩いている旅人か、遊歴の武芸者、あるいは火急の用があって街道を行く貴人の遣いか。いずれにせよ警戒する必要はないかと気を緩めた瞬間、風も吹いていないのに耳飾りがちりんと揺れた。

あれからもう三年にもなる。初めて開けた耳飾り以外にもピアスが増え、幾つもの装身具を纏うようになったが、この特別な耳飾りが鳴る理由は二つだけ。

一つは身の危険が迫った時。

そしてもう一つは出がけにも思ったが……。

騎影が近づいてきて騎手の姿が鮮明になるにつれ、猟師の心が高鳴った。

ヒト種としては大して背は高くない。ただ鞍上にあっても安定した体からは錬磨された武の臭いがした。

また、冬の冷え冷えとした陽を浴びて輝く髪が目映い金色であることが分かる。穏やかな春の陽のような色合いの髪を知っているような気がする。

いや、知っている。あの騎手を猟師は確実に知っていた。

急かすように耳飾りが鳴るのが早いか、はたまた感極まって別の木に彼女が飛び移るのが早いか、兎にも角にも居ても立っても居られなくなって猟師はその身を全力で駆けさせていた。

あの姿を自分が見間違うはずなど、仮に天地がひっくり返ってもあり得ないのだから。

昔よりずっと洗練された身のこなしで樹上を渡り、そして気配を殺す。最近は母親でさえも読みづらくなったと言う殺気の殺し方は、今となっては臆病な山鳥でさえ素手で捕まえられる領域に至った。

ああ、やはりだ。すっと体の中心に一本の筋が入った立ち姿は変わらない。年月相応の成長はしているが、間違いようがない。

猟師は全力で駆け、そして最適の地点を見繕うと身を潜めた。

そしてじっと待つ。種に備わった本能に従っての狩猟方法を忠実にこなすため。

彼我の距離は五〇歩を割った。弓で狙うなら必中の距離だが、飛び道具ではいけない。別の意味での“飛び道具”ならまだしも、ただの矢ならば一刀で切り払われるだろう。

狙うは一撃。ヒトの上背の倍ほどある高さから舞い降り、一撃で決める。

不安は全くなかった。普通であれば、これ程の高さから飛び降りてぶつかれば相当に身軽でも多少の怪我は覚悟しなければならない。不安定な鞍上の獲物に飛びかかるなら尚更だ。逆撃を受けて吹き飛ばされようものなら命にも関わってくる。

だとしても猟師には不安を抱くという発想すらなかった。

ただの一度でさえ、彼が自分を受け止められなかったことはないのだから…………。

【Tips】旅人も冬場は旅籠や何処かの荘に腰を据え無駄に出歩かないようにするか、雪が降らぬ南方へ逃げる。そして働きにくくなる冒険者や傭兵達も習性は変わらない。

三重帝国の南方で雪が降るのは実に珍しい。

帝都への出立までに荘を出たことなどなかった私には、見慣れた景色が近づいてくるという感慨こそなかったものの、珍しい出来事に少し心が躍らないでもなかった。

ただまぁ、実家の面々からすると暖炉に火を熾さねばならぬ時間が増え、燃料費が高騰すると疎ましいだけであろうが。

ぷかりと一つ煙を吐いて、さてそろそろ麗しの故郷かと感じ入る。

豪雨の朝に帝都を発って早二月、あれからいろいろあった。

野盗に絡まれたり、野盗まがいの傭兵に絡まれたのでチンピラを五人ほど蹴散らしたら熱心に勧誘されたり、旅の武芸者に若道物が大層な剣ばかりぶら下げてとディスられたので喧嘩を高値で買い取ってやったり。

護衛の内輪もめで立ち往生した隊商を助けて代わりに雇うと強く誘われるなんてこともあったし、冷やかしで参加した武芸大会で「弟子にしてくれ!」と妙になついてくる同年代に捕まったりもあったな。

勧誘なんぞから苦労しながら逃げおおせたと息を吐けば、今度は路銀稼ぎで受けた護衛仕事が実は全くの嘘で、貴種の娘さんが衝動的にした駆け落ちの幇助だったというオチで、そりゃああもうハチャメチャな目に遭ったのが今旅程最大のイベントであろうか。

結果的には一度も会った事がなかったが熱心に追いかけてきた婚約者の騎士――尚、結構な好青年の彼は普通に誘拐だと心配していたらしい――に一目惚れして帰って行ったので、あのクソアマは私直々に痛い目に遭わせてやろうかとキレそうになったのも良い……良い……いややっぱクソだわ。

私史上で一〇指に入るクソ単発イベントだったわ。流石にコイツを良い思い出に昇華できるほど人間できてねぇわ。チケットを配らなきゃGMをぶん殴っても神から許されるほどのクソイベントだった。

週一くらいの頻度で斯様なイベントに巻き込まれて疲れ果てる嵌めにあったので、やはり私は何かに呪われているのではなかろうか。出立した頃は、存外なぁーんにもなくてつまらねぇ道のりになったりするだろうなぁと暢気していた自分に「心配はいらねぇぞ」と文の一つも送ってやりたくなる。

そんなストレスのせいもあってか、煙草の煙にも二月で随分馴染んできた。今呑んでいるのは喉に良い成分の魔法薬を浸透させたものだ。この時期冷え込んで空気が乾くため、昨日は寝さしに少し喉が痛んだのである。

吸い始めから煙に馴染むまでの時間の濃密さはさておき、私は故郷に帰参しようとしている。十二歳の春から数えて随分と長くなった。丁稚としてご奉公する期間とみれば大したこともなかろうが、若い内の三年とくれば大したもんである。

ほんと、年食ってからの一年と若い頃の一年は違うからな……。

煙草も燃え終わり喉の調子も良くなったので――一服して喉が良くなる違和感には未だに馴染めんが――煙管の始末をし、街道の調子からそろそろ到着かと居住まいを正そうかと思っていると……。

首筋にほんの微かに違和感が。

本当に微かな違和感。重く低く、そして鈍い殺気はアグリッピナ氏の使いっ走りをしていた頃に何度となくかち合った、棍を操る百足かヤスデの亜人種の刺客が向けてきたものだが、これはそれよりも尚薄い。

獣にでも見られているのを勘違いしたのかと首筋に手をやろうとした瞬間、懐かしい感覚がした。

腰から首筋までを撫で上げていく心地よい寒気。

ああ、私はこれを知っている。そして、これの後に続く物は……。

気配に反応して馬首を巡らせようとするも、ほんの数間であるが私の反応の方が遅かった。首筋に手がかかり、背後から体を抱きすくめられる。首に手が回り、胴は細く堅い甲殻に覆われた多脚で捕まれる。

死んだ。リアクションに失敗し、手を打たなければ首を狩られる。

だが別にもういいのだ。

「つぅかまぁえた」

こんな“挨拶”で私を出迎えてくれるのは一人しかいないし、首根っこはもう捕まれているようなものなのだから、抵抗したって仕方がないだろう?

「……これで黒星が幾つだったかな?」

「あら、お忘れになったフリがお上手ね。覚えているんでしょう?」

吐息に混ぜて呟いた回数は、機会を図っていたように呟く彼女と同じ物だった。

「ただいま……マルギット」

「ええ、おかりなさい、エーリヒ」

首に回された小さな手を取り万感の意を込めて帰参の言葉を口にすれば、響くように出迎えの言葉が返ってくる。そして、捕まれているのに全く痛みを感じない軽妙な身のこなしで、彼女は私の前に回ってきた。

何も変わっていない、記憶のままの姿をした彼女がそこにいる。

丸みを帯びた可愛らしい童女と見まごう顔つき。ヘーゼルの瞳は溌剌と輝き、よく手入れされた二つ括りの髪の側では飾りにも似た蜘蛛の目が光る。小柄な体躯は綿を入れ暗色に染めた蜘蛛人の狩人装束を纏ってこそいれど、彼女は何も変わっていない。

「見ない間に美人になったね」

「あら、お口の上手なこと。貴方も男ぶりが上がりましたわね」

だけど前にあった時より大人びているように思えた。見た目はランドセルを背負っていても変ではないのに、纏う雰囲気は自立した大人のそれ。私がいない三年の間に彼女も成人し、家業を立派にこなしてきたのだろう。働いている大人が漂わせる、余裕ある風格が確かにあった。

ちりんと揺れる耳飾り。何やらゴチャゴチャと増えたピアスの中で、一つだけ異彩を放つ愛らしい少女用の桜貝の耳飾りに心がとろけるような心地になった。

伸びた髪を掻き揚げて耳を晒せば、彼女も同じような気持ちになってくれたのだろう。微笑みを浮かべ、荘を離れる前にしていたように胸元へ顔を預けてくれる。頑丈さにのみこだわったリネンの旅装なので、柔らかそうな頬に悪いのではとの心配も余所に彼女は心地よさそうに笑っている。

「でも、お互い変わってなくてなによりね」

「ああ、何よりだ」

笑い合っていると跨がっていたカストルが「さっきから人の上で何やってんだよ」と言いたげに嘶いたので、少し後ろに座り直してマルギットにも跨がって貰った。

「立派なお馬ねぇ、まるでお貴族様」

「こんな安っぽい旅装の貴族がいるものかねぇ」

「そう? 吟遊詩人の詩に出てくる遊歴の旅に出た御曹司はそんな風情よ? とっても素敵」

こうも素直に褒められると面映ゆくて変な笑いがでそうになる。意識を張ってきちんと気を引き締め、腕の中にある幼馴染みと故郷に着くまでとりとめもなく話をする。

「なんだかとても大人びましたわね、エーリヒ」

「そうかな」

褒めて貰えると嬉しいが、実はこれにはちょっとしたトリックが。うん、必要になるかなと思って一年で貯めた熟練度でちょっと特性を色々つまんだのだ。<交渉>を<円熟>に上げるのを始めとし<染み入る声音>や<鶯声>などの話調子を良くする安い特性を重ね取りして、話していて心地よい交渉上手を狙ってみた。<カリスマ>だの<指導者の才覚>だのの目に見えて分かりやすいのは高価な上、別に軍勢を率いるわけでもなし、そこまではいいか……と思ったが故の選択だ。

「ええ、とても。まぁ、思ったよりも貴方が小柄なままで嬉しくもありますけど。飛びつきやすくてなによりですわね」

「ぐっ……」

言われちゃったかー……これ、薄々気づいていたけど、私なんでか小柄なんだよな。おかしい、幼少の頃に「よぉし、上背は一八〇cmくらいのマッチョになろう!」と熟練度を割り振ったはずなのだ。

なのになぜか小柄なまま。システムにエラーかバグでも起きてんのか。いや、まだ一五といえば中学生くらいだから、一八にもなればもっと伸びるさ。うん、大丈夫大丈夫……。

「それにしても、きっとみんな驚くでしょうね」

「そうかな。まぁ、確かにちょっと驚かせたかったから黙って帰って来たってのはあるけどさ」

「ええ、とっても驚きましたもの。みんなもきっと驚きますわよ? それこそ、二回目の収穫祭が始まるくらいに」

大げさだなと笑っている中、漸く故郷が見えてきた。終い仕度が終わった畑、遠くを見晴らすための櫓、そしてポツポツ立ち並ぶ家。全て遠く離れ、何度も愛おしく思った光景。

ああ、ついに私はここに帰って来たのか。

「あらためてお帰りなさい、エーリヒ」

「ん……ただいま」

帰るところがあるというのは、本当に良いことだ。

私は帰ってきた。麗しの故郷へと…………。

【Tips】各行政官区間には関所が設けられており手配されるような悪漢の出入りや禁制品の輸出入を厳しく見張っており、人の自由にも制限がある。

しかし、それらは全て貴種がしたためた通行許可証さえあれば無いも同じである。