軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

懺悔

教会の片隅に四角い板で囲われた空間がある。

形状は教会によって様々なのだが、ここの物はシンプルで飾り気もほとんど無い。清貧を旨とする神父が選びそうなデザインだ。

長方形の箱には入り口が二つあり、中の大きさは大人が二人入れるかどうか。

その箱に迷わず入っていく。中には小さな椅子と正面に壁とカーテンが設置されていて、壁の向こう側に人の気配。大柄の男性が一人。

相手から見えていないのは承知の上で胸の前で手を組み、少しだけ頭を垂れた。

「迷える者よ。貴方の罪を告白してください」

心に染み入るような穏やかさで重厚感のある、聞き慣れた低い声がする。

ここは懺悔室。迷える信者が抱えきれない罪を告白し、神に許しを求める場。

自分のような者は場違いだと自覚しているが、どうしてもここで告白しなければならないことがあった。

「私はとても大きな罪を犯してしまいました。とある友人を利用して――実験していたのです」

「穏やかではありませんね。ですが、貴方が悔い改めるのであれば、どのような罪でも神はお許しになられます」

神父の優しく諭す声が懺悔室に響く。

「本当でしょうか。それが人の道に反することであっても?」

「告白を」

肯定も否定もされずに話を促された。

これを告げるのには抵抗がある。だけど、話を続けるしかない。

「とある方が女性関係で悩んでいまして、そこで私は力を貸したのです。結果、彼と彼女の関係は少し改善されました」

そこで一息吐いて相手の反応を確かめる。

カーテンの向こう側で頷いたのが伝わってきた。

「話はそれで終わらずに、更に別の女性が現れ彼は再び苦しむ羽目に。そこで私も再び助力してなんとか乗り越えたのですが、またも面倒を持ち込む女性が」

「その方は女難の相があるのでは」

「私もそう思います」

神父に思うところがあるのか、心から同情する声に俺も本音を返す。

本当にその通りだと思う。俺のせいも若干……それなりにあると思うが、本人の資質が大きい。

「しかし、彼は勇敢にも迫り来る困難に正面から立ち向かい、見事乗り越えたのです。その健闘ぶりには涙を禁じ得ません」

ハンカチで目元を拭う振りをしておく。

大げさで芝居がかっているのは狙ってやっているが、嘘偽りのない本音なのは間違いない。

「今のところ貴方が懺悔するようなことは無いように思えるのですが」

「いえ、話はここからなのです。実は――その方を苦しめる原因である女性陣にも相談されていまして。同情してしまった私は意志が弱く、女性たちにも力を貸してしまったのです!」

感情を込めて吐き出してみる。

「ほ、ほぅ?」

あっ、神父の気配が大きく揺れた。

何か引っかかるポイントがあったのか、動揺しているようだ。

「結果、その方を苦しめることになったことが心苦しく。神もその方も許してくれますよね?」

俺の問いに対し……返事がない。

どれぐらいの時が流れただろう。重い沈黙の後「はぁぁぁぁぁぁ」深いため息が漏れ聞こえた。

「貴方が行いを悔やみ反省しているのであれば、彼はきっとお許しになります」

「それを聞いて安心しました。色々とすみませんでした、神父」

深々と頭を下げて、心からの謝罪を口にする。

すると二人を隔てていたカーテンが開かれ、小窓の向こうで困ったように笑う神父と目が合った。

無表情であれば厳つい顔付きなのだが、常に柔和な笑みを浮かべているので悪い印象を与えることはない。

「貴方が彼女たちに手を貸しているのではないかと、薄々は感づいていました。なので、さほど驚きはしませんでしたよ。ですが、いざ告白されて動揺してしまうとは。まだまだですね、私も」

「すべて私が悪いので」

苦笑する神父に平謝りするしかない。

「しかし、話を聞いても疑問は深まるばかりで。私に苦難を与えても致し方ないのでは? それに実験という不穏な言葉の説明もまだのようですが」

訝しんで当然だ。客観的に判断すれば、ここまでの会話内容から実験に話が繋がらない。

ここは言葉を濁すことなく、真実だけを忠実に伝えよう。それがせめてもの誠意だ。

「実は――」

神父のスキルを鍛えるためにあえて、彼女たちを煽り、力を貸していたこと。

何故力が必要なのか、姉の存在、俺の生きる理由。自分の目論見もすべて告白した。

神父は黙ってすべてを聞き終えると、大きく息を吐く。

「つまり、要約すると……お姉様に抵抗するための力を欲していた、と。そして私の『理性』スキルの先があると考えたうえでの行動だった、と」

「その通りです」

姉と戦ったとき、一番厄介だったのが精神を揺さぶるスキルの存在。あれを防がなければ同じ事の繰り返しになってしまう。

なので、どうしても精神攻撃を防ぐスキルが必要だった。

唯一の望みが『理性』の先にある上位スキルの存在。確信はなかったがわずかな可能性だったとしても……俺は。

「自分の目的のために、私を利用していたと」

「返す言葉もありません」

ただ、肯定するしかない。

頭を垂れて裁決を待つ。

なじられようが、縁を切られようが、俺は結末を受け止めよう。それだけのことをしたのだから。

「神も私も貴方を許しましょう。黙っていればそれで済んだ話だというのに、勇気を持ってよく告白してくださいました」

顔を上げると、慈愛あふれる表情で微笑む神父がいた。

「そう言っていただけると心の荷が下りた気分です」

「後悔の念に押し潰されそうになっていたのですね。貴方の苦しみを癒やせてよかったですよ」

ほんと神父は出来た人だ。尊敬に値する。

心苦しいが、迷惑ついでにもう一つ。

「それで、ここからが本命なのですが、その進化したスキルを売っていただけませんか?」

「この『無の境地』をですか」

そう、神父には数日前に発生した新たなスキル『無の境地』がある。俺の予想を裏切らず、上位スキルへと変化してくれた。

過去、聖人と呼ばれた聖職者が所持していたと噂される、幻のスキル。

このスキルの効果は、悟りを開き、苦悩から解放される。つまり、ありとあらゆる精神に与えるスキルの影響を受けない。

これさえあれば、姉の精神攻撃を防ぐことが可能となり戦いを有利に運べる、はず。

前回の戦いを踏まえて、精神面の強化が課題の一つだった。

この『無の境地』があれば姉に対し、一歩優位に立てる。

「数日前から邪念や悩みが消え、心が軽くなった気がしていたのですが……やはり、このスキルのおかげだったのですね」

正直、この進化は賭けだった。それも自分が努力するわけでもなく、神父にすべてを負担させた他人任せの。

恨まれる覚悟はあった。だけど、神父ならきっと許してくれるだろう、という算段があったのは認める。――ほんと、人として最低だな、俺は。

「お譲りすることは構わないのですが、一つ問題がありますよね。『理性』が進化した、このスキルを失うと……私は欲望に耐えられるのでしょうか?」

おずおずと尋ねる神父の顔に浮かぶ感情は心配、の二文字。

無理もない。神父の周りには欲望を刺激するものがあまりにも多すぎる。

不安げな声に少し遅れて「ガタッ」という物音が三回聞こえた。音の発生源は懺悔室の壁か。

スキルの『聞き耳』を発動させて耳を澄ますと「はぁはぁはぁ」と興奮状態の荒い息が耳に届いた。それも複数の女性。

――その音は聴かなかったことにして、まずは神父の悩みを解消しないと。

「その点に関しては心配には及びません。スキルが進化する場合にもいくつかパターンがありまして。進化すると元のスキルが消滅するパターン。進化したスキルも元のスキルも残っているパターン。今回は後者ですので『理性』は保持したままです」

これが前者だった場合、懺悔室の壁に張り付いて聞き耳を立てている三人の女狩人に、神父は捕まってしまうだろう。

その結末は――言わずもがな。

「えー、残っちゃうの」「失われないのですか、そうですか」「攻め落とす好機でしたのに」

三者三様の呟きが微かに耳に届く。とても、とても、残念そうだ。

姿は見えないのに落ち込む三人の女性の姿がありありと頭に浮かぶ。

露出の多い格好をしたサキュバス。

体に貼り付くようなサイズの修道服を着ているシスター。

頭の大きなリボンが印象的なフリルの付いた可愛らしい服の少女。

きっと……いや、確実にこの三人が壁の向こう側に潜んでいる。

「それを聞いて安心しました」

ほっと胸をなで下ろす神父。

スキルを買い取っても状況が急変することはない。今まで通りの日々が続くだけ。

ただ、大きな懸念が二つ。

神父の『理性』が進化したのは想定通りだったのだが、『性欲』のレベルがここまで上がるとは。――まさかの三桁に届くなんて。

念のために『性欲』スキルは少し買い取ってレベルを落としておいた方がいい。

そして、もう一つの想定外すぎることが……。

まさか、まさか……シスターの『色気』『煽情』『魅了』スキルが統合されて上位スキル『蠱惑』に変化するなんて誰が予想できただろうか。

神父の『無の境地』に匹敵する幻のスキル『蠱惑』

このスキルは確か大陸の覇者であった王を誑かし、陰から操り、贅の限りを尽くしたと言われている女帝が所有していた伝説の……。

「どうされたのですか? とても苦しそうな顔をされていますが」

「い、いえ。苦蟲を噛みつぶしただけです」

すべてが終わり、この身が無事だったら直ぐに返しに行こう。

それまで、神父の貞操が無事であることを神に祈るしかない。