軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

世界地図

宿屋の一階にある食堂でいつもの窓際に陣取り、一枚の紙を机上に広げる。

その紙を覗き込むのは対面と隣に座っている、常連の面々だ。

「これは世界地図か。ふむふむ、中々精巧にできているようだが」

顎を撫でながら見た目に相応しくない言動をするのは、赤い髪が目立つ戦士のルイオ。

粗野に見える戦士風の格好をしているのに、その目には知性の輝きが宿っている。

それもそのはず、元は老賢者。今は若返っているが口調が変わらないので違和感しかない。

「ほほう、久々にこの大陸の地図を見たぞ。世界征服を目論んでいた頃は飽きるほど眺めておったのだが」

物騒な発言をしているのは劇団虚実の団長――は表の顔で本業……というか、本来は魔王。今はただの芝居好きで気の良い団長というイメージが強い。

本来は立派な角が額から一本生えているのだが、人間に扮しているときは角を消している。

「確かに作りは甘いですね。所々ディテールが甘い。ここも、ここもこのような形ではありません。まあ、今の人類にはこれが限界ですか」

地図の海岸線をなぞりながら大きくため息を吐き、厳しい意見を口にしたのは眼鏡をかけたメイド、アリアリア。

正体は俺よりも長く生きているオートマタ。

本当の姿は魔法金属で象られた人型で無機質な身体なのだが、メイド姿にハマったようで最近はこの格好ばかりだ。

「皆様、朝早くからお呼びだてして申し訳ありません。昨今、世界情勢が目まぐるしく変化しているので、今一度世界地図を見直して現状を把握し直そうかと思いまして」

この三名は俺の顔見知りの中で知識が豊富な面々。いや、豊富どころではない。知識量なら世界中で五本の指に入る逸材。

ルイオは世界各地にある図書館の本をすべて読み記憶。

魔王団長は魔王全盛期の知識と劇団として世界各地を回り集めた生きた経験。

アリアリアは古代人に作られたオートマタで、当時の莫大な情報を記録。

これほど頼もしい顔ぶれは他にない。

「まずは必要無いと思いますが、おさらいをしましょう」

この大陸は歪な楕円形で北部が二カ所少し飛び出ているような形をしている。

前に宿屋の従業員であるスーミレが世界地図を見て、

「角の先が折れたオーガの顔みたいな形をしているのですね」

と表現していた。言われてみれば、そう見えないこともない。

「我々が住んでいるのが杭の国ケヌケシブ。その町の一つ、クヤトワです。ケヌケシブはこの大陸のおよそ三分の一を占めています」

地図の上に指を滑らせ、国境線をなぞる。

大陸の真ん中から下へと広がっていき、海岸線まで到達している。

「首都から南西に延びている線は塩の道か」

ルイオが地図上の線を指差す。

「はい、そうです。道の終着点にあるのは漁村ミゲラシビです」

魔物専門家のセラピーが住んでいる場所で魚介料理が有名。

ちなみにこの国の南東部の端に俺の生まれ故郷の村……だった場所がある。

「ケヌケシブの国境線を越えた北西部には国名が書かれていないようですが? 以前は産業国が存在していたと記録にあります」

アリアリアの言う以前とはどれぐらい昔の話なのか。

「その空白地とケヌケシブの間に張り付くように半円状の小さな土地がありますよね。ここは傭兵の国ビタレ。実力主義で金さえ払えば腕利きの傭兵を借りることが可能です。一応、中立国ということになっていますが」

色々と胡散臭い噂がある国なのだが、今のところ他国に侵略をするような真似はしていない。

「そして、アリアリアさんが指摘した北西の広大な土地なのですが、ここは未開拓地になります。強力な魔物が跋扈しているので、どの国も迂闊に手が出せません」

未開拓地に面しているのは杭の国ケヌケシブ、傭兵の国ビタレ、そして……北東にある独裁国ダケシウ――姉の滞在している国だ。

「大陸の東部には多くの国が存在しています。北から、独裁国ダケシウ」

その名を口にすると三人の眉がピクリと動き、俺をじっと見つめる。

姉に関する事情はすべて話しているので思うところがあるのだろう。

ダケシウは周辺の小国を滅ぼして国土を広げている。国土が以前の倍以上となり、近隣の他国も警戒をして防衛力を高めているそうだ。

「ダケシウから南西に秘匿の国リチウ」

「最近まで民衆の前に姿を現さなかった女王が治めている国だったか。一度、劇団で訪れたのだが住民が生き生きとした良い表情をしていた。劇の反応も上々でな」

当時を思い出し満面の笑みを浮かべる団長。

治安も良く、経済も安定。おまけにケヌケシブとの強い繋がりもあって、金持ちの移住先として候補に挙がることも多い。

この国にはお得意様の一人である女王がいる。あのオンリースキル『透明化』を所有している裸の女王様だ。

「東部の海沿いには海洋国家ビウクワゲがあります」

この国の初代国王は元海賊で、世界中を荒らし回り手にした金銀財宝で国を興した。現在はいくつもの軍船を所有していて、海上戦では無敵だと噂されている。

「その両国に挟まれるように南北に長く延びているのが才気の国オルータ」

「ここに我の住居であるダンジョンがあるのだな」

表向きは魔王を封印しているダンジョンが家扱いなのか。

魔王を封印することで他国から評価されていて、勇者を目指す才能ある若者が集まる国でもある。

「そして最南端に都市国家シキウがあります」

「商売が盛んな国だとか。ミゲラシビにもシキウ出身の商売人がいるのですが、呆れるほどお喋りなので近づかないようにしています」

アリアリアは無表情なまま首を傾げてため息を吐いている。

俺が個人的に情報屋として雇っているマエキルがこの国の出身だ。口が達者なのは言うまでも無い。

「ざっと、このような感じですね」

「未開拓地が非常に気になります。ここは何処も所有していないということで間違いないのですか?」

アリアリアが好奇心を隠そうともせずに興味を示すなんて珍しい。

「そうですよ。ケヌケシブ、ビタレ、ダケシウが何度か手を出したようですが、ことごとく失敗しています。どの国も国境沿いに大きな壁や要塞を建造して、魔物が入ってこないようにするのが手一杯といったところです」

ケヌケシブの北部には壁が存在しない代わりに、巨大なラッカエ山脈がある。あれが天然の防壁代わりとなり魔物の流入をある程度防いでくれていた。

友人である無能者が住んでいた山だ。

俺は何度か未開拓地に足を踏み入れたことがある。あそこは魔境と呼ぶに相応しい場所で、そこら中に魔物の群れが存在し、すべての魔物が通常個体よりも強く苦戦する相手がいくらでもいた。

自分を鍛えるには良い場所だったので修行場として活用していたのだが、それでも入れるのは国境付近のみ。

その奥へ進もうとすると『直感』スキルが激しく反応して、全身が総毛立って足がすくんだのを鮮明に覚えている。

それでも、勇気を振り絞って奥地まで進もうとはしたのだが、死の気配を肌で感じ撤退を余儀なくされた。

今なら……いや、やめておこう。姉への対策にだけ集中するべきだ。

「なるほど。ちなみにですが未開拓地には珍しい魔物が存在していたりしますか? あと、奥に進めば進むほど強力な魔物が目撃されていたりはしませんか?」

「はい、その通りですが」

まるで訪れたことがあるかのような的確な質問を口にしている。

「やはり、そうですか」

腕を組んで「ピーピーガシャ」という小さな唸り声? 異音を上げている。

「どうかされましたか?」

「いえ、たいしたことではないのですが。以前、その場所には研究施設があったのを思い出しまして。そこはスキルと新種の魔物開発を主とした巨大軍事施設だったなーと」

「それは……たいしたことがあるのでは?」

ルイオと魔王団長が大きく頷いている。

「そうですか? やっていることは『自爆』『洗脳』『狂化』『痛覚麻痺』といった戦奴隷に付与するスキルや、魔物の品種改良をしてより凶悪で強いモノを生み出す、そんなありきたりな実験しかやっていませんでしたよ」

平然と話すアリアリアに対し、ドン引きしている二人。

俺は表情にこそ出していないが、二人と同じ気持ちだよ。

「つまり、未開拓地にいる魔物はその研究施設で生み出され、野生に返ったものだと?」

「逃げ出したのか放逐されたのかはわかりかねますが、おそらくは。生き物は飼い主が最後まで面倒を見なくてはならないのに、困ったものです」

そんな軽い調子で言っていいものじゃないと思う。

面倒なことをしてくれたものだ、古代人は。

「その研究施設は今も稼働している、ということはあり得るのでしょうか?」

「あり得ない、とは言えません。実際に我が家の施設は今も稼働していますので」

確かに。魔物好きのセラピーが住む家は研究施設に併設されていて、そこでは無数の魔物が飼育されている。魔道具も現存していて施設内で起動中。

「ただし、その施設を扱えるのはアリアリアのようなオートマタのみです」

無表情で胸を張っている。どうやら、自慢しているようだが声にも起伏がないので感情を読み取りづらい。

「研究施設が現存していたとしても稼働する方法がない、と」

「はい。アリアリアのようなオートマタを味方に付けていなければ、ですが」

俺の質問に対して即座に答えた。

「アリアリアさんはセラピーさんに仕えていますが、他のオートマタが他人に仕えることは珍しくないのですか?」

「回収屋様、それは違います。アリアリアは無駄乳お化けを利用しているだけ。仕えてなどおりません。ぷっ」

なんて口にしているが本心は別じゃないかと疑っている。それを指摘すると不機嫌になるのが目に見えているので黙っておくが。

「イリイリイのように人間に敵対するものもいれば、主の使命を忘れずに従うものもいます。我々も人と同じように個体差がありますので、悪意ある他者に手を貸す個体がいたとしても……不思議ではありません」

姉に協力するオートマタの存在。

姉単独の能力だけでも厄介なのに独裁国ダケシウを手中に収め、更に古代人の研究施設も利用しているとしたら。

最悪の未来を想像してしまい、目眩がした。

「どうした、回収屋。顔色が悪いようだが」

魔王団長が気遣ってくれている。

「大丈夫です」

大きく深呼吸をして心を整える。

「一度、その施設の有無を確認した方がよいかもしれませんね」

となると魔境と化している未開拓地に足を踏み入れることになるのか。入念な準備が必要になりそうだ。

それから、国際情勢や地図について大いに語り、この会議も終わりに近づいたタイミングでアリアリアが妙なことを口にした。

「ところで、もっと正確な地図はないのでしょうか?」

「これが最高級品でもっとも正確だと言われていますよ」

眠り姫から購入した逸品なので地図の正確さには疑いの余地がない。

そういえば、会議の初めにアリアリアが「作りが甘いですね」と言っていた。

「では、皆様には大陸の本当の姿をご覧頂きましょう」

アリアリアは机に広げられた地図を丸めて隣の机に置くと、じっと机の上を見つめる。

何がしたいのか理解できないが、黙って見守ることにした。

アリアリアから「ピー、トルルルルゥ」という妙な音が聞こえたかと思うと両目が輝きだし、その目から発せられた光が机を照らす。

すると、机の上にはさっきとは比べ物にならないほど詳細に描かれた地図が浮かび上がった。

まず、何よりも大きな違いは色がある。

海、森、山が彩られていて、本当に存在しているかのような細か過ぎる描写。

そう、まるで遙か上空からこの大陸を眺めているかのように錯覚してしまうほどの出来だ。

「こ、これはっ! まさか、こんなものがっ!」

「なんと、このように精密で美しい地図が存在したのか!」

ルイオと魔王団長は眼球がこぼれ落ちそうなぐらい目を見開き、地図を隅から隅まで凝視している。

俺は驚愕のあまり言葉を失っていたが、はっと我に返り地図を確認する。

細かすぎる。精密どころの騒ぎじゃない。上空から見た景色をそのまま切り取ったとしか思えない。

「これは衛星写真ですので本物と同じですよ」

アリアリアが説明をしてくれているが、そもそも衛星写真の意味が不明だし、二人はそれどころではないようで話を聞いていない。

「衛星写真がなんのことかわかりませんが、これは凄いですね」

もっと相応しい言葉があるのだろうが、驚きすぎて頭が回らない。

深呼吸を繰り返して何とか平常心を取り戻すと、今度はじっくりと地図を観察する。

俺の持っていた地図と決定的に違うのは海岸線の正確さだ。今まで信じていた大陸の形がこの地図とは違う。

大まかな形は合っているが本物の大陸はこのような形をしているのか。

スーミレが大陸の形を見て「角の先が折れたオーガみたいな形」と評していたが、この地図だとそのようには見えない。

だけど、何かに似ている。

俺はこの大陸の形に見覚えがあった。それが何か思い出せないもどかしさ。

「しかし、この大陸の形あれに似ておるな」

「団長もそう思ったか」

「アリアリアも同意です」

三人は同じ意見のようで顔を見合わせて小さく頷いている。

ちょっと待ってくれ。俺だけがモヤモヤした状態なのか。

自力で思い出したい気持ちもあるが、ここはわかった振りをして話を促そう。

「やはり、皆様もそう思いましたか」

と、したり顔で大きく頷く。

「ワシは本物を見たことはないが、医学書にあったものと似ておる」

……医学書? ヒントどころか謎が深まった。

「我は生で本物を何度もこの目にしてきた」

……生? 魔王団長は生で見る機会があった、と。

「そうですね、これは――」

アリアリア、もったいぶらずに早く答えを口にして欲しい。

「心臓の形です」

「あっ」

思わず声が漏れたので慌てて口を押さえる。

合点がいった。確かに言われてみれば大陸は心臓の形にそっくりだ。

引っ掛かっていた過去の記憶を今、思い出せた。

昔に魔物退治の依頼を受け、廃墟の砦で見た光景。

人間の心臓を好んで食べる魔物と遭遇した際に、人間の身体から引きずり出されたいくつもの心臓をこの目で見た。

確かに……似ている。

「こんな偶然があるものなのか」

「自然の驚異、というわけか」

二人が腕を組んで唸っている。

自然は時に人間の想像なんて及び付かない姿を見せてくれる。この大陸の形もそうなのだろう。

俺も二人と同じような格好をして考え込んでしまっていた。

「大陸の形については諸説あるのですが、こんな昔話があります。お聞きになりますか?」

俺たちを見てアリアリアが目を細める。

そんな意味ありげな提案をされて飛びつかない者がいるのだろうか。

三人の答えは決まっていた。

「返事は結構です。その表情が語っていますので。では、僭越ながら……昔々、遙か昔、まだこの大陸が存在してなかった時代。この世界には偉大なる創造神がいました」

神話時代まで話が遡るのか。

「創造神は一つの星を作り出したのですが、そこには海しか存在していませんでした。ですが、その美しい世界を創造神は気に入り、暇さえあれば眺めていたそうです」

創造神の話は国教でもあるハワシウ教がらみで何度か聞いたことがあった。

「創造神は新しい世界を眺めるのに夢中だったのですが、それを気に食わない女神が二人いました。女神ハワシウと女神イウズワです」

ハワシウ教とイウズワ教が崇める神か。

ハワシウ教はこの大陸に最も広まっている宗教で信者も多い。愛や正義を重んじる教義だ。

一方イウズワ教は欲望に忠実であれ、という教義なので冒険者や犯罪者に信仰者が多い。

「ある日、女神ハワシウとイウズワは創造主の奪い合いが悪化して大喧嘩になり、その仲裁に入った創造主を間違って殺めてしまったのです」

「「「えっ?」」」

思いもしなかった展開に思わず声が漏れた。

「その時に飛び散った創造主の内蔵や肉片がこの世界に墜ちて、大陸になったそうです」

「「「はぁ?」」」

なんだ、そのとんでもない昔話は。

ハワシウ教でもイウズワ教でもそんな話聞いたことがない。

「なので、内臓の形をした大陸がこの大陸以外にも存在しているそうです」

アリアリアが語り終わったが俺も二人も言葉がない。

昔話というのは荒唐無稽なものが多い。それは認めるが、それにしてもこれは。

「ちなみにこれは本当の話なのですか?」

「さあ。古代人とはいえ神話の時代を知る術は持ち合わせていませんので。ただ――」

「回収屋さん、お話は終わりましたか?」

「邪魔したら悪いですよ」

話を遮って乱入してきたのは宿屋の制服を着たチェイリとスーミレ。

「やっと終わったか」

「回収屋さんは最近アリアリアと親しくないですか? 私を置いてけぼりにして」

更に追加でやって来たのがクヨリとセラピー。

すっと隣に腰を下ろすクヨリ。

頬を膨らませてアリアリアに迫るのはセラピー。

みんなが少し離れた場所から様子をうかがっていたのは知っている。

さっきまでの雰囲気が一変して賑やかになった。

話の途中で腰を折ってしまったことを申し訳なく思い、アリアリアに目を向けるとスッと顔を寄せて耳元で囁く。

「どの時代でも痴情のもつれには気をつけた方が良いですよ」

俺を正面から見据え意味ありげに微笑んだ。