軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

英雄と殺人と

この街には他国にまで名を馳せる将軍がいる。

戦場では多くの敵を大剣で斬り捨て、どんな苦境に陥っても怯えることなく、嬉々として自ら戦場に赴く勇猛果敢な姿に、味方は勇気づけられていた。

その男は常に返り血に濡れた姿から〈紅血将軍〉と呼ばれている。

それだけであれば特に興味を示さなかったのだが、彼の逸話で一つ引っかかる点があった。

紅血将軍は戦い始めると常に笑みを浮かべているそうだ。

そして、ひとたび剣を交えた相手に対しては味方が残虐さに眉をひそめるほどに、何度も何度も斬りつける。

日頃は大人しい将軍が戦いの最中は高揚して性格が豹変するところから、何かしらの貴重なスキルを所有しているのではないかと予想していた。

その前情報を手に入れていたので、独裁国に行く機会があれば彼を訊ねようとあらかじめ決めていた。

会いたいもう一つの理由としては、この国では戦争を忌避したい反対派と、戦争を促進している賛成派に分かれているのだが、紅血将軍は積極的に推し進めているらしい。

元から戦好きだという話だったが、姉が裏で手を回している、もしくは繋がりがあるのではないかと疑っている。

等と考察している間に、気がつくと路地裏へと続く道の前に立っていた。

見知らぬ街でうろつくには相応しくない、治安の悪い場所に一人で足を踏み入れる。

街に入るまでは行動を共にしていた劇団虚実とは一旦別れ別行動をしている。彼らは王城に赴くことになっているので俺が同行するわけにはいかない。

変装をしているとはいえ、いくら何でも姉がいるかもしれない本拠地にぬけぬけと顔は出せない。

姉の特徴は伝えておいたので、魔王団長達なら貴重な情報を仕入れてくれると信じている。

「ここだと聞いたのですが」

自宅は不明で家族もいない独り身の紅血将軍は、酒場が集まるこの一帯での目撃談が多い。どうせすぐには見つからないので手当たり次第に酒場を覗いてみようと、一番近い店の扉を開く。

夕方でまだ酒を飲むには早い時間だというのに、酒場には数名の客がいる。

全員が扉の音に反応して振り返ると、俺をじろりと睨む。

歓迎していない雰囲気が即座に伝わってきたが、意にも介さずにカウンターへと歩み寄る。

口髭を蓄えたマスターらしき男がちらっと俺を横目で確認したが、声をかけることもなく黙々とグラスを磨く。

「こんにちは。とある人物を探しているのですが」

柔らかい笑みを浮かべて切り出したのだが、無反応。

マスターは次のグラスを磨き始めている。

「紅血将軍と呼ばれているそうなのですが」

「ここは酒場だ。酒を飲むところだ」

渋い声で淡々と口にするマスター。

酒か……。酒場で情報を引き出す時の基本だったな。

「では、ここで一番高い酒を皆さんに」

カウンター席に腰かけてそう返すとマスターがニヤリと笑い、酔っ払い共がグラスを掲げて感謝を示す。

これで少しは話を聞き出しやすくなるだろう。

急に口が軽くなったマスターから聞き出した話によると、紅血将軍はここの常連らしい。

やって来るのは決まって大きな戦いが終わった時で、大人しく寡黙に飲み続けているだけの人畜無害という印象らしい。

戦争がない期間は名を偽って冒険者や傭兵に成りすまして戦いに明け暮れている、との有用な情報も得られた。

自らを鍛えることに夢中なのか、それとも戦い自体が好きなのか。紅血将軍は何か目的があって戦い続けているのだろうか。

これ以上は耳寄りな情報を引き出せないと分かると、もう一杯彼らに奢ってから店を後にする。

何軒か酒場に足を運び情報収集をしてみたが、初めに訪れた酒場以上の情報はなかった。

「となると、冒険者ギルド。もしくは傭兵ギルドでしょうか」

まずは近い方の傭兵ギルドに足を運んでみたが、似たような噂話を聞いただけだった。

傭兵ギルドは今繁盛期らしく、戦争に向けて人集めに忙しいので一般の仕事は殆どないそうだ。

次に冒険者ギルドで話を聞くと、数時間前に紅血将軍らしき人物が依頼を受けたという話を耳にした。

その人物は顔に包帯を巻いていて人相が不明なのだが、愛用している武器の形状や体型から、紅血将軍であるのはほぼ間違いない。

怪しげな人物は数週間前から何度も依頼を受けているのだが、依頼内容が全て魔物の討伐。

どうやら本当に戦うことに執着しているようだ。これだけ戦うことが好きな人物は俺の知り合いではチャンピオンぐらいじゃないだろうか。

チャンピオンの場合は近隣の魔物を狩りすぎて冒険者達から、「俺達の仕事を全て奪うつもりか!」と苦情が来ていたな。

ここの冒険者は戦争で荒稼ぎをして懐が豊からしく、ギルドの依頼を引き受ける人が激減しているので、彼の活躍で助かっているらしい。

依頼内容を言葉巧みに聞き出し、彼の向かった先へ俺も行ってみることにした。

目的地の森で彼の姿を捉えることができた。

思っていたよりも彼を見つけるのは容易だった。道しるべのように魔物の死体が転がっていたからだ。

魔物の死体を調べてみたのだが、どれも一撃ではなく何度も斬りつけられた跡があった。切り口から推測するに、これほどの腕なら一撃で首をはねることも可能だろう。

これがただの憶測ではなく事実だということが直ぐに立証された。

魔物討伐をしている紅血将軍を発見したからだ。

顔に巻いていた包帯は解けて素顔を晒しているのだが、その表情を確認して息を呑む。

口元を邪悪に歪め、動けない魔物をいたぶっている。足の腱を切って動きを封じ、腕を切り飛ばし、何度も何度も相手を斬りつける。

直ぐには死なないように急所を外しながら、虐殺を続ける。

相手が出血によって絶命しているというのに、切っ先を突き刺し、突き刺し、突き刺し、返り血で濡れるのもお構いなしに、血が出なくなるまで刺す。

明らかに異常だ。

戦いの最中に高揚感を覚える者は少なくない。だが、あの恍惚とした表情は違う。

まるで性行為をしている最中のように興奮している。

俺はためらうことなく『鑑定』を発動させた。

紅血将軍の頭上に浮かぶスキルには戦闘系が多いのだが、二つおかしなスキルが存在する。

それは『快楽』『衝動』だ。

どれも精神に影響を与えるスキルで単体であれば珍しくもない。

『快楽』ある行為に対して快感を覚え楽しく感じる。

『衝動』抑えることのできない欲求に突き動かされる。

両方とも負のスキルというわけではない。『快楽』も『衝動』も良い方に転べば芸術家や職人としてプラスになるからだ。

とある有名な役者は人に見られることが『快楽』で、もっと快感を得る為に腕を磨いて頂点まで上り詰めた。

『衝動』は制作意欲に繋がる場合もある。自分の感じた情景を誰かに伝えたいという欲求が抑えきれず、絵や文章といった作品にぶつけ名作を生み出してきた。

彼はその根源にある欲求と快楽の元が歪なのだろう。

それが何であるかはおおよその見当はつく。とはいえただの憶測。

彼のスキル構成であれば俺が負けることは万に一つもないが、油断をせずに接触してみるとしよう。

少し距離を取って消していた気配を戻してから、何食わぬ顔で彼のいる場所へ近づいていく。

落ちている枝を強く踏みつけると、折れた音が森にこだました。

その音に気付いた紅血将軍らしき男が俺に振り返る。

肩まで伸びた髪は血に濡れて赤黒い。無精ひげを生やした頬に大きな傷跡がある。

見事な体躯をしている。チャンピオンから筋肉を少し削いで鋭さを足したような体つきだ。

男の顔はだらしなく悦楽に歪んでいたが、俺を目で捉えると表情が引き締まった。

若干、苛立って見えるのは、余韻を台無しにされたからかもしれない。

「誰だ、お前は」

殺気を隠すことなく言葉に乗せてぶつけてくる。

修羅場を何度も潜り抜けてきた者のみが放つことが可能な、濃密な気。

「これは失礼しました。私は行商人です。平たく言えば迷子ですね」

「はっ。ただの商人が魔物ひしめくこの森に入って無傷か」

鼻で笑われた。嘘が一瞬で見抜かれてしまったようだ。

大剣を肩に担いだ状態で構えているわけでもないのに、この威圧感。

この国で最強の戦士と謳われるだけのことはある。

「お見受けしたところ、冒険者なのでしょうか?」

「冒険者でもある。本業は別だが」

問いかけに返答があるとは思わなかった。

ぶっきらぼうな態度からして無視されるか、適当にあしらわれると予想していたのだが。

「冒険者なのですね。不幸中の幸いとはこのことです。ご迷惑でなければ、街に戻る際に同行させてもらえ――」

「迷惑だ」

「護衛の依頼料は十二分にお支払い――」

「金には困っていない」

話の途中でぶった切ってくるな。

不愛想な対応だが、相手をしてくれるだけでもマシなのかもしれない。

「本心を言え。お前の目には怯えがない。この状況を恐れていない」

「失礼しました」

ここは素直に認めよう。

観察眼のある相手に惚け続けるのは愚策だ。

「私は回収屋と呼ばれていまして、人のスキル買い取りを生業としているのですよ」

「……ほう」

おっと、眉がぴくりと動いた。興味ありのようだ。

「紅血将軍様。何か売りたいスキルはございませんか?」

「やはり、俺を知っていたか」

眼光が更に鋭くなった。

姉と親密な繋がりがあるなら、ここで正体を明かすのは危険を伴う。

だが、一対一で他に誰もいないこの状況であれば、相手が強硬手段に訴えたところで問題はない。

最悪の場合は……こちらが強硬手段に出るだけだ。

「しかし、回収屋か。あの女が探している男だな」

「おや、私を探している方がいらっしゃるのですか。どのようなご婦人なのでしょう?」

平然と惚けてみたが、あの女とは姉のことだろう。

こんなにも簡単にその情報を引き出せるとは思っていなかったので、わずかに動揺している。

「ふっ、表情は崩さぬか。まあいい。王の傍らに寄り添っている、実質この国の支配者だ」

「最高権力者は王ではないのですか」

「以前はな。無能で扱いやすいお飾りだったのだが、あの女を傍に置くようになってからは人が変わった。俺としては戦う場が増え、不満はないが」

王の様子がおかしいことも、姉が裏で操っているのも理解したうえで黙認しているのか。

そんな国の大事に関わる情報をあっさり話していいのか。

……この紅血将軍は思ったよりも難物かもしれないぞ。

「お前とあの女は何かしらの因縁があるようだが、そこまでは掴めなかった」

言うことを信じるなら、姉弟であることはバレていないと。

さっきから『心理学』を発動しているのだが言動から何も読み取れない。心情を隠しているというよりは姉のことに興味がないようにすら思える。

「貴様のことも知っておかないといけない立場でな。色々と調べさせてもらったぞ、回収屋」

「それは光栄ですね」

俺の皮肉に対して、何の反応もせずに淡々と語っている。

「年齢不詳。数百年前から生きているとの説もある。行商人として各地を回り、他人のスキルを買い取っている。噂によると買い取るだけではなく、スキルを売ることも可能だったか」

よく調べていると感心したいところだが、最近は能力を隠していないのでこの程度のことならすぐにたどり着く。

「王族との繋がりもあるようだな。この情報が全て真実だとすれば相当の猛者ということになる」

そこまで話すと少しだけ膝を曲げ、いつでも動けるように戦闘体勢へと移行している。

やる気満々か。自然体に見えるが隙のない構えだ。

紅血将軍は戦い好き、いや戦闘狂いなのか。

そういった人たちにありがちな、強者を見ると戦いを挑まずにはいられない質なのだろう。

「私はお話しがしたいだけなのですが。もちろん、スキルを買い取りさせていただけるのであれば、喜んで交渉させて――」

「売る必要はないな。戦闘に有用なスキルを売れば戦うことができん」

「ならば、戦闘関連ではない――」

「『快楽』『衝動』ならば、売る気はない。困っていないからな」

人の話を最後まで聞かない御仁だ。

「それは残念です。一つお聞きしたいのですが、将軍にとって戦いとは何ですか?」

素朴な疑問を投げかけられた紅血将軍は口角を吊り上げ、ニヤリと笑う。

「最高の快楽を得る手段だ!」

そう答えると同時に俺に向かって斬りかかってきた。

斬撃の速さは目を見張るものがあるが、俺の知っている剣豪よりも劣る。

あえて紙一重で避け続けながら、相手の鼻先に拳を突き出す。

紅血将軍は大きく飛び退くと、舌なめずりをして俺を睨む。

「張りがありながらも、しなやかな筋肉……。そこに刃を突き刺したら……ああっ、どんな斬り心地だろう。なあ、ちょっとだけでいいから斬らせてくれっ! 早く何かを殺さないと、この高ぶった気持ちが萎えちまうだろっ!」

そう言いながら近くの木に何度も剣を叩きつけている。

その姿は狂人そのものだ。

「いつから、そんな風になったのです」

「んああっ? 答えたら殺させてくれるのか? 昔は小動物や魔物を殺しているだけで気持ちよくなれたんだがよぉ。もう、ダメなんだ。人を殺した時のあの気持ちよさを知っちまったら、戻れないんだよ!」

涎をまき散らし叫ぶ姿は異様でありながらも……滑稽だった。

ああ、彼は戦いに激しい『衝動』を覚え『快楽』を得ているのではなく、殺害という行為に対しての『衝動』と屈折した性的な『快楽』。

異常者とまともに戦う気はないので、避けると同時に大剣の腹をつま先で蹴り飛ばす。

武器を失った紅血将軍は涎まみれの口を閉じて、地面に座り込んだ。

もっと抵抗するのかと思えば、あっさりあきらめたな。

「ここいらが、潮時か」

肩をすくめて大きく息を吐く姿は、あきらめたというよりは安堵しているように見える。

「もう小動物じゃ快感を得られなくなっちまったから、もっと気持ちよくなるために魔物を殺しているだけだった。なのによ、周りは勝手に英雄扱いしやがって動き辛くなっちまってよ。今度は軍に入って人殺しを楽しんでいたら、いつの間にやら将軍だ」

さっきからの砕けた口調が本来の話し方のようだ。

狂気が鳴りを潜めたかと思えば、今度は自虐的な笑みを浮かべている。

彼が殺しに対して目覚めたのは偶然なのか。それともスキルが招いた必然なのか。神ではない俺には分からない。

「殺すことに快感を覚える。ということですか」

「ああそうだ。だがな、ただ殺すわけじゃねえ。女とやるのと一緒で前戯は必要だろ? じっくりと肌に傷をつけ赤い血が流れ、苦痛と恐怖に歪んでいく顔を見るのが最高に興奮する……」

嘘や質の悪い冗談ではなく本気で言っている。

彼は快楽殺人者だ。スキルの影響なのか、そういった素質があったのかは不明だが。

これ以上、彼の性的嗜好を聞く必要はない。

「将軍、貴方は欲望の為に何の罪もない人間を殺したことはありますか?」

「さあな。戦場で斬り捨てた相手が犯罪者かどうか、知りようがないものでな。我が国の一般市民に手をかけたことはない。こう見えて愛国者なのだよ」

彼の発言を嘘だと決めつけるのは簡単だ。しかし、紅血将軍は街の人々からの評判はいい。戦場での狂人ぶりを除けば悪い噂の一つも聞いたことがない。

さっきは俺に攻撃を仕掛けたが、事前に実力を知っていたのであれば、勝てる相手かどうかぐらいの判断はつくだろう。

……自分を止めてくれる者が現れるのを待っていた、というのは考えすぎか?

「もしや、あなたはその二つのスキルに抗いながら生きてきたのですか」

俺の問いに対し――大きく目を見開き心底驚いたといった顔をしている。

真剣に考えて導き出した結論なのだが、的外れだったようだ。

「買い被りにも程がある。戦争であれば大量殺人者は英雄。罪を犯さずとも名誉と快感を得られる。迂闊なことをしてこの地位を手放す必要はあるまいて」

変わらず『心理学』は通用しないが、紅血将軍の発言が嘘だとは思えない。狂人ではあるが物の分別はつくということか。

姉を嫌っているような発言もあった。話の通じる相手ならば、交渉の余地はある。

「裏で糸を引いている女性の情報を教えてください。それと引き換えにあなたを悩ませているスキルを買い取り――」

「必要ない。このスキルのおかげで地位を得ることができ、最高の喜びを知った。いや、知ってしまった、か。人は知らないことを我慢することは容易い。だがな、一度覚えてしまった誘惑から逃れることはできない。それが最高のものであればあるほどにな。これを失って生きてはいけない」

「ならば、どうされるのですか。このまま人を殺し続けるのですか。戦争も永遠に続くわけではありませんよ」

「言われなくとも分かっている。だがな、人の欲望には上限がない。特にこのスキルは厄介でな。レベルが上がるごとに欲求は高まっていく。実際に人を殺しても殺しても、もう満足できなくなりかけている」

自分の顔を両手で覆い、荒い呼吸を繰り返している。

こうやって話している最中にも『快楽』と『衝動』の影響を受けているのだろう。

「ならば、私が買い取れば――」

「必要ないと言ったはずだ。俺は人を殺し、快感に打ち震えながらも、ずっとずっと考えていた。もっと最高の快楽を得る方法があるのではないかと。……お前と話をして決心がついた。楽しみにしていた大量殺人も邪魔されそうだからな」

紅血将軍は俺が姉を止めて、戦争を未然に防ぐと考えているのか。

俺の視線から思考を読んだのか、紅血将軍は意味深に笑うと足下に転がっていた大剣を拾った。杖代わりにして立ち上がり目を閉じると、大きく息を吸って瞼を開く。

血走った眼が俺を凝視している。

「人を傷つけ殺す瞬間に俺は絶頂を迎えられる。ならば、その対象を自分に向ければ今までとは比べ物にならない快楽を得られると……思わないか?」

そう言って紅血将軍は無造作に、自分の首へ大剣の刃を滑らせた。

首筋から噴き出す鮮血により、その体が赤く赤く染まっていく。

大地に仰向けに倒れた紅血将軍は、その呼び名に相応しい姿となり息絶えた。

一瞬の出来事だったが、止めようと思えば止められた。だが大剣を奪ったところで、その場しのぎでしかない。

紅血将軍にとって、これが最高の終わり方だったのだろう。

「最後の殺人は自分自身ですか」

もう一度、紅血将軍を見る。そこには――快楽に溺れ満足した顔で眠る、殺人者がいた。