軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

世界征服

堅牢な城壁に囲まれた街。

壁に守られた街や村はこの世界での常識ではあるが、ここはひと味違う。

「高いですね」

見上げた首が痛くなるほどの高さがある。これだと壁の厚さも相当だろう。

守りを固めている街に入る審査はかなり厳しいようで、人の列の進みが遅い。

「独裁国らしさが醸し出されているではないか。大昔から後ろめたいことをやっている輩は、人を疑い信用せぬからのう」

「噂では世界征服を目論んでいるそうですよ」

「ふっ、大魔王である我輩より先に世界征服を成し遂げるというのか」

魔王団長がやたらと派手な色彩の馬車の幌の上に立ち、腕組みをしながら辺りを睥睨している。

俺は街の外観や列に並ぶ人を観察するために、馬車から降りて歩いているのだが進みが遅すぎて散歩している気分だ。

この馬車は劇団虚実が所有している馬車で、宣伝も兼ねて幌に劇団の名前と役者の絵が描かれている。

さっきから悪目立ちしているのだが団長も団員も気にしていない。もう慣れてしまっているのだろう。

「すみません。公演の下見に同行させてもらって」

「前から依頼があったのでな。物のついでというやつだ。回収屋は気にするでない。……おっと、今は回収屋ではなく大道具方だったな」

大道具方。つまり、劇で大道具の運用や制作などの舞台装置全般を担当する者のことだ。

俺はそういう名目で劇団虚実に同行している。大道具方に適したスキルは揃っているので、求められる仕事は全てこなす自信がある。

「何かと不穏な動きのある国ですからね。怪しい動きを察したら即座に退去することをお勧めしますよ」

「分かっておる。お主の助言に従って、今回は我輩の側近しか連れてきておらぬからな」

話を振られた劇団員たちが、荷台や御者席から陽気なノリで顔を出してニヤリと笑う。

今回は総勢十人しか団員を連れてきていないのだが、全員が魔王団長の配下の悪魔。それもかなりの実力者だ。

純粋な戦闘力の高さに加え、人間界に潜み生活を続けたことで狡猾さも手に入れ、劇団員として『演技』『変装』のレベルも高い曲者揃い。

見た目は役者らしく美男美女ばかりの人間にしか見えない。ファンもかなり多いらしいが、本来の姿を見たらどんな反応になるのやら。

これなら一個師団を相手にしても、なんとかなるのではないだろうか。

それに俺と魔王団長が加わることで戦力は桁外れとなっている。

チェイリも一緒に行きたいと駄々をこねていたが、歌劇をすると聞いて音もたてずにすっと引っ込んだ。

最近は歌もマシになってきているようだが、それでもようやく人並みレベルと言ったところで、人前に立つのは時期尚早らしい。

「この国を訪れる者達の顔も辛気臭い。まるで死地に挑むようではないか」

その指摘は間違いではない。

審査を待つのは商人ばかりで、あとは荷が満載の馬車やその護衛。表情は一様に硬く、緊張がこちらにも伝わってくる。

時折ちらちらとこっちに視線を向けて、怯える様子もない陽気な劇団員たちを見て少しだけ和んでいる。

「儲けと危険性を考慮したうえでこの場にいるのでしょうね」

「金と命を天秤にかけるか。ふむ、人間とはつくづく強欲よのう。まあ、そこが面白いのだが」

顎に手を当てて含み笑いをしている。何か裏がありそうに見えるが、あれは魔王として育った彼の普段の笑い方だ。

人を滅ぼすことが目的だったはずの魔王。今は清濁併せ呑む団長となり団員や観客に好かれている。

魔王ですら変われるというのに……。いや、姉のことを考えるのはやめよう。今更だ。

劇団員と談笑しつつ順番を待っていると、昼飯時を過ぎたあたりでようやく声が掛った。

「何の用で、この街に来た」

胸を張り横柄な態度の門兵。

半眼で訝しげにこちらを睨んでいる。

「我ら劇団虚実を知らぬというのか、嘆かわしい。このような田舎の辺境地までは、劇団虚実の名が浸透しておらぬのというかっ!」

迫力も威圧的な態度も魔王団長の方が何枚も上か。

気圧されて門兵たちが上半身を反らしている。

「き、貴様! 我らに向かってそのような態度を取るとはっ! 何が劇団虚実だっ。その名がこの地にまで轟いている有名人というのは、チャンピオンレオンドルド様のような方を指すのだ!」

「虚実などと言う怪しげな劇団なんぞ知らん。レオンドルド様なら、この国でも知らぬ者はいないがな」

もう一人の門番もやってきて、同じように小馬鹿にする。

意外な所でチャンピオンの知名度の高さを知ることになった。軍事力に重きを置いている国だけあって、武への関心は強いのか。

新たにやって来た兵士は幌の中を覗き込み、中にある物を調べているようだ。

「何だ、このクソでかい箱は? 危険な魔物でも持ち込もうとしているのではあるまいな」

衣装箱を鞘付きの剣で突きながら虚勢を張る兵士。

一瞬でも魔王団長に動揺したことを誤魔化しているようにしか見えない。門番としてここで引くわけにはいかないか。

「物の価値も分からぬ輩が、劇団の命である衣装箱に気安く触るでないわ」

武器をちらつかせているのに平然としている魔王団長に対して、先に兵士の方が辛抱の限界に達したようだ。槍を構えて戦闘態勢に移行した。

門の奥から何人か追加で兵士達がやってきている。

まさか街に入る前にひと騒ぎを起こしてくれるとは。

ちらりと隣に視線を向けると、こんな状況だというのに魔王団長は鼻で笑っている。

『話術』スキルを発動して仲裁に入ろうかとも思ったが、余裕のある横顔を見て経過を見守ることにした。

「騒ぐでない。このように国王からの招待状もある」

魔王団長は不遜な態度を崩すことなく、懐から取り出した封書を手にして槍を構える兵士に近づいていく。穂先を手で払い兵士の眼前に封書を突き出した。

依頼されていたとは言っていたが、まさか国王から直接だったのか。俺の反応を楽しむために黙っていたのだろうな。

魔王団長と目が合うと口元に笑みを浮かべている。少しだけ悪魔っぽい。

「な、何を馬鹿なことを……。こ、これは、王家の刻印⁉ し、しばし待たれよ! お前ら武器を降ろせ!」

一番年長らしき兵士が慌てて走り去り、視界から消える。

取り残された兵士たちは戸惑いながらその場に立ち尽くしていた。

これは時間がかかりそうだと判断して門の脇に退き、遅めの昼食を取っていると全力で駆け寄ってくる一団が視界の端に映る。

兵士が数名と役人らしき男が二人。

「どうやら、話がついたようだな」

魔王団長の指摘は正しく、息を切らせてやってきた役人に平謝りされ入国を許された。

「本当に申し訳ございません! 王には話を通しておきますので、明日の昼前にでも立ち寄っていただければお通ししますので! ここでのやり取りはどうか、ご内密に!」

大袈裟に思えるほど恐縮しているのは、不手際を王に知られては大事になるからだろう。独裁国は伊達じゃないな。

列に並んでから半日以上経過して、ようやく街に入れる。

門を潜り、街の様子を観察するが……。人々に覇気がない。

上辺は薄い笑みを浮かべているのだが、俺にはその表情が幸せそうにはどうしても見えなかった。

「なんと寒々しい笑顔か。辛気臭い顔ばかりが流れていくではないか。幸せそうに見える笑顔の演技指導をしてやらねばならんな」

そう言って魔王団長が満面の笑みを浮かべる。

指摘するポイントがずれてはいるが、俺と同じような感想を抱いたようだ。

杭の国と比べると一目瞭然なのだが、街行く人々の手足や体つきが細い。その割に兵士は肉付きが良く健康的だった。

つまり、食料は兵士達に多く分配され国民には行き届いていないということか。

街の建造物も色が淀み、重々しい空気を作り出すのに貢献している。

軍事力の高い国だと兵士がむやみやたらに威張り散らし、国民が息を殺して生活していることも多いのだが、……兵士に怯えている様子はない。

大通りを歩いている際に、国民と兵士が普通に会話している場面を何度も目撃している。

「街は暗い雰囲気だというのに、国民と兵士に軋轢がないとは妙ではないか?」

「確かに言われてみれば。軍の規律が厳しいのかも知れませんね」

貧困にあえいでいるのが一目で分かる街並み。人々の服装も質素で杭の国と比べるのが失礼なぐらいだ。

だというのに悲壮感はないように思える。一部、不満を押し殺している表情の者もいるにはいるが、それはほんのわずかだ。

――この違和感はなんだ。街は暗い、雰囲気もよくないように見える。

だが、この街の住民はそれを受け入れ薄い笑みを浮かべている。

でも、幸せそうには見えない。

歯車がかみ合っていない。戦時中によくある光景に思えるが、何かが違う。

……どういうことだ?

「回収屋よ。『鑑定』で見るがいい。面白いものが見えるぞ」

魔王団長は既に発動済みの様で、何かを発見したのか。

俺も追従して『鑑定』を使い住民の頭の上に視線を向ける。

「これは。……そういうことですか」

人々の頭に浮かぶ『支配下』の文字。それも一人や二人じゃない。国民の全てとは言わないが七割近くがスキルにより支配されていた。

『支配』スキルにより『支配下』とされた者は発動者の言いなりとなる。レアスキルではあるが俺も所有していて、以前に他の『支配』持ちと戦った経験もある。

レアスキルは同世代に一人しか所有者が存在しない。

ただし、俺の『売買』で買い取った場合は例外だ。所有者が死ねば他の人に現れる。

そして、姉のスキルである『強奪』も同じことが可能……ということか。

「回収屋よ。『支配』スキルについて詳しく教えてもらえぬか。このように多くの者を従えることも可能なのであるか?」

「不可能ではありませんね。『支配下』に置く方法は『支配』所有者が相手に手を差し向けて、光で包むことでスキルスロットに『支配下』が強引に挿入されます」

「それはどんな相手にも可能ということか?」

「いえいえ。そこまで万能ではありませんよ。精神抵抗力が高い相手には効きにくいです。自分より格上の相手を支配するには寝込みを襲うか……弱らせて抵抗力が下がったところを、というのが定番でしょうか」

以前会った『支配』を所有していた男は弱っているところに付け込んだのか、精神力が人並み外れていたのかは不明だったので念の為に対策は講じておいた。

「ただし、多くの者を支配するとなると、その強制力はかなり弱くなります」

数人程度であれば強引に『支配下』に置くことも可能だが、数万単位の国民を支配するとなると話が違ってくる。

支配を発動している者のスキルレベルも精神力も高くなければならない。それに加え支配されている側の精神抵抗力が異様に弱まっていることが必須。

だが、この条件が満たされていれば不可能ではない。

――圧制により心身ともに弱り切っていた国民に向けて、スキルレベルを上げていた姉が発動した、と考えると条件が当てはまってしまう。

いざとなれば国民の大半が敵に回る可能性がある、と考えるべきか。

「人心を掌握する程度のことでスキルに頼るとは、片腹痛い」

「どういうことです?」

「人々を従順な僕と化す方法などいくらでもある、ということだ」

吐き捨てるように言い放つ、魔王団長の横顔に目をやる。

心底侮蔑したようで、大袈裟にため息を吐いた。

今の言葉は聞き逃すにしては物騒過ぎる。ついさっき見直したところだが、団長が魔王であることを忘れてはいけないのか。

「その方法とは?」

この答えによっては警戒心を解かずに、改めて気を引き締める必要がある。

もし何らかの外道な手段を実行しているのであれば、敵対する可能性も考慮しなければならない。

劇団員を見る限りでは慕われているようにしか見えないが、裏で何かやっているのだろうか。

敵地で厄介な状況に陥りたくはないが……。

「まず、その者の能力に応じた仕事を与えることだ。身の丈にあっていない仕事をさせるのは効率も悪く、当人にも精神的な圧力を与えることとなる。その者が望んだ仕事であっても実力が及ばぬのであれば、先人の補佐に任命して学ばせる」

「……はい?」

予想外の返答に間抜けな声が漏れる。

「次に人の集中力には限界がある。適度な休憩は当たり前だが、一日でやるべき仕事量には配慮しなければならぬ。そして、当たり前だが働きに応じて充分な対価を支払う。優秀な人材には、それに見合った報酬。常識だな」

そういえば劇団虚実は給料が高く、活躍に応じて臨時報酬も支払われると聞いたことがある。興行が成功を収めると団員全員に金一封も与えられるそうだ。

「次に各仕事には手引書を用意させることだ。見て覚えろという職人がいるそうだが、それは効率が悪い。基本の学ぶべきことは予め手引書を製作しておけば、忘れた際に読み返すのも楽であろう。人によっては何度も問いかけることを気まずく思う連中もいるようでな」

これは良い意味で魔王団長への認識を改めなければならないようだ。

組織の上司として理想的な考えではないだろうか。

「とはいえ手引書で学べることには限界がある。公演前はどうしても稽古が長くなってしまうが、その場合はできるだけ栄養価も高く、量も味も満足する食事を提供。水分補給も必須だ。それぐらいしかできぬのが歯がゆいが、公演が終わった後は長期休暇を与え、心身ともに力を回復させる。英気を養った暁には、再び我輩の思惑通りに働いてもらわねばならぬ。くっくっく、はーっはっはっはっ!」

最後の笑い声だけは魔王っぽいが、やっていることは良心的だ。

少しでも疑った自分を恥じないといけない。

「そうですよね。人の心を掴むのにスキルは必要ありません」

「うむ。スキルを全否定する気は毛頭ないが、全てをスキルに頼るというのは己に自信がない表れでもある」

今の言葉、身につまされるよ。まさに自分のことを言い表していた。

スキルを自在に操っていると言えば聞こえもいいが、何をするにしてもスキルに頼り切っている。

友人であった無能者の彼はスキルを一切持たずに生きていた。同じ立場になった時、彼のように生きられる自信は……ない。

「とはいえ、あるものを活用せぬのは、もったいない話ではあるがな」

「そう、ですね」

俺を見て器用にウィンクをする魔王団長。その姿が様になっているのは、日頃から芝居をやっているからだろう。

どうやら俺に気遣ってくれたようだ。こちらも何か気の利いた返しをするべきか。

「今なら団長が世界を支配すると言っても止めないかもしれませんよ。その方法ならマシになる国の方が多そうですからね」

貧困にあえぎ、差別や暴力がまかり通る国は多い。

そんな国を魔王団長が乗っ取れば、今よりもはるかに幸せになれる。

「それも悪くないが、今は劇団や芝居の方が重要だ。どうせなら、まずは我が劇団の名を大陸中に轟かせねばならぬ! 世界征服をするにしても、その後の話となる」

世界に知らぬ者がいない劇団の団長ともなれば、この世で最も平和な世界征服が可能かもしれないな。

「その際には――」

応援させてもらいますよ。と続けるつもりだったのだが、遮るように団長が言い放った内容に絶句する。

「世界一の劇団となった暁には、回収屋の劇を世界中で公演してやろうではないか! 面白おかしく演じてやるので安心するがいい。少し話を盛る必要があるがな。色恋沙汰は芝居において必須。多くの女性に囲まれ浮名を流すという設定で構わぬな?」

これが冗談であれば笑って聞き流すところだったが目が真剣だ。

「構いますよ」

「ふむ、その設定では納得いかぬか」

腕組みをして唸っている。こちらの想いが通じたようだ。

「では老若男女問わず手を出すという設定ではどうだ」

「何故それで納得すると思ったのですか。怒りますよ?」

魔王団長なりに場の空気を払拭しようとしてくれているのは理解している。その証拠に俺も彼も苦笑いをしている。

商人が顧客に気をつかわせては立つ瀬がないな。

「世界征服ならば、回収屋が試みてはどうだ? お主なら潤沢なスキルと人材を活用すれば容易いであろう」

確かにスキルを使えば可能だとは思う。他国の上層部とも繋がりがあるので、外交も比較的楽に行えるだろう。

王や女王の弱みも握っている。

「考えてもみませんでしたが、成し遂げた後なら……ありかもしれませんね」

「偉大なる回収屋様。世界征服が見事に成し遂げられました。王として人々に何を望まれますか?」

魔王団長が大袈裟な手ぶりを加え、芝居まで始めて悪乗りしている。

ならば俺も『演技』を発動して付き合うことにしよう。

「そうですね。商人が世界の頂点に立つということは、全ての国民が店員のようなものです。なので、全員に回収屋印の制服を着ることを義務付けましょう」

「なるほど、世界……制服というわけか。喜劇のシナリオとしては五点だ」

「十点満点ですか?」

「百点満点だ」

どうやら王の才はあっても劇作家としての才能は皆無のようだ。