軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

皮肉な才能

「おう、回収屋。すまねえが、俺の知り合いの様子を見に行ってくれねえか?」

宿屋の一階の食堂で一人優雅に午後の一時を過ごしていると、視界に獅子のような男が飛び込んできて、開口一番頼み事をしてきた。

「相変わらず唐突ですね、チャンピオン。経緯をお願いします」

「ああ、悪かったな。そいつは以前俺の絵を描いてくれた有名な画家でな。っと、なんか腹の膨れるもんを頼む!」

手を挙げて店員のスーミレを呼び寄せると、適当な注文をする。

常連なのでそれで伝わるらしく、スーミレは確認もせずに会釈して立ち去った。

「画家ですか。これは意外な繋がりですね」

「闘技場でチャンピオンになった時に肖像画を飾るって話になってな。俺は興味なかったんだが、描かれた絵がそりゃ見事なもんでよ。それから俺も個人的に絵を購入してんだよ」

「だから、貴方の屋敷には不釣り合いなセンスのいい絵が幾つもあるのですね」

チャンピオンの屋敷にある調度品は統一性が無く、正直言って趣味が悪い。

だけど飾られている絵だけは俺も認めている。

実物と見紛うような精密な風景画だけではなく、現実ではありえない描写の抽象画もあり、どれも思わず見入ってしまう魅力があった。

「あの絵は全部同じ画家が描いたものなのですか?」

「そうだぜ。どんな画風もこなす天才らしいぞ」

全く違うタッチに思えたのだが、同一人物の作品と言うのが本当なら確かに才能はある。

天才と呼んでも差し支えないのではないだろうか。

自力の腕もあるだろうが、『描画』『精密動作』『独創性』等のスキルを所有している確率がかなり高い。

「それは凄いですね。是非一度お目にかかりたいです」

「お前なら興味を持つと思ったぜ。でな、そいつが半年ぐらい不調らしくてよ。俺が依頼していた絵もまだ完成してねえんだ。そこで、ちょっと様子を見てきてくんねえか? 紹介状は書くからよ」

「構いませんよ。私も絵を購入したいですし」

相手のスキルにも興味があったが、あの絵を一枚手に入れて見たいと常々思っていた。

前までは拠点がなかったので絵を飾る場所もなかったが、今なら借りっぱなしの宿屋の部屋に置くことができる。

「おっし、じゃあ頼むぜ。飯まだかー」

肉の塊や山盛りパンが載った皿を持って、早足でチェイリとスーミレがやって来る。

あれを一人で全部平らげるんだよな、チャンピオンは。

「なんだ、欲しいのか? ちょっとなら分けてやるぞ」

「いえ、見ているだけで胸焼けするので結構です」

料理の香りだけでも胸がいっぱいになって来た。早々に画家を訪ねることにしよう。

一般的な民家よりは立派だが、屋敷と呼ぶほどでもない木製住居の前で表札を確認する。

「ここで間違っていませんね」

名前を確認してから扉脇の呼び鈴を鳴らす。

直ぐに扉が開くと、中から一人の女性が現れる。

ふくよかな女性で年齢からして画家の親かとも思ったが、服装でメイドだと判断した。

画家は独り身なので、身の回りの世話をしてくれるメイドを雇っていても不思議ではない。

「どちら様でしょうか」

「レオンドルド様の紹介でやってきました。こちらが書状になります」

封筒を手渡すと「御主人様に確認してきます」と一度扉を閉められた。

待っている間が手持無沙汰だったので庭を眺める。

手入れの行き届いていて綺麗な花が咲いている。これもあのメイドさんの仕事なのだろうか。

こういう美しい光景を毎日眺めることで、美的センスが磨かれているのかもしれない。

「お待たせしました。どうぞお入りください」

扉が再び開き、メイドが頭を下げて迎え入れてくれた。

室内には何枚かの風景画が飾られている。これ一枚で新築の民家が一軒建つ価値があるそうだ。

メイドの誘導に従い玄関ホールを進むと、両開きの木製扉前で立ち止まる。

ここが画家の部屋か。

「御主人様。お客様をお連れしました」

「入ってもらって」

入室許可が下りたので部屋へと足を踏み入れる。

靴裏を通して伝わる柔らかく踏み心地のいい絨毯の感触。

部屋の家具は本棚と椅子と机があるだけで、残りは絵の道具しかない。

ここは仕事部屋のようだ。

窓際の椅子に座って読書していた本を閉じたのが、この家の主である画家か。

細身で気の弱そうな外見をしている。長く伸びた髪を後ろで縛っていて、服は絵の具で汚れている。

「レオンドルドさんの紹介とのことですが、何の用でしょう」

「一つは依頼した絵の件ですね。急かすわけではないそうですが、進展具合を知りたいそうです」

そう切り出すと、画家は後頭部をぼりぼりと掻いている。

申し訳なさそうに肩を落とすと、視線を天井に向けた。

「すみません、絶不調でして。どうにも筆が進まないのですよ」

チャンピオンの言っていた通りか。

画家のスキルを確認すると『描画』『精密動作』『独創性』が高レベルで揃っていた。これは予想通り。

ちらっとキャンバスを見ると、真っ白で何も描かれていない。

机の上には何枚もの紙が置かれているが、そこにも絵はなく文章がぎっしりと書かれている。

俺の視線に気づいた画家が慌てた様子で、紙を引き出しに片付けた。

「気分が乗らないのですか?」

「ええ、まあ」

言葉を濁したな。

何かを隠しているような感じだが。

視線が何度も手元の本と本棚に向いている。

まさか、読書に夢中で創作活動が滞っているというオチでは。

「読書がお好きなようですね」

「ええ! 昔から本当に本が好きで。最近はお金も自由に扱えるようになったので、思い切って大量に本を購入したのですよ。初めて絵が売れてよかったと思えましたよ!」

さっきとはまるで違う覇気のある話し方。

……本当に読書が原因じゃないだろうな。

本棚の本を観察すると見覚えのある本が幾つもある。

『暗殺スキル連続殺人事件』『そして無能者だけが残る』『執事は見た!』

これは魔王団長のところで劇作家も始めた小説家の著書か。まさかこんなところで小説家のファンに会うとは。

ならば、知り合いという利点を利用させてもらおう。

初対面の人と親しくなる方法の一つ、相手の好む話題を振る。まずはこれで感触を確かめてみるか。

「この本の作家さんの推理は面白いですよね。伏線の張り方が巧妙ですし」

「あなたもご存知でしたか! スキルの存在を巧みに生かしながら間違った推理へ誘うトリックの数々。犯人も一概に悪人というわけではなく深い事情があり、凶悪な殺人者ですら最後には恨めなくなるのですよ。最新作はお読みになりましたか? 今までの常識が覆る衝撃でしたよ。まだでしたらお貸ししますので!」

画家は唾をまき散らしながら熱く語る。

かなり熱烈なファンだ。これなら上手く誘導できるかもしれない。

「もちろん読んでいますよ。サイン本も所有しています」

「ええっ⁉ 羨ましいなー。今度見せてくださいよ!」

食いついて来たな。ここで更に畳みかける。

「構いませんよ。何なら本人とお会いしますか? 商売柄、幸運なことに縁がありまして。最近は懇意にさせていただいていますので」

「本当ですかっ! 是非、是非に!」

駆け寄ってきて俺の手を包むように握ってきた。

鼻息の荒さから興奮具合が伝わってくる。

「はい、後で日程を確認してからご連絡させていただきます」

「ありがとうございます! はああ、楽しみだなあ」

これだけ浮かれていたら口もかなり軽くなっているはず。不調の理由を聞き出すのは今か。

「サイン本と簡単な絵を交換するというのはどうですか」

「それはいいです……ね」

表情が一変して陰りが見える。

これは思っている以上に重傷なのではないだろうか。

「何か悩みがあるなら相談に乗りますよ」

「お心遣いは感謝しますが、今日会ったばかりの人に話すようなことではありませんので」

共通の趣味を持ち小説家を紹介する間柄となったが心の垣根はまだ高い。

そうなるとこちらの強みを生かした流れで話を持っていくしかない。

「もしそれがスキルに関連することであるなら力になれますよ。回収屋という名をご存知ではありませんか?」

「以前に酔っぱらったレオンドルドさんから聞いたことが。黒髪でニヤけた面の商人だと……。もしや、あなたが?」

「はい、そうです」

チャンピオンの口の軽さに今回だけは感謝しておこう。

酔っぱらった時の会話内容を後で詳しく聞き出す必要はありそうだが。

「特徴は一致しますね。スキルの売り買いが可能と聞いてますが、本当に?」

「はい。なんならこの場で実演しますよ」

「いえ、そこまで仰るなら信用します。スキルの売買ですか。なら、買ってもらおうかな。ぼくの絵に関するスキルを全て」

苦笑しながら衝撃の一言を口にする画家。

スキルの購入を希望するのかと思えば、まさか絵に関するスキルを売りたいと言い出すとは。

「それは『描画』『精密動作』『独創性』のことですか」

「ええ。なまじこんなスキルがあるから期待されてしまう。いっそのこと無くなれば、もう仕事も来ないでしょう」

そのスキルを手放すということは絵の才能の大半を失うに等しい。

不調で自暴自棄になっているのかとも思ったが、何か違和感がある。

それが何かが分からない。今までの会話にヒントはなかったか考えてみるか。

――絵が不調で大量の本を購入した。昔から読書好き。

更に気になる点を上げるとすれば、机の上に置かれていた何枚もの紙だ。

『記憶力』のスキルを活用して、あの一瞬の映像を呼び起こす。あの時に書かれていた文章は……なるほど、そういうことか。

「もしかして、絵を描くことが好きではないのですか?」

画家は勢いよく俺に顔を向けた。その目を大きく見開いて。

否定の言葉は……ない。図星だったか。

「見抜かれてしまいましたか。昔は絵を描くことが嫌いでした。だというのに、このスキルがあるので誰よりも絵を上手く描けてしまったのです。今までは金の為と割り切って描いていましたが、十分な収入を得たことで描く意味を失ってしまったのです」

画家を目指す者なら資産を全て差し出しても、手に入れたいと熱望するスキルを所有しているというのに皮肉なものだ。

スキルは能力を求めた者に与えられるものではない。

小説家になることが夢だった者が絵の才能を得ても、何らおかしなことではないのだ。

「ぼくはずっと小説家になりたかったのですよ。自分で考えた面白い物語を多くの読者に提供して喜んでもらいたい。でも、ぼくには文章力が壊滅的に……ないのです」

さっき画家が隠した紙の束は自作の小説だった。

本人が言うように文章はつたなく、面白味を感じられない。

だとしても書き始めたばかりならこれから学べば――

「絵を描き始めるより前からずっと小説を書いてきたのですが」

あー、それは、まあ、あきらめた方がいいかも。

一応、物書きに必要なスキルは幾つかあるので、『売買』でスキルを入れ替えたら小説家として生きていくことは可能かもしれない。

……大成するかどうかは正直怪しいが。

芸術関連のスキルは同じスキルでも人によってその効果が異なる。

例えば『独創性』は最高の絵を生み出す可能性もあるが、ゲテモノ料理を作り出す能力にもなり得てしまう。

彼は物語を文章に起こす能力に欠けている気がする。天は二物を与えなかったようだ。スキルは三つも与えたくせに。

「そういうことなのでスキルを買い取ってもらえませんか」

冗談ではなく本気で言っているのは『心理学』を発動させなくても分かる。

正直、もったいないと思ってしまう。回収屋としては儲け話なので飛びつくべきなのだろうが、あの絵がもう見られなくなるのは惜しい。

「あなたは小説を書きたい。絵を描くのは嫌になった。こういう解釈で間違いありませんか?」

「長年やってきましたので、昔に比べて絵が嫌いというわけではありません。それよりも、私は自分の考えた物語を多くの人に――」

そこから先は前に聞いたことの繰り返しだった。

「一つ質問なのですが、文章を書くのは好きなのですか?」

「え、いえ、好きというほどでは。物語を頭で描き妄想するのは得意なのですが、それを文字にすると違和感がありまして」

「ならば絵で表現されてはいかがですか?」

「絵で? どういうことです」

「せっかく恵まれた絵の才能があるのです。それを十分に生かしてあなたの考えた物語を本として売り出すのですよ」

いまいち理解できていなかった画家に詳しく説明をする。

するとその表情がみるみるうちに変わっていく。訝しげな表情からヤル気に満ちた表情へと。

「これは、面白い試みですね!」

「出版の協力は惜しみませんよ。まずはその原稿を作って本にしてみましょう」

俺は画家と熱い握手を交わす。

これが 後(のち) に漫画と呼ばれ、この街で娯楽の一つとして広まっていった。

ちなみに漫画を出版社に売り込み、俺もかなりの利益を得たことは余談である。