軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

運命

それなりの規模の村で行商人を装いつつ、目ぼしいスキルがないか探していたのだが、これといって欲しいスキルはなかった。

村長夫人が『若返り』スキルがないのかと、執拗に迫ってきたので『若作り』を売っておいた。実は自分の肉体年齢を望む若さに変更できる『若返り』スキルも所有しているのだが、レアスキルは貴重なので売る気はない。

一仕事終えて拠点の村に戻るにしても、かなり遠くに来てしまったので最低三日は覚悟すべきか。

「本気を出せば一日もかかりませんが、急ぐ理由もありませんからね」

早く宿屋に帰ってのんびりしたいとは思うが、直ぐに戻る気にはなれなかった。

首筋がひりひりして、胸騒ぎがするのだ。長年の経験上、こういった感じの時は焦らず対処するに限る。

『直感』スキルを全力で発動してみると、背筋に何かが這いまわっているかのような気持ち悪さに寒気がした。

この感覚は何かろくでもない事が起こる前触れ。それが何かまでは分からないが、自分が不慮の事態に巻き込まれるなら、宿屋には近づかない方がいいだろう。

……彼らを巻き込みたくはない。

整備された街道を逸れて、丈の短い雑草が生えた平原を行く。

遮蔽物のない広々とした平原。草むらの中に潜むにしても、この長さなら背中が丸見えになる。

敵が隠れるには向いていない場所だ。

ここなら何が起こったとしても、対処がしやすい。

嫌な予感がした時に起こる出来事には、幾つかのパターンがある。

魔物との戦い。

山賊に襲われている連中との遭遇。

天変地異の前触れ。

といった突発的な事件に巻き込まれるのが定番だ。

だが今回の感覚はいつもより強い……。

もっと大きな、予期せぬ何かに巻き込まれる。そんな気がしてならない。

辺りを警戒しながら平原を歩き続けていると、進路方向に人影が見えた。

さっきまで誰もいなかった場所に、純白のワンピースを着た女性が立っている。麦わら帽子を目深に被っているので顔は分からない。

こんな平原に女性が武器も持たずに普段着で一人。それだけでも十分怪しいのだが更に不審感を煽る理由が、見えているのに気配が全くない事だ。

俺の『気配察知』はレベルも高く、全力で発動すれば小さな虫ですら察知することが可能。

だというのに、あのワンピースの女には何も感じない。まるで薄っぺらい絵がそこに置かれているかのような違和感。

――だというのに全身の毛が逆立ち、膝が小刻みに震える。

顔は見えないがアレを俺は……知っている。いや、知っていた。

辛うじて見える口元は優しく微笑み、平原に吹く風にそよぐ立ち姿は一見清楚にも見える。

最後に見た時より、少し身長が伸びて大人びて見えるが、過ぎ去った年月と見た目が一致していない。

乾ききった舌と喉を少しでも湿らすために、唾を飲み込む。

この日を待ち望んでいた。

覚悟もしてきた。

だというのに、ここまで心を乱されるのか。

ほんの数秒だが驚愕のあまり呼吸を忘れていた。大きく息を吸い込み、意を決してアレに話しかける。

「姉……さん」

帽子のつばを上げた女性の笑顔は間違いなく、唯一の血縁である姉の顔だった。

「久しぶりね、元気だった?」

温かみを感じる口調。久しぶりに会った肉親に対して相応しい言葉だ。

それが普通の関係であれば何の違和感もなかったのだろう。普通のありふれた姉弟であれば。

汗ばむ手を握りしめ、静かに深く息を吸う。

落ち着け、冷静さを失うな。

分かっていた事だろう。姉は『捜索』スキルを所有している。アレがある限り俺の居場所は何処にいても直ぐに見つけられる。

一応『捜索』スキルにも欠点はある。それは対象が失われた場合、『捜索』から外れるのだが……。つまり俺が死なない限り『捜索』から逃れることはできない。

「久しぶりというには、流れ去った時間が膨大ですよ」

「あら、姉に対して他人行儀な話し方ね。お姉ちゃん悲しいわ」

おどけた振りをして泣き真似をしている姉を、じっと見つめる。

昔と変わらない仕草や声に、油断しそうになる自分に苦笑してしまう。

甘い願望は捨てろ。アレは姉だ。村人を虐殺して、俺からスキルを奪った張本人。

以前と変わらないという事は、姉の中に潜む狂気さも……変わらないと考えろ。

「やだ反応が薄いわね。愛しの弟と別れてからもう、十年もの年月が流れたのね」

「桁が違いますよ。桁が。息災のようで何よりです」

「貴方も元気だったみたいね。彼女達とも仲良くやれたみたいだし」

彼女達とは俺に手を出してきた姉を崇拝している、二人のオンリースキル使いの事か。

「おかげさまで。一人は自爆されましたけどね」

「あの子ね。ちょっと盲信的で怖かったのよ。私は弟の様子を見て欲しいって頼んだだけなのに勝手に暴走しちゃって、ごめんなさいね」

手を合わせて舌を出し、軽いノリで謝ってきた。

俺を殺しかけて、部下の一人が死んだというのに動揺は微塵も見せない。

これが……姉なのだ。

「いえいえ、気にしないでください」

「いつまでも可愛い弟かと思っていたら、一人前の男に成長したようね。ますます私好みの男になったわ、ふふっ」

「それは光栄ですよ。姉さんはあまり変わっていませんね。少し身長が伸びたようですが」

「それは変わらず若いって事。あら、嬉しいわ。身長以外も結構成長しているのよ、胸とか胸が」

胸を持ち上げるようにして腕を組んで、見せつけてきている。

確かに以前よりも成長しているようだ。……どうでもいい事だけど。

「ところで、姉さんは何をしにここへ?」

「もう、しらばっくれちゃって。また会いに来るって言ったじゃないの。ちゃんと言いつけを守って私の為にスキルを集めてきてくれたのでしょ? 回収屋さんから回収しに来ましたー」

そのセリフを臆面もなく言い切るか。

言動から悪意を感じないのが逆に……恐ろしい。

「素直に、律儀に、スキルを渡すと思っているのですか?」

「昔は素直でいい子だったじゃないのっ!」

髪を振り乱して動揺している振りをしているが、目が冷静だ。

あの時は姉の狂気に怯えるだけだったが、多くの経験を経てある程度は冷静に姉を見られるようになった。

「姉さんはスキルを得て何をしたいのですか。……いや、現在進行形で何をやっているのですか」

あの日以来、ずっと姉の情報を集めてきたが彼女の尻尾を掴むことすらできないでいた。

関わったのではないかと思われる事件は、幾つも耳にしたが確証は存在せず、せいぜい噂程度でしかない。

「何って決まっているじゃないの。弟である貴方の全てを強奪するの。でもまだオンリースキルが奪えないけどね。オンリースキルの仲間を増やして、どれか取れるスキルはないかずっと試しているのに、レベルも上げているのに、まだ取れないの」

頬に指を当てて小首を傾げる仕草は、洞察力がなければ可愛く見えたかもしれない。

あの目だ。表情は笑っているのに目が笑っていない。あの瞳の奥底にどんな狂気を秘めているのか。

「姉さんがオンリースキル所持者を集めているのは、そんな事が理由なのですか」

「そうよ。いつ、どんな、オンリースキルが強奪できるようになるか分からないでしょ。その為には実験が必須だから」

独占欲、なんて生易しいものじゃない。

俺から全てを奪うために姉は生きているというのか。

「何故、私にそこまでこだわるのです。今の姉さんなら、なんでも思いのままでしょうに」

「違うのよ。違うの。私は弟のスキルが全部欲しいのぉ」

頬を主に染め、指をくわえ物欲しそうに俺を見つめる姉。

これが姉の生まれ持った性格なのか、それとも『強奪』スキルの影響なのか。

歴史上、『強奪』スキルを得た者は、ありとあらゆるものを奪ってきた。

それは、国であり、女であり、富であり。

スキルはレベルが高ければ高いほど、その効果は増す。

姉の『強奪』は今までの所有者と比べて断トツに高くなっている事だろう。そんなスキルの影響をもろに受け続けている姉の精神は、何処まで汚染され狂っているのか。

もう、引き返せない。

もう、昔の姉には戻れない。

戻れたところで今までの罪が消えるわけでもないのだが……。

「姉さん、『強奪』を鍛える為に、どんなことをしてきたのですか」

「うふっ。知りたい? どうしよっかなー、教えてあげよっかなー。って、そんな怖い顔しないでよ。ちゃんと教えてあげるから」

「可愛い子ぶる歳でもないでしょうに」

「ひっどーい。そんな事言ったら教えてあげないぞ」

頬に手を当ててウィンクするな。うん百歳のくせして。

また無意識の内に苦笑いを浮かべている自分に気づき、表情を引き締める。

昔を思い出すやり取りに、また心が和みそうになった。いい加減学べ。

「愛しの弟と別れてから、私は各地を転々としたのよ。同じように村々を回り、街でスキルレベルの高い人を見つけては、スキルを貰ってきたの」

貰う……か。奪う、だろ。

どうやって手に入れたのかは聞くまでもないが、一応確認しておく。

「どのようにして、譲ってもらったのですか」

「問答無用でバレないように奪ったりしたわね。バレた場合は噂が広まると困るから、申し訳ないけど生まれ故郷と同じように……証拠隠滅ね」

つまり村や町を壊滅させたという事か。

「ちゃんと山賊や魔物に襲われたように、工作はしておいたわよ」

親指を立てて突きつけて、自慢げな顔に苛立つ。

人を殺すことに罪悪感がないのは既に経験積みだ。姉に倫理観を求めるのは無駄だと理解してみる。

――今の姉は油断して隙だらけに見えるが、攻撃を仕掛けてみるか?

膝を少しだけ曲げて、スキルを攻撃系に入れ替える。

「あらっ、お姉ちゃんにイタズラする気なの?」

「何の話ですか。バカな事は言わないでください」

察知されたのか?

動揺を殺し平静を装ったが、あの瞳を前にすると全てを見透かされているように感じてしまう。

『鑑定』を姉が所有していたとしても、スキルの入れ替えは『隠蔽』で防ぐことが可能。

もし姉のスキルレベルが『隠蔽』を上回っていたとしても、保険として大いなる遺物の一つ、『鑑定』を防ぐネックレスを身に着けている。

これは相手のレベルに関係なく完璧に防ぐ、とアリアリアが言っていた。

ならば別のスキルで俺の事前行動を察知したと考えられる。

「色々考えすぎよ。弟の考える事は何でも分かるの!」

心を読まれたのか。どこぞの王子のように『精神感応』が使えるのか。レアスキルだが王子の前に所有していた相手を、奪って殺したのなら納得はできる。

「まーた、考え込んでる。癖って、何百年経っても抜けないものなのね」

癖を読まれたというのか。肉親であるからこそ相手の考えが読める……それが嘘でない証拠が……なら、俺だって姉の心を……。

いや

なんだ

この感覚

らしくない。俺はさっきから無駄に考えすぎていないか。

思考が混乱して余計な事ばかり頭に浮かんでいないか。

数百年この日の事を考えてきた。心構えも備えも万全だったはずだ、なのに……。

まさか――何かしらのスキルの影響下に入っているのか。

『状態異常耐性』は最高レベルで発動中。精神的影響は皆無に近い……はずだ。

「んー、過信は禁物だぞー。でも、立派立派。普通なら既に立っていないほどの影響を受けているはずなのに、まだ耐えているよね」

今日一番の笑みを見せる姉。

やはり、何かしらの精神に悪影響与えるスキルを発動しているのか。

「うふ。どうせ、私と再会した時にどんな状況にでも対応できるように、とか考えて様々な対応策を考えていたんでしょ。昔っからそうよね。器用貧乏な発想と言うかなんと言うか。私はね物理攻撃系も奪ったけど、集中的に魔法や精神に影響を与えるスキルを奪い、鍛え続けたの」

そういう……ことか。

あらゆる状況を想定して、スキルを広く多く取り続けた俺。

集中して特定のスキルを磨き続けた姉。

同じ歳月を生きていても、スキルの鍛え方の違いでその能力は大きく異なる。

会った当初から想像以上に精神の乱れを感じたのは、姉との遭遇に動揺しているだけではなく、既に何らかのスキルが発動していた。そういうオチ。

この展開も想定の範囲内にあった。故に『状態異常耐性』も鍛えてきたつもりだったが、足りないというのか。

「こういうのって守る側より攻める方が有利なの。貴方は多くの対抗策を考えないといけない。私はたった一つでいいから上回る手段を手に入れたらいい。……でも本当に立派よ。心の声も若干聞きにくいし、頑張ってきたのね。だーけーど、その状態で他のスキルを防げるのかしら」

これからの展開に確信がもてたのだろう。声に自信があふれている。

精神の動揺は思考と……身体能力さえも鈍らせてしまう。

姉が一歩一歩近づくたびに、体への圧力が大きくなり、体を支えられなくなった俺は片膝を突く。

ダメだこのままでは完全に呑まれる。

「してやられたかもしれませんが、まだ姉さんはオンリースキルを奪えないのですよね」

「うん、そうよ。でもオンリースキル以外なら奪える。今まで貯めに貯めた全てのスキルを奪う事ができるの! 想像してみて。何百年もの成果がここで全て失われるの。ねえ、悔しい? ねえ、お姉ちゃんごめんなさいって謝ったら、許してあげてもいいわよ?」

俺の前に歩み寄り顔を突き出して、そんな事を言い出した。

優越感に歪んだ笑み。それが目の前にある。

勝ちを確信して愉悦を感じているのか。

……ああ、今にして分かった。――姉が何をしたいのか。

「姉さんは、自尊心が無駄に高いのですね」

「はぁ? この期に及んで何が言いたいの?」

笑みが更に凶悪に歪む。

美人だった面影は微塵もない。

「姉さんは俺の全てを手に入れたいわけじゃない。俺への劣等感を拭い去りたいだけだ。弟よりも姉である自分が優れている。それを思い知らしたいんだよ、俺に」

姉の顔から表情が消えた。顔が遠ざかっていく。

前かがみになっていた姿勢を正し、腕を組んだ状態で俺を見下ろしている。

――正解を言い当てたか。

人にとってはくだらないと一笑するような話だ。だが、身内への嫉妬は馬鹿にできない。

兄弟を排除するために国を二分した内乱が起きた話など、長い歴史の中で見れば両手の指では足りないぐらいだ。

俺だって人の事は言えない。真相を知るまでは、姉を誇りに思いつつも……妬み羨んできたのだから。

姉の想いは俺なんかより、もっと強烈で苛烈だっただけの話。

スキルの『強奪』により奪いたいという欲求と、産まれてから俺を羨み生きてきた心。二つの要因が混ざり合い、今の姉の人格を形成させたのだろう。

「本当に馬鹿馬鹿しい。つまりは何百年も飽きずに続く、周りを巻き込んだ壮大な姉弟喧嘩ってことですか。姉さん、バカじゃないのか?」

ここで初めて子供の頃の口調に戻して、心底相手を蔑んだ嘲笑。

その瞬間、姉は無表情なまま手のひらを俺に向ける。

「もういいわ。可愛くない弟なんていらない」

手のひらに黒い光が収束したかと思うと、即座に一条の黒い光が放たれた。

表面上は変化のなかった姉だが、かなり動揺しているようで、精神への重圧が殆ど消えかかっている。

挑発した甲斐があった。これならば!

『俊足』『跳躍』を発動させて、右へと全力で跳ねる。

黒い光が地面に激突すると、稲光を伴った黒い爆炎が広がっていく。

一気に十メートル以上飛んだが、このままでは巻き込まれてしまう!

魔法発動に必要なスキルをセットして、一番得意な魔法である『土属性魔法』を発動。

正面に大きく分厚い土壁が現れ、その全てを受け止める。

「これは酷いっ!」

だが土壁は既にひびが入り崩壊寸前。

慌てて更に二枚。

「いや、三枚だっ!」

咄嗟にもう一枚の土壁を並べる。

一枚目が崩壊。二枚目も全体にひびが走り爆散。

三枚目にも亀裂が見え始め、限界寸前。

そして最後の一枚が壊れる直前に爆炎が消え去る。と同時に土壁が崩れ落ちた。

ここでギリギリ助かったと安堵している余裕はない。土煙に紛れて俺は既に全力で後方へ駆け出している。

今は相手の怒りを誘い何とか影響下から逃れられたが、姉の精神攻撃への対策をどうにかしなければ勝ち目は薄い。

情けない話だが、こうなったら逃げの一手しかない。

『跳躍』『俊足』により地面を勢いよく蹴りつけ、飛ぶように走る。

この二つは行商人として移動時間を短縮するために日頃から使い込んでいる。同じスキルを所有している人からも積極的に買い取ってきた。

これなら姉も追いつけまい。

予期せぬ姉との遭遇だったとはいえ、考えが甘かった。

姉が俺に刺客を送ったのもどんなスキルがあるか調べるため。それは理解していた。だから姉の目を気にして手の内を見せないように、できるだけスキルを多用して勝つようなことは避けてきた。

だというのに、この状況か。

『無駄よ』

姉の冷たい声が直接脳内に響く。

これはスキルの力か。普通に声が聞こえたのなら距離や相手の位置が測れるが、これだと何処にいるのか感知できない。

気配は相変わらず存在しない。

俺に対する対策を万全に整えてきた姉に、背を向けて走る危険性は覚悟の上だ。

魔法で狙い打たれないように不規則に左右に揺れながら走り、距離を広げていく。

今のところ追撃はない。逃げ切ったか? ……という油断はしない。

警戒は途切れさせるな。あの姉がそう簡単にあきらめるはずがない。

そんな考えに応えるように、足下から振動が伝わったかと思えば進路方向の地面が盛り上がり、巨大な壁が視界を埋め尽くす。

平原の端から端まで到達しそうな、とんでもない長さの巨大な壁が俺を睥睨している。

高さも見上げたこちらの首が痛くなるほどだ。

「尋常ではない魔力ですね!」

魔法関連を鍛えてきたと言うだけの事はある。魔法に関しての能力は桁が違う。

だけど、身体能力は上回っている。そう信じるしかない。

スキルスロットに『 登攀(とうはん) 』を入れて、目の前の壁を登っていく。

それだけでは登りきるまでに時間がかかる。こちらも『土属性魔法』で壁に足場を発生させて、『跳躍』も活用しながら壁を登り切ってみせる。

ここで引き返すのも、壁沿いに走るのも相手の思うつぼ。あえて真っ直ぐ逃走するのみ!

『だから、甘いのよ』

作り出した土の足場に着地すると同時に、壁と足場から先端が鋭く尖った土の槍が俺を貫こうと飛び出す。

「分かっていましたよっ!」

スキルスロットを逃走用に揃える。

『跳躍』『登攀』『俊足』『俊敏』『瞬発力』『直感』『曲芸』

これでどんな攻撃でも躱してみせる。ついでに『道化』も入れて回避力の向上と相手への挑発も兼ねてやる。

身体能力でしか勝っていないのであれば、それだけに集中するのみ。

姉が目で捉えているのであれば、視界には飛び跳ねながら踊るようにして避けている俺が見えている。

これで苛立って精度が下がってくれればいいのだが。

かなりの距離が開いているはずなのに、土槍での攻撃は精密だ。これは見えているというよりも、俺の気配を読み取っている可能性が高いな。

『気配察知』のレベルが異様に高い事が考えられる。『隠蔽』は発動させているが、それでも相手の『気配察知』が上回っている。

気配というのはその人の肉体からあふれる力、生命力のようなものだ。

なので数百年かけて鍛え上げられた俺の体は、他と比べて気配がかなり強い。

例えるならチャンピオンと一般市民の気配は、巨大な炎の塊とろうそくの火ぐらいの差がある。

『隠蔽』の効き目が人より弱くなってしまうのは、仕方のない事なのだ。

「これはどうにかしないと、逃げ切れませんよ」

巧みに土槍を避けながら壁を登ってはいるが、こうしている間にも追ってきている姉との距離が縮まっていく。

土槍の数と精度が上がってきているのが、その証拠だ。

壁の頂上が見えてきた、これなら届くか⁉

膝を曲げて力を溜めると一気に跳躍した。

途中、俺を貫こうと飛び出してきた土槍を掴み、それを利用して体を回転させ手を放す。遠心力を利用して更に上へと跳ぶ。

壁の頂上にギリギリ手が届き、右手の指が引っかかると『怪力』で自分の体を押し上げる。

そして、全力で足下を蹴りつけて壁の向こう側へと跳躍しようとした瞬間、足裏の感覚が消えた。

『もう壁いらないよね』

姉が壁を消しやがった。

崩壊した土壁と一緒に地面へと落ちていく。

迷っている余裕はない!

足場もない空中で無防備な姿を晒している。ここに姉の魔法を撃ちこまれたら!

最悪の展開が頭をよぎるが、それは想像で済まなかった。

こちらに向けて黒い稲光を放ちながら、魔法の一撃が迫って――

「あーあ、やっちゃった」

女は残念そうに呟くが、その声に顔に後悔の色はない。

気配を読むのに長けた女は、崩壊した土壁と一緒に落ちる自分の弟の気配を手に取るように感じていた。

『隠蔽』のレベルを上げて誤魔化そうとしたようで、かなり気配が小さくなり魔法か何かで空中を移動したようだが、それでも足りなかった。

そこに渾身の一撃を放ち、空中で命中した弟は跡形もなく消え去る。

「これぐらいじゃ、死なないと思っていたのに。買いかぶりすぎていたのかな」

さっきと違い声は憂いを帯びている。

その顔には後悔がありありと見えた。

殺す気はなかった。弟の実力を信じて放った一撃だった。だが結果はこれだ。

「望みが消えちゃったな。これからどうしようかな……」

弟が消滅した虚空を見上げ、暫く何をするでもなくぼーっと虚ろな瞳を向けていた姉だったが、踵を返してその場から立ち去って行った。

姉が消えて半日が過ぎた戦場跡の地面の一部が盛り上がり、そこから全裸の回収屋が姿を現す。

土にまみれ汚れてはいるが、彼は生きていた。

「危なかったですね。辛うじて、首の皮一枚で繋がりましたか」

死を覚悟したが、なんとか姉の目を誤魔化せたか。

一か八かの策だったが、命を取り留める事ができた。

あの時、俺は自分の気配を消す事だけを考えた。『隠蔽』スキルを最高レベルで発動しても、俺の気配は完全には隠し切れない。

だったら、自ら気配を小さくすればいい。

そこで秘蔵のスキルの一つである『若返り』を発動させて、自分の年齢を極限まで若返らせた。

胎児まで。

これだけなら俺は直ぐに死んでしまう。なので『結界』で魔法の余波を防ぎ、『頑強』『回復力』を最大まで同時に発動。

か細い生命力なら『隠蔽』で完全に覆い隠す事ができる。

でも、それだけではまだ不十分だ。姉は気配が消えたら怪しみ、ここ一帯を焼け野原にするぐらいの事はやってのける。そういう人だ。

そこで俺はもう一つ策を講じた。

胎児に戻る前に、自分の左腕を切り離した。

そしてそれを離れた場所に投げつけ、俺の気配を誤認させ囮にしたのだ。

苦肉の策とはまさにこの事か。

自分の失われた左腕に目をやる。

肩の少し先から何もない。血は『回復力』のおかげで既に止まり、命に別状はない。

今回の授業料としてはかなり高い駄賃だが、姉の能力を知り、生きて帰る事ができるのだ。儲かったと思っておこう。

「暫くは、拠点に戻らない方が賢明でしょうか」

俺が死んだと思っている姉の目から逃れ、対策を講じるためにも身を隠した方がいい。

唯一の懸念材料は『捜索』スキルの存在だが、姉は俺が死んだと信じた。

その事でスキルの対象外になった、と願うしかない。

「まずは服ですかね」

胎児になったことで服が脱げてしまい、服と荷物の全てが魔法の余波により消滅してしまった。

このまま立ちすくんでいてもどうしようもないので、裸のまま歩き出す。

まだ、旅は終わっていない。

まだ、終わらせるわけにはいかない。

姉を知り、決意は固まった。

これからは姉を倒す方法を模索しなければならない。

「受け身は終わりです。ここからは私からも攻めなければ」

次に姉に会っても動揺はしない。

覚悟は決まった。もう容赦もためらいも必要ない。

力不足は理解した。これからはもっと効率的に考えて、スキルを買い取る必要がある。

長い歳月を生きてきたが、今までの曖昧な目的ではなく最終目標ができた。

「姉の命を回収する」

おそらくこれが回収屋としての最後の仕事だ。

だけど、それはまだ先の話だろう。

胸に溜まった何かを吐き出すように、大きく息を吐く。

ほんの少しだがあの戦いの最中に、自分の長い生が姉の手によって終わりを告げる、という誘惑に魅力を感じていた。

あまりにも長く生き過ぎた。姉に殺されるなら本望だったのではないか……と。

「自分だけ逃げるのは、あり得ないか」

苦笑しながら馬鹿な考えを振り払う。

頭に浮かぶのは姉の姿ではなく、多くの客と友の顔。

俺はみんなの望みをまだ叶えていない。

回収屋が廃業になるのは、まだ先のようだ。

「まさに裸一貫からの、新たな旅立ちですか」

自嘲気味に呟くと、長い旅を終わらすために一歩一歩進んでいく。