軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

めい探偵

「犯人はこの中にいます。これは密室殺人です!」

殺人現場にいる俺達をビシッと指出す男は、妙な格好をしていた。

トレンチコートに 庇(ひさし) が前後にある特殊な形状の帽子。口には何故かペンをくわえている。

「私の記憶が確かなら、これは完全犯罪です! と祖父ならそう言う事でしょう!」

この人は確か、屋敷の主人である作家に招かれた熱烈なファンだったか。

ここにいるのは、青年と俺と執事とメイドが二人。あと地面に寝そべったまま動かない作家。

執事は髪の毛をびっちり整髪料で硬めて、生真面目そうだ。

メイドは髪の毛を後ろで一つにまとめていて、特に特徴のない顔をしている。そっくりな顔をしているので双子か。

推理小説のワンシーンのような場面で商人である俺だけ浮いている。

状況がいまいち把握できていないので、今朝からの記憶を呼び起こすことにした。

今日の依頼人は島に屋敷を建てて住んでいる変わり者の作家。

人嫌いで屋敷にはメイドが二人と執事が一人しかおらず、家族もいない男らしい。

金持ちが回収屋の存在を嗅ぎつけ、こうやって接触を図るのはよくある話。人柄を判断して、大丈夫の様なら危険性のないスキルであれば売買を行うつもりだ。

資産家でもある作家の船に港から乗り込み、半日の船旅を終えたどり着いたのは孤島だった。

いつもはメイドと執事と主のみの館らしいのだが、今日は作家の熱烈なファンである男がいた。

変わった格好の青年は心底作品を愛しているようで、その情熱を初対面の俺に熱く語ってくれた。正直……騒がしくて邪魔なので適当に聞き流しつつ、相槌を打っておく。

夕食で振る舞われた食事は執事が作ったのだが見事なもので、興味をもってスキルを『鑑定』すると、『料理』スキルが高レベルで存在していた。

立派な浴室で優雅な入浴を楽しみ、一息ついていたタイミングでようやく「主から依頼について話があります」と執事から伝えられて、主の部屋に向かう。

だが分厚い木製の扉には鍵がかかっていて、叩いても返事がなかったので執事を探して現状を説明した。

この部屋の鍵は主しか持っておらず、マスターキーも存在しないので俺達は鍵を壊し、中へと飛び込むとそこには血まみれとなった作家が転がっていたのだ。

そして、今に至る。

「おっと、先生には触れないでください。犯人による証拠隠滅の恐れがありますので」

作家へ真っ先に駆け寄り、脈や怪我の具合を確かめていた青年がそう言い放つ。

青年の妙な格好は、作家の作品に出てくる登場人物の真似らしい。どんな難事件も解決する名探偵だったか。

「見ての通り、この部屋は完全な密室です」

作家の部屋は資産家にしては殺風景で、頑丈そうな机と座り心地のいいクッションの椅子。後は本棚ぐらいしかない。

窓は大きなものが一つあるが、窓の先には大海原が広がっている。切り立った断崖絶壁の上に建てられているので窓の外には足場がなく、かなりの高台にあるので窓からの侵入は難しいだろう。……と普通は考えるだろうな。

「この窓には鍵がかかっていましたし、もし鍵を開ける方法があったとしても、この断崖絶壁では侵入は不可能でしょう」

ドヤ顔で青年が語っている内容は、さっき俺が思ったことと同じだった。

「更に部屋には鍵がかかっていて、部屋の鍵は先生が所有しているのみ。その鍵も先生が所持していました」

現状維持を訴えていたくせに、一番現場を荒らしているのがこの青年なのだが。

確かに部屋の鍵は特殊な形状で鍵がないと開けられないだろう。……本来は。

「死因は背中を短剣で一突き。抵抗した跡がないので、睡眠薬でも飲まされ無防備なところを背中からグサリ、といったところでしょう」

顎に右手を当て、左手は帽子を外し机に置くと頭をボリボリと掻いている。青年は完全に名探偵になりきっているようだ。

「まずはホールに戻りましょう。ここで騒いでは先生も安らかに眠れないでしょうから」

全員が部屋から出て、二階にある作家の部屋から一階のホールへと移動する。

探偵気取りの青年はホールに置かれたテーブルを中心にグルグルと回ると、ピタリと歩みを止めてこの場にいる、俺、執事、メイド二人をじっと見つめた。

「この状況から考えられる犯人は一人。先生を殺した犯人は執事さんあなたですね!」

ビシッと執事を指さす青年を俺は冷めた目で見つめている。

「私が犯人⁉ 尊敬する主を殺すだなんて、あり得ません! それになぜ私が犯人だと!」

「睡眠薬を料理に仕込めたのは、あなただけではないですかっ!」

「確かに作ったのは私ですが、料理を運んだのはメイドたちですよ?」

執事のもっともな指摘に、自信ありげだった青年の顔が凍り付いている。

それに睡眠薬として有名なものは確か熱に弱いので、熱々の料理に仕込んだところで効果は消滅する。冷たい飲み物に入れるのが一般的だろう。

となると、料理担当の執事よりも配膳をしたメイドの方が怪しくなってくる。

「それに密室はどうなったのですか? 鍵は主しか持っていないのですが」

「そ、それはあれですよ。執事であるあなたが合鍵を作っていたのです」

「あの鍵は特殊な金属で作られていますし、鍵は鎖で繋いでありネックレスとして風呂場にも主が持って入っているのですよ。肌身離さず所有していた主からどうやって?」

「えーとですね、そこは、こう、その、あれですよ。睡眠薬を飲ませて鍵を奪って……」

しどろもどろになりながらも、自分の推理を崩そうとはしない。

そもそも、無理しかない推理なのに。

本人は名推理だと思っているようだが、その推理には致命的な欠陥がある。――スキルの存在だ。

普通なら不可能な状況だろうが、スキルがあれば現状を 覆(くつがえ) せる。

密室の鍵は『鍵開け』のスキル。

断崖絶壁は『 登攀(とうはん) 』のスキル。

気づかれずに殺すのは『暗殺』のスキル。

これがあれば事足りる。スキルレベルはある程度必要だが、この場には条件に見合う人材が揃っている。

というより、青年を除いたこの場にいる全員に『鍵開け』『登攀』『暗殺』のスキルがある。それも結構レベルが高い。もちろん、俺も所有しているのだが。

つまり、彼以外の全員がこの密室殺人(仮)は可能だということになる。

ただの執事とメイドがこのスキルを所有しているのは偶然と呼ぶには出来過ぎている。盗賊崩れか……現役か。

どっちにしろ俺も彼も危険な状況と言う事になる。執事とメイドたちはその関係性以上の繋がりがあるとみるべきで、犯人ではなかったとしても警戒しておくべき人物だ。

「むむむ、先生の作品では主人公の推理が的中するというのに。先生が死んでしまったのは痛手だが、その無念を私が必ず晴らしてみせます!」

小説の主人公の推理が的中するのは、物語の都合というのがあるし、何故か作家の作品ではスキルを所有している人が異様に少ない。あと、スキルを封じる都合のいい魔道具が頻繁に出てくる。

スキルが存在したら今のように何でもありになってしまうから、苦肉の策なのだろうけど。それに実際の話、高レベルなスキルというのは結構珍しい。

俺は職業柄、高レベルな人に遭遇するのが多いので忘れがちなのだが、基本スキルレベルは5前後が普通なのだ。

だというのに、執事、メイド共にレベル10を超えている。このスキルは後天的に覚えることが可能なスキルなので、彼らはどこかでそれを仕込まれたということになる。

まあ、現役の盗賊か経験者なのは確定だな。それも同じ組織に所属していると考える方が妥当だろう。

熱弁を振るっている青年には『速読』ぐらいしか高レベルなスキルはない。後はレベルが低いが『交渉』『校正』といったスキルもある。彼が犯人でないことだけは確定だな。

「まだ情報も少ないですし、決めつけるのは早いのではないでしょうか。外は暴風雨で船も出られない状況です。犯人が逃げる恐れもありませんから、今晩はゆっくり体を休めて明日に、もう一度皆さんを集めて事情聴取をするというのでどうです?」

「そうですね。商人さんのおっしゃる通りです。決めつけは良くありませんね。執事さん申し訳ありません」

「いえいえ。このような状況です。冷静な判断力を失われて当然。私も動揺が抑えられませんので。メイド達も怯えてしまっていますし」

メイド達はこの部屋に入ってから一言も口にしていない。

驚き怯えているように見えるが、瞳には強い光が見える。あれは、怒りか?

死体を見てメイド達は驚き、そして怒りを覚えた。犯人の感情としては違和感がある。執事は感情の揺れがない。『心理学』を発動させているのだが、感情が全く見えてこない。

『隠蔽』レベルの高さは伊達じゃないな。もし、盗賊だとしたらこの執事かなり有能だぞ。

「犯人が分からない現状で、バラバラに行動するのは危険です。全員ホールで一緒に夜を過ごすというのはどうでしょうか?」

「いや、僕は誰も信用していない。犯人と一緒に夜を過ごすなんてごめんだ。一人で部屋に鍵をかけて閉じこもっているよ」

そう言って、青年は自分の部屋へと戻ってしまった。

まるで小説のような展開だな。作家の依頼を受けてから彼の本を数冊読んだのだが、こういうことを言う人は真っ先に殺されていた気がする。

「商人様はいかがなさいますか?」

執事に問われて返答に迷う。作家以外には俺の正体は知らされていない。ただの商人だということになっている。

回収屋だと分かっているなら、俺のことを警戒するかもしれないが商人だという認識ならボロが出るかもしれない。彼らと一晩を共にして、妙なことをしてくれば犯人の特定もやりやすい。

「では、安全を期して共にホールで過ごさせてもらっても構いませんか?」

執事とメイドの了解を貰い、ホールで一晩を明かすこととなった。

寝たふりをしながら一晩中、気配を探っていたが妙な行動をとった人物は、容疑者の中には一人もいなかった。

執事達が俺に襲い掛かることもなく、静かに時が過ぎていく中、『聞き耳』で得られた情報が幾つかある。

「主が何故……」

「我々を追ってきた組織のものでしょうか?」

「おそらくは……。恩のある主様にあのような真似を。許せません」

といったものだ。執事とメイドの会話から察するに、三人は同じ仲間で犯罪組織を抜けたところを作家に拾われ、ここに住み込みで働いていること。

彼らは主を慕っていて、殺すなんてことはあり得ない。ということが分かっただけだった。

犯罪組織が作家の資産目的で執事たちを送り込み殺したのかと思っていたのだが、その予想は大きく外れた。

となると、犯人の可能性があるのは登場人物の中では、作家の熱烈なファンである青年のみとなる。名探偵気取りが真犯人だとしたら、物語としては面白いかもしれないが……。

と昨晩までなら、そう思っていただろうが今は違う。

「朝食がもうすぐ完成しますので、アニマ様を呼んできます」

メイドの言うアニマというのは、あのファン青年のことだ。

気配は部屋から一歩も出ていないので、まだ寝ているかもしれない。

もう一人のメイドと執事は朝食の準備中。メイドは今、彼を起こしに行った。今俺は一人で誰の目もない。

「今しかないか」

あれから作家の部屋に一度も入っていないのだが、このタイミングなら誰にもバレずに侵入できる。

俺は足音も気配も殺して部屋の前に移動した。

誰も入れないように壊された鍵の代わりに置かれていた大きなツボを横に移動させ、そっと室内へと滑り込む。

昨日とほとんど変わりない室内には主の死体が――ない。

作家は椅子に背を預け原稿を前にして唸っていた。

「あー、話が進まない。どうすれば……はっ! 回収屋さん、どうして中に⁉」

血のついていた服を着替えた作家が俺に気付くと、眼球が零れ落ちそうなぐらい目を見開いている。

「やはり、死んだふりでしたか」

死体発見時が初対面だったので、作家のスキルを一切調べていなかったのだが、今彼の頭の上には『死んだふり』というスキルが堂々と浮かんでいる。

『死んだふり』は草食動物や弱い魔物が所有していることがある、結構メジャーなスキルなのだが人が所有しているのは珍しい。

これを発動すると、表面上は死んでいるようにしか見えず、脈や心拍を一時的に止めることも可能となる。死後硬直の真似事もできるので、調べても死体としか思えないそうだ。気配も微弱になるので、死亡直後と殆ど変わらなくなる。

俺も気配を探った時に死体と勘違いしたぐらい見事なものだった。

……夜中に全員の気配を調べていたら突然、作家の気配が復活して部屋中を動き回り始めたのには驚いたが。

「どうして、このような真似を?」

「すみません。あなたを騙すつもりはなかったのですよ。ただ、あの編集者を騙して締め切りの時間を稼ぎたかったのですっ!」

「…………」

苦笑いのまま顔面の筋肉が硬直した。

深刻な告白を聞かされるのかと思ったら……そんなことだとは。

「あなたを呼んだのも、小説に生かせるスキルを売ってもらうか、参考になるようなお話を聞かせてもらう為でした。この孤島を買い取り、編集が直ぐには来られないように対策を練ったというのに……まさか、ここまで原稿の催促にやってくるなんて!」

「えっと、編集者というのはあの青年の事ですか?」

「ええ、私の作品を気に入りすぎて、作中のキャラになりきる悪癖がある男です」

……そういや、ファンだと公言して話をしていたが、職業は聞いてなかったな。まさか、作家の担当編集だったとは。

「あなたが『死んだふり』をしているというのは、執事さんやメイドさんは知っているので?」

「敵を欺くにはまず味方からと言うではないですか。彼らにも話しておりません。編集が帰ってから教えるつもりですが」

執事とメイドの元盗賊という設定は何の関係もなかったと。

この大事の後始末をどうするつもりなのだろうか、この作家は。

編集が騙されたまま街に戻れば、原稿の催促は無くなるだろうが……彼は資産家で著名人だ。このまま放置という訳にはいかない。兵士や自警団を連れてきた時にどうするんだ。

それに作者死亡の情報はすぐさま新聞に載ることだろう。それを訂正するのにどれだけの手間と金が必要になるのか。

執事たちも主が死んだと勘違いして編集と一緒に島を抜け出し、犯罪組織に作家の弔い合戦を挑みかねない。

今後の対応を考えるだけで、他人事だというのにうんざりする。

「ということで、回収屋さん。この締め切りと言う名の逆境を乗り越える、小説のネタかスキルはありませんでしょうか!」

俺に縋りつく作家を見下ろしながら、ゆっくり口を開いた。

「そうですね。『話術』をお売りしますので、言い訳を頑張ってください」