作品タイトル不明
247:気の緩みが腹の弛み
東の国では既に伝染病による犠牲が多数出ており、人々は川へ近づかなくなっていた。
混乱状態ではなく、一通りの被害が済んで、今は病人の対処に頭を悩ませている段階だという。
原因不明の上、死に至る病とあって、その恐怖は尋常なものではない。
生活用水も川ではなく井戸で済ませているらしい。
現地の役人に話を通し、病の原因を探るため、川近辺の住人に話を聞いて回ると、意外なことがわかってきた。
「そもそも、川を利用しなくても、元の生活に戻っただけなんですよね~。あの川は近辺の領主が勝手にいじって流れを変えちゃっただけなんで~。なんかね~、このあたりで水田をやりたかったらしいですよ~。こっちの地域にも小さな用水路があったんですけど、川と繋がれたせいで、使えなくなってしまいました~」
「そうそう。俺たちからすると、いらんことをしやがってという感じですけど。川が通らなけりゃ、病気も起こらなかったはずだし。で、あんた、どっから来たんです? 中央の国!? まあ、病気を解決してくれるなら、どこの誰でも歓迎です。うちも親戚がやられてしまって……」
近辺に暮らす人々の話は、大体こんな感じだった。
私は情報を持ち帰り、東の国の拠点でリカルドと話し合う。その間、医師たちにも情報を集めてもらっていた。
「……というわけで、ちょっと前に、川の流れを変えたのが原因みたい。住人の話だと、それによって病気の原因がこちらの地域に流れてきたんじゃないかって」
「現地の人々の話は、案外当を射ることもある。俺は領主の関係者に話を聞いてきた。少し前、ここの領主の娘が隣の領主に嫁いだ。記念事業として河川の拡大工事をしたのだとか。稲作を始め、税収を上げたいという狙いもあったらしい」
「米は生産効率がいいからね。だとすると、もともと川が流れる地域でも病気が発生していたのかな?」
「そのような病気は起きていないそうだ。水を引く過程で、何かが混じったのかもな」
「……聞いたことのない話だね。でも、レニの書物に似た話が載っていたかも」
「ああ、俺も読んだ。グレイソン殿下も目を通しているはずだ」
東の国へ来る前に、私たちはレニの遺した書物から、大体の病気の予想を付けてきていた。
書物に記されていた記録によると、前世で昔発生した寄生虫による病気に似ている。
現地でグレイソン殿下の部下が調べたところ、情報が記録と一致した。
その寄生虫の幼虫は人の皮膚を貫通して体内に侵入するという恐ろしい性質を持っており、さらには体内で育って成虫になり、血管内で産卵して増えていくという。
これらの寄生虫は貝などを宿主として増殖するらしい。
どういう経緯かはわからないが、川から用水路へ人為的に水を繋げたことで、繁殖してしまったようだ。
(私が病気について、もっと詳しく知っていればよかったけど、今回は前世の知識も少女漫画の知識も役に立たない)
過去の記憶が全く当てにならない事態は初めてだった。心許なくてたまらない。
(でも……)
レニの遺品に頼ってしまう形だが、ここまで来て何もしないわけにはいかなかった。
かつての世界には、今回の病気に対応した駆虫薬があったらしいが、今の世界には存在しないし作れない。
レニもその薬を作るのを断念したようで、記録には遺されていなかった。
この世界にも代わりとなる薬は存在するが、確実ではない上に副作用が強いものだ。
「吐酒石か。この世界では駆虫薬の他にも、催吐剤や去痰剤として使われる薬だよね」
レニの遺した記述にあったのは、吐酒石という薬だった。
とある金属を熱して酸化させたものと、ぶどう酒を作る際に出る副産物とを合わせて作られている。
(薬は用意してきたけど、吐き気や腹痛も起きる劇薬なんだよね。このあたりは連れてきた医師の判断に任せよう)
馬車での長距離移動や、一日中歩き回ったせいで、私の体はくたくただった。
(ああ、甘いものが欲しい……いや、我慢だ)
心を無にするため、拠点にある自室でスクワットを始めると、リカルドがもの言いたげな視線を送ってきた。
「ブリトニー……こんなところまで来て、ダイエットしなくてもいいんじゃないか? 今日は疲れただろう?」
「何を言っているの、リカルド。気の緩みが腹の弛みの元になるんだよ? 馬車の中でいっぱい寝たから大丈夫!」
「はぁ~。ちょっと待ってろ」
ため息をついたリカルドは部屋を出ると、外で待機する使用人に何やら声をかけた。
この旅には医師の他にも護衛騎士や侍女や他の使用人もついてきている。
侍女ということで、別の部屋にはリリーや臨時で来てくれたマリアもいるのだ。今はメリルと共に休んでもらっている。
(リリーの部屋でゴキブリが大発生しなければいいな。リカルドの話だと、城へ行く前も屋敷で数回ゴキブリ騒動が起こっていたみたいだし……マリアがいるから大丈夫だとは思うけど、こまめに確認しよう)
リカルドが戻ってきてしばらくすると、使用人がフルーツの載った皿を持ってきた。
「ブリトニー、小腹が空いただろう? フルーツならマーロウ殿下の菓子より太らないはずだ」
「リカルド! 私の心が読めるの!?」
ベストなタイミングで間食を頼んでくれるなんて、彼は読心術でも使えるのではないだろうか。
「いや、長い付き合いだから、なんとなくわかる。そろそろ、甘いものが欲しいんじゃないかと思って」
「その通り! ありがとう、リカルド!」
お礼を言いつつ、一心不乱に果物に手を伸ばす私だった。