軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

240:母の思いと公爵の容体

(東の国の病気って、もしかして、ムーア公爵がかかっているものと同じなんじゃ?)

ピンときた私を見て何かを感じ取ったのか、リカルドが気遣わしげな視線を向ける。

「ブリトニー、あとは俺が話をつける」

「あ、ちょっと待ってリカルド。公爵夫人、一つだけお聞きしたいことがあります。公爵が東の国へ行った際、裸足で川に入りましたか?」

「あなた、なぜそれを? あの人は土木事業……河川の工事に立ち会ったのですわ。たしか、水の流れを変える事業だったかしら。暑かったから、皆で川に入ったそうよ。帰宅当初は元気だったから、いろいろ話してくれたわ。今は熱が下がらなくて」

思いつきの一言だったけれど、母には効果があったみたいだ。

でも、彼女の反応で、ますますヴィーカの情報にあった病気の線が怪しくなる。

「噂で聞いたんです、東の国で水場に裸足で入ると危ないって。水が問題らしいですが、詳しい内容まではわかりません」

「そうなのね。私が聞いた噂だと、東の国の一部で流行中の伝染病という話だったけれど。中央の国でも、何人かに広まっているらしいわ」

「いいえ、人から人には感染しない……はずです。その方たちは、東の国へ行ったことがあるのでは?」

ヴィーカの話と合致するならば、あくまで水が問題なのだ。

しかし、伝染病に関する騒ぎが起こり、中央の国や西の国へも影響が出たと彼女は語っている。ということは、ムーア公爵の病気も一連の事件に関わりがあるのだ。

(判明するのは、ずっとあとになってからなんだよね? それ、やばくない?)

すでに、中央の国まで伝染病の噂が広まっている。西の国が同じ状態になるのも時間の問題だろう。

間違った対処で騒ぎが余計に拡大しなければいいのだけれど。

「ブリトニー……」

呼ばれてそちらを向くと、いつになく不安げな表情の母がぎゅっと両手を握り込んでいた。

「あなた、病気に詳しいの? ねえ、あの人の病気を治す方法を知らない?」

私には似ていない大きな瞳には、僅かばかりの期待がこもっている。

父が駆け落ちしたあと、一人実家へ戻ったという母。

そして、家の方針なのか、すぐにムーア公爵の元へ後妻として嫁いだという。

ムーア公爵はもうお爺さんと言っていい年齢で、年の離れた二人だった。

けれど、母は公爵を大切に思っているのかもしれない。彼女の態度や言葉から、二人の仲が険悪ではなかったことがうかがえる。

もともと、ケビンの母親と父の仲を裂いて、強引に婚約や結婚に持ち込んだ母だ。

しかし、その後の夫婦関係は良好ではなかったようで、父は駆け落ちしてしまった。

今となっては、あの最低な父と別れて正解だと感じるけれど、当時の母が傷ついたであろうことは想像に難くない。たとえ、反則技で父との結婚にこぎ着けたとしてもだ。

いや、だからこそなおさら思うところがあったに違いない。

あんな父のどこがいいのかと疑問に感じるが、若い頃の彼はとてもイケメンだったそうなのだ。

(今は駄目男風のうさんくさいおじさんだけどね)

母の方を向いて、質問に答える。

「残念ながら、私は医者ではないのでわかりかねます。水が原因ということしか……」

「そうなのね。夫が参加した視察には、何人かの貴族が同行していたようだから、彼らの容体も心配だわ」

それは高位貴族としての母の顔だった。

(父に比べればずいぶんマトモなのに、どうしてアクセル様の提案を退けられないの?)

公爵の命がかかっているから、藁にも縋る思いなのだろうか。

(なんか、ややこしいことになってきた……)

私の婚約騒動が、思いも寄らぬ事態に繋がってしまうなんて。

せっかくのリカルドとの平和なアスタール領生活が台無しである。

「現地に夫の部下を派遣したの。でも、まだ原因を突き止められないわ。ブリトニー」

母はまた、縋るような視線を向けてくる。

「あの人を亡くしたくないの。どうか、アクセル様と婚約してちょうだい」

「……お断りです。彼と婚約したからといって、ただちに公爵閣下の病気が治るとは思えません」

彼女の気持ちはわかったけれど、それと私の婚約は別の問題。

アクセルとの婚約は心情的にも現実的にも無理なのである。母だってわかるだろうに。

彼女を諭すように、リカルドが静かに告げる。

「こちらでも、調べられる範囲で調べてみましょう。ただ、それ以上のことはできかねます。ブリトニーはすでに私の妻であり、これは王家も承諾した話です。あまり勝手をなさると、夫人の立場が悪くなりますよ」

「……っ」

彼に指摘されて唇を噛んだ母だけれど、無理を言っているのは承知の様子。

それでも、公爵の病気を治したい気持ちが勝るみたいだった。