作品タイトル不明
202:北東の領地から(ノーラ視点)
北の国の事件から半年以上が過ぎ、東北の領地に春が訪れた。
私――ノーラは北東の領主代理として日々仕事に励んでいる。
幅広い仕事に右往左往しながらも、王都からきた優秀な補佐たちのおかげでなんとか領地を回せている。弟も協力的で、いつも助けてもらっていた。
この北東の地、グレイニア伯爵領は三方を険しい山に囲まれた小さな領地である。
主な特産物は鉱山で採れる石だ。最近では、美容製品用に泥なども出荷している。
ここ数年で金属の加工技術なども向上し、収入も増えてきた。
とはいえ、少し前に北の国が攻めてきたため、領地の一部が荒れてしまった。
また、父がしでかしたことが明るみに出て、打ち切られた取り引きも多い。
さらに、最近は北の国での内乱が酷くなり、うちの領地にも難民が現れ始めた。
新しい課題も山積みだが、なんとか頑張っていきたい。
が……順風満帆とはいかないようだ。
土地柄に合わない女領主が許せないのか、父に嫌われていた私個人を排除したいのか、足を引っ張る人間が後を絶たないのである。
(なんなのよー! 力を合わせて、この領地を良くしていこうって気持ちはないの!?)
特に厄介なのは、老人やおじさん世代だ。
現状に適さない古い慣習やずれた感情論を持ち出し、頭ごなしに私に意味不明の説教を始め、仕事の邪魔ばかりする。
彼らは若い女が自分たちの上に立つのが気にくわないのだ。
さっさと私に引退して欲しがっている。
そして、幼い弟を領主に就け、自分たちの都合の良いように操作したがっていた。
(私だって、領主なんてやりたかないわよ! 結婚して、貴族の奥様として平穏な日々を送るのが理想だったんだから! でも、仕方がないじゃないの! 他に適任がいないのよ! あんたらがもっと頼りになったら、私だって領主の仕事を任せてたわ!)
王都から補佐の人たちが来なければ、今頃私はこの場にいられなかったかもしれない。それくらい、彼らの妨害行為は酷かった。
ちなみに、補佐の人員に交じって、グレイニア伯爵領には国王の間諜も紛れ込んでいるようだ。
父のことがあったので、一応警戒されているのだろう。
国に背く行為をしなければ、害はないと思われる。
だが、オッサン軍団の妨害行為は、しっかりと国王に伝わっているだろう。これ以上酷くなれば、何らかの手が打たれるかもしれない。
イライラしながら庭に出ると、あちらこちらで小さな花が咲き始めている。
最近は仕事部屋にこもりきりで庭を見る暇もなかったのだが、気温も少し暖かくなり始めたので、リフレッシュがてら散歩をすることにしたのだ。
とはいえ、園芸に興味のない父の指示のもと、我が家の庭は必要最低限の手入れがされているだけだった。
花の種類も多くないし、ほとんど植え替えないので、ずっと同じ花が咲いている。
心もときめかない、代わり映えのしない庭……だったのだが。
(なんか、別物みたいに華やかになってない?)
いつの間にか、どこの宮殿だと問いたくなるような景色に様変わりしている。
花も咲かなくなり、茎だけが伸び放題だった花壇には新しい大ぶりの黄色い花が並んでいる。
(無骨な植え込みは、ファンシーな……トピアリーに置き換わっているし)
そのほかにも、乙女心をくすぐる真っ白なブランコや、ピンク色の花に囲まれた猫足のティーテーブルが! しかも、周囲に薔薇も植わっているので、暖かくなれば花が咲き、さらに美しい場所に変わりそうだ。
(……って、ときめいている場合じゃないわ! 誰よ、うちの庭を勝手に改造しまくったのは! 聞いていないわよ!?)
建物沿いに庭をチェックしながら歩いていると、不意に頭上に影が落ちた……と同時に体に衝撃が走る。
「危ない!」
誰かが、とっさに私を抱き込み転倒した瞬間、頭のすぐ横でバリーンと何かが砕けた音がした。恐る恐る見ると、割れた植木鉢だ。土も入り、結構な重量の代物である。
我が家の出窓には、気持ち程度に植物を飾っている箇所がある。運悪く、私はその下を歩いていた。
助けてもらえなかったら、植木鉢が直撃して大怪我をしていたかもしれない。
最悪、死……いや、考えないようにしよう。無事だったんだから、いいじゃない。
(って、私を助けてくれた人にお礼を言わなきゃ!)
私を抱えていた人が体を離したので、顔を確認した……のだが。やけに見覚えのある美形だった。
「なんであなたがここにいるんですか、ルーカス様」
意外すぎる人物が目に入り、私は放心しそうになる。
よりにもよって、ルーカスがここに現れた意味がわからない。
「あはは、嫌だなあ。僕は庭師のルークですよ。ルーカスなんて人は知りません」
「……どこからつっこめばいいのかしら。とりあえず、助けてくださりありがとうございます」
北の国がしでかした諸々の件で巻き添えを食ったルーカスは、表向きは責任をとる形で城の牢屋に幽閉されている……ということになっている。
だが、別の名前を与えられ、国王の下で働き始めたとも聞き及んでいた。
(新しい仕事が庭師なんて、そんな馬鹿な)
私はルーカスに疑いの目を向ける。
何を考えているのか、ルーカスはヘラヘラ笑っているだけだった。