軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

**の眠り

「エスターリア、エスターリア、エスターリア」

盗賊を使ってニーレンバーグから逃れたロバートは、エスターリアの眠る地下室へと逃れた。

エスターリアの棺にとりすがるロバート。

200年に渡る錬金術師たちの思いを裏切って、ガラスの棺を開け放ちエスターリアを目覚めさせようと言うのか。

けれどロバートは棺に縋って彼女を見つめ、その名を繰り返し呼ぶばかりで棺を開けようとはしなかった。

この地下室への入り口は一つしかない。

この部屋は行き止まりで、目覚めた錬金術師たちの出発地点で、エスターリアに全てを捧げたロバートの終着地点でもあった。

「エスターリア……」

ロバートは彼女の名を呼び見つめ続けるだけだ。時が凍ったようなこの地下室でどれほど時間が経ったのだろう。

この部屋へ続く秘密の扉を開け放ち、何人もの人間が降りてくる足音に、ロバートはゆっくりと顔を上げた。

「ようこそ、亡国の錬金術師たちの墓場へ。」

ロバートはまるで幽鬼のように立ち上がり、ウェイスハルトたちを迎えた。

「ロバート・アグウィナス。罪状は分かっているな。一緒に来てもらおう」

ウェイスハルトが言い放つ。

「ロバート……」

「お兄様」

「キャル……、父上? 正気に戻られたのですか? どうやって……」

ロバートの目が父ロイスを捉える。ロイスの状態は誰よりロバートが分かっていた。正気を取り戻すなど、もはやありえないことを。

「そうか……、錬金術師! やはり、やはり目覚めていた! どこだ! 何処にいる!?」

気が狂ったように叫びだすロバート。

「お兄様、もうやめて! きちんと話せばシューゼンワルド辺境伯様は分かってくださいます!」

「わかる? 何をだ? 話す? 今さらだ! いつも要求ばかりしておいて!

200年前から皆がどれ程の覚悟で! どれ程の思いでポーションを作ってきたことか!

何がわかる! どうしてわかる! 彼らはお前たちのためにポーションを作ってきたのではない!

エスターリアの! エスターリアのために! わかると言うならば、錬金術師をこちらへよこすんだ!

必要なのだ、彼女の、エスターリアのために! エスターリアが目覚めるために!! 彼女を、新しい世界に連れて行くために!!!」

エスターリアの棺を後ろ手に庇うように立ちはだかるロバート。その身からは黒い呪が滴り落ちてガラスの棺を守るかの様に渦を巻く。

けれどどれほどロバートが呪いを練り上げようと、戦闘職でもない彼の強制従属に特化した呪いなど 呪い蛇の王(キングバジリスク) を下した迷宮討伐軍の精鋭の前には児戯に等しく、ウェイスハルトの目配せ一つで飛び出した兵士の一撃で呪いは霧散し、ロバートは両の腕を後ろにねじりあげられ地に倒された。

「離せ離せ離せ離せ離せ! 彼女に! 彼女に触れるなあああああぁぁぁぁぁ!!!

彼女は目覚めるんだ! 新しい世界でっ! 皆が願い、夢に思い描いたとおりに!!!!!」

「無理だよ……」

小さく漏らしたマリエラの呟きは、ロバートに届いたのだろうか。

傍にいたウェイスハルトが「どういうことだ」と問いかける。

マリエラは酷く悲しそうな顔でエスターリアを見つめていた。

「だって、その人はもう……」

マリエラの言葉の意味に気づき、ウェイスハルトは、つかつかとガラスの棺に歩み寄り、棺に掛けられた精緻な薔薇刺繍が施された掛け布に手をかける。

「やめろーーーーーー!!!!!!」

ロバートの叫びが地下室にこだまする。

取り払われた掛け布の下、ガラスの棺に眠るエスターリアの、

下半身は崩れ去り、

平らに広がる薔薇色のドレスの裾からは、

さらさらと塩がこぼれ落ちていた。

この部屋は行き止まり。

エスターリアの物語が終わった場所だった。

ロバートがエスターリアの死をいつから認識していたのか、マリエラには分からない。エスターリアが既に『還って』しまっていることを、どんな魔法薬を秘術を使ってももはや戻ってこないことを理解しているのかも。

認識していたとしても、理解していたとしても、受け入れることはできなかったのだと思う。

受け入れてしまったなら、きっと立ち止まってしまうから。

この地下室には封の空いた棺が幾つも転がっている。

ガラスの棺で 永久(とわ) の眠りに就くエスターリアを見て、何をしたのか分からないほどマリエラは愚かではない。

不完全な仮死の眠りの魔法陣がどういった結果をもたらすのかも。

だから師匠はマリエラが幼い頃から何度も簡単な魔法陣の『転写』を行って耐性をつけてまで、仮死の眠りの魔法陣を直接脳に焼き付けたのだし、マリエラは1mもある魔法陣をまるで点描で描くかのように精密に書き上げたのだ。僅かなゆがみが、ずれが、点の大きさや線の角度や長さの違いが不幸な結果を招くことを知っていたから。

きっと棺に眠っていた錬金術師たちも自らの運命を分かっていたのだろう。

彼女を新しい世界に連れて行くために。

ロバートのその言葉は棺に眠る錬金術師たちの思いに違いない。エスターリアの眠るガラスの棺を見ればよくわかる。ガラスは劣化するのだ。マリエラが板ガラスを作った廃工場のガラスは、真っ白に劣化して粉々になっていた。日の当たらない地下室とはいえ照明の光にさらされながら200年の時を耐えるなど、このガラスの棺はどれほどまでに質の良い材料を使い高度な技術で作られたものだろうか。

きっと、もう一度彼女に会いたいと願ったのだろう。

眠る彼女と言葉を交わすことができなくても、目覚めることができたなら、一目まみえたいと祈るが如く思ったのだろう。

そのための、ガラスの棺なのだろう。

エスターリアの目覚めと新たな世界での幸福を信じて、後何日生きられるかもわからない運命に殉じていった錬金術師たちの記録は、アグウィナス家の当主に代々受け継がれていた。

目覚めることができた錬金術師はただの一人もその身の運命を嘆くことなく、命潰えるその時までポーションを作り続けていたと。

その思いをどうして途絶えさせられようか。

エスターリアを新たな世界に連れて行く。例え目覚めることが無かったとしても。それだけを支えにアグウィナス家は200年の時を越えてきたのだ。

ポーションが無いのならば、禁忌に手を染めてでも。それで迷宮が葬れるのならば。

「だがなロバートよ、目覚めた錬金術師の思いは、命は、その者のものだ。お前が新薬の犠牲にしてきた者達も。お前が弄んで良いものではない。」

ウェイスハルトの言葉にロバートは顔を歪めるように笑う。そんなことは、とうにわかっているのだと、彼の表情は告げている。ロバートは言う。

「錬金術師がいなければ、貴方たちは『材料』を知って尚、新薬を使い続けただろうに。」

迷宮討伐軍に引き立てられるロバートを見送った後、一人の兵士がガラスの棺をどうするのかウェイスハルトに指示を仰いだ。

「このままにしておけ。新しい世界が来るまでは確りと管理を頼んだぞ」

新しい世界で埋葬せよとのウェイスハルトの酌量にロイスは深く頭をたれていた。

ロイスからことの顛末を聞かされたキャロラインは、永久の眠りに就くエスターリアをじっと見つめていた。マリエラはキャロラインの手をきゅっと握った。

「大丈夫だよ、あの人はちゃんと地脈に還れたから。大切な人たちとも、きっと逢えたよ」

ルイスはロイスの体を離れるときに言ったのだ。「エスターリア」と。

アグウィナス家の思いはちゃんとエスターリアに伝わっていて、ルイスを迎えに来てくれたんだとマリエラは思っている。そして、この迷宮都市でポーションを作れる錬金術師は、本当に自分ひとりなんだとぐっと奥歯を噛み締めた。

握り返してくれたキャロラインの手の平だけが、冷え切った地下室の中で唯一マリエラにぬくもりを与えてくれていた。

迷宮都市に降る雪は、音も景色も飲み込んで、全てを塗りつぶすかのようにしんしんと降り続いた。