軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔力の媒体

「それにしても、マリエラさんの薬は練ってばっかだな。」

いててと肩を廻しながら薬師の1人が話しかける。

商人ギルドの会議室は、薬の作り方の講習会が終わった後も賑わっている。

講習会は作り方の情報料も含まれているから一人一回限りだが、講習会の後に開かれるこの勉強会には受講者ならば何度でも参加できる。参加費も作る薬の材料費とお茶代位で安価だから、技術を習得しても情報交換の場として毎回通う薬師も多い。

今日は痛み止めのおさらいで、20人程の薬師達が炊いたライナス麦をすり鉢で練り練りしている。

練り練りする薬師達の間をキャル様が歩き回っては、「もう少しですわ、頑張ってくださいまし」等とアドバイスをしている。

キャル様はアグウィナス家のご令嬢。厄介ごとに巻き込んではいけないと、初めは遠慮して貰っていたのだが、参加する薬師達は皆勤勉でおかしな人はいないので、本人の希望もあって助手として参加している。

人を雇ってまで嫌がらせをしてきた人もいるのだから、もっと面倒なことが起こるかと思っていたのに拍子抜けだ。面と向かってきついことを言われたら、マリエラだって落ち込んでしまうから、協力的な人ばかりで助かったのだけれど。そのような話を勉強会の合間にリエンドロさんと話すと、

「そりゃー、こんなに貴重な情報を提供してくれるんだからー。参加者には僕とエルメラさんできちんと『お話』してあるよー。商人ギルドの義務でしょー。」

とにこにこと話していた。

平和な講習会はエルメラさん達が裏で働いてくれたお陰らしい。感謝しなければ。ちなみに、参加者に髪の毛がチリチリになっている人はいなかったから、『お話』とやらは口頭で行われたようだ。良かった。

「ちゃんと練らないと、薬効成分とライナス麦に含まれる命の雫が馴染まないんですよね。」

マリエラはねりねりしながら、返事をする。練り混ぜ地獄から卒業する何か良い手はないものか。

「命の雫が汲み出せないなら、命の雫を多く含む材料を使って薬効を上げりゃいいってのは、俺らだって考えなくもなかったが、上手く馴染ませる方法を見つけんのは大変な労力だったろうに。」

マリエラが教えた薬の作り方は、様々な応用が利く。アイデア自体は思いついても、何十もの試行錯誤と数々の検証を経なければ辿り着けない価値あるものだ。事実、集まった薬師達も着想はあったものの、方法の確立には至らなかったのだから。

邪魔だと嫌がらせをしたマリエラが、有償とはいえこのような貴重な手法を教えてくれたことに、薬師達は感謝していた。何もエルメラさんたちの『お話』で心を入れ替えただけではない。『お話』の効果が絶大だったことは間違いないのだが。

《ライブラリ》のレシピと錬金術スキルのお陰で、わりとすんなり作り方を見つけてしまったマリエラは、薬師達の感謝に気づくことなく、ノンビリと話を続ける。

「あー、やっぱり思いつきますよね~。」

ねりねりねり。ねっちねっちねっちりねちょーんとライナス麦を引き伸ばすマリエラ。どう見ても、ねりねりに飽きている。

「なぁ、なんで魔法使って混ぜないんだ?あ、魔力が移ると不味いのか?」

「ん?魔力移っても構いませんよ。ちょっとだけ効果も上がりますし。」

練り混ぜる方法ならば、錬金術スキル以外でもいくつかある。

マリエラが手練りするのは、錬金術スキル以外でうまく混ぜる方法を持っていないだけなのだが、薬師達は手練りに意味があると思っていたらしい。マリエラの答えを聞くとその薬師は意外そうに聞き返した。

「魔力でも効果があがんのか!?」

この問いに部屋は静まり返り、薬師の視線がマリエラに集まる。ねちょーんねちょーんとライナス麦の粘りで遊んでいるマリエラは視線に気付かず、

「あがりますよー。でも魔力は一週間位で抜けちゃうんですよね。」

とあっさりと答えた。

かつてマリエラがリンクス達黒鉄輸送隊に差し入れた、魔力を練り込んだクッキーは1週間で普通のクッキーに戻っていた。なんとなくそうじゃないかと思っていたから、マリエラとしてはクッキーから魔力が抜けたことよりも、1週間もジークがクッキーを食べずに大事に取っておいたことの方が驚いたのだが。

どうもジークはくだらないものを溜め込む癖があるようだ。長い奴隷生活で私物を持てなかった反動なのかもしれないが、マリエラが渡した買出しメモなどもこそっとポケットにしまいこんでいるし、二人で飲んだワインはラベルがはがしてあったりする。

マリエラが部屋を散らかすと、容赦なく捨てに掛かるくせに。

ぷみょんぷみょんとライナス麦を練ったものを丸めてつつく。つつくたびにふるるんと揺れてこれはこれで楽しい。というか、ちょっと美味しそうだ。晩御飯は何にしようか。

遊んでいるマリエラに今度はキャル様が問いかける。

「ポーションは命の雫で薬効を上げるのですよね。薬効の抽出段階でも命の雫を使って薬効そのものを引き上げる。中級以上は命の雫を込める事ができるアプリオレやルナマギアを配合することで、さらにその効果を高めると聞きました。」

「俺たちはアプリオレやルナマギアを薬に使ってたけど、これらは命の雫の『器』にはなるが、命の雫自体はたいして含んでいない。だから使っても効果は上がらなかった。ライナス麦やジニアクリームみたいな命の雫を多く含む天然の植物を使うほうが効果が上がる。そうだよな?」

「はい、そうですね。」

真剣なキャル様と薬師達の様子に、マリエラはようやくライナス麦で遊ぶのを止めて顔を上げると、薬師達とキャル様が真剣な顔をして話し合っていた。

「命の雫はここでは汲み上げれない。でも、魔力でも効果が上がるんなら、魔力を使えばいいんじゃないのか?」

「魔力も素材によって篭められる量に差があるんじゃないのか?命の雫と同じ様に『器』になる素材を使えばそれなりの期間効果が維持できるんじゃ?」

「魔力の『器』ってなんだよ?」

「……魔石か?」

「それは、禁忌ですわ。帝都で魔石を体内に取り込む研究がなされたそうです。一時的に魔力量をあげることができたそうですが、被験者は皆、魔石に蝕まれて亡くなってしまったとか。」

議論を繰り広げる薬師達とキャル様。ライナス麦で遊ぶのを止めたマリエラが入り込む隙がない。

仕方がないので、ねりねりを再開する、今日は練ったライナス麦が良く伸びる水の量を探してみよう。

「他に魔力を篭めやすい、魔力の媒体は無いのか……。」

その問に、恐らくは皆が考えたであろう答えを、一人の薬師が口にする。

「血……はどうだ?」

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「やはり、血しか無いのですよ。」

アグウィナス家の離れの地下にある『赤の間』と呼ばれる部屋で、ロバート・アグウィナスは呟く。

今までどれほどの研究を行なったことか。

井戸水に含まれる僅かな命の雫を濃縮する方法、ライナス麦やジニアクリームなど命の雫を多く含む植物を使う方法、自然から抽出した命の雫をポーションの材料であるアプリオレの実やルナマギアに篭める方法。どれもうまくいかなかった。

研究を進めれば進めるほどに、命の雫という物は人の手に余る代物だと思える。錬金術師が地脈と結ぶ『ライン』というものは、命の雫を汲み上げるパイプではなくて、自らの精神の一部を地脈と繋げることだという。命の雫というエネルギーを扱う権利や権限を、精神の一部を地脈とつながることで手に入れる。つまりポーションは地脈の力を使って作り出されるとも考えられる。

ならば人の手で操れるエネルギーは何か。ロバートは魔力による魔法薬の製造に傾注した。

多くの魔力を含み、あるいは宿すことができ、人との親和性が良い。

誰もがたやすく思いつくであろう『人間の血液』という魔力の媒体は、同時に進められた他の代替品より遥かに高い効果を示した。

「血液採取用の奴隷の手配を。」

その命令が、ロバート・アグウィナスという男の人生の分岐点だった。

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「うーっ、ふーっ、ふはーっ。」

猿轡を噛まされた盗賊の弟分が身をよじる。目は血走り、拘束具を引きちぎろうと暴れている。

彼が運び込まれた『赤の間』には、彼が横たわっているのと同じ台車が幾つも並べられている。台車に寝かされた人々は皆、足と頭を高くするように体を軽くVの字になるように拘束されていて、鼻、腕、恐らく下半身だろう場所から細い管が伸びている。鼻に通された管は胃まで到達しているのだろう。鼻から伸びた管は台の上部に取り付けられた袋から、栄養と薬が混ぜ合わさった液体を少しずつ送っている。とすれば下半身の管は尿管だろう。腕から伸びる赤い管は言うまでもない。

どれほどの時間、ここに繋がれているのだろう。部屋の奥の台車に固定された人間の筋肉は衰え、手や足の指は丸く曲がった状態で固まってしまっている。

台車の間を行き来するこの館の男たちは、赤い管がつながれた魔道具を時折チェックしては、手に持った帳面になにやら書き付けている。

「ロバート様、28番ですが3日前より魔力値が規定値を満たしておりません。」

「魔石量を70に引き上げなさい。」

「ですが……。」

「寿命ですよ。魔力値が規定値を超えたら、全て抜ききりなさい。」

ロバートに指示された男は、28番と呼ばれた台車の男に近寄ると、鼻に通された管の袋を別の物に取り替える。新しい袋の液体を流し込まれた28番は、骨と皮ばかりの体をぶるぶると震わせはじめた。

「かっ、かはっ。」

28番は、咽をのけぞらせ、大きく口を開けて舌を突き出す。ひっひっと短い呼吸を繰り返しながら痙攣を続ける。長期にわたる拘束の末に筋肉は萎え、関節が固まってしまっているのだろう。僅かな力も残されていないらしい28番の末期の発作は、暴れる、と表現できるほど力強いものではない。けれど、だからこそ、見るものに恐ろしさを感じさせる。

「魔力量、規定値に達しました。吸引開始します。」

「はじめなさい。」

ロバートの指示を受け、男は魔道具を起動する。見る間に萎び、枯れ果てて行く人間だったもの。

どれほどの期間、血を、魔力を、生命を、その身のうちを搾り取られてきたのだろうか。そしてその末期にさえ、残さず搾り取ろうというのか。

これから俺は、どれほどの期間、同じ目に遭わされるのだろう。

盗賊の弟分は、渾身の力で拘束を振りほどこうと身をよじり、暴れる。その目は恐怖で血走り、猿轡をかまされた口の端から唾液が泡になってこぼれる。

《眠れ》

ロバートの《命令》が盗賊の弟分に下される。《眠れ》《眠れ》《眠れ》。

(いやだ、いやだ、いやだ、二度と目覚めない眠りになんて、つきたかねぇ、助けてくれよ、兄ィ!)

嫌だ、助けてと請う人々をあざ笑いながら切り捨ててきた代償か。これは見合った報いなのか。

ロバートの《命令》に、盗賊の弟分はついに意識を手放した。

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「血……はどうだ?」

冒険者ギルド薬草部門の会議室で、薬師の一人が繰り返す。薬の効果を魔力であげる媒体として、血液はどうだろうかと。それは、ここに集まる皆が考えた答えだったろう。

「血か。確かに契約術式でも使うしな。魔力を多く含むし、篭めることもできる……。でもなぁ……。」

「ろくでもねぇな。」

「あぁ。人を癒す技じゃねえ。」

たどり着いた答えに、薬師達はため息をつく。そんなおぞましい物は薬とは言わないだろう。黙りこむ薬師達の中で、マリエラはみょいーんみょいーんとライナス麦を練り伸ばす。すごい伸びだ。新記録だ。薬の効き目は変わらないけれど。

「痛いの痛いのとんでけーって魔力を篭めるといいですよ。魔力はすぐに飛んじゃうけど、魔力に篭めた思いはきっと残りますから。」

せっせと練り混ぜるマリエラに、薬師達は苦笑する。マリエラの薬は良く効きそうだ。痛んだ体だけでなく、心も癒してくれそうだと。

「まぁ、魔力の件は置いとくとして、マリエラさんよ、攪拌機使ったら駄目かい?」

「へ?攪拌機?なんですか、ソレ。」

二度目の沈黙が会議室に訪れた。

「マリエラ……。俺たちの村は、田舎だったからな。魔道具はほとんど無かったから。こういうものを混ぜる魔道具が有るんだよ。菓子屋で生地を練るのにも使われているんだ。」

マリエラの後ろで護衛に徹していたジークが、こっそりとマリエラに教える。200年のタイムラグを埋めてくれる便利な幼馴染設定が炸裂だ。

「ふぇ、ふぇえええええぇ!?そんな便利なものがっ!!?」

「……、マリエラさんは練るのが好きなんだと思っていたよ。」

「痛みが飛ぶように願いを掛けるなんて、ステキだと思いますわ。」

薬師達やキャル様の思いやりが、混ぜ混ぜしすぎて疲れた二の腕に染み渡る。

その後、薬師達と魔工技師の協力により、薬製造に特化した混練パターンと攪拌羽がついた専用の攪拌機が製造され、第1号機がマリエラの店『木漏れ日』に寄贈された。

マリエラを練り混ぜ地獄から解放した攪拌機は、薬の製造だけでなく、大量のクッキー作成にも活用され『木漏れ日』をますます何の店か分からない状態にしたのだが、迷宮都市のいくつかの薬の品質が高水準で安定したことに比べれば、どうでもよいことだっただろう。