軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

雷帝

迫り来る巨大スライムに一矢報いてやらんと炎の魔法を構えるテルーテル大佐。

テルーテル大佐の脳裏に浮かぶのは、オーク討伐でみたレオンハルト将軍の勇姿。

大地を覆い尽くさんばかりに(テルーテル大佐の脳内補正有り)、魔の森から溢れ来る醜悪な魔物に向かいレオンハルト将軍は右手を前へ伸ばすと、

《ファイヤーストーム》

と唱えた。レオンハルト将軍の右腕から螺旋を描いて吹き荒れる炎は嵐のごとく吹き荒れ(テルーテル大佐の脳内補正有り)、オーク共を蹂躙していく。

「あぁ、オーク肉の可食部が……。」

ウェイスハルト副将軍の呟きを合図に抜刀するレオンハルト将軍。彼を守護する軍神はその剣にこそ宿ると言うべきか、テルーテルの眼前で一方的な掃討が繰り広げられた。

今、まさにあの日の将軍のごとく、テルーテル大佐は右手を前へ伸ばす。

角を曲がり、自らへと押し寄せる巨大スライムに向けて、テルーテル大佐は炎の呪文を唱える。

《ファイヤーボール》

テルーテル大佐にファイヤーストームは使えない。けれど渾身の魔力をこめた火の玉だ。それは大きく燃えあがり、巨大スライムの核にも匹敵する大きさだ。

「食らえぇぇ!!」

テルーテル大佐の放ったファイヤーボールは、巨大スライムの核目掛けて勢いよく飛んでいき……

ぷしゅぅん

そして、着弾と同時に儚く消えた。

(えええぇぇ~!??)

マリエラの叫びはジークの気配りの口封じによってかき消された。もごもご。

「こっちへ。」

唖然とするテルーテル大佐に手を伸ばすジーク。

テルーテル大佐がファイヤーボールを唱えている間に、ジークはマリエラを担いだままひょいひょいと壁を登り、頂きに腰を掛けていた。

テルーテル大佐が絶望を感じた壁は、さしたる障害では無かったようだ。

「待ってくれ~」

と、壁の下でぴょこぴょこ飛び跳ねるテルーテル大佐。

テルーテル大佐のコミカルさとは裏腹に、巨大スライムは津波のように押し寄せ、今にもテルーテル大佐を飲み込みそうだ。

巨大スライムに飲まれそうなテルーテル大佐を見たマリエラは、魔物除けのポーションを使おうと決意する。材料なら揃っている。ブロモミンテラもデイジスもジークに担がれて逃げている間にむしってある。聖樹の葉も今朝の分を乾かさずに持っている。今朝は朝からばたばたしていたから、処理せず持ったままなのだ。

錬金術師だとばれる危険もあるけれど、逃げろと巨大スライムに立ちはだかったこの人を見殺しにはできない。

意を決したマリエラ。

《錬成く……《サンダーボルト》》

ドガラビッシャーーーッ

マリエラが錬金術スキルを行使しようとした、まさにその時、天から雷が降り注いだ。

たった一撃の雷の鉄槌。

それだけで、巨大スライムの核は焼き切れ、粘液状の体は形を失う。ただの溶解液と変わった巨大スライムの体がしゅうしゅうと煙を上げて大地を溶かす中、1人の女性が舞い降りた。

帯電して広がる茶色の髪は放電の火花で金にも銀にも見える光を放つ。

全身を包む特殊な魔物革のスーツは、彼女から流れる電流を光に換えたかのように節々に幾何学の光の筋を浮かび上がらせては消えていく。

噂に違わず目を保護するためのカラーグラスで目元を覆っていて、化粧らしきものは口元を彩る口紅だけ。

その風貌はまさしく。

「ら、らららら雷帝!?」

テルーテル大佐が目を見開いて叫ぶ。信じられない。彼が一目まみえることを夢にまで見た、Aランク冒険者、『雷帝エルシー』その人だ。雷帝エルシーの唇が言葉をつむぐ。

「ご無事で何よりです、マリエラさん。で、どうして、テルーテル大佐までいるのかしら?」

「エ、エルメラさん!?」

『雷帝エルシー』、本名 エ(・) ル(・) メラ・ シ(・) ー(・) ル。

一撃の下に巨大スライムを葬り去ったのは、商人ギルド 薬草部門長 エルメラ・シールその人だった。

ジークに担がれたまま壁を降り、漸く地面に下ろしてもらえたマリエラは、口をあんぐり開けたまま固まっているテルーテル大佐をほうっておいてジークと一緒に話を聞いた。

簡単な水魔法で周囲を溶かす溶解液を洗い流したエルメラさんがおっしゃるには。

「冒険者が持ち込む薬草だけではどうしても過不足が出てしまいますから、冒険者に依頼しても尚不足してしまう薬草の採取も、薬草部門の仕事なんです。

その関係上、採取専門の冒険者として登録したんですけれど、生まれつき『雷神の加護』なんてものを持っているものですから、少々有名になってしまいまして。

え?普段の服装?『雷神の加護』の影響で、静電気がそれはもう酷くて。

肌に触れるだけで『ぱちっ』ってなりますのよ。だから全身を覆う服装で、手袋も手放せなくて。

髪もこんなに広がってしまうの。でも、マリエラさんの髪用石鹸を使うようになってから、ずいぶんと調子が宜しいのよ。

え?今髪を下ろしている理由?髪を結んだまま雷魔法を使うと、焼け焦げてしまうの。それに目だって、雷撃の光のせいで悪くなってしまって。闘うときは魔法で視力調節できるんですけれど、普段それをすると帯電してしまって、服を着ていても『ぱちっ』ってなりますのよ。本当に困った体質なんです。」

えーと、うーん、突っ込みどころが満載過ぎて此処まで話を聞いたけれどもよく分からない。

しかし、テルーテル大佐は漸く復活したようで、

「ええええるしーどのー!!!???」

と叫びながら、ばたばたと両手両足を駆使してエルメラさんに駆け寄った。

「まっまさか、商人ギルドの才媛、エルメラ女史がかの名高き雷の美女であられましたとはっ!」

口ばかりで無能で困った石頭女ではなかったのか。きらっきらと目を輝かせてエルメラさんに擦り寄るテルーテル大佐に、エルメラさんは冷ややかな視線を向けると、

「私が『雷帝エルシー』であることは秘密事項です。これ以上仕事が増えたら、ますます定時に帰れなくなりますから。ですから、余計なことを話しそうな方には記憶を失って頂くことにしています。」

そう言って、右手の親指と人差し指をL字に開くと、間近まで接近してきたテルーテル大佐の眼前で、『バヂィッ』と放電して見せた。

「お分かり頂けますかしら、テルーテル大佐?」

にっこりと笑うエルメラさん、いや『雷帝エルシー』に、テルーテル大佐は首がもげるかというほど激しく頭を上下に振った。

「建材部門長のキンデルが住居管理部門の空家リストを強引に持ち出した件で、商人ギルドのギルドマスターの指示でこちらに来たんです。この巨大スライムの件で迷宮討伐軍も出てきているようですね。どういうことか、レオンハルト将軍閣下の下でじっくりとお聞かせ願えますかしら?」

逃走劇で疲れ果て 敗残兵(落ち武者) のように草臥れてしまったテルーテル大佐を連れて、エルメラさんは迷宮討伐軍の基地へと向かっていった。項垂れながらエルメラさんに連れられていくテルーテル大佐の背中はなんだか煤けているように見えた。

マリエラとジークは単に巻き込まれただけで、むしろ説明して欲しい位だったから、そのまま帰っていいらしい。「後日、説明に伺いますから」とエルメラさんが言っていた。

ちなみに、なんでそんな体型も露わなレザースーツを着ているのかと聞くと、

「これ、雷竜の革なんです。結婚前に主人がくれて。雷撃ととても相性が良い素材なのにとても丈夫なの。『君の身体に傷でも付いたらいけない』からってっ。きゃぁっ。」

と、両手で頬を押さえてくねくねしていた。ご主人の趣味ですか。仲がいいんですね、ご馳走様です。きっとその辺の話も次来るときにたっぷりと話してくれるんだろう。

それにしても危なかったな、とマリエラは思う。

何しろ昼食後すぐの事件だったのだ。いきなり巨大スライムに出くわして、ジークに担がれてスラム中を走り回った。

もう、揺れるのなんの。実に危険な状態だった。

スラム中に巨大スライムの餌を撒き散らしながら移動するハメにならなくて本当に良かった。

名前がマリエラから『撒き餌ラ』になるところだった。うぇっぷ。

晩御飯は、何かサッパリしたものにしよう。そんな話をしながら今度こそ卸売市場で買物をして、2人は家に帰っていった。

ジャック・ニーレンバーグ治療技師は数名の部下を伴いスラムの大通りで治療を行なっていた。迷宮討伐軍の診療所へ運び込まれてくる重篤な症状の者もいるから、半数の部下と共に右腕として申し分の無い治癒魔法使いを残してきている。

連絡を受けて彼が直ちにやってきたのは、戦闘能力を有するがゆえだ。治療魔法の使い手を集めて治癒部隊を結成したとき、ニーレンバーグが隊長に選ばれたのは豊富な知識と生体探査のスキルを持つからだけではない。彼は治癒魔法が使えない代わりに、Bランク相当の戦闘技術も有していた。

戦闘技術に乏しい治癒魔法使いを護ることもまた彼の責務であった。彼の戦闘技術は巨大スライムと相性のいい能力ではないが、巨大スライム程度斃せないわけではない。迷宮討伐軍から兵が派遣されるまで時間を稼ぎつつ治療を行う程度、造作も無いことだ。

けれどニーレンバーグがスラムの大通りに到着した時には、既に巨大スライムの姿は無く幾人ものけが人がいるだけだった。都市防衛隊のテルーテル大佐が自ら囮となって、巨大スライムを人気の無い場所へ誘導したらしい。怪我人は多かったが、死者は1名だけだという。巨大スライムの溶解液は直ちに大量の水で洗浄されていて、応急処置が良かったことも有り、治癒魔法や通常の薬で十分回復する被害状況だった。

巨大スライムの溶解液で溶かされた傷跡は、火傷のような傷跡が残る。治癒魔法は人体の治癒能力を引き出して短時間で傷を修復するものだから、治癒魔法で治療をしても傷跡は残ってしまう。

けれど治療を施されたスラムの住人たちは、都市防衛隊をはじめとした兵士達に思う所もあるだろうに、直ちに駆けつけたニーレンバーグたち治療部隊に口々に礼を言ってスラムへと帰っていった。

(こういう仕事も悪くない。)

ニーレンバーグはにやりと笑う。巨大スライムは商人ギルドから派遣された『雷帝』がしとめたらしい。雷帝はテルーテル大佐ほか数名の都市防衛隊の兵を連れてレオンハルト将軍の下へ向かったそうだ。今頃、事情聴取が行われているだろう。迷宮討伐軍の兵は残った都市防衛隊と共にスラムの復旧を行っている。

負傷者の治療を終えたニーレンバーグは、部下を引き連れ診療所へと戻っていった。

「ニーレンバーグ治療技師。」

診療所で治療に当たっていたニーレンバーグの部下の一人が、ニーレンバーグの下へ駆けつける。

「お嬢さんが……。」

部下の示した病室に駆け込むニーレンバーグ。

「パパ……。ごめんなさい……。」

そこには、顔に包帯を巻かれた愛娘シェリーの姿があった。