作品タイトル不明
87.危機
白馬に乗った王子様よろしく、白猫に乗って駆け付けたジークが、地面に倒れ伏したマリエラを抱き起す。
「マリエラ!!」
意識のないマリエラの薄く開かれた瞳は地脈の黄金。《命の雫》のように煌めいているけれど、焦点は定まらなず、何も映してはいない。
「マリエラ、マリエラ! 起きてくれ!」
地脈の深くに潜っていたなら呼び戻せないかもしれない。
そんな不安に反して、マリエラはジークの声にすぐに目を覚ました。
「……ジーク?」
「良かった。本当に……」
泣き出しそうな顔をして、マリエラを見下ろすジークの顔に、マリエラはそっと手を伸ばす。その手に添えられる大きな手。
「心配性だなぁ」
初めて会った時は死にそうだったのに、今ではこんなに強くなった。
頑張って、頑張って、自由を自分でつかみ取って。今のジークは、マリエラと会う前の『夢幻の射手』の頃よりずっと強くてかっこいい。
なのにこんなに繊細で、小さな子供みたいに見えるのだ。
(好きだなぁ……)
しみじみと、そう思う。
これは、小さなマリエラの胸の内に、ぽっと浮かんだ素直な気持ちだ。
ラインを通じて地脈から流れる大いなる流れみたいなものではなくて、どこにでもいるちっぽけな自分の心を占めて離れない、どうしようもない感情だ。
こんな気持ちを、ジークも持っていてくれるのなら――。
二人の距離が自然に近づき、唇が重なりそうになったその時。
「うななななーっ!!」
でっかいニャンコが悲鳴を上げた。なんというお約束。いや、お邪魔猫なのだろう。
ジークがニャンカスのネコハラに抗議の声を上げるより先に。
ドガァァァンッ!!
大地を揺るがす爆発音とともに、目の前で火柱が吹き上がった。
大アタノールと呼ばれる塔が、半分ほども吹き飛んだのだ。天を焼く火柱と共に、炎をまとった大小の飛礫が降り注ぐ。
ドンッ! ドンッ! ドドドドンッ!!
連鎖する爆発が止まらない。灼熱の波が四方へと奔り、空気さえも燃え尽くしそうな熱気が襲いかかる。黒煙が怒れる竜のごとく渦を巻き、視界を覆い尽くす中、火の粉が舞い散り、ひび割れた地面のあちこちから炎が噴き出す。神秘的でさえあった閑静なこの場所は、今は地獄の蓋が開いたような光景だ。
一体何が起こったのか。熱気と煙で視界も聞かない最中、その悲劇は起こった。
「危ないんなー!!!」
ナンナが叫んだのが先か、それともジークが動いたのが先か。
煙を押しつぶしながら数メートルもある岩塊が、ジークとマリエラめがけて落下した。
■□■
――こっちだよ――
狭い瓶に閉じ込められた黒い精霊は、懐かしい声に安堵した。
懐かしいと言っても、知り合いというわけではない。黒い精霊の知り合いなんて、生まれた沼地の精霊や沼地を訪れる虫や魔獣くらいのものだし、そもそも精霊はささやかな存在だったのだ。そんな昔のことを覚えていられるほど、しっかり存在していない。
とはいえ小さかったのは、ほんの少し前までのこと。
大樹の色のきれいなお目眼でじーっと見つめてくれたから、精霊の力をたっぷり貰った黒い精霊は小さい瓶には収まらないほど強く大きくなることができた。
でもね、とっても怖かったんだ。急に力が強くなって、瓶から出られたと思ったら、人間がいっぱい見ている場所だもの。
だから〝こっちだよ〟って呼んでもらえて、黒い精霊は嬉しくなった。
――こぽこぽこぽぽ、こぽこぽぽ――
呼ばれるままにどんどん潜って、呼ばれるままに進んだ先には、ちょっとゆっくり出来そうな樽がいくつも並んでた。
精霊とは色も臭いも違うけど、沼地よりも仲間に近い。そんなのを樽にいっぱい詰め込んで、この場所に集めておいているみたい。
――こぽーーーー、こぽぽー――
ここならゆっくりできるかも。樽に潜って一休み。そんな風に思っていたのに。
――こっち、こっち。こっちだよ――
そんなふうに、また呼ぶの。
――こぽー? こぽ! こぽ!――
呼ばれた先にあったのは、なんだかとっても懐かしい、赤くてきれいな石だった。
――さぁ、お食べ――
抗いがたい魅力を放つ赤い石を、黒い精霊は言われるままにぱくりと呑み込む。
その石は、発破――、爆発の理を刻み込まれた『緋色の宝珠』だったのに。
■□■
「あ、そうですぞ!」
同時刻、黒い精霊とは逆方向に向かっていたハイツェル・ヴィンケルマンは、白いスーツに付いた汚れの正体を思い出していた。この嫌な臭いはあれではないか。
「あの黒い精霊、沼地じゃなくて石の油の精霊ですぞ!」
ズガアアアアァァァン!!!
ハイツェル・ヴィンケルマンが思い出したのと同時に、彼の遥か後方、アカデミーの中心から爆発音とともに火柱が吹き上がった。