軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

81.アタノール

「来たまえ。レビスはこの下。帝都の中心に座すアタノールと呼ばれる場所はこの先だ」

より多くの民を救うために、少数を犠牲にする。

その是非に対して返答に窮するロバートを、グレイゴリ導者は塔の奥へといざなった。

奥の階段を下った先は、神殿とも墓所とも思える白い部屋になっていた。

墓穴のような静かで湿った雰囲気なのに、どこか神秘さを感じさせるのは、薄い光に満ちているからだろうか。どこに光源があるのか分からない。骨のように白い床や壁の全体がうっすらと光っているような場所だ。

その部屋には蓋つきの大きなガラスの容器がいくつも置かれていた。

大半は壁面に、空の9個が中央に。

言わずもがな、子供たちを封じる容器だ。

導者たちは運んできた子供たちを中央の容器に入れる。

皆、眠るように安らかで、今にも目を覚ましそうだ。その様子は、アグウィナス家の地下室でガラスの棺の中で眠り続けたエスターリアをロバートに思い出させた。

ロバートが思わず奥の方へと視線を逸らすと、遠くにおかれた瓶の中身は黒ずんでいる。納められた子供の肉体が黒変しているのだ。しかも徐々に形が崩れて泥炭状になるらしい。それがここに連れてこられた子供たちの、行きつく先の姿なのだろう。

「あの辺りは 黒化(ニグレド) が完了している。小アタノールに移設し第二工程に移行する」

ロバートとて錬金術師の家の者。ここがなにを錬成する場所か理解していた。

「賢者の石ですか……」

それはあらゆる金属を黄金に変え、不老不死の霊薬を生み出すとされる伝説の物質だ。

余りに有名なその石の原料が人間だということは、想像に難くない。けれどその推測を、グレイゴリは否定する。

「否。人の子では賢者の卵にはなれぬ。第一の段階、黒化を経て第二の段階、 白化(アルベド) へ。それが唯人の肉が至れる終着点」

「白化、……白。そうか、《命の雫》をふんだんに含むレビスとは……」

ロバートの問いに頷くグレイゴリ導者。

「錬金術師と地脈を結び《命の雫》を汲みだすラインと呼ばれる繋がり、人の肉体と魂の繋がりはラインのそれよりずっと強い。魂が地脈にあれば肉体との繋がりを遡り《命の雫》が肉体に溢れるほどに」

「まさか……。ありえない」

ロバートは首を振る。ありえないと。

ロバートは知っているのだ。その場に立ち合いこそしなかったけれど聞いたのだ。

地脈に留まり魂が肉体に帰れなくなれば人は死ぬ。地脈に還るか肉体に帰るか。どちらかしかありえない。

「それゆえの 錬金炉(アタノール) よ。

もとより帝都に地脈は存在せぬ。いと深き 根源(グランド) より汲み上げし《根源の雫》。それが再び深きに帰らぬように貯める場所――、人工地脈とでも称そうか。それが帝都の地脈の正体。

そこに子らはいる。肉体に引かれ、グランドに惹かれ、釣り合いを保ちつつ、《命の雫》を肉体へ、帝都に供給し続けているのだ」

「なんてことだ……」

ロバートは膝から崩れ落ちそうになる。

”帝都の地脈に主はいない。それっぽい物を埋めている”

かつて、炎災の賢者フレイジージャはそう言った。

それは、この子供たちのことだったのか。《命の雫》を汲み上げ続けた成れの果て、それがレビスだったのか。

「《命の雫》の循環なくば、帝都は元の荒れ地に戻る。作物は実らず魔物が溢れ、人は死に絶えるだろう」

「大勢を活かすための人柱というわけですか。ですが地脈を維持することだけがこの再誕の儀の目的ではないのでしょう?」

こみ上げる怒りをロバートは理性で押さえつける。土塊に変わる前のゲニウス・ロキは紛れもなく人間の肉体だった。地脈に連れて行くだけなら、肉体に宿る必要はない。

冷静さを取り戻したロバートに、グレイゴリ導者は満足そうに頷き、一人の導者が黄金のトレイを運んできた。そこに乗っていたのは、ゲニウス・ロキだった土塊と、手の平に乗るほどの真紅の宝玉。

「これこそが賢者の石。

《根源の雫》の結晶は、ゲニウス・ロキの宿った肉体にのみ結実するのだ。

迷宮を支配する『 緋色の宝珠(ロゴス・オブ・カーマイン) 』の大元であり、地脈によらず癒しを授けるグランドポーションの材料でもある。すなわち、帝都の栄光そのものだ」

「つまり『再誕の儀』とは、ゲニウス・ロキに次の肉体を与える儀式ですか」

「いかにも。この賢者の石は『 緋色の宝珠(ロゴス・オブ・カーマイン) 』に加工され、アントバレーの迷宮を鉱山へと変えるだろう。根源は地脈の大元。その力の結晶に刻まれた理に、迷宮の主は抗えない。蟻の巣を潰し鉱石が良く産出するよう、発破の理が刻まれる予定だ」

賢者の石は地下室の奥へと運ばれていく。この地下施設のどこかに『 緋色の宝珠(ロゴス・オブ・カーマイン) 』に加工する場所があるのだろう。『 緋色の宝珠(ロゴス・オブ・カーマイン) 』が収められればアントバレー鉱山は多くの魔鉱石を生み出し、帝国の民はいっそう潤うことだろう。幼い9人の命を代償として。

「……それで、なぜ私にここまで教えたのですか?」

「『偽帝』の話は知っておるだろう? ゲニウス・ロキが帝都におられるのは正しき皇帝のおわす時だけ。ゲニウス・ロキが姿を隠せば、実りは減り、魔物が増え、疫病がはやる。

故にゲニウス・ロキの存在は帝都の繁栄そのもので、なくてはならない。

だが、『再誕の儀』の間隔は、時を追うごとに短くなっている。何度肉体を変えても、もはやゲニウス・ロキは長くは持たぬ。ゲニウス・ロキがいなければ、帝都を巡る《命の雫》はじきに枯れ果て、ここはあるべき荒れ地に戻ってしまうだろう。

それは帝都の、帝国の滅亡だ。どれほどの民が死ぬかは分からぬ。我ら導者の長たるサクリマンテ大導者は、皇帝の在位を永らえることに腐心して現実から目を背けておられる。運命と受け入れておられるのやも知れぬ。だが我ら幻境派は目をそらさぬ。帝都の滅亡など選ばぬのだ」

グレイゴリ導者の話に、ロバートは幻境派の目的を知った。

「あなたがた幻境派の目的は、新たなゲニウスを作り出すこと……」

そのために精霊をさらい、強化しようとしていたのか。

「その通り。さすがはロバート殿。貴殿なら我らの良き理解者となりましょう。我ら幻境派は貴殿を歓迎する」

まるで握手を求めるように、ロバートがその手を取るのは当然だと言わんばかりに、グレイゴリ導者は右手を伸ばした。