軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

装甲馬車

デイジスは魔の森に生息する蔦状の植物で、葉や蔦の繊維から大気に漂う魔力を吸収して成長する。

ブロモミンテラは魔物避けとして有名で、人には感じられないが、魔物の嫌う匂いをだす。

魔物は人の魔力に反応するから、この二つを配合して作られた魔物除けのポーションを使うと、魔物からすれば人の気配がない、単にくさいだけの状態になるらしい。

家の屋根や垣根をデイジスで覆ってブロモミンテラを垣根の周りに植えることで、魔の森でも暮らしていけるのだと、お師匠さまが教えてくれた。師匠から受け継いだマリエラの小屋もこの造りになっていて、スタンピードが起こるまでは、魔物に進入されることなく、静かに暮らしていられた。もっとも、スタンピードがおこると魔物は狂乱状態になるので、ブロモミンテラの臭いなど殆ど意に介さないし、人間の気配に敏感になるので、小屋は跡形もなくなっていたけれど。

新たに作った魔物除けのポーションを体に振りかけて、マリエラは出発することにした。

魔物除けのポーションさえ振りかけておけば、種族によって効きやすさに差はあるものの、魔物のほうが避けてくれるから、魔の森の浅い層ならよほど音を立てない限り、魔物に会わずに移動できる。時間は正午を回ったころだろうか、太陽はまだ高い位置にあるが、なるべく早く街にたどり着きたい。

半刻ばかり森を進んで、馬車が通れる街道にでた。いつも使っていた獣道がなくなっていたり、木々の並びが違っていたりと、森の様子は変わっていたが、ここまでは記憶の通りにたどり着けた。

エンダルジア王国は、周りを険しい山々と魔の森に囲まれているから、他国へ行くには山脈を抜けるか、山裾と魔の森の隙間を縫うように開かれた街道を通るしかない。

この街道もその一つで、街道を挟んだ魔の森の反対側には、豊かな穀倉地帯が広がっていたハズだった。

「森に飲まれちゃってる……」

エンダルジア王国は、防衛都市はどうなったのか。

穀倉地帯は無くなっていたが、この街道は残っている。使われた形跡もあるから人の住みかが無くなったりはしていないはずだ。とにかく防衛都市に向かおう。

街道を進もうとしたその時、近くで戦闘する音が聞こえた。

マリエラは戦えない。戦闘スキルは持っていないし、それ以前に鈍臭い。

普段であれば、とっとと逃げ出し、近寄ったりしないのだが、目覚めてから立て続いた異変に、感覚が麻痺していた。わからないことが起こりすぎて、現状を理解したいという好奇心が、音のした方に足を向けさせた。魔の森と街道の合間を隠れながら進み、木の陰から様子を窺う。

(フォレストウルフと、あれは……馬車?)

襲われていたのは馭者台まで鉄で覆われた3台の馬車だった。

馬車には操縦のためのわずかな窓と、ボウガンの射出孔以外は窓らしい物もなく、無骨な鉄板で覆われている。よく見ると鉄板は幾度も継接ぎがしてあり、魔物の爪や牙の跡があちこちに残っている。何度も死線を潜ったことがうかがえた。

装甲馬車に2頭ずつ繋がれているのはラプトルと呼ばれる二足歩行の肉食獣で、獰猛な性格と硬い表皮を持っているため低級の魔物などはものともしないが、調教が難しく防衛都市ではあまり見かけたことがなかった。そもそもこんな重装備の馬車などマリエラは見たことがない。

ラプトルに騎乗した二人の護衛が一人は槍、もう一人は剣で応戦しているが、防御重視の重装備をまとっているため動きは遅く、フォレストウルフの牙は防げるが、攻撃も当たらずといった調子で、素早いフォレストウルフに苦戦しているようだ。

(それにしても、フォレストウルフ、だよね?)

フォレストウルフは群れで行動し、鋭い牙と素早い動きで波状攻撃を仕掛けてくるため、闘うには厄介な魔物だ。しかし。

(そーれ!)

魔物避けのポーションを投げ込む。

「ギャウンギャウン!」

一斉に逃げ出すフォレストウルフたち。

所詮は狼。鼻が鋭いのだ。魔物避けのポーションで逃げ出すほどに。

だから、魔物避けのポーションさえ振りかけておけば、出会うことはないし、簡単に追い払える。

そもそも街道を行く時は、魔物避けのポーションを使うのが通例で、魔の森の出口にある国境で安価で販売されている。銅貨5枚という安いポーションを使っていれば、街道どころか魔の森の浅い層なら魔物に遭わずに行動できる。

(子供だって知ってることなのになー?買い忘れかしら?まさか知らないなんてことはないよね?)

フォレストウルフが去ったのを確認してから、マリエラは街道へと歩みでた。

フォレストウルフと対峙していた装甲馬車の騎兵の2人は、唖然とした様子でフォレストウルフの去った方角と、ポーション瓶を見た後、一人がマリエラに向かって問いかけた。

「今のは魔物避けのポーションか?」

(なんだ知ってるんじゃない。)

とにかく、目覚めて振りの人間だ。いろいろ情報が欲しい。ついでに助けたお礼とか貰えたら超嬉しい。

フレンドリーににっこり笑って返事をする。

「はい。必要ないかとも思いましたが、お手伝いできればと思いまして。」

身丈の大きいほうの騎兵は、ラプトルから降りると、兜を外して数歩こちらに歩み寄ってきた。

上級の冒険者を思わせる引き締まった顔立ちで、年の頃は30歳くらいだろうか。熟練の冒険者にありがちな油断のない目が、焦茶色の太い眉の下から覗いている。この人が装甲馬車のリーダーのようだ。年齢の割には威厳のある風貌をしている。

「いや、助かった。フォレストウルフどもを引き連れて街に行くわけにもいかず、難儀しておったのだ。

私は黒鉄輸送隊の隊長でディックという。もしや御身は、森の精霊殿か?」

丁寧に挨拶されたのはいいけれど、おかしな誤解をされてしまった。せめて 腰の薬草(コシミノ) を外してから出てくるんだった。どう返事をしたものか。

『森の精霊』とは名のとおり森に住まう精霊で、獣の姿をしたものや木のような姿のもの、人に近い姿をしたものなど、さまざまな目撃談がある。精霊たちは、魔物と違って人を襲わず、むしろ助けてくれる。病の母のために薬草を取りに来た子供に薬草を与えたあと出口まで案内したり、遭難して倒れかけた狩人を泉に案内したりといった話は、この魔の森でもよく聞く話だ。

火や水の精霊といった4大精霊と違って、特定のスキルや魔法を使うときに力を貸してくれるわけではなく、呼び出す方法が知られていないが、他の精霊と同様に実体を持たず、輪郭がおぼろげな姿をしていることと、人に対する善性から、身近で親しみのある精霊として『森の精霊』と呼ばれている。

「やだなー、団長。森の精霊はこんなにハッキリ見えないっすよ。どう見たって女の子じゃないですか。」

どう返事をしようかと思っていたら、冷静な突っ込みが入った。助かった。

鉄塊の様な馬車から亜麻色の髪の青年が降りてくる。歳の頃は16,7歳くらいか。マリエラと同じくらいに見える。青年が人懐っこそうに笑うと、細い目がさらに糸目になる。

「いや、珍しい格好をしているのでな。」

(むぅ、やはり薬草スカートは、最先端すぎたか?)

「魔物避けのスカートです。」

とりあえず、薬草スカートの機能性をアピールしてみたが、

「それはともかく、迷宮都市の者か?」

と、ディック隊長にさくっとスルーされた。

会話が成立する人間だとわかったからか、急に話し方がフランクになった。ディックと名乗った男は、厳つい大男であるため、なんだか威圧されているように感じる。

「ねぇ、ねぇ、さっきの、魔物避けのポーションだよね?まだあんの?」

返事をする前に、糸目の青年がディック隊長の話に割り込んできた。

(糸目君は、フレンドリー過ぎない?隊長さんの話に割り込んでいいの?というか、迷宮都市?)

ちらとディック隊長を見ると、どこか探るような目つきでマリエラを見ていた。

(あ、これ、獲物を見る目ってやつだわ。糸目君の対応もわざとかなぁ。

魔物避けのポーションを使わずに、装甲馬車で魔の森の街道を移動する輸送隊でしょ。

迷宮都市?なんていう知らない街。寝ている間に何が起こったんだろ?出てきたのは迂闊だったかな。)

「ポーションは、あとこれだけ。お金が入用になりまして、売りに行く途中です。」

マリエラは、人恋しさに飛び出したことを後悔しながら、ポーチを開いて中を見せ、慎重に答えた。嘘ではないし、余計な事も言ってないはずだ。

「へぇ、魔物避けが3本と、低級ポーションが5本かぁ。貴重なのを使わせちゃったね。」

糸目の青年は近づきもしないで小さなポーチの中身を把握した。

(10歩以上距離あるよね、てか、一瞬糸目が開いたよ。ギラりと光ってたよ!)

『貴重な』辺りでディック隊長が糸目君を一瞥し、マリエラの方に1歩近づいて話を引き継いだ。

「ふむ。我々だけでも切り抜けられたとはいえ、助けられたのは事実。どうだろう、先程の分も合わせ、そのポーション、買い取らせては貰えないだろうか。」

(断ったら力づくて取り上げて、私も売られちゃう流れですね。わかります。てか、なんでこんな安いポーションでこんなことになってるのか、わけがわかりません。あと、こっち来ないでください、怖いから。)

なんてことはもちろん言えるはずがない。

「はい。これも何かのご縁ですから。」

うかつな行動を盛大に後悔しながら、マリエラは作り笑いで答えた。

「そうか、助かる。」

ディック隊長は、少しほっとしたように答えた。

ポーションが手に入って助かるなのか、力づくにならなくて助かるなのかは分からない。後者だったら、そんなに悪い人ではないのかもしれない。お金を払ってくれるなら、お客様だ。

(もちろん、油断はしないけどね。)

盛大に後悔したばかりなのに、『お客様』などと思っているあたり、マリエラの『油断しない』はあてにならないのだが。

「代金だが……そうだな」

これまで状況を静観していたもう一人の騎兵が、ディック隊長に近づいて何やら耳うちする。

(心臓に悪いからやめて下さい。もう一回止まったらどうしてくれる。)

何を話しているのだろうか。やはりポーションは取り上げられるのか。マリエラが緊張していると、ディック隊長が値段を告げた。

「9本で大銀貨5枚でどうだ?」

「…………は?」

びっくりしすぎて、固まった。というか、ちょっと心臓止まった気がする。

(えーと、落ち着け私。)

たしか、魔物避けのポーションも低級ポーションもどっちも銅貨5枚程度だったはずだ。

森の中ということで、ボッタクリ価格だとしても、銅貨10枚がいいところだろう。

それが9本、お礼込みでも銅貨100枚=銀貨1枚貰えればラッキーなのに。

(大銀貨って言ったよね?それも5枚って。

銀貨10枚で大銀貨1枚だから、50倍!?

物価が超インフレしちゃってるわけ?パン1個で銅貨50枚とかしちゃうとか?)

マリエラが驚きの余り固まっているのをどう受け取ったのか、ディック隊長が少し慌てた様子で言い直した。

「いや、そうだな、効果が確かなのは、先ほどのフォレストウルフで明らかだったな。まるで作りたての様な保存状態だ。うむ、金貨1枚でどうだろうか。」

(固まっていたら、さらに値段が上がりました。いきなり倍。てか、いつもの200倍?

えぇー、どうなってるの!?)