軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

55.帝都の隙間:禁断のやせ薬『イノセント・レネ』前編

新進気鋭の女優ミルパティア。

彼女の姿をマリエラが観たのは、彼女が主演を務める舞台の上だった。

(こんなにスリムなのに、なんてパワフル。まるで輝いているみたい)

演目も素晴らしかったが、それ以前にミルパティアという女優の存在感が観客を惹きつける。

化粧や衣装の効果もあるのだろうが、手足はその細さも相まっていっそう長く見え、エネルギッシュな演技が彼女を一層大きく見せる。お芝居に疎いマリエラでさえオーラのようなものを感じたほどだ。まさに、主役を張るにふさわしい大女優の風格だ。

――とても、少し前までは端役しかもらえなかった女優とは思えない。

「衣装で隠していますけれど、思った以上に細くてらっしゃるわ。あの状態でこれだけ長い舞台を演じ通せるものでしょうか? マリエラさん、何かお分かりになりまして?」

「キャル様が推察されていた通りだと思います。あのポーションを飲んでもらえばミルパティアさんは助かりますが……」

「そうすれば、彼女に あの薬(・・・) を渡した元凶を逃してしまうのですね」

「あまり気が進みませんが、やはりあの方法で行きましょう。幸い食欲はあるそうですから」

シューゼンワルド辺境伯家が用意したボックス席でひそひそと言葉を交わすマリエラとキャロライン。

そんな二人の様子を、この厄介ごとを持ち込んだミルパティアの友人、レネがうつむきながら見つめていた。

レネの様子は友人を心配しているように、この時のマリエラには思えた。

■□■

「劇団の若手女優の失踪事件ですか」

「えぇ。シューゼンワルド辺境伯家には『金獅子の牙は迷宮に眠る』の演目で懇意にしている劇団がありまして、その伝手で相談があったそうですの」

相談を持ち込んだ劇団員の少女レネは、マリエラの姿を見て少し緊張を和らげた。

それはそうだろう。端役がやっとという感じの垢抜けない少女が、絵に描いたような豪邸に呼ばれてお姫様然としたキャロラインに面会したのだ。そんな中、呼ばれて飛び出たマリエラに、右も左もわからぬ異国で出会った同郷の者のような親しみを感じたのも無理はない。勿論、庶民的な意味でだ。

帝都でも有数の豪邸でも色あせない、マリエラの庶民オーラの輝かしさは置いておくとして、レネが持ち込んできた話と言うのは、なんと若手女優の失踪に関する話だった。

怪我や病ならともかく、失踪事件は探偵のお仕事ではないか。どうして錬金術師である自分にそんな話をするのだろうと首をかしげるマリエラに、キャロラインがレネから聞いた話を掻い摘んで教えてくれた。

「失踪された方はどなたも若い女性で、職業は女優や歌手、モデルと言った美しい方ばかりらしいんです。ですが、どの方も争った形跡もなく自分の脚で出て行った様子で、駆け落ちか何かだろうと誘拐事件として捜査いただけないらしくて。

それからもう一つ、こちらがマリエラさんにご相談した理由なのですが、……どの方も、もともとはその、あまり目立った方ではなくて、それが失踪前に皆一様に急激に痩せた上に輝くばかりに美しくなられてとのことで。

ですから事情を知る方々は、あるポーションを手に入れたのではと噂しているらしいんです」

「……まさかそれって」

「えぇ。そのまさかですわ。失踪された方は皆『やせ薬』を飲んだのではと言われておりますの」

「ヤ・セ・グ・ス・リ!!!」

©小原彩

あぁ、なんという事だろう。そんな便利なポーションが帝都にあるとは。

皇帝に献上するポーションとしても申し分ないのではないか。

帝都の半数を占める女性が渇望するポーションなのだ。もちろん、その中にマリエラも含まれるのだが。

「どうやって作るんだろう……」

さりげなく自らのお腹周りに手を当てながら、目を輝かせるマリエラ。

やせ薬を作るためなら、イリデッセンスアカデミーのライブラリへの不法侵入だって何のその。“可愛いは正義”を振りかざしサックリ侵入できちゃいそうだが、アカデミーが開発したならとっくに市販されているはずだ。

全女性垂涎の秘薬。いったいどんなレシピなのか。

知りたい、知りたい。

これはあれだ。錬金術師としての真っ当な知識欲であって、自らの脇腹に付いた自堕落を楽して解決しようというわけではない。ないったら、ない。

「……マリエラさん、だめですよ?」

「え? ナ、ナニガデスカ?」

マリエラの考えなどすっかりお見通しのキャロラインが、明後日の方向を見るマリエラにやせ薬とやらについて懇切丁寧に教えてくれた。

何でもこのやせ薬、始めこそ綺麗に痩せるのだが、じきに手足はやせこけ髪には艶が無く肌は老婆のようになるのだという。恐ろしいことに患った本人は、ミイラの様に痩せさらばえても自分を美しいと認識していて治癒魔法使いに掛かろうとしないし、無理に治癒魔法使いのところに連れて行っても回復系のポーションも治癒魔法も効果がないらしい。

そして、やせ薬を飲んだとされる全員が、満月の夜に姿を消してしまうのだ。

「あー……。それって、アレじゃ」

キャロラインの話を聞いて、やせ薬の正体に気付いたマリエラは、途端にトーンダウンする。マリエラが呼ばれた理由は、素敵なポーションの情報ではなく、回復させるポーションの方だったようだ。

それにしても、あれは危険ではあるが、周りが気付いて撲滅されやすいものではなかったか。

「こんな分かりやすい変化が起こるなら、家族か親しい誰かが止めてくれると思うんですが」

「それが、やせ薬を飲まれたのは、身寄りのないお一人で暮らしてらっしゃる方ばかりらしいのです。職業上、知り合いの方はいらしてもライバルのような関係で、親身になって心配してくださるご友人もいらっしゃらない方ばかりだったと伺っていますの。今回はご友人のレネさんが手を尽くして下さったから、こうして情報が届いたのですが」

「うーん、アレってそういう伝手の少ない人が入手できるものですかねぇ?」

「えぇ、作為的ですわよね」

まるで、失踪するまで助けの入らない者を意図的に選んだようではないか。

「それで、やせ薬を飲まれた方はどんな状態なんですか?」

「残念なことに末期のようですわ」

それならば、タイムリミットは次の満月だ。

「え。次の満月って確か……」

「明日ですわね」

まったく余裕がないではないか。

しかもその状態の患者は、すべからく治療を受け付ける状態にないのだ。

こっそりあるいは無理やりにポーションを飲ませるにしても、今は人づてに話を聞いただけだ。実際に会ってみなければ断定はできない。

こうして、マリエラとキャロラインは大急ぎで準備をすると、翌日の公演に駆け付けたのだ。

■□■

(早く、早く行かなくちゃ……)

無事に公演を終えたミルパティアは、馬車で送ろうという 後援者(パトロン) の申し出を半ば強引に断って、夜の街を歩いていた。

(美味しいお料理だったわね……)

昔は少しばかりの野菜を大量の水で流し込み、空腹感を紛らわせていた。

魅力的な体形を得るためには食事を減らして水分でお腹を膨らます必要があったし、何より時間もお金もなくて、レストランで食事を取る余裕もご馳走してくれる人もいなかった。

それが今では公演が終わる度に、 後援者(パトロン) たちが日替わりで帝都中の名店で美味しい料理をご馳走してくれる。

あれほど気を使っていた体形も、今はどれだけ食べても気にする必要がない。

(あと少し、もう少し。もう2週間頑張れば、皇帝陛下の舞台に立てる。そうすれば、私の人気は不動のものに……)

来週には皇帝陛下が観劇に来られるという。

その舞台に立てたなら、ミルパティアの女優としての地位は不動のものとなるだろう。

あと少しで夢がかなう。

そんな意識は残っているのに、頭とは別の場所が「今日は とても大切な日(・・・・・・・) 」なのだと、「早く行かなければ」と、ミルパティアを急かす。

皇帝陛下の舞台に立つためにも 後援者(パトロン) との付き合いは大切だ。特に今日の食事の相手はシューゼンワルド辺境伯の縁の者だからおざなりにはできなくて、急かす気持ちを抑え込んで不承不承に参加した。だが、帝都でも珍しい魚料理と食事の相手が下心丸出しの男性ではなく若い女性と言うこともあって、つい安心して食が進んでしまった。

(だって、とてもお腹がへるのだもの……)

食べた魚の、蕩けるような脂の味を思い出す。

あれだけたくさん食べたのに、まだお腹が減っているのは一体どういう事だろう。

(行かなくちゃ、行かなくちゃ……)

本当に食べたい物は他にあって、それは今日しか食べられないのだ。

ふらふらと進む夜の帝都を、街灯の明かりが照らし出す。

ふらりふらりと体が揺れるのに合わせて、光が尾を引き視界に残る。

高い建物の影と街灯の光が綾を成す夜の街路に、ミルパティアの影が踊る。

彼女の視界はまるで悪夢を見ているようにどろりと蕩けているけれど、ただ空腹と「行かなければ」という思いに支配された思考はその違和感にも気付かない。

向かうべき場所ならば分かるのだ。

満月の光に照らされて、街路に残る芳香がミルパティアには蛍火のように儚く光って見えているから。

「あぁ、やっと逢えたわ」

誘われるように進んだ先は公園で、そこに一人の男が花束を持って立っていた。

男が差し出した花束を受け取るミルパティア。

その様子をはたから見れば、逢引のように思っただろう。

しかし、ミルパティアが終始うっとりと見つめているのは花束で、一度も男性の顔を見てはいない。その無礼とも思える振る舞いも、この花束を得るためにここまでやってきたというのに、思わず口から洩れた言葉が「逢えた」だった違和感も、当のミルパティアは気付いていない。

だって、腹が減ったのだ。

ここまでやってくるのだって、本当に大変だった。

手も足も枯れ木のように細いのに、体が重くて仕方がない。まるで過酷な減量のあとのように体は冷え切り指先が震える。

頭がぼんやりしているのだって、視界が不明瞭なのだって、こんなにお腹が減っているせいだ。

――それも、すぐ終わる。だって、私は逢えたもの。

ミルパティアはおもむろに口を開くと、大切そうに抱えた花束にかぶりついた。