軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

31.ざわつく食堂

ざわざわざわ、ざわざわざわ。

辺境伯邸の食堂は、再び喧噪に包まれていた。

原因は、例のごとく獣人のナンナである。

迷宮から帰ってきた『炎の遣い』一行が、ナンナと仲良くなっていたのだ。猫好きには見過ごせない話題だろう。どうやら迷宮討伐軍には猫好きが多いらしい。

「ぜ、全員と仲良くなっているだと……」

「一体、何があったんだ」

「あいつら、アルアラージュ迷宮に行ってきたらしいぞ」

「あのアルアラージュ迷宮か?」

「ってことはあれか? パーティー崩壊の危機を、ナンナたんが救ったってことか」

「ネコと和解せよ。…………俺と和解して?」

「ネコは救いの肉球なり。…………ぷにりてぇ」

「いやまさか、あのナンナだぞ。周りが喧嘩してようと、笑って煽ってきそうじゃないか」

「じゃあ、あれだ。あそこのマッシュルームの横穴でキノコパーティーやったんだ!」

「陶酔の果てに、ネコの姿を見たってやつか……」

「ネコを崇めよ……」

「ネコを崇めよ……」

にゃんこの動向が噂になるとは帝都は未だ平和らしい。

あと、マッシュルームの横穴ってなんだ。使用禁止のやばいキノコじゃないのか。

「肉が逃げるんなー」

「こうやって、両端を持って、がぶって」

「がぶー。……逃げるんなー」

今日の昼食メニューは、具材の主張が激しめのサンドウィッチだ。

具材がでっかいおかげで、気合を入れてがぶりとやらねば、間の具材が後ろに逃げる。

兵士の腹を満たす食堂のメニューは昼食からがっつりで、サンドイッチと言っても軽食感はさほどなく、フライドフィッシュサンドにチキンカツサンド、ローストビーフサンドのような腹にたまるものばかりである。

辺境伯家の料理人が腕を振るうだけあって、フライドフィッシュサンドはサンドになっても衣はサクサク、噛むと魚肉がホロリと口の中で解けるし、タルタルソースとの相性は抜群。新鮮なレタスや甘いトマトが味を引き立てる。

庶民に馴染み深いチキンカツサンドも鶏肉はジューシーで、野菜を煮込んだトマトベースのソースがうまみを引き立てているし、ローストビーフサンドに至っては肉とソースの見事さもさることながら、クリーミーな食感の野菜やピリッと辛みの効いた小さな蕪、ハーブやスプラウトと言った、なんだかおしゃれな野菜がたくさん挟んであってめちゃくちゃに美味しい。

「があぶぅー。うみゃいなん、うみゃいなん」

大口開けてサンドウィッチを頬張るナンナ。そして、やっぱり反対側からはみ出る具材。

「ヨワヨワ人間なんな、料理うみゃいなん、すごいなん」

何を言っているのかわかりにくいが、「弱い人間だが、料理が上手いのですごいやつだ」と褒めているらしい。

ちなみに料理長も猫好きらしく、ナンナには玉ねぎ抜きのメニューを出してくれている。獣人はタフだから少量ならば問題ないらしいが、大量に食べてしまうと調子を悪くするのだとか。生なら気付いて食べないが、ソースや肉汁が絡むと口にしてしまうらしいので、周りが気を付けてあげている。

この職場、ちょっとナンナに甘すぎだ。

マリエラが「料理長に“おいしかった、ありがとう”って言えば、もっと美味しいものを作ってくれるよ」と教えたら、料理長を見かけるたびに「リョーリチョー、うまうまなんな、ゴロゴロ」とか言うようになった。おかげで厳つい外見の料理長は、前にもましてデレデレだ。

マリエラの指導のお陰で、ナンナのメイドたちへの態度も少し柔らかくなってきた。ナンナに快適な環境を整えてくれる彼女らも、結構スゴイと認識しはじめているらしい。

感謝の気持ちは大切だ。この調子で「強い」以外の「スゴイ」を育んでいってほしい。

「それにしても、ナンナはみんなに人気だし、人間の料理も好きなのに、どうして今まで獣人と交流がなかったの?」

「うなんな?」

この「うなんな」は、「獣人と人間の交流なんて難しいことはわからんな」ということだろうか。便利ワードを理解したマリエラが質問を変えてみる。

「どうしてナンナは帝都に来たの?」

「んな? んなな……。なん! ナンナたちのナワバリに迷宮ができたなん」

しばらく首を傾げた後に、「うなんな」以外の声が上がった。

今度は答えがあるらしい。しかし、思い出したとばかりに続けた言葉は、適当な言動とは裏腹に割と深刻なものだった。

「迷宮ができた? それって大丈夫なの、獣人たちで討伐できるの?」

「うなんな。強い守護精霊がいる戦士がやっつけてるなん、なんな、戦士少ないなんな、うなん、迷宮の中だと守護精霊、弱いなん。なんな、苦戦してるなん。うなん、うな、うなんな」

「えっと……」

うなうな、なんなと身振り手振りで説明してくれるナンナ。可愛いのはいいのだが、今一つ理解が追い付かない。エドガンが「そっかそっかー」と言っているけれど、たぶん適当に相槌を打っているだけでヤツも分かっていないだろう。ナンナの身振り手振りで散った毛を吸ったのか、時折「ぶえくしゅっ」とくしゃみをしている。唾が飛んでちょっときちゃない。

マリエラが困ったな、と思っていると思わぬ助け舟が入った。

「詳細は私から説明しよう」

「ウェイスハルト様」

なんと、ちょうどいいタイミングで現れたのは、いつでもどこでも忙しい、みんなの頭脳、ウェイスハルトだ。

もうすぐキャロラインが帝都につくから、今日は屋敷で仕事をしているらしい。

合理的な彼は、普段は食堂で兵士たちとの懇親を兼ねつつ食事を摂るか、食堂の食事を運ばせて仕事しながら食べるのだという。ウェイスハルトがこの食堂を利用するおかげで、料理長は本館ではなく食堂で腕を振るうことが多く、みんなおいしい食事にありつけている。

この話題、やっぱり取り扱い注意なのだろう。マリエラたち4人とナンナは、会議室へ移動した後、ナンナの事情とやらを聞かされた。

「まずは皆、無事にアルアラージュ迷宮より帰還したようで何よりだ」

「うなんな」

「獣人には一人に一体、守護精霊と呼ばれる同じ獣性を持つ精霊がおり、強者ともなればその守護精霊は他者から視認できることについては以前話したと思うが」

「うなうな」

「……ナンナ、ちょっと黙ってくれるかな」

「うなんなー」

ナンナの相槌に困ったウェイスハルトがそばにいた兵士に合図をすると、しばらくして白身魚のカルパッチョが運ばれてきた。生食できるほど鮮度の高い海の魚は帝都でも貴重で、食堂で見たことのないメニューなのだが。貴重なカルパッチョの皿がウェイスハルトではなくナンナの前に置かれると、ナンナの瞳孔はキュッと細まり黙って夢中で食べだした。

どうやら対ナンナ用の秘密兵器らしい。ウェイスハルトもナンナを甘やかしすぎである。“邪魔をしたら魚がもらえる”と覚えたらどうするつもりだ。――もう、味を占めちゃってるかもしれないが。

ナンナが静かになったところで再開された話によると、獣人には一人に一体の守護精霊が憑いていて、守護精霊の力が強ければ一体化により強力な力を発揮できるらしい。これがナンナの言う”戦士”というやつなのだろう。

しかし、戦士の数は減少し、今では一体化どころか姿も見えない守護精霊ばかり。弱体化が著しいのだとか。

そんな中、縄張り内で迷宮が発生したのだ。

迷宮は精霊の力の源である《命の雫》を喰らってしまうから、迷宮内で精霊は力が発揮できない。守護精霊もその類にもれず、迷宮攻略は難航しているそうだ。

「獣人の縄張りは魔の森の南西端と隣接していてね。地竜クラスはざらに現れるらしい。

獣人は極端に強さを貴ぶ種族だから、人間と交流するより魔の森から流れてくる魔物と戦う方がよほど重要だと考える。むしろ弱い人間との交流をどうやら恥ずべきことと認識していたようだ。縄張りへの侵入者は許さないし、向こうから接触してくることもなかった。

だが討伐できない迷宮の出現で、事情が変わったらしい。武器や防具を交易したいと獣人の使者が領地を接する南方の辺境伯、ハインリッヒ・ヘルツヴァイデ殿の元へ来たんだ。使者と言っても彼らはプライドが高い。助力を求めるとは思えぬ態度だったというが、幸いハインリッヒ殿は剛腕な上、どうぶ……博愛主義でね。ククッ、秀逸な逸話が幾つもあるが、それはまた別の席で話すとしよう」

笑いながら動物好きと言いかけるウェイスハルト。ナンナのために鮮魚を用意しているというのも十二分に動物好きの面白い逸話じゃないのか。

面白話は気になるが、使者に出されたのは獣人の中でも地位の低い、弱い者たちだったという。人間側からしてみれば、ナンナのような親しみの持てる外見の者たちだ。犬もいれば猫もいる。兎やリス、鳥までいたらしいから、多くの人間のモフリ欲求を刺激したとかしないとか。

しかし、性格が揃いも揃って難ありだった。食堂でも「猫畜生」の誉れ高いナンナであるが、みんなそんな感じだったのだろう。

上下関係をはっきりさせる的な肉体言語によるご挨拶から始まって、全員見事に返り討ち。その後も結構失礼で偉そうな態度をぶちかましたわけだが、大の動物好きのヘルツヴァイデ辺境伯が援助に乗り出すに至ったらしい。本当にかわいいは正義が過ぎる。

「ハインリッヒ殿とて南方を守護する辺境伯。単に博愛精神からのみ援助を始めたわけでは……ない」

(断言する前、ちょっと間があった……!)

(間があった)

(カワイイかんなー)

(わからんでもない……)

(うみゃうみゃ)

心の中で突っ込みながら、まじめに聞いてる4人と懸命に食べているニャンコ。ウェイスハルトの話は続く。

「先も言ったが、獣人の領地は魔の森の南西端と面しているのだ。獣人たちが好んで魔物と相対してくれているおかげで、南方の均衡は保たれていると言ってもいい。故に獣人たちの弱体化は看過できない問題なのだ。

そこで、援助の一環として獣人の末端にいる――弱い者たちを預かり、鍛える中で弱体化の原因を探ろうとしたわけだ。多くは南方伯領にいるが、多角的なアプローチが効率よかろうと、ナンナは迷宮討伐軍で預かることとなった」

弱肉強食、力が正義のバトルジャンキーは迷宮討伐軍と相性がよかろうと、シューゼンワルド辺境伯家に紹介されたナンナだったが、余りにも文化というか常識が違い過ぎてその辺の教育をしているうちに迷宮が討伐されてしまったのだとか。

「なるほど……。ナンナがこちらに来たってことは、ヘルツヴァイデ辺境伯は犬派だったのか! 情報漏洩の可能性からわざわざ会議室で話したわけですね」

キリリ。半分寝ていたことを隠すようにエドガンが言う。微妙に話を理解していない。

「違う。いや、情報漏洩という点はあっているか……。獣人の危機を知れば、除隊して助けに行こうと考える兵士がいそうでな」

大丈夫か、迷宮討伐軍。もふもふ大好きすぎないか。

あとヘルツヴァイデ辺境伯は犬派じゃないのか。だったら小動物派だろうか。博愛主義というくらいだからモフけりゃなんでもいいのだろうか。

もはや恰好が付いていないのに、ウェイスハルトは「うむ」と頷き話を続けた。

「精霊と相性の良い君たちとナンナが仲良くなったのは幸いだ。君たちと行動を共にすれば、ナンナも守護精霊を顕現できるようになるかもしれん」

それは、ナンナを鍛えてやれと言うことだろうか。精霊眼持ちのジークと精霊にやたらと縁のあるマリエラは確かにトレーナーとしては最適だ。ナンナは戦力として頼りになるし、マリエラ達もやぶさかではないのだが。

ナンナに優しい視線を向けるウェイスハルトと、空になった皿を舐めるナンナを見てマリエラは思わず尋ねる。

「こんなに甘やかして、ナンナ、ちゃんと野生に帰れるんですか?」

「……………………」

「うなんな」

応えてくれないウェイスハルトの代わりに、カルパッチョを平らげたナンナが返事をした。

だからそれは、YesなのかNoなのか。それとも「ごちそうさま」なのか。

マリエラ達はどうすればナンナを強くできるか頭を悩ませるのだった。