軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

31.業火

「ファイヤー!」

「第一声がそれとか、止めてください師匠」

とんでもない火力で黒の戦禍も黒い魔物も一瞬で焼き尽くしたフレイジージャの第一声は、マリエラたちの心まで消し炭にしそうなしょうもないものだった。

「いや~、スッゴイ火力だったな! さっすが魔物鯨グラドエール産の高級油は火力が違うな! それに、マリエラの魔力量。いいわ~、あの火力! その発想はなかったわ~」

「あぁもう、師匠。朝が来ちゃうから。水が来ちゃうから、さっさと神殿に行きますよ!」

マリエラたちは、師匠が張ったのであろう結界のような空間で守られているから熱さは感じないのだけれど、外は業火渦巻く地獄のような有様だ。

(っていうか、この結界は一体どうなってるんだろう。

師匠が昔教えてくれた話じゃ、熱というのは“でんどう”だけでなく“ふくしゃ”によっても伝わるから、直接触らなくても炎は温かいんだって言ってたけど。

この外が透けて見える結界って、“ふくしゃ”とやらも遮断するのかな。

そう言えば《錬成空間》で錬成する時って、高温に熱しても低温に冷やしてもかざす手が熱くなったり冷たくなったりすることは無いよね。

これも、《錬成空間》の一種? いやさすがにそれは……)

外では「ギュゥウ……」とも、「ギヤァア……」ともつかない叫びをあげて、身を焼く炎に黒い戦禍が身を捩っているのだけれど、マリエラの思考は逸れまくりだ。

(そもそも、なんで師匠、服着てるんだろう……)

サラマンダーが師匠であることを確信していたマリエラだったが、師匠がマッパで現れる可能性については、小さな蜥蜴が一瞬にしてぴらぴらした衣服をまとった師匠に変わって顕現するまで、全く思い至らなかったらしい。

師匠をぶん投げたことといい、この師匠にしてこの弟子ありだ。

もっともマッパで現れたとして、師匠の事だから堂々とした様子で変わらぬ台詞を吐いていて、マリエラがあたふたと師匠に服を着せたのだろうが。

顔を隠すふりをして指の間から『精霊眼』でチラ見するジークと、顔も隠さずガン見するエロガンの様子まで想像したところで、師匠がマリエラの長い思考を遮った。

「ていうかさ、いつ気が付いたん? マリエラの仲良しサラマンダーの姿だったら騙されると思ってたのにな~」

「呼んでないのに来た時からおかしいとは思ってましたよ。ここに着いて最初にサラマンダーを呼んだ時には来なかったし。それに、あれだけ長い間、受肉した状態で顕現するとか、どう考えたっておかしいですよ!」

「あちゃ~。呼んでたのかー。

ここって、水の精霊の領域だからさ、並の炎の精霊じゃ来れないんだよね。

供物で呼ぶか、このフレイジージャ様くらい特別じゃないと。

あ、サラマンダーは還ってるから安心しな。

あー、あたしも途中で消えるとかすればよかったかなー。

てか、あんまり驚かないのな?」

「そりゃ、師匠ですから。師匠が師匠のくせに中級ポーションしか作れないってわかったときほどは驚きません」

ようやく人の姿に戻って口がきけるとばかりにしゃべりまくる師匠と、そんな師匠を引っ張って中央の水の神殿へと急ぐマリエラ。

「あ、まって、まって。あれ、ちゃんと燃やしとかないと復活するから。

アイツが正気に戻って(・・・・・・・・・・) 水が満ちる前にちゃんと焼かなきゃ。

火多火多(ひたひた) と、火多火多と来たれ、ってもう来てるか。えーい、《爆炎招来》、ファイヤー!」

「なんですか、そのいい加減な詠唱は……」

マリエラが頭を抱える中、師匠は再び極大の業火を黒の戦禍にお見舞いすると、大火のなか未だ蠢いていた黒い影は、今度こそ完全に燃え尽きちりと化していった。

(飢餓の時も病魔の時も、師匠は最後まで黒の魔物を燃やしていたな)

ここに来てからのサラマンダーの不自然な行動を思い返しながら、マリエラはその様子を見ていた。

「ほら、さっさと行くぞ、水が来る」

さっきまでマリエラにせかされていたというのに、広場中の黒い魔物を全て焼き滅ぼした師匠は、ジークたちを振り返ると、おいでおいでと手を振る。

ジークをはじめ他のメンバーはこの展開を予想さえしていなかったようで、ぽかんと口を開けたまま二人の様子を見守っていたけれど、いつもの師匠のいつもの理不尽ぶりに、ようやく再起動したようだ。

「え!? えぇ!? フレイジージャさん!? いや、だって、さっきまでサラマンダーの……」

「おちつけ、エドガン。いつものことだ」

「え? トカゲって、服……。てかオレ、ほっぺ、ペロリって、あれ……」

「考えたら負けだ。行くぞ」

動き出したはいいのだが、エドガンの狼狽ぶりがすごい。

というか、真っ先に考えるのがトカゲの着衣状態なのは、頭の冴えをむしろ褒めるべきなのだろうか。

「師匠はね、元炎の精霊なんです。今も半分は似たようなものなのかも知れないですけど」

「えーと、えーと、あ、エドガン。そゆこと~」

守備範囲外の蜥蜴の姿からドストライクの美女に変化したフレイジージャにうろたえるエドガンに、ざっくりと説明するマリエラ。やっぱりエドガンの名前を忘れていたらしいフレイジージャは金の瞳をキラキラさせながら名前を 世界の記録(アカシックレコード) で検索して、さも今思い出したように返事をしている。

『精霊眼』持ちだというのに師匠の正体に気づかなかったジークは、『精霊眼』で師匠を見たり、かくして普通の目で見たりと何度も見直していて、師匠の正体は全く見抜けていなかったらしい。もっともこちらは、日々の暮らしから迷宮の最深部までやらかし放題の師匠のおかげで、だいぶ耐性が付いていて、エドガンを連れてマリエラたちの後を追うくらいの余裕はある。

ユーリケたちに至っては、もう、訳が分からないといった様子で、ドニーノは眼鏡をはずして拭いたあと、もう一度フレイジージャを確認しているし、グランドルに至っては現状を理解するのを放棄したようで、自分たちと一緒に炎を逃れたラミアに向かって別れの挨拶をし、「シャー」と威嚇されていた。

「ほっほ、これはつれない。ツンデレというやつですかな」

などと笑って言っているけれど、ラミアは一度だってデレたことはないのだが。いや、いまだに一定の距離を取りながら攻撃してくることも逃げ去ることもしないから、今がデレた状態なのかもしれないが。

「ギャ、ギャウ! ギャウ!」

「こ、こら、クー、跳ねるな!」

ラプトルのクーは、自分も人間の姿になれるとでも思ったのか、その場でジャンプを始めてしまい、繋がった荷車まで跳ねて荷台から転がり落ちそうになったユーリケをフランツが抱きとめている。

「危なっ……!」

ラプトルの荷車に載せていたジークのやたらと大きな背負い袋も転がって、落下する寸前のところをジークにナイスキャッチされている。

結界の外はまだ灼熱の地獄だというのに、全員が収拾の付かない混乱ぶりだ。

「さて、そろそろ、謎解きの時間だ」

そんな混沌とした状況を終わらせたのは、この混沌を生み出したフレイジージャの一言だった。

「まず何から話そうか……。ふふ、マリエラ、そんな顔しなくても、もう、はぐらかしたりしないよ」

一時でも師匠から目を離さないぞと、はっしと目を開けて見つめてくるマリエラに、フレイジージャは苦笑する。

「マリエラ、そんなに目を見開いたら、目玉が乾くぞ……」

ジークがおせっかいな心配をしてしまうくらい、師匠をガン見していたマリエラは、「だって……」と小さくつぶやいて、ほんの少し下を向く。

そんなマリエラに、師匠はぐずる子供を抱き上げるような表情をすると「ほら」と手を差し出す。差し出された師匠の手を握って、マリエラはようやく瞼をパチパチと瞬いた。

師匠はいつだって、マリエラの危機には駆け付けて助けてくれるのに、自分のことはちっとも話してくれないのだ。その上、ふいにどこかに行ってしまう。ここで再び目を離したら、今度こそ本当に見つけられないところに行ってしまう気がして、マリエラは目を離せなかったのだ。

けれど、フレイジージャはここまで自分を追いかけてきた愛弟子に、真実を伝える気になったらしく、マリエラの手を握ると、一同を連れて真っ直ぐに中庭の中央にある神殿へと進んでいった。