軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

28.災厄の記憶~戦禍~

「こりゃ、思ったよりいい木材だな! 蔦もあんまりちぎれてねぇから十分使えそうだ。

グランドル、フランツ、すまんが手を貸してくれ。

ユーリケ、この先に加工ができそうな工房があったはずだ。悪いがそこまでラプトルで運んでくれや。

エドガンとジークはお疲れさん。しばらく休んでてくれていい」

“首飾り”の木材の質の良さにドニーノは大喜びで皆に仕事を振り分ける。

ようやく仕事から解放されたエドガンとジークは、「おーう」とうめき声のような返事をすると仲良く二人でその場にへたり込んでいる。

“首飾り”を切り倒し、粗加工するのは思いのほか重労働だったらしい。

「斧がねぇんだからしかたねぇだろ」

というドニーノの指示により、双剣とミスリルの長剣で木材加工を行ったエドガンとジークだったが、硬質な材料を間に合わせの道具で加工したのだ。疲労は半端ないだろう。

魔物、特に動物を切り裂くために作られた剣は、木を切るのに適していない。

薄く鋭利に作られた刀身は、硬く分厚い木材にたやすく刃こぼれして簡単になまくらになってしまうし、場合によっては変形したり疲労破壊を起こしてしまう。

だから、ジークもエドガンも、刀身に魔力をまとわせ強化して木材を加工したのだが、木を切り加工するという慣れない動きも長時間の魔力操作もかなり疲れるものだったようで、二人は喧嘩をする気力も残ってはいないようだった。

「ジーク、エドガンさん、食事ここに置いとくから、食べたら少し休んでね」

マリエラは二人の食事を準備すると、ドニーノたちを追いかけるようなそぶりで南東の塔を後にした。

まだ、知るべきことがマリエラにはあるのだ。

「魔の森の小屋の部屋、懐かしいね」

マリエラが夢を見るために選んだ場所は、二百年前、師匠と一緒に住んでいた魔の森の小屋が再現された部屋。ポーションを作るために、一度訪れているから場所も分かるし、経路の安全も確認済みの場所だった。

魔の森の小屋はとても小さくて、工房と台所と居間が兼用で後は寝室だけだった。面積も狭かったから、たんすで仕切ったマリエラと師匠の寝室もここに再現されていた。

「師匠に貰われてすぐの頃は、師匠と一緒に寝てたんだったな」

別々に寝るようになったのは、いくつの頃だったろう。

「暑い」だとか、「自分の部屋が欲しいだろ?」だとか、それらしい理由を言っていたけれど、こんなに狭い部屋を小さなたんすで間仕切ってまで離れて眠る必要があったのか。

「キャウ~」

まだ眠くないとでも言いたげに、じたばた暴れるサラマンダーに「逃げちゃだめですよ」と言いながらぎゅうっと抱きしめると、マリエラは懐かしい師匠の寝床に潜り込んで目を閉じた。

*****************************

街が燃えていた。

人が焼けていた。

街が嘆きで満ちていた。

生じたばかりの炎の精霊たちに、人の持つ善悪の判断などはなく、ただただ投じられる燃料に集い、群がり、業火となって街のすべてを呑み込んでいった。

切り殺される人の血が炎のように赤いのだと、その炎の精霊はその時初めて意識した。

泣き叫ぶ人の声と、逃げ惑う人の声と、助けを求める人の声。

それらすべてを聞き流し、あるいは悦楽の表情で受け止めて、断末魔の叫びに変えていくのもまた、同じ人間という種族の剣戟と、軍靴と、高揚した叫び声だった。

人が人を殺していく。

人が人の街を焼いていく。

その悲惨なありさまは、人の歴史に刻まれて長く語り継がれるのかもしれないが、この惨状を眺めるあまたの精霊たちにとっては、人とはそういう生き物なのだと、嵐を見守るようなものにすぎない。

失われる命の数にしてみれば、地震や噴火に及ばない。精霊たちにとっては、蟻の巣が、別種の蟻に襲われるのとさほど変わらぬものに思えるのだ。

ただ、一体の炎の精霊を除いては――。

――だめだ、だめだ。こんなに死んでは。

怒りが、悲しみが、たくさんの黒い感情が、どんどん流れて行ってしまう……!!――

道は、黒い河の流れは既にできてしまっているのだ。

人が穢れや呪いと呼ぶ黒い感情は、人が魔の森と呼ぶ森を越え、あの湖へと流れてしまう。

少ない量であればいい。

穢れは湖に溶け込んで、魔の森全体に広がっていく。そして森の木々に、動物たちに宿るのだ。

魔の森に住まう生き物は、その大半が魔物に変じてしまったけれど、魔物という生き物は気性が荒かったり肉体が強かったりするだけで、産まれ、喰らい、喰らわれ、繁殖し、老いて死ぬという生物の理から離れるものではない。

その一生を通じて、その身に宿した穢れに心身を焦がしながらも清めて、やがて地脈へと還っていくのだ。

人の街が襲われるまでは、人の街と魔の森の均衡はそれなりに保たれていたと炎の精霊は考えていた。人の街で生じた穢れは、なるべく炎で清めていたこともあるけれど、それ以上に魔の森自体が穢れの浄化機構としてうまく機能していたからだ。

けれど、人の街が襲われ、焼き滅ぼされるほどの禍は、どうしたって受け止めきれない。

――これは、まずい。この量は許容できない。こんなにたくさんの穢れが流れ込んだら、あの湖は、あの精霊は……――

人が人を街ごと亡ぼす、戦争と呼ばれる愚かな行為は、多くの精霊の目から見れば大がかりではあるものの動物同士の捕食活動に似たものに映っていた。けれど、人以外の生き物はこんな怨嗟の声を上げたりしない。怒り、恨み、嘆き、悲しみ、すべてを奪おうとする敵を呪って、穢れをまき散らしたりはしないのだ。

――いやだ――

燃やされた死体から、焼け崩れた家屋から煤のような黒い穢れが立ち上る。

――いやだ、行かせたくない――

命を失い、けれどその事実に気づかず街をさ迷う亡霊が、呪いの声を上げている。

――これ以上、あの湖の精霊を黒く穢したくない……!!――

精霊とは、ただそこにあるものだ。

吹く風に、灯る炎にただ宿り、水と共に流れ、土と共に命をはぐくむ。

その有り様に、幸も不幸も、善悪の判断さえも、本来ならば存在しない。

豊かな川の流れに大地が潤い、生命溢れる街に明かりが灯っても。

干ばつで土地が乾き、池が干上がっても、山火事で森が燃えて多くの命が失われても。

精霊とは、すべてをありのままに受け入れる存在で、そんな存在だからこそ、何かを強く望むということは、本来であればあり得ない。

もしも何かを強く望んだならば、そのために、何かを犠牲にしたならば、それはもう、ただの 精霊(事象の具現化) ではありえない。

自我を有してしまったならば、街の灯火にただ宿り、揺らめき消えるただの炎に戻ることなど、二度とできなくなるだろう。

けれど、その炎の精霊は望んでしまったのだ。

叶えたいと強く願ってしまったのだ。

そして、個として長く存在し続けた、その炎の精霊には、己の願いを叶えるだけの力が備わっていた。

――いかせない。ここで全て焼き尽くす――

炎であるその身には、それしか方法を持ちえないから。

暴暴(ぼうぼう) と炎は街を焼き尽くす。人も家屋も食料も財宝も。

暴暴(ぼうぼう) と炎は人を消し炭にする。敵も味方も、生者も死者も。

荒れ狂う炎の勢いに、嵐のような激情に、濁流のように祈りも呪いも人のすべてを呑み込んで、そのまま燃やし焼き尽くし、ただの灰へと変えていく。

――燃やせ、燃やせ、焼き尽くせ。一欠けらの呪いも穢れも、あの湖へ行かせるものか……!!――

その炎の勢いは多くの炎の精霊までも巻き込んで、大きく強く燃え広がった。

吹き上がる黒い煙、黒い煤。

それさえ逃すまいと火柱が立ち上がり、曇天さえも赤く赤く染め上げた。

轟轟(ごうごう) と響いたそれは、人の叫ぶ声だったのか、それとも街の崩れ落ちる音だったのか。

しかし、これほど炎が燃え上がっても、空気の流れを止めることも、川の流れを変えることもできはしない。

炎の清め手の隙を潜り抜けた、黒い穢れ、この惨劇を嘆き悲しみ恨み怒った、行き場のない人々の思いは、水が高きから低きに流れるようにあの湖へと流れていった。

――逃がさない、行かせない。だめ、だめだ、嫌なんだ――

黒い穢れを追うように、街を呑み込み燃やし尽くした炎は森にまでその裾野を伸ばした。

炎は望んでしまったのだ。

あの、湖の精霊をこれ以上穢したくない、苦しめたくないのだと。

そこには、価値を定める意識があった。

人の生み出す負の感情は、汚らわしくて悪いものだと、その炎の精霊は判断していた。

そこには、優劣を定める思考があった。善悪を定める思想があった。

湖の精霊は大切で、湖の精霊を穢しつくした人間の命は顧みられなかった。

人や獣を炎で焼いて犠牲にしても、湖の精霊を助けたいとそう願う、独善的な感情があった。

――今、行くから――

会いたいと、自分がそう願っているのだと、炎の精霊は理解した。

湖の精霊のために力をふるうことをいとわない、己の感情のなんであるかを理解した。

だから。

家を燃やし、店を燃やし、道を燃やし、街を燃やした。

森を焼き、虫を焼き、獣を焼き、人を焼いた。

赤子も、老人も、男も、女も、生者も、死者も、すべて平らげ地脈へ還した。

そしてようやく、その炎の精霊は、魔の森の湖へとたどり着いた。

その万物を分け隔てなく焼き尽くす様相は、炎という事象そのままであったのだけれど。

――穢れを焼いて清めるために。これ以上、ここへ来させないために。

これ以上、あなたを穢さないために……!!――

真っ暗い湖の畔で炎の精霊はそう叫ぶ。チリチリとまとわりつく穢れを焼き焦がしながら。

――本当に、そう思っているのか……?――

黒い淵が反転して盛り上がるように、湖面からせり出し浮かび上がった湖の精霊は、夜のような静けさで炎の精霊にそう問うた。

その暗黒の色彩が、間に合わなかったのだと、助けることなどかなわなかったのだと、そう炎の精霊に告げていた。

――穢れが我に流れつくのなら、この吹き溜まり穢れた姿こそが、今の我のありのままの姿だ。

ありのままを受け入れ、世界と共にただあることこそ、我ら精霊のありようだろう?――

炎の精霊が思わず息をのむほどに、穢れをその身に引き受けた湖の精霊は黒く染まってしまっているのに、それでも穢れをよこした人間を恨むことも憎むこともしていない。

魔物が人を襲うのは、魔物の中にある人が人を恨む穢れがそうさせているだけだ。

湖の精霊のあまりの変わりように、言葉もなく涙の代わりに眼から火花をぱちぱちと流す炎の精霊。その様子を黒い瞳はじっと見つめてほんの少しだけ微笑んだ。

――君の我を思う気持は温かい。

怒り、悲しみ、苦しみ、悲しみ、千々に乱れ荒れ狂うその心は、まるで炎そのものだ。

ねぇ、でも、気が付いているかい?

誰かを思い、誰かのために力をふるう。

それは、まるで、人の心のありようであるよ。――

その言葉に炎の精霊は引きつるように息を呑み込んで、絞り出すように言葉を紡いだ。

――あたしに心があるっていうんなら、それはあなたがくれたんだ……――

焼いた命の分だけ煤のように黒い穢れをまといながらも、パチパチと涙の代わりに火花を散らし、強い感情に心を焦がす炎の精霊のありようは、夜の闇をどこまでも照らす灯火のようにも、咲いては散りゆく儚い花のようにも思えて、湖の精霊の目にとても美しいものに映った。

激しく儚く揺らめく炎に手を伸ばすように、湖の精霊は湖面を滑るように炎の精霊に近づく。

――おいで――

湖の精霊がそう言って、炎の精霊の体に焼かれながらもまとわりついていた黒い穢れを手招いた。

――だめ! これ以上は……――

――かまわぬよ。どうやらこの私にも、お前の穢れを引き受けてやりたいと思う気持ちがあるようだ――

どちらが先にかは分からないほど自然に二人の精霊は互いに手を伸ばし合い、手のひらが触れ合うほどに重ね合う。二人の精霊の指先が紙一枚ほどの空気を隔てて重ね合わされただけで、しゅうしゅうと湖の精霊の指先は蒸気となって空へ消え、じゅうじゅうと炎の精霊の指先も熱を奪われ減っていく。

どれほど長く存在し、どれほど力ある精霊になったとしても、水と炎は決して触れ合うことはない。

水が水であり、炎が炎である限り、精霊はその性に縛られる。

――それでもあたしは、あなたの穢れを祓いたい。どんなことをしたって……――

――それは、精霊の役割の範疇を超える願いだ――

無理だと笑う湖の精霊に、炎の精霊は答えの代わりに名前を乞うた。

――ねぇ、名前を教えて? あなたの名前を。

どこにいたって、どんな姿になったって心で繋がっていられるように。

そして、あなたも覚えておいて。

私の名前、私の想いを。

私は、……我が名は、炎の精霊 フレイジージャ――

望みに応えて告げられた湖の精霊の名は、澄み切った水をたたえた在りし日の姿のようで、フレイジージャは、湖の精霊のあの日の姿を取り戻したいと、焦がれるほどに願ってしまった。

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「そうじゃないかとは、思ってたんですよ……」

目覚めたマリエラは独り言のようにぽつりとつぶやいた。

その瞳からは、ぽたぽたと涙がこぼれている。

「ほかの記憶は、大丈夫だったんだけどな……」

あの街は、魔の森からの距離から考えると、今帝都と呼ばれる場所なのだろう。

マリエラは帝都に行ったことはないけれど、先ほど見た戦争が数百年どころではない昔にあったものだということは、なんとなく予想が付いた。

だとしたら、どれだけ長い時間を師匠は生きてきたのだろうか。

その長い、長い時間を思うと、マリエラは胸が締め付けられるほどに悲しくなって、サラマンダーを抱きしめたままぽろぽろと涙をこぼした。

「キュー」

静かに涙をこぼすマリエラを慰めるように、サラマンダーはぺろりと涙をなめてくれた。