軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12.2階南西廊下

芋虫、毛虫の魔物であるキャタピラーと呼称される魔物も、人面樹など木の魔物であるトレントも、古来より人間の生活と密接に関わってきた魔物である。

勿論種類によるのだが、トレントから採れる木材は、通常のものに比べて硬質かつ難燃性で高級品として取り引きされているし、キャタピラの吐く糸は丈夫だったり、薄くても暖かだったり、伸縮性や通気性に富んでいたりと、高機能な布の素材として重宝されている。

ちなみに迷宮都市で手に入れた、マリエラの 下履き(タイツ) もキャタピラの糸から作られていて、マリエラの脚を実際よりもメリハリの利いたシュッとしたものに見せてくれている。実に高機能だ。

ちなみにマリエラは、“キャタピラ”というのは、コロンと丸くどこか愛らしい芋虫が、もっきゅもっきゅと草を 食(は) んでは、ぷはぁと糸を吐くのだと、なんとなく考えている。

実際、一般市民の衣類に使われるキャタピラは、魔物の中でも比較的扱いやすい種を養殖しているから、その見た目がマリエラの想像よりも5倍ほど巨大で、20倍ほどグロテスクなうえ、食事は草だけでなく生肉だったり、しょっちゅう暴れては「キシャーキシャー」と糸を吐き散らかしてそれを採取しているのだという実情に、幼児向け絵本に書き直すくらいのフィルターをかけて見るならば、あっていると言えなくもない。

少なくとも、変な模様があったり、部分的にもっさぁと毛や棘が生えていたりする、見ているだけで体が痒くなってくるような、そんな見た目はしていないし、糸を吐き散らかす代わりに毒毛を飛ばしてきたりもしない。

マリエラとユーリケを乗せたラプトルの、揺れる尻尾を喰いちぎらんと、「ギュィッシャァァァアアア」と迫って来る大量の毛虫軍団ほど、見た目も攻撃方法も凶悪なものでは決してないのだ。

「マリエラ、火炎瓶!」

ラプトルを右に左に操りながら毒毛を避けるユーリケが泣きそうだ。

「うん!」

ラプトルから振り落とされないようにユーリケにしがみ付きながら、火炎瓶を投げるマリエラも泣きそうだ。

「キャウ!」

マリエラの投げた火炎瓶の炎はサラマンダーのおかげで通路いっぱいに広がって、毛虫たちを呑み込んでいく。

廊下沿いに幾つも部屋はあるのだけれど、“首飾り”の居た部屋までどこものぞかず真っ直ぐ来たのだ。どこかの部屋に飛び込む隙はあるけれど、飛び込んだ先が危険な場所ならマリエラたちの命運はそこで尽きてしまうだろう。

だから今は、火炎瓶で応戦しつつ、南西の塔まで逃げるしかない。

けれど、黒い魔物をことごとく焼き尽くした頼みの綱の火炎瓶の炎は、毛虫たちには足止めにもならないようで、ずおっ、と炎を突き抜けてその巨体と物量で炎を消火しながら毛虫たちはマリエラたちに追い縋る。

「うわぁ! 来たし! 何かつるんとしてるし!」

「ぎゃあぁ! 来たよ! 何か美味しそうな匂いしてるよ!」

表面を軽くあぶった毛虫が美味しいかは別として、毛虫の棘が燃やされたおかげで、毒棘を飛ばされる危険は減少したから、火炎瓶には一定の効果はあったのだけれど、炎に焼かれることも厭わずに押し寄せる巨大毛虫に、二人の少女は涙目を通り越している。

「なんでっ、なんで燃えないの~!!」

「たぶん、水っぽいんだし?」

「水っ……、言わないでよ、ユーリケ!」

「聞いてきたのはマリエラだし!」

クーの背中で混乱しながら悲鳴を上げるマリエラとユーリケ。

ユーリケもやはり女子ということか、それとも単に虫が苦手なのかは分からないが、大量の巨大毛虫にウジョラモジョラと追いかけられて冷静でいられる人間は、戦闘力にかかわらずあまりいないだろうから、順当な反応なのかもしれない。

炎で焙られ毛虫の表面が硬化したのか、先頭の毛虫の動きが鈍くなったのだろう。毛虫たちとの間に、マリエラたちが混乱していられるほどの距離が開いたのだけれど、それもつかの間。

ヒュ、トトト。

炎で焙られて速度の落ちた毛虫を踏みつけにして、後方の無傷な毛虫がマリエラたちの背後に迫り毒毛を飛ばす。

「ギャウッ!」

「! クー!」

毒毛の一本がクーの尾に刺さり、クーの速度が見る見る落ちる。この毛虫の毒には体の自由を奪う作用でもあるのだろうか。

「もう少しだけ頑張って!」

見る間に距離を詰めて来る毛虫たちに向かって火炎瓶を次々に投げつけるマリエラ。南西の塔まであと少しなのだ。毛虫たちに火炎瓶の効果は僅かだけれど、ほんの少しでも進行を遅らせられるならば、塔にたどりつけるかもしれない。

「キャウ!」

マリエラの肩にへばりついていたサラマンダーが、クーの頭に飛び移り励ますように鳴いている。

「ギャッ、ギャッ、ギャッ」

短く吐く息に合わせて声を振り絞り、脚をもつれさせながらも、クーが懸命に走っていく。

後ろに続く空間を喰らいつくすように、押し寄せる毛虫たち。その距離がどんどん近づいて来ることが、毛虫を覆う炎の熱気で伝わって来る。

マリエラの外套の裾さえその熱気にあぶられそうだ。脚を絡ませるようにおぼつかなく走るラプトルから振り落とされないように、マリエラはユーリケにしがみついていて、もう後ろを振り返る余裕はないけれど、きっと、すぐそこまで迫っているに違いない。

「はっ」

ユーリケの鞭が舞い、数メートル先に迫った扉のノブに絡みつく。南西の塔はもうすぐだ。

そのまま引いて開いた扉の中に、滑り込むように飛び込むクー。

塔の室内に入るなり脚がもつれて、どう、とばかりに倒れ込む。その反動でマリエラもユーリケもラプトルの背から振り落とされて塔の室内に転がり込む。

「きゃぁっ」

珍しく女の子らしい悲鳴を上げて、けれどゴロンゴロンと動物の子供か何かのように転がるマリエラと、軽やかに一回転して勢いを殺して体勢を立て直し、扉のノブに絡みついたままの鞭を引いて扉を閉めるユーリケ。

絡みついていた鞭は、意思を持つ生き物のように扉を引き寄せつつもノブから外れてユーリケの手元にもどる。

ヅドン、ドン、ドス、ドス、グジャ、グジャ、グシャ。

締まった扉の向こう側から響いてくるいくつもの衝突音と、何かが潰れていく音。

「……うわぁ」

翻った外套を頭からかぶりながら、よろよろと立ち上がったマリエラの第一声が、「助かった!」という感嘆の声でなかったのも、致し方ないだろう。

塔の扉は見た目よりはるかに丈夫なのか、それとも何か不思議な力が働いているのかは分からないが、マリエラたちは、押し寄せる毛虫たちから逃れることはできたらしい。あれだけの集団が、全く減速せずに突進してきた勢いがどのような惨劇に変換されたのか、響いて来る音から容易に想像はできるのだろうが、言及はあえてするまい。

「クー!」

「マリエラ、早くポーションを!!」

扉の向こうの毛虫たちよりクーの方が余程心配だ。

毒毛にやられたクーの尻尾は鱗に覆われていて変色の度合いが分かりにくいが、他より赤紫に変色しているように見える。何よりパンパンに腫れあがっていて、とても痛々しい。クー自身、後ろ脚を伸ばした腹で滑り込んだ体勢のまま、ぴくぴくと痙攣を繰り返している。

「ユーリケ、とりあえずこれを飲ませて!」

マリエラは回復と解毒の効果のあるポーションをユーリケに渡すと、自分はクーの尻尾に解毒のポーションをかけて中和しながら毒毛を洗い流す。

「これ、体の動きを止める類の毒だと思う。この間に合わせの材料で作ったポーションじゃ、緩和するのが精一杯だよ。何日か寝かせれば回復はするんだろうけど……」

今あるポーションはここで採取した薬草から作った類似品で、効果もさほど高くはない。毛虫の魔物の毒は獲物を捕らえるための動きを阻害するもので、ある程度は中和できたから心臓が止まってしまうことはないけれど、動けるようになるにはかなりの時間がかかってしまう。

「材料があればいいんだし?」

「うん。でも、上にはないと思う……」

今までいくつかの塔をのぼって採取したけれど、どこも似たような植生だったから、この塔を登っても必要な薬草は手に入らないだろう。

ならば行き先は一つしかない。

「クー、必ず帰って来るから、ここで待ってるし」

「ギュ……」

弱々しく返事をするクー。頭をなでるユーリケの手に気持ちよさそうに目を細めている。

ユーリケとマリエラは、もう一つの扉、北へ続く扉の方へ歩いていった。

「今度は部屋も確認していくし」

「うん。慎重に行こう」

東側の扉は、既に静かになっているが、しばらくは近づかない方がいいだろう。毛虫の魔物が近くにいるかもしれないし、いなかったとして、酷いありさまには違いない。

北側の扉を開けてそろりと廊下に踏み出すマリエラとユーリケ。

「魔物はいないし。一つ目の扉、開けるし」

「うん」

いつでも逃げ出せる体制で、そろりと扉を開けるユーリケ。

「……普通の部屋……だし?」

「ほんとだ。ここ、工房じゃないかな? 工房の人はどこだろう?」

北側の廊下の最初の部屋は、キャル様の工房で見たことがあるようなガラスや金属の機器が並んだ錬金術の工房のようだった。

部屋の隅には乾燥させた薬草が置いてあるし、棚にも高価な素材が瓶に入れておいてある。机の上には処理途中の薬草が放置されていて、薬草の状態からついさっきまで人がいたようだけれど、ここにはマリエラたち以外誰もいないようだ。

「……偶然にしてはできすぎだし? でも、これでクーは助かるし?」

「うん。たぶん。えぇと、エントの実は……。あった。ルンドの葉柄も、うーん、処理が悪いけどギリギリ行けるかな」

それにしても、材料の処理が酷い。ここには上級や特化型ポーションの材料が置いてあって、上級が作れる錬金術師の工房のように思えるけれど、マリエラの基準から見れば中級ができればいいところではなかろうか。

けれど随分と裕福な工房らしく、複雑でピカピカの魔道具が幾つも置いてある。

もっとも、これは上級ポーションが作れる錬金術師の一般的な工房だ。通常の錬金術師は《ライブラリ》に制限などされていないから、能力不足を高価な道具で補ってなるべくランクの高いポーションを作るのだ。

例え粗悪な上級ポーションだろうと、中級よりは余程高値で売れるのだ。

未だに自分の錬金術師としての熟練度が人並みだという感覚が抜けきらないマリエラだから違和感を覚えているに過ぎない。

「マリエラ、こっちの冷蔵の魔道具の中、ルナマギアが入ってるし!」

「ほんと!? まだ処理してないやつだ。これならいけるかも」

冷蔵の魔道具の中に未処理のルナマギアが保存されていたおかげで、上級の解毒薬をそれなりの品質で作ることができそうだ。

マリエラは慣れた手つきで《錬成空間》を展開し、あっという間に上級解毒ポーションを作り上げると、クーの待つ南西の塔に駆け戻った。

「お待たせ、クー。はい、ポーションだよ!」

「ギュゥ……、ギュ? ギャウー!」

「ちょ、クー、元気になり過ぎだし」

流石はマリエラのポーションというべきか、クーの調子はたちどころに快癒して立ち上がり、べろんべろんとユーリケやマリエラを舐めまくる。

「クー、良かった。でも、どうしてあんな魔物がいたんだろう?」

マリエラの疑問にユーリケが少し考えた後、答える。

「昼間でも魚の魔物はいたんだし。夜しか現れないのは黒い魔物だけなんじゃ?」

「今までの場所には偶然いなかっただけで、普通の魔物は昼でも活動するってこと?」

塔の窓から外を見ると、とっくに夜は明けていて、魚の魔物が時折ぎょろりとした目でマリエラたちを眺めながら塔の周りを泳ぎ去っていく。

どの魔物魚も細長い窓を通り抜けられないほどに大きいから襲ってこないだけで、大きく発達した顎にギザギザと鋭い歯を生やした獰猛な魚ばかりだ。

「マリエラ、ドニーノが待ってるし。先に進むし」

ここは安全だけれど、ドニーノと落ち合わなければ。ドニーノは「反対側で落ち合おう」と言っていた。安全な南西の塔2階を指定しなかったのは、何か理由があるのかもしれない。少なくとも落ち合うと言っていたから、北側の廊下を進めば1階へ行ける違いない。

「うん。でもね」

クーが回復して一息ついたマリエラは、少しばかり思案する。

先ほどの毛虫。じっくり観察はしていないけれど、あれはモジョラウスメーヨという毒蛾の幼虫ではないだろうか。だとすれば、とあるポーションの素材になるはずなのだ。

攻撃に使えるポーションではないけれど、火炎瓶で倒せない魔物がいるのだ。手段は多い方がいい。

毛虫の素材を回収したとして、並ぶ部屋には何があるのか。北側の一部屋目には錬金術師の工房があった。あそこの素材は後で回収するとして、他の部屋には何があるのだろう。

(ドニーノさん、いつ合流って言ってたっけ……? 多少時間が前後しても大丈夫、かな?)

ドニーノとの約束はあるけれど、魔物に襲われずに辿り着くことが先決だ。

既に樹と毛虫の魔物には襲われたのだ。この先に他の魔物がいないとも限らない。

マリエラは、今後の方針を相談すべくユーリケに提案した。